新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】   作:ジマリス

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11 削られ潰され一人になっても

暗い。暗い。どこまでも暗い。

目を閉じてるのか開いているのかわからなくなるほどに、どこまでも暗い。

そこはダークメガミの中身。

その中で、立っている三人がいる。私とうずめ……そして、くろめ。

闇で佇む敵へ、私たちは近づく。

私がここへ入れたこと、バトルスーツも問題なく作動することが幸いだ。

それにしても、ここは異様で奇妙な空間だ、と私は思った。

足音や作動音は一切響かないのに、呼吸は普通に聞こえる。心臓が早打つのもよく感じられる。

 

「まさか、この中に入ってくるなんてね」

 

くろめは閉じていた目を開けて、無表情でそう言った。

 

「もうダークメガミを止めて」

「断る。勝利目前で止まるわけがないだろう?」

 

即答するくろめが拳を固める。

どうしても、私たちの言葉に耳を傾けるつもりはないみたいだ。

 

「ならやるしかないな」

「ええ」

 

話し合いで説得できるなんて思っていない。

くろめを挟み込むようにしながら距離を詰め、お互いに攻撃が当たる範囲のギリギリ外で止まる。

暑いのか寒いのか、じっとりと汗をかきながらも悪寒が走る身体の震えを抑えて、歯を軽く噛む。

 

最初に動いたのは、うずめだ。

一歩踏み出して拳を突き出す。くろめは素早くかわして、勢いづいたうずめにタックル。

よろめいたうずめに、さらに蹴りを放つと、背中から地面に倒れてしまった。

 

私は銃をホルスターから抜き取り、引き金に指をかけつつ銃口を向ける。

しかし、くろめを捉える前に、手首をひねられてぐるりと身体が回る。

がしゃりと音を立てて倒れた拍子に落とした銃を、くろめは蹴って遠くへやってしまった。

続いて迫りくるストンプを、間一髪のところで避ける。

その間に近づいていたうずめが、くろめの顔面へパンチをめり込ませる。

ごろごろと転がった彼女はさっと立ち上がり、頬をさすりながらこちらを睨んだ。

 

「なぜだ。なぜお前たちはオレの邪魔をする」

 

こちらまで聞こえるほど歯を食いしばって、くろめの語気が上がる。

 

「イヴ、ユウはお前の父親を殺して、お前のいた世界を滅ぼした奴だ!」

「そうね。知った時には、ユウを殺そうとしたわ。正直いまでも憎い。許すことなんてできない」

 

ダークメガミがいないなら、今にもユウを殺しに行っていただろう。

だけど、いる。ダークメガミが、くろめが、私たちの世界を壊そうとする者が目の前にいる。

過ぎた過去ではなく、未来を潰そうとする敵が。

 

「でも、少なくとも、今の私の敵はあなただけよ」

 

くろめは拳が白くなるほど力強く握った。

 

「なら……ここでまとめて死ね」

 

 

宙に浮かぶ地面を足場にしつつ、着地と同時にそこにいたモンスターを盾で潰す。

どれだけ倒しても、きりがない。無限に湧いてこられたら勝ち目なんてない。

弱気になった心を振り払って、迫りくるモンスターを殴り続ける。

ヤマトたちがダークメガミを倒してくれれば、こいつらもいなくなるはずだ。それまで、ぼくたちはここで耐え凌ぐだけだ。

 

「弱いな。それで私のつもりか?」

 

そんな言葉が聞こえた。

そちらを向くと、神次元マジェコンヌが地面に組み敷かれ、敵マジェコンヌの鎌先をつきつけられているところだった。

 

「ふん、偽物はそっちだろう。自分の意志で戦わないお前こそ、私のつもりか?」

「偽物かどうかは、その命で証明してみせろ!」

 

敵マジェコンヌが鎌を振り上げる。その瞬間、ぼくの投げた盾が、彼女に直撃して身体を吹き飛ばした。

 

「ぐあっ」

 

間一髪、刃が届く前に助けることができた。遅れて、ぼくはそちらにたどり着く。

敵マジェコンヌに投げた盾を拾い上げ、神次元マジェコンヌに手を伸ばす。

 

「ナス農家になったせいで衰えたな」

「ほざけ。私はまだ負けてない」

 

マジェコンヌが手を掴み、ぱっぱと服を払いながら立ち上がる。

 

「負けたなんて言ってないだろ」

「そういう口ぶりだった」

 

と軽口を言ってはいるが、ぼくもマジェコンヌも息が上がっていた。

休むことなく動き続けて生死のやりとりをするというのは、予想以上に消耗するものだ。

たいして時間が経っているようには思えないが、それを言い訳に止まる気はない。

 

どん、と地面を揺らすような音が鳴る。

先の地面に激突した敵マジェコンヌが、猛スピードでこちらに向かってきていた。

 

「貴様ァ!」

 

あちらはまだまだ元気みたいだ。

ぼくは盾を構える。その前に、腕に砲口をつけたシーシャが目の前に着地した。

その腕から放たれたエネルギー弾が、またしてもマジェコンヌをどこかへ飛ばした。

 

