モンスターハンター 紫煙の狩人 第二回アンケート実施中 作:蜘蛛の意図
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「あ、んたが……『紫苑の……荼毘』………っっっっ!?」
「……君は……?」
テノアの呻くような、しかしはっきりとした声に気が付いたのか『紫苑の荼毘』はテノアの方向を向いた。騎士のような甲冑のせいで顔が完全に隠れてしまっているので表情はまるで読み取れなかった。
「わ、私の…そ、装備と顔を見て、まだ………まだ思い出せない?!」
まるでその大型飛竜に睨まれているかのようなプレッシャーで若干言葉がつまりつまりになったが何とか言えた。『紫苑の荼毘』も思い出したかのような仕草をした。しかしそのあとどこか少し苛立っているかのような雰囲気も漂わせていた。
「……その騒がしい声で今思い出してしまったよ。狩場で一喜一憂している素人丸出しのハンターの姿をね」
「は、は、はぁああああああ?!ど、どういうことよ?!!」
「それを言わなくちゃいけない義務は僕にはない。それに僕には新しい用事ができた。通してくれないかな」
「……っく……!!」
テノアが顔を下にうつむかせたことを『紫苑の荼毘』は肯定ととらえクエストカウンターに歩き出した。しかし、それが誤りだった。テノアはそこまで潔くも諦め癖もついていなかった。
「!!ちょっとニャンコック!!こんな大変な時に一番後ろで逆立ちしながらきれっきれにフラダンスしてるってどういうことなの?!!」
その緊迫した口調と内容のせいで思わずハンターたちは後ろを振り向いてしまった。ニャンコックとはこの集会場の専属料理人であり、アイルーらしいのだが、よく言えば突然変異したとても大きく立派なアイルー、悪く言えば猫のような着ぐるみを着た肥満体系中年の様な要望をしている存在である。普段はむつごそうなチーズが入った鍋をかき混ぜてるイメージしかないため物珍しくそして信じられないといった心境だったのだろう。下位ハンターも上位ハンターも、そして、
『紫苑の荼毘』すらも興味本位とはいえ後ろを向いた、向いてしまったのである。
そしてそれからのテノアの行動は迅速だった。その場でターンしクエストカウンターに一直線に走りこんだ、『紫苑の荼毘』が持っていた依頼書を一瞬で強奪した。『紫苑の荼毘』もそれに気が付いてすぐにつかもうとするとするも一歩足りなかった。
テノアは依頼書をクエストカウンターにたたきつけて『紫苑の荼毘』の方向をキッと睨んだ。『紫苑の荼毘』も甲冑のせいで見えないが剣呑とした視線を向けていた。
「……全く……君はメラルーかい?言っておくけど、今僕は軽くキレてるよ?」
テノア若干顔をひきつらせながらも
「じゃあ切れてるところ悪いけど、依頼書をクエストカウンターに先に出したほうがクエストを行う権利がある。……ハンターなら常識よね……?!もしこのクエストにゅうわなあをやりたいんだったら」
「まぁま、二人とも落ち着きな」
ピリピリとした見えない雰囲気が漂っていた二人の間に入ってきたのはこのハンターズギルドをまとめあげるギルドマスターだった。
「このまま問答しているうちに古代林の被害は広がっているばかりだ。ここはあんたが折れてあげるべきじゃないのかい、シエン」
「ギルドマスター……正気の沙汰とは思えません。幾ら下位の狩場とはいえ、高難易度クエストに下位ハンターを連れていけだなんて……」
『紫苑の荼毘』……いやシエンは、苛立たしげにギルドマスターに文句をつけた。しかしギルドマスターはそれにまったく狼狽える事無く話をまとめる。
「じゃあこうしようか。この子が担当するのはあくまでサブクエストのマッカォの討伐のみ。後の飛竜二体はあんたが全担当する。報酬もほぼ全額アンタの物、それでいいね?」
説明し終えたところでギルドマスターはシエンのほうを見た。柔和な顔を作ってはいるがそこにはプレシャー以外は全く感じられなかった。そしてその約十数秒後、シエンは諦めたような様子で両腕を挙げた。
「降参ですよ、わかりました。無駄で無意味で無価値ですが、彼女を連れて行きますよ。そしてさんざん酷評すればいいのでしょう?わかりましたよ」
「よろしい」
半ば投げやりなシエンの言葉にしかしギルドマスターはにっこりと笑って対応したあと、周りを見て彼らの騒ぎを見ていたハンターたちに声をかけた。
「じゃあ決まりだね、みんな文句は無いかい?」
