とある過去の未元物質《ダークマター》多分 一時凍結   作:吉田さん

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第二章 炎天下の中で Glimpses_of_the_Truth.
四話


 窓のないビルの一室。

 四角いスペースの真ん中にある円筒型の生命維持装置の中に、その『人間』はいた。

 

「……ふむ」

 

 生命維持装置の中に満たされた液体のなかでたゆやう彼の正面には幾つもの照明が浮かび上がっており、この場を静かに照らしていた。

 

『人間』は何もない虚空に浮かぶ無数の映像(ウィンド)と文章が記載されているモニタに目を通す。

 彼の視線の動きに連動するかのように、映像は場面を次々と切り替えていく。その映像には何人かの人間が映っているが、『人間』が注視しているのは二人の子供だけだった。

 

 茶髪の少年と黒髪の少女。

 

 どこにでもいそうな。普通の子供たち。彼らが様々な表情を浮かべながら、遊んでいる光景。

 そんなありふれた光景を、『人間』はただただ観察していた。

 

 そして、

 

 そして、

 

 そして――――、

 

「……、」

 

『人間』はその映像を見ながら、モニタに記されている文字列を見て――――

 

「ほう」

 

 ――――目に留まった一文と映像に映されたとある場面を見て、『人間』は、その口元を小さく歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 ――大覇星祭。

 

 普段は外部との繋がりを末恐ろしいまでに絶っている学園都市が、外部から一般人を招き入れる数少ないイベント。

 余りに外部との接点を取らない学園都市に出入り出来る機会というだけで注目度は高いというのに、大覇星祭中、学園都市の能力者は普段禁じられている能力の使用を寧ろ奨励されているため、注目度は更に上がっている。

 毎年のようにテレビ中継まで行われるため、学園都市の超能力に夢を持ってしまう人間は多い。見た目は自分たちと変わらない少年少女が派手に電撃やらを放つ瞬間を、間近で見たいと思う人間が多く出てくるのは仕方のないことだと言えるだろう。

 

 さて。保護者が来るとなると、学校側としてはそれ相応に準備しなければならないというのは、学園都市内でも変わらない。

 保護者に恥ずかしい姿を見せられないという大人の都合という名の天の力が働き、その割を食わされるのは何時だって子供たちなのが世の常である。

 子供たちは「別にどうでもいいじゃん……」と不満を胸の中で抱きながらも、大人の都合に巻き込まれてしまうのだ。因みに我慢を覚えるのはとても大切なことなので、これも重要な教育の一環である。

 

「……なんで俺が、こんな事を」

 

 夏の残暑が続き、まだまだ暑い九月の上旬。垣根帝督は学校の運動場にてラジオ体操を行っていた。

 太陽の熱でグラウンドは熱せられ、その影響で空間が揺らいでいる。

 全身から汗を垂れ流し、汗で濡れた髪の毛が顔に張り付く。前髪は目元まで伸ばしているため、非常にうざったい。体操服のズボンやその中のパンツもジメジメとしていて、今すぐに全裸になって開放感に浸りたい衝動に駆られる。

 しかし、それをしてはただの変態だ。垣根帝督は常識を持つ好少年なのだ。そんな常識外れな行為には走らないたぶんきっと。

 

「……チッ」

 

 照り付ける太陽の熱が恨めしい、とばかりに垣根は空を見上げた。太陽光の眩しさに、自然と目は細くなる。

 肌がジリジリと焼かれるような感覚が疎ましい。赤白帽を頭から取り、内輪のように扇ぐ。生温い風なため、涼むもクソもない。苛立ちから、八つ当たり気味にすぐさま帽子を地面に叩きつけた。

 

「……くそっ。なんで、俺がこんな……っ!」

 

 去年までならこの季節は、研究所のクーラーの元、快適な生活を過ごしていた。

 だが、今の自分はどうだ?

 煉獄がごとき暑さは、どう考えても快適とは程遠い。クーラーという便利機器はもはや遠き理想郷で、いくら垣根が望もうとこの手には届かぬ存在となった。

 これまでそのような自堕落な生活を送ってきた垣根にしてみれば、夏の太陽は拷問器具のように感じられる。ていうか、拷問器具にしか感じられない。

 能力を行使して日傘的な物を作って太陽光を遮断したいが、教師や燕に注意されること間違いなしで、それはそれで面倒くさい。

 暑さに騒々しさまで加われば、垣根帝督は死ぬだろう。それはもう決定事項といっても過言ではない。

 それ以前に、自分の能力をそのような形で使いたくない。なんか、一家に一台垣根帝督みたいなキャッチコピーが生まれそうで嫌だ。

 

