とある過去の未元物質《ダークマター》多分 一時凍結   作:吉田さん

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五話

「ていとくんも。どりょくを知っていますよ」

 

 努力が分からない、と垣根は思っている。

 大覇星祭の練習をする前から、燕と交流を共にしてから、燕と出会う前から、垣根がずっと思っていたことだ。

 

 ――なんで、こいつらはこんなにも必死になれるんだ?

 

 自分でも冷めた事を言っているんだろうな、という自覚はあるし、これを口にすれば嫌われるという事も自覚はしている。

 故に、垣根はその事を口にしないし、表向きは練習にも参加する。

 だが、それでも理解出来ない事にもどかしさは感じてしまう。

 垣根は生まれた頃から、努力なんてものを積んだ覚えがない。

 参考書を読めば全て理解出来てしまうせいでまともな勉強なんてした事がないし、能力も開発を行った直後に行使出来てしまった。

 一時期はアイツらは無能だからと結論付けていたが、燕と交流を共にし出してからはどうにも違うように思える。

 

 だから、尋ねた。

 そしたら、そう返ってきた。

 

 意味がわからないと垣根は思う。

 努力を知っているのなら、こんなにも自分は今悩んでいるはずが無いのに。

 今の今まで、努力なんてした事がないのに。どうやったらそんなものを知っている事になるのか。

 

 ――バルーンハンターの練習風景を思い出す。

 

 みんな、頑張っていた。

 泥だらけになりながら、全身から汗を流しながら、みんな必死に練習に取り組んでいた。笑い合いながら、大覇星祭に向けて頑張っていた。

 

 対して、自分はどうだろうか。

 自分は、ポケットに片手を突っ込みながら悠々と球を弄んでいた。

 大覇星祭の練習なので能力の使用は可能だから、飛んできた球は能力で弾いてるし、能力のちょっとした応用で念動能力紛いの戦い方で球を投げている。

 体操服には汚れひとつ付いていないし、暑さ以外の要因で汗を流した覚えも無い。

 

 自分は努力とは最も縁が遠い人間だ、と垣根は燕に睨みながら言い放った。

 

 苛立ちを乗せていたからか。

 

 出てきた声は、自分の思っていた以上に低くて、何より冷たかった。

 その事実にハッとした垣根が謝ろうとしたところで、それを遮るように、

 

「ていとくんは、どりょくという言葉を、難しく考えすぎです……。ていとくん……あなたは今、どこにいますか?」

 

 

 燕の言葉に、思わず眉根を寄せる。

 哲学的な事を聞いているのだろうか。

 しかし、燕にそのような頭があるとは思えない。少なくとも、垣根帝督の頭には記憶されていない。

 ならばからかっているのか、と思った。

 だが、燕の顔からふざけた様子は見当たらない。

 顎に手を当てて少し悩んでから「……学校だ」と答える。今いる場所は、学校のグラウンドである。

 垣根の答えを聞くと、燕は続けて言った。

 

「ていとくん。いぜんの……少し前までのあなたは、どこにいましたか……?」

 

 同様にして、研究所だ、と答える。

 ……イマイチ要領を得ない。

 燕が何を伝えたいのか、わからない。

 腕を組んで、唸る。

 しかし考えども考えども答えは出ない。学園都市最高クラスの頭脳を持ってしても、答えは出ない。

 そんな垣根の様子を見て、燕は優しげな表情で口を開いた。幼い子供をあやす、母親のように。

 

「ていとくん……。ていとくんががっこうに通えるようになったのは、ていとくんががんばったからです」

 

 えっ、と思わず声を漏らす。

 燕は微笑みながら、何時もとは少し違う声音で、

 

「ていとくん。貴方も努力をしているんです。以前までの貴方は、繋がりを持とうとしていなかった……。誰かと歩み寄ろうという姿勢を、見せていなかった……」

 

 けど、と一旦そこで言葉を区切り、

 

「――今は違う。今のていとくんは、相手を理解しようとしています。相手の気持ちを理解しようと努めているし、感情的にならないよう頑張っています……。慣れない事を放棄せずに、慣れないなりに努力しているんですよ……。努力の意味を知ろう、なんて発想も、昔のていとくんには無かったもののはずです」

 

 だからていとくん。貴方は努力を知っているのです、と燕は締めくくった。

 

(アレが……努力?)

