とある過去の未元物質《ダークマター》多分 一時凍結   作:吉田さん

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ある程度納得が出来る形に収まったので投下。
ある程度なので、修正入る可能性はあります。けど話の大筋は変わらないので問題はないかと。


三話

 垣根帝督が小学校に通い始めてから約一ヶ月。彼の変化は目覚しいものだと言える。

 今の彼はクラスメイトと交流を持つ事が出来るし、コミュニケーションを取ることも可能だ。話しかければ辿々しくとはいえきちんと答えるし、不遜な態度もある程度はなりを潜めたといっていいだろう。

 研究所の子供達との間に出来ていた溝も、燕を通して少しずつだご埋まって来てはいる。

 以前の彼を知る者からすれば、これは大きな変化である。

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

 垣根帝督は天才といっても過言でない頭脳を持つ少年だ。

超能力者(レベル5)』に最も近い『大能力者(レベル4)』というだけで、学園都市においてどれほどの地位に立っているかは明白である。

 

 そんな彼にとっては当然、小学校の勉強なんて朝飯前だった。

 

(……暇だ)

 

 机に頬杖を付きながら、垣根はぼんやりと教師が黒板にチョークを走らせている光景を眺めていた。

 黒板に記されている内容は、どう見ても小学校低学年のやる内容ではない。現に、隣の席に視線を移せば、燕が頭を抱えながら唸っている。

 周りを見渡しても、垣根ほど余裕に溢れている生徒はいない。皆が皆教科書と睨めっこしながら、苦悶の表情を浮かべている。

 

(……おっ?)

 

 いや、斜め前の席の生徒は自信に満ちた表情を浮かべていた。

 ニヒルと笑いながらその生徒は腕を組み、顎を上げて舐めくさった態度を取っている。

 

「……武田。余裕そうだな」

 

「フッ。当然です、先生。なにせ、ひとつも理解出来ないのですから!」

 

 訂正。真理という名の諦めの境地に至っていただけであった。

 二人のやりとりを見て、思わずずっこける。

 それを見た教師の顔が、垣根の方へと向く。

 

「垣根……まさかお前も……」

 

「……いえ、なんでもない、です」

 

 頬を少しだけ赤らめながら、軽く頭をさげる。教師が溜息を吐いて天を仰いでいる姿に、授業を一切聞いてないことに罪悪感を覚えながら垣根は思考を続けた。

 

(……他の学校でもこの程度のもんなのかねぇ……)

 

 垣根は今まで、基本的に研究所で引きこもり生活を送っていた。

 能力強度なんかは日に日に勝手に増していくため、『努力』などというものを行ったことすらない。勉強にしても、著書を読めば全て吸収してしまう。

 

 そんな彼が、ごく普通の学校の授業でつまずくはずがない。

 この学校でさえ明らかに小学校レベルの課程ではないが、垣根にとっては至極簡単な、それこそお粗末な内容だった。

 

「つまりエネルギーってのは――――」

 

(……まあ、この程度のものでも外では中学生がやるんだっけか?)

 

 学園都市の外と中の違いで最も有名なものといえば、超能力開発である。薬品を投与したり、脳に電極をぶっ刺したりする割とぶっ飛んだものである。

 

 そして、能力の行使にはある程度イメージ力とも呼べるものが必要となってくるのだ。

 そのイメージを手助けするのに使えるもののひとつが所謂勉学である。身につけた知識等は、演算の補助にもなるのだ。

 故に、学園都市内部と外部では教育課程がまるっきり変わってくる。

 名門ともなれば、中学生の時点で大学の課程を終えてしまっている場合まであるのだ。

 学園都市における底辺――『無能力者(レベル0)』でさえ、外に出れば割と優秀な生徒である。サラリと『うちはしがない偏差値六十五ですし』に至れるのである。

 

 閑話休題。

 

(……暇だな)

 

 思えば、幼稚園をサボったのも無意味だとみなしたからだった。

 今の垣根はあの頃とは変わっている。学校に通うということは、何も勉学のためだけじゃないということを理解している。この暇を我慢する事でさえ、大切な事なのかもしれないのだから。

 

(けど、暇だ)

 

 理解は出来るが、納得は出来ない垣根であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勉強会?」

 

「はいっ! ていとくんはよゆうそうなので、べんきょうを教えてほしいのです!」

 

 燕の言葉を聞いた後、垣根はめんどくさ気に彼女の後ろにてニコニコと笑みを浮かべてるクラスメイト達を見やる。

 

(……いやいやいやこれはねぇよ。つーか全員ってやべーだろ。それ以前にこういうのは委員長がやるって『無能力者にも分かる学校のいろは』に書いてあったんだが、何故に俺? 俺無所属だよな?)

