とある過去の未元物質《ダークマター》多分 一時凍結   作:吉田さん

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お待たせして申し訳ございません。そして待たせた割に短めでさらにすみません。でもここがキリが良かったもので()


二話

『私のなまえは長谷川燕です。あなたのおなまえもおしえてはくれませんか?』

 

『らんぼうはダメですよっ! ほら、いっしょに謝りましょう! 』

 

『あいさつはきちんと返す。これがともだち作りのだいいっぽ、なのです』

 

 ――なんなんだ、こいつは。

 

 それが垣根の燕に対する印象だ。

 この研究所で、垣根に好き好んで話しかけてくる人間はいない。いるとしたらそれは損得の絡む『裏』があるか、もしくは下剋上を目論むバカがつけあがって挑んでくるだけだ。

 それ以外の者たちは皆、垣根に負の感情を孕んだ視線を向けてこそいれど、垣根に話しかけたり頭を掴んで下げさせようなどという愚行に及ぶ事はない。

 

 垣根帝督に対して不敬を働けば、それ相応の報いが起こると理解しているために、誰も彼もが垣根帝督という少年に絡もうなどと思わないのだ。

 

 だというのに、目の前の少女は周りから垣根の事を聞き及んで理解しているであろうに、垣根に歩み寄ろうとする。今も彼女の友人であろう少女に止められようとしているのに、彼女は「だいじょうぶです」と微笑みながら垣根の元へとやって来る。

 

 邪気のない声で自分に話しかけ、裏のない笑みを浮かべて手を差し伸べてくる。

 それを見た垣根の心中に生まれたものは、苛立ち以上に困惑だった。

 

 先日、垣根が燕に暴行を諌められて以来、燕はこれまで以上に垣根によく話しかけてくるようになった。

 どれだけ垣根が燕を邪険に扱おうと、どれだけさりげなく能力を見せびらかして自分という脅威を示そうと、燕は気にも留めない。彼女は何度でも、何度でも垣根に話しかけてくる。

 

 実は燕は俗にいうぼっちであり、燕の話し相手が垣根くらいしかいない――などという事ではない。

 

 彼女と研究所にいる子供達との仲は極めて良好だ。あの屈託無い笑みを前にすれば捻くれた人間でも――否、捻くれた人間だからこそ、彼女と打ち解けてしまう。

 

 垣根にとっては本当に釈ではある事に、彼女が来てから研究所にいる子供達の雰囲気がガラリと変わった。

 能力の強度を上げようと躍起になる子供は減少し、普通の子供のように笑い、涙を流す子供が増えた。垣根に向けられる負の視線も、何と無く、その()()()()()()()が変化したように思える。

 恨み嫉み嫉妬ではない何かに、負の感情が変化したように思えるのだ。

 

(……なんだ、長谷川燕になにがある?)

 

 長谷川燕という少女相手に思うところが出来たために、垣根は研究者にさり気なく探りを入れてみたが、長谷川燕の情報は中々にランクが高いのか返答はどれも要領をえないもので彼の望むものではなかった。

 故に、彼は思考する。未だに全貌を捉えられない長谷川燕という少女の器を測ろうと思索する。

 

(俺の能力がうまく演算出来なかったのもキナ臭ェ。精神に干渉する類いのものか? ……いや、能力発動にまで影響が及ぶとすれば流石に精神系能力者専門の研究施設に行くか。確か、精神系能力者のレベル5候補が二人――――)

 

 執拗に話しかけてくる燕を無視しながら思考を巡らせ、垣根は熟考する。

 元々この研究所は珍しい能力者を集めて開発と研究を進めている施設だが、その中でも燕の能力は自分に近い、もしくは同等の価値を学園都市からは見出されているらしい。見るからに間抜けそうな少女と同レベルに扱われているのは割とカンに触る事実ではあるが、それは今は置いておこう。

 

「むぅ。聞いているのですか?」

 

 垣根の反応がない事に気付いたのか、燕が眉をひそめ頬を膨らませるが、垣根は彼女を完全に視界から外し、顎に手を添え瞳を閉じる。

 

(演算――いや、能力を阻害する系統の能力となれば残る答えはひとつだけだが……)

 

 AIM拡散力場に干渉する能力。

 

 AIM拡散力場は、能力者を多数擁する学園都市でもその全容は掴めていない代物だ。すべての能力者が無意識のうちに身体から放出している微弱な力であり、能力者が扱う能力と密接に関係している力場。

 それに干渉する類の能力者ならば、垣根の能力を阻害出来たのにも納得が出来る。

 

(……中々に厄介な能力だ)

 

 垣根にしては珍しく、素直に燕の能力の高さを認めた。

 強固な自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)を持つ垣根のAIM拡散力場に干渉し、能力の阻害を行ったのだ。彼女の演算能力の高さは認めざるを得ない。

 

 だが、

 

(……それがこの研究所の空気の変化に直接的に結びつくかと言われれば、否だ)

 

 垣根が知りたいのは、そこだ。

 あそこまで鬱憤としていた研究所の空気を一変させた『何か』。自身に向けられる視線の意味を変化させたであろう要因の『何か』。

 その『何か』を、垣根は知りたかった。

 

(能力を使って脅した? それはねェ。んな事が出来るような人間(タマ)じゃねェ。今見せてる顔に裏があるってんなら、それはそれで大したもんだが……)