 

 あんなものが、努力というのだろうか?

 自分はただ、ただ燕のようになりたいと思っただけで。

 研究所を変え、垣根帝督という男を変えた『何か』を、自分も手にしたいと思っただけで――――そこまで考えて、気付く。

 

(――ああ、そっか……)

 

 努力とは、

 頑張ろうという想いの根幹は、

 別に深く考えるようなものじゃなくて、

 ただ、

 ただ――――

 

(――――)

 

 カチリ、とパズルのピースが当てはまるような音が響いた。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 大覇星祭。

 九月十九日から二十五日の七日間にわたって学園都市で催される、街に存在する全ての学校が合同で能力を駆使した体育大会を行うという、スケールが半端ではない行事。

 

 その開催日である十九日。

 

 学園都市の空には花火が打ち上げられ、宣伝目的のバルーンが飛び、飛行船のようなものからはスケジュールのお知らせが映し出されている。

 平日の早朝だというのに人が溢れ、動くことすら困難な状態だ。

 普段とは異なり学園都市内は活気に溢れ、喧騒があちこちで起きている。道を見れば祭りのように出店が沢山設置されていて、学生達が声を上げて客寄せを行っていた。

 

 そんな場所を、二人の子供が歩いていた。

 人の波に流されないよう、時には大人の足をくぐったりしながら、二人は目的地に向かって進んでいく。

 

「……毎年この時期は研究所から出ねえようにしてたのが仇になったか。人の波に酔いそうだ。一体何人いやがる……?」

 

 そう言った茶髪の少年の名は垣根帝督。

 不機嫌そうな様子を隠そうともしない彼の声音は、大の大人であっても肩を震わせてしまうほどの凄みがあるのだが……今回ばかりは違った。

 げんなりとした様子が、彼の凄みを軽減させているからだ。

 顔色を悪くしながら、彼はスタジアムまでの道のりを歩いていた。

 言葉の通り暑さ以上に、人の多さに精神的にまいっているのだろう。ついこの前までは引きこもり生活(?)をしていた人間に、この混雑の中を歩くのは厳しい。

 大覇星祭の参加者は百八十万人を超え、更にその父兄、さらには一般客までもがこの街に集まっているのだ。周りを見渡せば人人人。彼頭の中はもうゲシュタルト崩壊寸前であった。

 

 そんな垣根に対して、隣を歩いていた少女――長谷川燕は柔い笑みを浮かべながら口を開く。

 

「これからもっともっとふえますよ?」

 

 彼らがスタジアムに向かっているのは、競技に参加するためではない。開会式に参加するためだ。

 故に燕の言う通り、これから人の数はどんどんと増えていくのだろう。形式ばった堅苦しい開会式ほど、見ていてつまらないものはない。当人たちにとっても、観客たちにとっても。

 特に、大覇星祭を見学にくる一般客なんかは派手な能力バトル見たさありきなのだ。参加者の父兄ならともかく、一般客が開会式にまで足を運ぶのは稀なケースだろう。

 

 燕の言葉から、瞬時にそれを読み取った垣根は「うげっ」と踏みつぶされたカエルのような呻き声を漏らす。

 顔はひくついていて、今すぐにでも帰りたいという心情が見て取れた。

 そして、それを察知した燕はガシッと垣根の腕を掴む。振り解けば折れてしまいそうな程に華奢な腕に掴まれているというのに、垣根はギリギリと万力のように締め付けられていると錯覚した。

 

 燕が笑みを浮かべる。

 垣根は笑顔とは本来威嚇のために用いられる云々を思い出して引きつった笑みを浮かべる。全身からは暑さ以外の要因によって汗がダラダラと流れる。

 

「ていとくん。早くいきましょう? このままじゃおくれてしまいますっ」

 

「……、」

 

「ね?」

 

 コクコク、と壊れかけの人形のように頷く垣根を見て満足気に頷いた燕は、地を蹴って駆け出した。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 校長先生のお話。