「休み時間に遊ぶ分には問題ねえってのに。……何が大覇星祭の練習だクソッタレ。練習? この俺が、練習? why?」

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎるってやつか……などと途方に暮れていると、『垣根ー! 真面目に体操しろーッ!』という声が、前方から響く。

 サボりを中断して、苦々しく思いながらも垣根はリズムに合わせて体を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 ラジオ体操が終われば、続いて行われるのは団体競技の練習だった。指定された場所に同じ種目に出る生徒が集まり、そこで練習を行うかたちである。

 そして、垣根の出場する団体競技の名前は、

 

「……バルーンハンター、ねえ」

 

 バルーンハンター。

 各校から選抜されたら三十名により、互いに頭につけた紙風船を割り合うゲームである。

 頭の風船が割れた時点でその選手はゲームから除外。競技終了時に生存者の多いチームが勝利、というのが基本ルールだ。

 

 だが、ただのバルーンハンターではない。

 

 上記の通り、大覇星祭では能力の行使を推奨されているのだ。ようは競技中に能力を使用出来るのである。

 つまるところ能力による武力行使、妨害、なんでもありのデスマッチだった。

 そして競技の特性上、能力強度の高い者が有利なシステムであるのは自明の理である。

 

「……燕、対戦校はどこだっけか?」

 

「常盤台中学付属ですね」

 

「勝てるわけねえだろ!?」

 

 常盤台中学付属。その名が示す通り、常盤台中学の系列校だ。

 とはいえ所謂完全なエスカレーター式の学校というわけでもない。小学校とは思えない厳しい教育課程に、少女達には品性方正さが求められる。系列校だからと慢心すれば義務教育だというのに退学させられる。

 分かりやすくいうのなら、常盤台中学の体験学校みたいな感じである。因みに入学するのに必要な最低限の『異能力者(レベルは2)』だ。小学校入学前の時点で『異能力者(レベル2)』というのは、相当優秀な部類に入る。

 さらには『強能力者(レベル3)』などというこの時点なら人外認定レベルの生徒も多く保有しているまさにエリート校なのだ。

 

 一方、垣根の通う小学校はごく普通の小学校だ。

無能力者(レベル0)』が大多数を占め、ほんの少し、申し訳程度に『低能力者(レベル1)』がいるような、平凡な学校である。因みにこの学校における『低能力者(レベル1)』は天才レベルである。勿論垣根は例外だ。

 

 まとめると。天と地ほどの隔絶された力の差が存在するのである。

 

 勝てるはずがない。やる前から分かっている勝負だ。結果なんて目に見えている。練習するだけ無駄、冷静に垣根はそう判断してしまう。

 

(玉入れだとかなら俺が妨害に徹して本気を出せば勝ち目はあったが……。流石にこれはキツイ)

 

 風船を能力で直接割っていいのならともかく、この競技では指定された球を使って風船を割らなければならない。

 

(……俺だけ生き残っても意味はねえしな)

 

 垣根の頭の中には、自分が敗北を味合う事になるなどという可能性を考慮する場所はない。不遜だと捉えられるかもしれないが、それを裏付けるだけの力を有しているのが垣根帝督である。

超能力者(レベル5)』に最も近い『大能力者(レベル4)』の名は伊達ではないのだ。相手に同じ『大能力者(レベル4)』がいたとして、軽く蹴散らしてくれると鼻で笑えるほどに。

 

「……燕。お前の能力はなんだ?」

 

 同じく、バルーンハンターに選抜された燕に問いかける。

 AIM拡散力場に干渉する類の能力を持っていると予想している彼女の力があれば、あるいは。

 

(俺の能力に干渉したんだから。少なくとも『強能力者(レベル3)』はあると思いてえが……。自分に降りかかる能力に対して特化している可能性は否めねえ)

 

 故に、問う。

 垣根の予想はあくまで予想でしかない。能力の種類を知らなければ立てる事の出来る作戦も立てられないだろう。

 他の連中には悪いとは思うが、戦力となり得るのは自分と燕のみ。これは変えられない現実なのだから。

 そして垣根は燕の方へと顔を向け、

 

「……?」

 

 燕がばつの悪そうな顔をしている事に気が付いた。

 

(……あ?)

