とある過去の未元物質《ダークマター》多分 一時凍結   作:吉田さん

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うまく書けているだろうか、ものすごく不安です。


一話

 学園都市。

 東京西部を切り開いて作られた、超能力開発のための空間。総人口二百三十万人弱の内の八割が学生という、学生の街。

 その学生は実生活で使える使えないは別として、皆が例外なく『超能力』に覚醒している。

 その能力の種類は多種多様。誰もが一度は憧れる所謂空間移動や世間で最もメジャーだと思われる念動力。汎用性の高さがピカイチ電撃使い。更には学園にも一人しか存在しない希少な能力者。外とは十年以上の技術力の高さを誇る学園都市でさえ一切解明不可能とされている全くの未知な能力者までもが存在する。

 

 それが、学園都市。

 

 さて、そんな学園都市は前述した通り学生の街だ。学生と聞けば大抵の人間が中高生を連想するかもしれないがこの場合、学生の中には当然、幼稚園児や小学生も含まれている。

 

 第十三学区。小学校の集中する学区の通学道路、そこで二人の子供が学校へ向かっていた。

 にこやかに笑う少女がどこかしら憂鬱な表情をしている少年の手を引く形で、彼らは少しずつ学校との距離を縮めていく。

 

 垣根帝督と長谷川燕。学園都市に住んでいる少年少女である。

 

 学校への距離が近づくにつれて、二人の間の会話は自然と少なくなっていった。

 垣根の額には汗が滲んでおり、不安気な色を表情に映している。そんな垣根の心境を感じ取ったのか、時々燕は垣根の方へと振り返り、

 

「だいじょうぶです。いまのていとくんなら、きっとみんなと仲良くなれます、ですっ!」

 

 そう激励(?)を飛ばす。それを受けた垣根は不敵な笑みを浮かべるが、それが強がりであることは明白だった。顔はひきつっているし、変な汗はとめどなく流れている。

 それを理解しているからか自然と、垣根の手にこめる力が強まった。

 

(……っ。何をビビってるんだ俺は。超能力者(レベル5)に最も近いんだぞ、俺は。その気になれば、学校ごと破壊できる……ッ!!)

 

 破壊したら色んな意味で無価値と化すのだが、緊張感により思考回路が単調となった垣根には判らない。目をぐるぐると回しながら、垣根の頭脳は思考(暴走)を続けていく。

 

(取り敢えず俺の邪魔をする奴は片っ端から潰すから覚悟しろ――じゃねぇ。頑張れ垣根帝督。俺はやれば出来る子だ)

 

 垣根が学校に通うのは、幼稚園の始めの方以来の事だ。研究所に入り浸っていた垣根には、他の生徒との距離感を詰めるなどという哲学的なものを理解出来ない。

 だが、これから通う学校では友達という曖昧な概念を捉えなければならない。垣根の心が圧迫されるのは自明の理だった。

 

 天才故に、垣根はそんな簡単な事すら、知らなかったのだ。

 

(友達、か……)

 

 垣根がそんな事をぼんやりと考えていると。

 ふと、燕の足が止まった。それを見た垣根の足も、燕に倣うかのように自然と止まる。

 視線を上げると、その先には一軒の学校がそびえ立っていた。

 

 一言で言うなら、ボロい。いや、風情のある、といえばいいのだろうか。

 

 最新の科学技術が詰まった学園都市において、まさに時代錯誤といった言葉の似合う外観だった。

 昭和の学校を連想させる木造建築の校舎。校庭に植えられている桜の花が舞い散る光景が、なんともいえない奥ゆかしさを生み出している。

 日本人である垣根には、言葉には出来ないが感じる物があったのだろう。先ほどまでのごちゃごちゃとした思考がクリアになり、彼は校舎を見つめていた。

 

「ここが、今日からていとくんも通う学校、なのですっ!」

 