 

 垣根はコミュニケーションの大切さを知っている。というか燕に口酸っぱく言われまくってイヤにも知ってしまった。

 故に今の彼に話しかけても怪我の心配はない。ドッジボールで醜態を晒してしまったとはいえ、元々美形な彼がクラスに馴染むのは割と早かったし、研究所でもちょくちょくとではあるが話すことが出来るようになった。

 

 余談だが、垣根にドッジボールの話をするのは禁句である。

 パニクった垣根が能力を行使したドッジボールを始めてしまい、『警備員(アンチスキル)』まで出動するハメになったドッジボールである。真近で警備員を見れて興奮した子供たちもいたが、それはまた別の問題だ。

 

 兎にも角にも、今の垣根はコミュニケーションを取れる。

 受け答えはきちんとするし、挨拶も交わす。敬語まで使えるようになったというのだから、研究員が「明日ハレー彗星でも降ってくるのかなあ」と遠い目になったのは仕方のない事だった。

 

 だが、何事も例外というものがある。

 

 垣根はコミュニケーションを取れるが、基本的に受け身であるし、そもそも遊びや世間話限定でのコミュニケーションだ。それでもまだまだ燕以外だと慣れていない様子である。

 研究所で「能力強度の上げ方を教えてくれ」と尋ねてきた年上の少年に「あ? そんなもん寝てたら勝手に上がるぞ。つーか俺始めっから大能力者(レベル4)だから細けーことは分かんねーわ」と答えたといえば察せるだろうか。

 挙げ句の果てには「こんな事も出来ねーとかバカじゃねえの?」である。コミュニケーション能力の欠如は凄まじかった。とはいえこれでもマシになってるのだから始末に負えない。

 

 後に燕が『ていとくん……あれはないです……』と冷ややかに言った時に『……心配するな。自覚はある』とへこんでいただけマシなのである。

 

 とにかく、垣根は勉強というか物事を教える事が大の苦手であった。

 というか、()()()()()()()()()()()()()()のだから教えようがないという自覚があるのだ。

 

「他ァ当たれ」

 

 故に垣根は断る――――が、それで引き下がる燕ではない。

 この程度で「はいそうですか」と引き下がってしまう殊勝な人間ならば、垣根を研究所から引っ張り出す事など出来はしない。

 

「えーっ。おしえてくださいよ」

 

 口を尖らせながら、燕は言う。

 

「ダメなもんはダメだ」

 

 しかし、垣根も今回ばかりはおいそれと頷くわけにはいかない。

 勉強などという行為に勤しむ連中は度し難いが、それを非難する事が正しいことではないと理解しているからだ。価値観は直ぐに変わらないが、自分自身に折り合いはつけられた。だからこそ、この場は引かなくてはならない。

 もし、自分が何気なく呟いた一言で周りからまた人が減れば……。

 恐ろしい。

 昔ならば普通だと思っていたことが非現実的になるとはな、と内心で自嘲気味に笑いながら垣根は言葉を続けた。

 

「俺は教えるのが苦手だからよ……。まあ、なんだ諦めろ」

 

「むむ……」

 

 燕も垣根の言わんとしてる事を理解はしている。……が、忘れがちだが燕はまだ小学生である。感情論で動く年頃なのだ。

 機微に聡いし、垣根を救ったほどの少女だが、それとこれとは別だった。

 

「……でも」

 

 と、動かない垣根の態度に、痺れを切らしたのかクラス中から抗議の声が上がる。

 

「そうだそうだー」

「垣根かしこいだろー」

「おしえてくれたっていいじゃない!」

「ドッジボールでのうりょく使ったくせにー」

「うんどうじょう穴だらけになってたぞー」

「レベル4のくせにけちだぞー」

「レベル4はけちなのかー?」

「はっ! レベル4もたいしたことねーなあ!」

「てかレベル4っておかねいっぱいもらえるんじゃ……?」

「おかねもち?」

「おかねもちだろー」

「かねもてぃだろー」

「おかねくれよー」

「ふりょーのくせにー」

「なまいきだー!」

 

「おいお前ら。何人か表出ろや」

 

 あまりにもの横暴さに、垣根も口をひくつかさざるをえない。

 しかも何個かはただの悪口である。加えて明らかに無関係な言葉まで混じっている。

 丸くなったとはいえ、看過出来ない事もあるのだ。中指を立てる事で、垣根は返答とする。

 