「君たち、冗談言ってる暇はないよ」

「冗談でも言ってなきゃやってられないさ。だって……」

 

ぼくは前を見た。

 

「ここで終わるかも」

 

轟音を響かせながら、あらゆる種類のモンスターが近づいてくる。

十や二十、いや百でもきかない。数えられないほど大量の敵が、巨大な一個のように足並みをそろえてやってくる。

絶望の影が、ぼくたちの心をゆっくり浸食しつつあった。

 

 

「これでどうだ!」

 

雷とともにはるか上空から落下したユウが、ダークメガミ最後の武器である太刀を真っ二つに斬り裂く。

感電し、身悶えるダークメガミを横目に、ユウが地面に降り立った。いや、よろけて膝をついた。

それはそうだ。エコーの時から、いやその前から、あんな大技を何度も使用してきてるんだ。いくらか回復したとしても、限りがある。

 

「鬱陶しいやつだ。やはりお前を先に消しておくべきだった!」

 

力の抜けてしまったユウへ、ダークメガミの拳が隕石のように落ちてくる。

 

「ぐっ」

 

ローズハートはユウを突き飛ばし、代わりに攻撃を受ける。

防御力にも優れた黄金のプロセッサといえども、耐えきれずに砕け散り、彼女の身体は容赦なくその場に叩きつけられる。

 

「アイさん!」

「よそ見すんな! 来るぞ!」

 

ネクストホワイトの忠告は遅かった。

変身の解けたアイに駆け寄ろうとするパープルシスターに、ダークメガミの胸から放たれるビームが襲い掛かる。

彼女を守ろうと前に立ちふさがるネクストパープル、ネクストブラックとともに、光線は彼女たちを包み込んでいく。

 

「まずい……」

 

体力が全回復したわけじゃない。

女神たちだって、ネクストフォームになってはいるが、ここに来る前にダークメガミに力を取られ、そして一度ダークメガミに打ちのめされている。

 

あと少しだと思っていた勝利は、まだ遠く、僕たちには届かない。

 

僕たちができたのは武器を壊すだけ。それすら想定範囲内なのだろう。

肝心の敵にはほとんどダメージを与えられていない。

 

変身も解け、気絶した三人が落ちてくる。

僕はすぐさま下でスタンバイして、両腕と肩で彼女らを抱える。

本当にギリギリだが、死んではいない。

ほっとしたのも束の間、落下を狙ったダークメガミのビームが来る。

代わりにそれを受けたのは、ブランとベールだ。自分の武器を壁にして、しかし徐々に押されていく。

僕はネプテューヌたちを置いて、防御に加わる。襲い来る光へ、電撃を放ちながら手を前に出す。

 

「させるか!」

 

魔剣を前に突き出すユウも並ぶ。

おかげでじりじりと後退するだけだった僕たちはその場で止まり、踏ん張れる。

 

身が堅いのには自信があったが、腕が極度まで熱せられ、焦げつく臭いが鼻につく。

酸を浴びせられたような、沸騰し、溶けゆく痛みが全身を侵す。

 

「ヤマト!」

「振り絞れ、ユウ!」

 

焼ける痛みが限界まで達した瞬間、光の嵐が止んだ。

なんとか耐えきった。だが、身体のエネルギーが切れた。意識が途切れそうになるも、歯を食いしばって現実を見据える。

どうにかして一息……と思ったが、視界がダークメガミの拳でいっぱいになった時にはもう遅かった。

 

「ぐあっ」

 

防御もできず、まとめて直撃を食らった僕ら二人は、ネプテューヌたちと同じく地面へ伏す。

ユウも、僕も変身が解けてしまい、急速に身体から力が無くなっていくのを感じる。

 

「賞賛しようじゃないか。まさかここまで手こずらされるとは思わなかった。だがそれもここまでだ」

 

ダークメガミの力は僕たちが思っていた以上だ。それに、いま意識があるのは僕だけのようだ。

確かに、ここで少し耐えようと結果は変わらないのかもしれない。

僕もみんなも潰されて、すべてが終わる。その結果は避けられないものなのかもしれない。

でも……

 

残った力と気力をかき集めて、限界を超えた身体に鞭を打つ。

肘を、膝を立たせ、大きく息を吐きながら足の底を地面につける。

無様にも立ち上がって、まっすぐにダークメガミを見る。

 

「立ち上がっても、もう勝てないことはわかってるだろう」

 

わかってる。でも、それは諦める理由にはならない。

 

ダークメガミは拳を振り上げる。

容赦のない一撃が、いままさに目の前まで迫ってきた。

僕は両腕で受け止める。

ありえないほどの質量が、僕を潰そうと圧してくる。骨がみしみしと音を立てているのがわかった。

地面が抉れ、足が沈み込む。

気を抜けば一瞬でミンチになる。僕だけじゃなくみんなが。

押し戻せなくても、耐える。

喉から絞り出されるのは、悲鳴にも食いしばる声にも聞こえる。

どちらでもいい。

ただ、戦い抜くだけだ。

この力が枯れるまで。この身体がなくなるまで。この心が折れるまで。

 