 校舎を見て、思いに耽っていた垣根に顔を向け、燕はそう言った。

 

 そのままじゃじゃーん! という効果音の付きそうなポーズを取り、燕は学校を指差し垣根の手をぐいぐいと引っ張りながら校舎に入ろうとする。

 

 思いを馳せ、半ば放心状態だった垣根はその感覚にハッとなり、燕の後に続いて校舎へと足を踏み入れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カッカッカッ、と垣根は軽快なリズムを鳴らしながら黒板にチョークを走らせる。学園都市でも上位に位置する頭脳を持つ垣根である。この程度のことは当然であり、朝飯前だった。

 だが、他の人間からしたらそうではない。小学生とは思えないほどな見事な達筆に、生徒と教師は口をぽかんと開いた。そんな周りの様子を気にすることもなく、垣根は最後に『帝督』と記すと、クラスメートと向き合うように振り返る。

 教室の前に立った。黒板に字も書いた。後は自分の名前を告げて頭を下げるだけだ。

 

「……」

 

 そう、それだけのこと。簡単な事だ。普通の人間ならば。

 

「……」

 

 垣根は入って早々に学校(幼稚園)をくだらないものだと見なし、数回通ってからは行っていない。卒園式すら無断欠席の不良男子である。

 

 そんな彼に、大勢の前で友好の念を示す挨拶を述べるなんて不可能である。そのようなコミュニケーション能力を、垣根は有していない。これが「この学校を支配する」とかいう魔王様プレイなら可能ではあるのだが。

 

 コミュニケーション能力強度がレベル5(垣根視点)の燕による協力と、図書館で発見した『無能力者でも出来る、挨拶の仕方』、垣根の演算能力を出し惜しみする事なく使用したイメージトレーニング、と準備は万端のはずだった。

 

「……え、あー。あ?」

 

 これが、学校という社会の縮図を放棄した人間の末路である。

 垣根は周りの様子を気にしなかったのではなく、気にする余裕がなかっただけだった。

 イメージトレーニングは所詮、イメージトレーニングでしかなかった。繋がりを求める対話ではなく、繋がりを断つ対話しかしてこなかった結果。首を傾げてこちらを見るクラスメートを前に、自分からすれば塵芥程度の能力しか持たない者達を前に、垣根は萎縮してしまう。

 コミュニケーション能力が著しく欠如した彼の背中は、とても小さかった。

 

 そんな時だった。

 

 ポンっと、後ろから肩を優しく叩かれる。

 

 その感触に驚いたように目を見開いた垣根は、その人物の方へゆっくりと顔を向けた。

 そこでは、今日から垣根の教師となる男が、優しく微笑んでいた。それを見て恥ずかしそうに顔を赤くして逸らした垣根は、ぽつりと一言。

 

「……垣根、帝督。今日から世話になる」

 

 おおよそ、小学生のするような挨拶とは思えないほどにぶっきらぼうなそれ。

 だが、それでも垣根としては大きな一歩だった。

 

 パチパチ、と先生が手を叩く。アホみたいに盛大な拍手を、燕が送る。

 それに釣られたかのように、教室中から垣根に向けて大きな拍手が鳴り響いた。

 

 それらに迎えられながらも垣根は、どこか悪くない感覚に戸惑いながら、割り当てられた席に着く。

 

 偶然か、それとも学校側の配慮なのか、垣根の隣の席に座していたのは燕だった。

 燕は心底嬉しそうな笑顔を浮かべながら、垣根に声をかける。

 

「ほら、ていとくんもみんなと仲良くできるんですっ」

 

 燕の言葉に、垣根は数瞬だけ考えるような素振りを見せ、

 

「……そう、だな」

 

 首肯した。

 

 その言葉に、燕は更に破顔し、垣根は照れ臭そうに頬をかいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、そがぁぁああああっ!!」

 