その言葉に反対する者は一人としていなかった。
*
『彼』は古代林を走っていた。最近母とともにこのあたりに住み着き狩りをしながら生活を行っていた。この古代林を『彼』はなかなか気に入っていた。自分が生まれた周りに氷の海しかない氷山と違って住みやすい天候や気温、そして何より自分たちが生活していくために必要な食糧が多く存在していた。そして『彼』は今、
『(やった!!今日はラングロトラを狩ることができた!!母さんもきっと喜んでくれるぞ!!)』
『彼』はその大きな口で手足がもがれた赤甲獣ラングロトラと思われる残骸を持ち運んでいた。今まで狩っていたドスマッカォなどとは比べ物にならない肉厚な感じがまた『彼』に気分を高揚させていた。最近母は齢が来たのか最近どこか弱っていた印象があった。きっと『彼の同族』なら好機と考え襲い掛かるだろう、しかし彼はそのようなことは一切しなかった。『彼』は自らの欲望に忠実に生きている『彼の大元の種族』とはかけ離れた気性の持ち主だった。狩りだって必要以上はしていない。母や同族から見れば甘いと言われてしまうがこればかりはしょうがなかった。
『(……あれ?なんだこのにおい……?!母さんのにおいだよな……?)』
そして走ること数刻彼は母と待ち合わせをしていた場所の近くまで来たときに異変に気が付いた。『彼』は鼻がとてもよく効きいつもはこれで獲物の位置などを詳しく把握したり、母のいる方向などを探り当てたりしているのだが異変があった。
『(なんで………なんで………こんなに臭いんだ……?!!……まるで腐ってるみたいな………?!!)』
『彼』は咥えていたラングロトラを投げ捨て、全速力でにおいの方向に走って行った。そして巨大な木がまばらに生えている場所に来たとき『彼』は思わず絶句した。そこには、
原型をほとんどとどめていない変わり果てた姿の母だったものがそこにあった。
『(…………は?)』
そのとき彼の中の何かが弾けた。
*
ところで、この臭いにつられてやってきた生物がまだいた。毒怪鳥ゲリョス。体内に生物を絶命させるほどの猛毒と縦横無尽に暴れまわることができる狂走エキスをその身に持つ不気味な容貌をしたモンスターである。このモンスターは毒を一切受け付けない体をしているためこの毒による腐敗臭をものともせずここまで飛んでやってきたのだ。
しかしそれが、奴の終わりの始まりだった。
『お前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!』
『?!!』
彼がその場所に着地しようとした瞬間、突然死角からものすごいスピードで自分と大体同じぐらいの大きさくらいの飛竜が爪を突き立てながら突撃してきた。この突進によって10メートル弱もその方向に吹き飛ばされてしまっていた。その瞬間にゲリョスは一瞬で確信した。
こいつを敵に回すのはまずい。このままでは間違いなく殺される、と。
そして、ゲリョスはそのままよろめくような振りをしながら地に伏しそのまままぶたを閉じた。これだけではただ死んだようにも見えるが、これこそがゲリョスだけが持つ特技死んだふりである。もともとゲリョスの肌はゴムのような感触で食用できないためモンスターはこの時点でわき目も振らず去っていく。もし食べにこようとしても噛みつこうとした瞬間に至近距離で暴れ、自分のもう一つの武器である閃光を発するトサカを使って逃げおおせてやる、と考えていた。しかしそれはあまりにも侮っていたとしか言えないだろう。何せ今ゲリョスの前にいるのは
ぐちゃっ!!!
『どこだ』
ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!
『どこにいる』
ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!
『母さんを………母さんを……』
ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!ぐちゃっ!!!
『母さんを……殺したくそ野郎はぁああぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁ!!!』
その身を焦がすほどの憎悪を燃やす【虎の王】の名を冠する古代を感じさせる飛竜、
轟竜ティガレックスだったのだから。
その後その場所には紫色の肉片しか残っていなかったらしい。