 

シェアリングフィールドの効果はこの中にまで届いているのか、それともくろめはダークメガミに力を注入しているのか。

ともかく、私とうずめの二人がかりなら、くろめとほぼ互角に戦えている。

武器を落とされ、身体どうしでぶつかるしかなくても、お互いに決して退かない。

二対一だというのに、くろめは小さな身体に似合わない攻撃力と防御力を備えていた。

うずめの元だというからそれも納得だが、あまりにも驚異的だ。

 

倒れない私たちに業を煮やしたのか、くろめは連打を受けながらも足に力を込める。

どこを攻撃しても意にも介さないように見える彼女に、私は焦りを覚えた。

 

均衡が崩れるのは一瞬だった。

パンッ。空気を弾く音を鳴らし、くろめは足を鞭のようにしならせ、一閃。

 

「イヴっ!」

 

私を庇ったうずめが嗚咽を漏らしてうずくまる。

彼女の安否を心配している暇はない。その間にも、くろめは容赦なく攻撃を浴びせてくる。

強く、しなやかに、舞うように。しかしどこか駄々っ子のような一撃一撃から、彼女の過去が、思いが流れ込んでくる。

心次元の中の、さらにダークメガミの中。そこはくろめが隠したい気持ちが凝縮された空間。

蓋をしても溢れるほどの彼女の気持ちは、ここではむしろ漏れだしている。

 

妄想を現実化する『妄想力』。それは望んで手に入れた能力じゃない。

存在を望まれたうずめが生まれながらにして持っていたものだ。いわば、人々が望んだ力だ。

それなのに、いざそれを持つ女神が現れたとなると、人々は恐怖した。現実を改変してしまうほどの能力を恐れた。

たとえそれが今まで全く悪用されていないとしても、彼女が善の心を持っていたとしても関係ない。一度疑心暗鬼に陥ってしまえば、その疑いは膨らんでいく。

最初に危険だと言い出したのは少数だろう。しかし、黒いシミはどんどんと広がり、感染していく。

そんなどうしようもない人間に対して、弁明もしただろう。うずめの味方になってくれる人間もいた。

しかし、膨張した感情は抑えきれず……うずめは自らを封印した。

国が好きだったから。人が好きだったから。

 

どれだけ苦しい決断だっただろう。

苦しい。胸が締めつけられる。

 

嫌だ。消えたくないよ。わたしはみんなといたかっただけなのに。なんで、なんでわたしだけ……

 

くろめの……かつてのオレンジハートが呟いた最後の言葉が、心に反響する。

彼女の悲哀を感じて、私の身体は鈍くなっていった。

ユウにとどめをさす直前に止まってしまった時のように、心が板挟みになって、頭が爆発しそうになる。

覚悟をもって来たんじゃないのか。くろめを倒すために、ここにたどり着いたんじゃないのか。

私は……

 

『私がやらなきゃいけないことなの』

 

私がユウに言った言葉。

くろめを倒すために、うずめをも犠牲にする覚悟を決めた時の言葉。

その決意を信じてくれているから、ユウたちは私を守ってくれた。

私の手で決着をつけさせるために。

だから、私は……

 

くろめが拳を振りかぶる。その瞬間、ディスプレイに文字が浮かんだ。

 

『アイ・ヴァトリの戦闘データ解析完了』

 

身体がとっさに動いた。くろめの拳を先回りで抑え込む。

そのことに驚いたくろめの隙をついて、腹に顎に肩に足に、私は次々と殴る蹴るを繰り返す。

素手での近接戦闘を得意とする二人の戦闘データのおかげで、スーツは敵の攻撃をかわし、余裕を崩させる。

それがわかったのか、くろめは私の外装を剥がしにかかる。

今までいろんな攻撃を受けてきた装甲は、その強度を失っている。がむしゃらにかきむしるようなくろめの爪が、次々と傷をつけていった。

首、胸、足、肩部分が削られていく間も、私はくろめを叩くことをやめない。

破片が地面に落ちていくごとに、くろめから血が流れる。

ついに私の顔が露わになったとき、彼女が弱っているのがよく見えた。

一瞬、私は彼女にうずめを重ねてしまう。

顔が一緒なのだから仕方がないが、それが仇となった。

 

くろめは私の右腕。オレンジの義腕を掴んで引っ張る。

恐るべき力で腕はへこみ、接合部の肩からみしりと嫌な音が鳴る。

 

義腕自体は痛めつけられてもいい。だが、生身と繋いでいる肩はだめだ。

頭からの指令をすぐに伝えられるように、かなり繊細に造り、接続している。

神経の糸が切れる猛烈な痛みに、思わず膝をつく。

 

ただ殴るだけじゃ、もう彼女は止まらない。

痛みに喘ぎながら、私は落ちたスーツの欠片を拾い上げる。

ぶちぶち。もう少しで外れそうになる義腕から小さく火花が散る。

完全に離れてしまう前に、私は欠片の尖ったほうをくろめに向け……刺す。

 

私の一撃が、くろめの身体を貫いた。


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