 苦渋にまみれた顔で叫びながら、スポーツ刈りの男が左手から炎を噴出した。噴出された炎の渦は、そのまま標的へと襲いかかる。

 床を焦がしながら襲いくるそれに、標的――垣根帝督がした事は至極単純だった。

 

「……」

 

 右手を、横に薙ぐ。

 

 周囲に飛ぶ鬱陶しい虫を払うかのような、単純な動き。それだけの動作。それだけで、

 

「うそ、だろ……っ!?」

 

 男の放った炎は、垣根に触れる事なく霧散する。それを見た男の仲間に、動揺が走った。

 

 男には、垣根がなにをしたのか全く理解出来なかった。

 呆然自失といった状態の男を見て、垣根はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「ふんっ」

 

 ゴッ!!という轟音が炸裂した。

 直後。三人の男達が宙を舞い、そのまま壁に勢いよく叩きつけられる。

 

 壁には大きく穴が開き、男達は意識を失いながら崩れ落ちた。

 

「……」

 

 そしてそんな光景を生み出した少年、垣根帝督はあの日以来晴れないモヤモヤ感に苛立っていた。

 

 あの日――長谷川燕と名乗る少女との対面の日は、垣根帝督という個人に大きな『何か』の爪痕を残した。

 捉えきれない『何か』が、垣根の心体を蝕んでいく。己の知らない感情に、垣根の苛立ちは増していく。

 

 それを晴らすための、男達。

 

 これまでと同じように、垣根は格下をぶっ飛ばした。自分の気を晴らすために、垣根は有象無象を(こわ)して(こわ)して(こわ)し尽くした。

 

 だが、男達を壊しても鬱憤は晴れず、寧ろ一層『何か』は強まった。

 

 これまでとは違い、垣根の喉につっかかった『何か』を取り除く事が出来ない。

 

「……ッ!!」

 

 ギリッ、と歯をくいしばる。

 

 原因は分かっている。この意味不明な状態に陥ったのはそれを見た瞬間だったのだから。

 だが、原因は分かっても結果として起きた事象が掴めない。まるで雲をつかむようだと、思わず舌を打つ。

 

「……ムカついた」

 

 垣根の背後の空間で、白い物質が生成されていく。それは徐々に長く細く形を成していき、やがて槍のような形状に至る。

 

 これが垣根の能力。能力名はまだない。そもそもこれがどういった系統の能力に属するのかも全くの不明。

 あるいは、全く未知の能力ではないかとすら謳われている異能。

 

 先端を鋭く尖らせたそれは、例え鉄であろうと容易に穿つ。

 それらを、気絶した男達へと照準を合わせる。

 

「……」

 

 殺しはしない。先も言ったように所詮これは憂さ晴らし。男達は垣根にとってサンドバッグでしかなく、垣根はその行為を咎められた事もないためにそのような認識が覆る事もない。

 

 善と悪の境界。光と闇の狭間。道徳心などというものを、垣根は教わった事が――ない。

 

 故に、これは自明の理だ。

 垣根は目の前のサンドバッグを殴り飛ばし、サンドバッグはサンドバッグらしく殴り飛ばされる。

 

 ゆっくりと右手を挙げ、軍隊の指揮を冠する軍師が如く、垣根が槍を放とうとした、まさにその瞬間。

 

「ストップですっ!」

 

 凛とした声が、垣根のいた場所に響いた。

 

「――――」

 

 初めての出来事に、垣根の思考が一瞬停止する。降ろそうとした右手は挙げられたままで、垣根の周りで待機していた槍が演算の乱れにより空気に溶けていく。

 

 垣根の視線は、既に男達の方へと向けられていなかった。

 

 その視線は、顔は、乱入してきたイレギュラーへと、

 

 腰に手を当て、私怒ってます! といった顔をしている少女へと向けられていた。

 

「……、」

 

 何か、何かが垣根の心に引っかかった。気がした。

 そんな垣根の思惑を一切知らぬ少女――燕はビシッと垣根を指差し、清廉な声音で言葉を紡ぐ。

 