 

 おかしい。この善意と天然が服を着たというか善意と天然が人間の形をしているような少女が、物を尋ねられてこのような顔になる事があるだろうか。

 

(都合が悪いならアホみてえに頭下げるタイプだよな。こいつは)

 

 訝しげな視線を送り続けるてみると、燕は「うう……」と唸りだす。

 

「……」

 

「……うっ」

 

 罪悪感がヒシヒシとこみ上げてくるが、ここで視線を外すわけにはいかない。

 外したら何か、決定的な何かが起こると垣根帝督の持つ第六感的なものが囁いていた。

 燕が顔を逸らす。垣根は体ごと回りこむ。それを六回ほど繰り返し、がっくりと肩を落としながら燕は口を開いた。

 

「うう。ていとくんはいじわるですっ」

 

「いや。無理なら無理って言えばいいだけだろ」

 

 呆れたようにそう口にすると、「それはそれでもうしわけない気がして……」と心底申し訳なさそうな顔をしながら返ってくる。

 善人にもほどがあるだろうと頭を抱えざるを得ない。騙されたりしないかが心配になってしまうのは仕方ない事だろう。

 この調子だと、話しかけられればホイホイ人に付いて行きそうである。

 

(俺なんかより自分の心配してろこのアホ!)

 

「……で、結局のところどうなんだ?」

 

「……じつは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――解析不能、だと?」

 

「……はい」

 

 燕から放たれた言葉に、思わず猜疑的な声をあげてしまった。

 

(どういうことだ?)

 

 自分の身を振り返る。

 垣根の持つ能力は、現在未確認の物質を生成する能力。原理だのは未だに解明されていないものの、ある程度の予測は付けられている。

 故に『大能力者(レベル4)』という位置付けはされている……はずだ。研究員が嘘を言っていなければの話だが。

 

 対する燕は暫定的に一切不明の扱いをされているそうだ。

 AIM拡散力場の揺らぎ方から一応能力が発動しているのは確認されているため、取り敢えず『異能力者(レベル2)』だそうだが。

 

(AIM拡散力場から能力を逆算出来ねえってことは、こいつも俺と同じで唯一無二の能力を秘めてる、ってことか)

 

 自分の能力を阻害した程の人物が、『異能力者(レベル2)』というのはほんの少し癪である。

 しかし、いま考えるべき問題はそこではない。

 

(はあ。……なんにせよ、こりゃ勝てねえわ)

 

 現状の問題点はそこである。

 頼みの綱だった燕が戦力として役に立たない可能性が高い以上、この競技で勝ちを拾える可能性は限りなくゼロに近いといっていい。

 

(つーかなんで俺をこの競技に選抜したんだか。……勝ちより、常盤台とも戦える程の生徒がいるって宣伝目的か?)

 

 アホくさ、と内心でぼやく。なら尚更練習に参加する意義を見出せないな、とも。

 プロパガンダとして扱う気なら、自分が特別練習をする必要はないだろう。全体的な流れはルール説明を聞いた時点で把握した。もはやこれ以上参加する理由はないといっていい。

 

(そう。理由はねえ……が、)

 

 目の前にいる少女がそれを許すかどうか。まず許されないだろう。

 長谷川燕という少女は、この垣根帝督を学校という世界に連れ込んだ人物なのだから。

 加えて、みんなを放って練習をサボるというのはどう考えても垣根の目指す未来の自分の姿ではない。少なくとも、長谷川燕なら練習するはずだ。

 

 例え、勝てないと分かっていても。

 

(……ふん)

 

 いや、あるいは勝てないなんて考えていないのかもしれない。

 天然だから、ではなく、長谷川燕という少女ならもしかしたら――――

 

(見せてみろ。……いや、見せてくれ。燕)

 

 集まっている集団の輪の中に入りながら、垣根は思う。

 

(俺が無駄だと考えている――努力ってやつをよ)

 

 垣根帝督の持つ価値観を、この少女ならぶち壊してくれるかもしれない。

 才能こそ全てだと考えている垣根帝督の選民思想にも近しい見解を。垣根帝督の持つ常識を。彼女ならば、

 

(……お前には、常識が通用しねえからな)

 

 内心で笑みを浮かべながら、暑さも忘れて垣根は練習に取り組んだ。

 

 そして、

 

(大覇星祭は一般客が来るってことは……燕の親も来んのか? こんな底ぬけのバカを育てた親か……興味あるな)

 

 頭の片隅で、

 

(……ま。少なくとも俺のとこみたいなロクでもねぇ家庭じゃねえだろうしな)

 

 ふと、そんな事を思い浮かべた。

 

 

 




余談ですがていとくんがあの場面でこの日照りのなか日傘的なものを能力で作れば太陽光が独自の法則で動き出して事故ります。事故って多分能力の一端に触れるでしょう。

……一家に一台垣根帝督(冷蔵庫)。

現時点のていとくんは努力が報われると信じてるから練習に参加するのではなく、みんなに嫌われたくないから合わせとこうって感じです。
信じる云々以前に努力するのは天才としてのプライドが許さないってのも若干ありますが。

常盤台中学付属はオリジナルです。
義務教育課程以内に世界で活躍出来る人材を……って設定なら付属校があってもおかしくはないよなーって感じのやつです。

ではまた次回。だが、それが何時になるかは誰にも分からないのさ……!

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