 

 チラリと、横を見る。

 そこでは燕が嬉しそうに何やらペチャクチャと喋っていた。思考しながら頷く癖により、垣根が自分の話を聞いていると思ったのだろう。もしそうでないのなら、彼女の話相手は垣根でなくて電信柱で構わない。

 

(……ガラじゃねェが)

 

 少しだけ、少しだけ彼女と会話をしてみるのも悪くないかもしれない。

 そうすれば、自分では見つけられないパズルのピースを見つけられるかもしれないから。

 研究所をここまで変えてのけた少女に対して垣根は今、少しばかりの興味を覚えた。

 

「……おい」

 

「それで――――」

 

 話しかけても気付かない燕に苛立ち、思わず声を荒げて呼びかける。

 

「おいっ!」

 

「ひふっ!?」

 

 滑稽な程に肩を震わせ目に涙を溜め始める少女に、垣根は「選択を間違えたか……?」と内心で思いながらも、それを押し殺して言葉を続けた。

 

「なぜ、俺に話しかける?」

 

「ていとくんがひとりぼっちだからです」

 

 その日、研究所の屋根が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれは俺、悪くねーよな」

 

「? どうかしました?」

 

「なんでもねェよ」

 

 授業は終わり、給食の時間。

 割り当てられた班ごとに机を連結させ、皆で顔を合わせ、和気藹々としながら食事を取る。

 コミュ症の垣根には難易度が高そうな任務だが、燕が同じ班でかつ真向かいなためか、彼に然程の緊張感はなかった。過去の記憶に思いを馳せる余裕すらある。

 

(ひとりぼっちって、おまえ)

 

 コッペパンを千切り、口に放り込みながら垣根は思わず乾いた笑みを浮かべる。

 今でこそ笑い話だが、あの時の自分はそれはもう怒り狂った。何故あそこまで切れたのかと訊かれれば、おそらく無意識のうちに思うところがあったのだろうとしか言いようがない。

 

 不思議そうな顔をしながら顔を覗き込んでくる燕を見て、垣根は目を瞑りながら咳払い。

 その後彼は、燕の顔に自らの顔を近づけ。小声で話しかけた。

 

「……な、なあ。ドッヂボールとやらに誘われたんだが、なんだそれ?」

 

「ドッヂボール、ですか?」

 

「あ、ああ」

 

 席を連結させた事により、隣の席となった短髪の少年をチラリと視線だけで見ながら垣根は燕の答えを待った。

 無知な事を知られるのを恥ずかしいという、ごく当たり前の感情だった。そのごく当たり前が今までなかった垣根だが、その事に彼は気付いていない。

 

 尋ねられた燕はというと「そうですねぇ」と前置きし、

 

「ボールの当て合い、ですっ」

 

「球の当て合い、か」

 

 なんだ、楽勝じゃないか。垣根は不敵に笑みを浮かべる。

 脳裏に浮かぶのは、能力で生み出した球体で(人間)サンドバッグを蹂躙する光景。まるで帝王のように高笑いしながら、豪速球を投げ付ける自分の姿。

 

 余裕だ、と垣根は笑う。

 

『無能力者でも分かる友達の作り方』という本でもみんなに良いところを見せれば、一躍ヒーローで人気者になれると書いてあった。

 周り全てを薙ぎ倒してしまえば、自分は一躍ヒーローに――――

 

「ただ、当たったらがいやに行かされます」

 

「外野……?」

 

 イマイチ分からないルールだ。そう思った垣根は続きを待とうと、彼女の言葉に真剣に耳を傾け――――ようとしたところで垣根の優秀すぎる脳は、その言葉の意味を瞬時に理解してしまった。

 

「……ッ!!」

 

 脳内に電流が走るとは、まさにこのことか。垣根は大きく目を見開きながら、ドッヂボールという遊びの恐ろしさに戦慄する。

 

(外野、つまり用無し……役立たず……ッ!!?)

 

 負けた者に、用はない。

 つまるところ、ドッヂボールとはそういう事なのだろう。負ければ外野に連行され、友達の輪というものに加わる事は未来永劫許されない。謂わば、友達になるための一次試験。

 

(成る程な。確かに、『友達』っつう概念は雲を掴むみてェに手応えがない)

 

 謂わば、知り合いと友達の境界線。自分だけが友達だと思っていた最悪のパターンを回避するための試験とも言える。

 

(思い返せば。幼稚園ではじゃんけんが全てを支配していた……)

 

 つまり、小学校ではドッヂボールを制するものが森羅万象を制するのだろう。

 恐ろしいが、合理的でもある。垣根は素直にそのシステムに関心した。

 

(危なかった。負ける気は元々なかったが、ドッヂボールの意味を知ってるのと知らないのではかなり違ってくるからな)

 

「感謝するぜ」

 

「? ……はいっ!」

 

 垣根の感謝の言葉を、燕は朗らかな笑みを浮かべながら受け取った。

 

 

 なお、余談だが。垣根はドッヂボールで張り切りすぎて空回りしたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前半部分は1ヶ月前に書いてたのに(空いた更新期間を見ながら)ドウシテコウナッタ。もしかしたら加筆するかも?その時は次の話の前書きあたりで伝えますね。

はあ。モチベーションが欲しいなあ。

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