「おねがいしますていとくん! すこしだけ、すこしだけでだいじょうぶですからっ! むずかしい場所を、かいせつしてくれるだけでいいんです! ()()()()()()してくださいっ!」

 

「……む」

 

 燕の放った言葉に含まれていた『協力』の二文字に、垣根の表情が変わる。

 

(……協力、か)

 

 顎に手を当て、記憶を振り返る。

 そう。あの出来事を――――

 

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 ――全くもって、理解出来ねぇな。

 

 目の前で能力の精度を上げようと必死こいている連中を見て、垣根は吐き捨てるように内心でそう口にした。

 連中の中には、先日観察対象に指定した少女――長谷川燕の姿もある。額に汗を垂らしながら彼女達は必死に能力を行使していた。

 

 垣根達は現在、研究所にある能力の訓練所のような施設に来ていた。

 垣根は一度も訪れた事がないし、今後も訪れる気はなかったのだが。燕の能力の一端でも掴めるかもしれないと思い、付いて来たのである。

 燕は何を勘違いしたのか喜び、周りの人間は胡乱気に垣根に視線を送っていた。

 垣根が一睨み効かせれば視線が消えたのは余談である。

 垣根としては能力の訓練などというものに必要性を一切感じないので、壁に背を預けながら床に座り込んでいた。

 

(まあ、AIM拡散力場に関係する能力なんざ、直接知覚出来るはずもねぇか)

 

 予想していた事だが、落胆は隠せない。

 額に汗を垂らしていながら、彼女の心身共に大した変化も見られない以上、もしかしたら相当低いレベルなのかもしれない。

 

(……まっ。この女にそこは期待していねえからどうでもいいと言えばいいけどな)

 

 今の所有象無象と変わらない様子に、少しだけ興味が薄れて始めてはいるがな、と内心で続けながら、垣根はため息をついた。

 

(研究所を一変させた割には、どこにでもいる普通のヤツに見えるんだがな)

 

 この場所でも普通でいられる事が特別なのか? などと考えながら垣根は自分の手に視線を移した。

 手のひらを頭上に翳すと、その部分の空間が歪んだ。その歪みは徐々に収束していき、やがて白い物質が彼の手中に収まる。

 

(……はあ、くだらね)

 

 手を振って物質を霧散させ、垣根は天井を見上げた。

 そこには、無機質なコンクリートの天井が広がっている。以前研究所の天井を丸ごと破壊したばかりだというのに、直るのが早いななんて思考を逸らしながら。

 

「……はあ」

 

 視線を戻す。

 何故か視界いっぱいに映ったのは、燕の顔だった。

 

「うお――――つっ!?」

 

 思わず仰け反り、そして後頭部を壁に叩きつけてしまう。

 視界が点滅し、突然の痛みに柄にもなく目の端に涙が溜まる。

 

(ぶっ殺す――――ッ!!)

 

 垣根の行動は早かった。

 目の前にいる塵芥を殺すために、能力を発動させようとして――――

 

(――――ッ! クソがッ!)

 

 またしても、『何か』に能力発動が阻まれた。ならもう物理的に潰す、と垣根が燕の顔面を鷲掴みにしようと手を伸ばした瞬間、

 

「ていとくんっ! いまのもういっかいみしてください!」

 

「……は?」

 

 パアッと顔を輝かせながらそう言った燕に、垣根の思考が思わず停止する。

 そして再び稼働。

 この俺の本気の殺意を叩きつけられているというのに、なんでこんな平然なんだよ何者だこいつ――――とかなんとか思っているとまたもや燕が口を開いた。

 

「いまのっ! いまのっ! ねんどみたいなのをだしたやつ! もういっかいみしてください!」

 

「……粘土」

 

 垣根の気分がガタ落ちになった瞬間である。

 思い返すと確かに、粘土に見えなくもなかった。殺意が一瞬で削がれた。げに恐ろしきは燕の天然さか。

 少しだけいじけながら、垣根は素直に手元に白い物質を生成した。

 

(殺意が無ければ問題なく発動する? ……この女を迎撃しようとしたら自動で能力が阻害されてんのか?)