 それは、学校生活における最終兵器といっても過言ではないほどの絶大な破壊力を持つ代物だ。

 全校集会にてひとたび校長先生が壇上に上がれば、待っているのは地獄のような苦痛の時間。校長先生の話は長いと、相場は決まっている。学園都市内であろうと、これは普遍の真理なのだ。

 

 午前十時三十分。

 開会式が終わると同時に、垣根帝督は地面に勢いよく倒れた。彼がいたスタジアムは、運よく学園都市製の高級人口芝――感触がほぼ天然の芝生そのもの――を使用していたため、人工芝で転んだ時の刺すような痛みはほとんど感じない。

 ただ、厳しい残暑に熱せられていたため、死ぬほど暑い。合成樹脂の人工芝だというのに、暑さで溶けてしまいそうなほどに暑い。

 故に、別の意味で痛かった。

 

(ず、随分とナメた真似をしてくれるじゃねえか……学園都市)

 

 垣根は死に体の状態で、内心でそう呟く。

 次いで、「く、はははは!!」と壊れたテープレコーダーのように哄笑しだす。瞳は虚ろで焦点が合っておらず、まったく笑っていない。

 声音には強い怨嗟が篭っていることに加え、芝生に顔面が埋没しているせいでくぐもった不気味な声だけがやたら響いた。垣根の近くにいた他校の生徒が、ギョッとした顔を向ける。それに気付く事なく、垣根は内心で言葉を続けた。

 

(校長の数が多すぎんだろクソッタレ。バカじゃねえの? バッカじゃねえの? 誰得だよクソ野郎。よほど愉快な死体になりたいと見える)

 

 とてつもなく物騒な事を考えているが、しかし周りの参加者たちも皆似たような思考をしていた。

 想像してみてほしい。炎天下の中、初老の男性が無駄に長い話を延々と続ける姿を。そしてそれが一度ではなく、二度も三度も、といった風に繰り返される地獄のような光景を。

 誰であろうと嫌気が差すだろう。それも内容は要約すれば全て似たようなもの。殺意の波動を抱くのは自明の理だった。

 

 統括理事会側も厳選しているつもりではあるのだろうが……それにしても多すぎる。十五連続のお話コンボは凄まじすぎたと言っていい。

 しかも、当人たちは素知らぬ顔でテントの中で涼んでいるのだ。これでもし、全校の校長先生がご登場した暁には垣根は能力を行使していたかもしれない。それほどまでに苦痛の時間だった。

 

 垣根が少し顔を上げてクラスメイトを見渡せば、やはり皆が辛そうな表情を浮かべていた。

 あの真面目な燕でさえ、ぐったりとした様子で崩れ落ちている。

 

「ながい……」

「し、しんでくれ……」

「あそこでわざとたおれとけば……」

「く、くくっ。だらしが無いな貴様ら……この俺はこの程度の暑さには屈しない……きゅう」

「ふ、ふかくです……」

 

 バタリ、バタリと次々に倒れていく。まだ競技は始まってすらいないというのに、皆が皆疲労困憊といった様子だ。

 だが、無理もないだろう。小学校の高学年や中学生はたまた、高校生などのひとつ上のステージに立っている者ならともかく、小学生にあれはキツイ。

 なにせ身長が低い分、地面で熱せられた熱をダイレクトに浴びるのだ。日射病にでもなっていないか心配なレベルである。

 ていうか、少なくとも自分は日射か何かな気がする。

 なんか、昔見た本に似たような症状が――――

 

(ふざ、けんなよ……!!)

 

『――小学校。参加者全員が日射病のため、棄権』の文字列が脳裏に浮かぶ。

 そんなおバカな結末だけは、なんとしてでも避けなければならない。

 戦う前からの敗北など、許されるわけが無い。

 

(この俺に、あらゆる常識は通用しねえッッッ!!)

 

 震える手足に力を込めて、垣根帝督は灼熱の大地の中立ち上がる――――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――日射病により、垣根帝督くんは医務室に搬送されました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




禁書っぽい雰囲気を出そうとして書くのはやっぱ難しいですね……
あ、ぽさのために章タイトルとか何気に付けました。
僕、形から入るタイプなんですよね……そのせいでタイトルも……数字だけにして……こう……こう。

大覇星祭で回収しなければならないイベントは二つ……それが終わったら……終わった、ら……。

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