「弱いものいじめはっ、ダメですっ!! みんななかよく、ですっ!」

 

「…………は?」

 

 燕の言葉に、垣根は彼にしては珍しいことに困惑した。燕の口にした言葉は、垣根にとっては異世界の言語のような言葉だった。

 

「どんな理由があったのかはしりませんが、これ以上のばんこうは見すごせませんっ!」

 

 たどたどしく言葉を紡ぎながら、燕は言葉を続ける。

 

 ごく当たり前の、しかし垣根にとっては未知の言葉を。

 

「ふしょうこの長谷川燕っ! わるい事をしたあなたを怒りますっ!」

 

 これが垣根帝督にとって人生で初めての、怒られた日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況を整理しよう、とばかりに垣根は顎に手を当て思考を巡らせた。

 研究所にいたら目の前にいる少女に話しかけられイラつきが増すので、垣根は外に気晴らしに出ていた。

 だが、いくら外を歩こうと怒りは収まらず、下を向いていたおかげで前方不注意となっていた垣根は男の三人組と身体がぶつかり、そのまま尻餅をついて転倒。

 

 火に油を注ぐとはまさにこの事か、垣根の怒りは有頂点に達し目の前にいた男の一人を怒りのままに吹き飛ばした。

 その事に固まった残りの二人のうち、もう片方もまた同様に吹き飛ばす。

 思考がようやく追いついたのか、最後の一人が垣根に襲いかかり――そして今に至る。

 

(……。なんでこいつはこんなに叫んでんだ?)

 

 突然の事に一周回って怒りが収まったのか、垣根は不思議そうな顔をしながら燕に問いかけた。

 

「なんでこんな場所にいるんだ?」

 

「はやくあやまりますよっ! わたしも頭を下げますからっ」

 

 ダメだ言葉が通じない。

 なにをトチ狂ったのか、近づいてきた燕は垣根の頭をぐいぐいっと下げさせようと髪の毛ごと掴む。痛かった。単純故に、普通に痛い。

 

 ブチッと、血管の切れる音が鮮明に響いた。

 

 音源はもちろん垣根の額から。そもそも、垣根が先ほど苛立っていたのは誰のせいだったか。

 

(……ああ、そうだよな。原因は取り除かなくちゃならねえ……ッ!!)

 

 この不届きものには分からさねばなるまい。自分に不敬を働く事が、どのような報いを受けるのかを。

 

 垣根は演算を開始し、少女を気絶させぬ程度の攻撃を加えようとし、

 

(……あ?)

 

 能力がうまく発動しない予兆を感じ取った。

 言葉では上手く説明出来ない。今まで感じ取った事のない奇妙な感覚に、垣根は今から行使する予定だった能力が発動しないと察知した。

 

 事実、今頃垣根の足元に横たわっているはずの燕は一向に倒れる気配がない。今も懸命に垣根に頭を下げさせようとし、それ以上に燕自身が気絶している男達に向かって謝り続けている。

 

 珍しく困惑しながら垣根はこの状況を生み出した可能性に目線を配った。

 

(こいつの能力か……?)

 

 他に考えられる要因はない。なかなかどうして、この少女は自分を狂わしてくるらしい。

 

「……ちっ」

 

 燕の手を強引に振り払い、垣根は踵を返す。

 後ろから「ううっ。ふりょーしょうねんのこうせいの道はとおいですっ」と燕がなにやら呟いているが、垣根は無視した。

 

 思えばこれが、垣根帝督と長谷川燕の、本当の意味での出会いだったのかもしれない。

 




燕に能力が効かなかったのはていとくんが苛立ってたり、思いっきり距離が近かったりと様々な要因が上手いこと繋がった結果です。
燕はめちゃくちゃ高レベルなのか!? という誤解を招かないように一応ここに記しておきますね。

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