 

 いまここでこの物質を叩きつけたらどうなるんだろうか、などと思いながら垣根は燕に能力で作ったそれを放り投げる。

 

(精神系能力の類なら無意識に悪意に反応して、俺の精神を乱して間接的に演算の阻害をしている可能性はある。……が、それはない。精神系能力者の『超能力者(レベル5)』候補が別の研究所にいるのは確認済みだ)

 

 伸ばしたり丸めたりして遊ばれている能力の産物を見て、思わず背中から哀愁を漂わせながら垣根は思考を続ける。

 

(情報が足りねぇな。そもそもとして、能力発動の邪魔をしているのがこの女じゃない可能性すらあるしな)

 

 自分と同程度の価値を見出されているのなら、殺されるのは学園都市としても面白くないだろう。

 何かしらの防衛策を講じている可能性は十二分にある。これ以上は不毛とし、ひとまずはこの議論は終了である。

 右手を軽く振り、垣根は燕に遊ばれている物質を虚空に霧散させた。

 

「ああっ!?」

 

「人の能力で遊んでんじゃねえ」

 

 垣根にしては珍しく至極まっとうな意見である。燕も言い返すことが出来ないのか、ぐぬっと言葉が詰まった。

 

(……初めて口喧嘩で勝った気がする)

 

 少しだけ、気分が良くなった。自然と頬が緩んでしまう。

 気分が良くなったついでに垣根は気になっていた事を燕に尋ねた。

 

「なあ」

 

「?」

 

「なんで、『ひとりぼっちだから』話しかけてきたんだ?」

 

「……」

 

「お前はあの時言った。『ていとくんがひとりぼっちだからです』と。何故だ? 俺がひとりぼっちであることと、俺に話しかけることの何が関係ある?」

 

 ――理解出来ない。無駄な行為でしかない。意味不明だ。

 

「俺がひとりぼっちでいようが、んなもん勝手だろうが」

 

 ――なのに何故、

 

「答えろ。長谷川燕」

 

 ――何故、質問したのだろうか。

 

「……」

 

 垣根が口を閉ざす。答えを待つ、とばかりに。

 燕は垣根の瞳から、何かを感じ取ったのだろうか。ゆっくりと頷いてから、口を開いた。

 

「……一人は、とても、とてもさびしいことだからです」

 

 あ? と。垣根の呼吸が止まった。

 それを無視して、燕は言葉を続ける。

 

「ていとくんが、ほんとうに一人が好きなら、わたしも話かけなかったかもしれません」

 

 ポツンと残された自分。

 変わっていく周囲の顔。何も変わらない自分。それに苛立つ自分の心。

 

「ていとくん――あなたの目は、とても、ひとりぼっちを楽しむひとの目じゃ、ありません」

 

『……くそっ』

 

『長谷川燕には何がある……?』

 

 思い起こすのは、ここ最近の自分自身。

 自分は何故あの程度で苛立ったのだろうか。

 自分は何故、変化をもたらした長谷川燕の事を()()()()などと思ったのだろうか。

 相手を理解しよう、なんて考えは良くも悪くも垣根帝督にはなかったはずのもので。理解しようとする行動、思考の原理は、他人との交流を図ろうとした人間こそが起こすもので。

 それは、つまり――――

 

「……、」

 

 無意識に思考は回る。

 答えに辿り着く。辿り着いてしまう。

 心臓が停止してしまいそうな程の衝撃を受ける。呆然としてしまい、周りの光景がものすごく遅く感じる。

 一瞬が永遠に続くような感覚に埋没してしまう。そんな、壊れてしまいそうな垣根に、

 

「わたしは、もしかしたらよけいなことをしたのかもしれません。けど、ていとくん」

 

「……」

 

「――――わたしは、あなたを知りたかった」

 

 儚気に笑いながら。燕は、止めを刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「……わかった。やってやる」

 

「っ! ほんとうですかっ!?」

 

 やったー! と諸手を挙げて喜んでいる燕の姿に内心で笑みを浮かべ、

 

(……理解はできねえ)

 

 けど、納得は出来るかな。

 

 はしゃぎ過ぎたせいで、床にランドセルの中身をぶちまけ涙を浮かべる燕の姿を見ながら、垣根は静かに笑った。

 




研究所時代のお話と並行しての書き方はこれで終わりかなーと。
研究所での垣根と燕の会話がうまいこと出来なさすぎてつらい……違和感を感じたら教えてもらえると助かります……若干投げやり感はあるので……。
今回の話を読んで、一方通行の打ち止めとの会話を思い浮かべた人もいるかもしれません。ある意味では作品全体を通してのテーマですので、一方通行と垣根の対比を楽しんでください。(展開予想はダメだよ!)
書き始めた理由が『俺なりのていとくん及び禁書の考察を小説にしちゃるぜ!』だったりします。そうなると一方通行との対比は外せないんですよね……。

偏差値六十五に「十分たけーよ!」と言ってた上条さん。とある高校の中でもおバカと言われている上条さん。しかし流体力学なんて言葉が戦いの最中にポンと出てくる上条さんェ……。

さて、次は大覇星祭編(編?)。それが終わったら一気に時間が飛びます。

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