新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
エネルギー切れが近いところを吹き飛ばされ、私の戦闘意思がなくなったのを感じて、バトルスーツがセーフモードに入る。
私を覆っていた鎧が剥がされ、腕輪状にまで収まって収納される。
スーツのおかげで私自身にダメージはあまりないものの、精神と体力は削り切られていた。
「どうして……私たちが戦わなきゃいけないんですか」
ネプギアの問いに答える者はいなかった。
誰もが目的を果たせないまま動けない。
ヤマトやアイは誰も救えずに倒れ、ユウはくろめを殺せずに血だらけで立てず、私はユウに復讐を果たすことはできなかった。
絶望の中でへたり込む私は、急激に力が抜けていくのを感じた。
スーツのパワーが無くなっているからだけではない。今まで私を支えていたものが消えてしまったからだ。
意を決したうずめとの約束をほっぽりだして、ユウを殺そうとした。
仲間を巻き込んでまで、殺せずに、中途半端に終わってしまった。
結局、私は何も成し遂げられない女なのね。
復讐もできず、平和もつくれず、親友の最期の頼みさえ二の次にしてしまう、そんな女。
なら、もういいわよ。もう疲れた。
私が何をしても半ばで終わってしまうなら、何もしないほうがいい。
どうせ、私が動こうが動くまいが、何も変わらない。
「おやおや、思ったより早い到着だったね」
絶望に打ちひしがれ、戦闘手段も意思もないままの私の前に現れたのは、本来ここで倒すべき敵、くろめだった。
パチパチと軽い拍手をして、笑みを浮かべる。
「そして、思ったより本気で潰し合いしてくれたみたいだ」
「てめえ……」
「くろめ……さん」
現れた黒幕に対して、敵意の目を向けるのはうずめとネプギアのたった二人だけ。
「せっかく仲間を連れてきたのに残念だったね。向かってくるのはお前たちしかいない」
くろめがパチンと指を鳴らすと、地面が震えだす。いや地面だけじゃない。空気が、この次元全体が揺れていた。
火山が噴火するような轟音とともに、『それ』の一部が姿を現す。
顔だ。ダークメガミの無機質な顔が目の前にある。
そのサイズは零次元で戦ったやつの比じゃない。
ここからじゃ腰回りまでしか見えないが、それでも以前のダークメガミの全身ぶんはある。
前と違って紫色ではなくオレンジ色なのは、うずめに対する皮肉か。
「洗脳した女神たちの力を吸収して、馴染ませるのに時間がかかったけど、ようやく完成だ」
私たちが心次元に来ても姿を見せなかったのは、これのためか。
そして時間稼ぎのために心を惑わせてきた。
私たちの間で意見が衝突し、対立し、私とユウが戦うのまで計算ずくだったわけだ。
最初から最後まで、手のひらで踊らされていた。
「今から超次元へモンスターたちを侵攻させる。少しでも抵抗の意思があるやつは殺す。オレを蔑ろにした全員に思い知らせてやる。その後で次元を融合させ、全部を滅ぼしてやる!」
くろめが浮き、ダークメガミの胸の中へと飛び込む。身体は溶け込んで、世界を滅ぼす力を持った人形と一体化する。
これで、くろめを倒すためにはあの強大なダークメガミを倒すしかなくなった。
無理だ。
全員でかかっていくならともかく、今のこんな傷だらけの状態じゃどうしようもない。
「お前たちの相手はオレだ!」
ダークメガミが四本ある腕を振り上げる。
それぞれが持つ太刀、剣、斧、槍が縦横無尽に暴れまわり、女神たちは素早く避けるのが精いっぱいだった。
そうなれば、もちろん私たちを守る者はいなくなる。
まったくの無防備と化した獲物が四人。くろめが、ダークメガミがまず狙いをつけたのは私だった。
斧が唸りをあげて迫ってくる。
避けられない。避ける気もない。この戦いの結末がどうなるか、私には見れない。
目を閉じて、終わりの時を待つ。
せめて、痛みは一瞬でありますように。
「ぐっ」
しかし痛みはいつまでも訪れず、代わりに男の声が聞こえる。
ギリギリギリという金属がこすれる音と、くぐもった叫び声。
私は閉じていた目をゆっくり開けて、その光景に驚いた。
「ユウ?」
傷だらけで限界のはずのユウが、すんでのところで魔剣を盾にして、刃をとどめていた。
だけど押し返す力は残っていない。少しずつ押し戻されていく。
「く……そっ」
このままじゃ、斬られずとも圧し潰される。そう思ったその瞬間……
「させないわ!」
「やらせない!」
二つの刃が巨大な斧を弾き返す。
何が起こったのかわからないうちに、駆け巡る四つの流星がダークメガミに猛攻を加えて下がらせる。
やがてそれらは、私たちを守ってくれるように目前で着地した。
「逃げて、みんな!」
「大丈夫? ぼろぼろじゃない」
正体はネプテューヌたちだった。すでにネクストフォームへと変身している。
目覚めたのね。それに洗脳も残っていないみたい。
「みなさんひどい有り様ですが……」
「ああ、だがまだやれる」
ユウが剣を杖にしてなんとか立つ。
言葉とは裏腹に、限界なのは目に見えていた。
「超次元に戻って休め。ここは私たちでやる」
ネクストホワイトがユウの肩に手を置く。
ユウは反論しようとしたが、荒い息と消耗した体力がそれを許さない。
「あの大きいのは私たちがなんとかしますわ。だから、ユウもヤマトもアイもイヴもみんな撤退してください」
「あのダークメガミはいままでのやつより数段強いんだぞ」
「それでも私たちがやる。そんな状態のあなたたちを戦いには出せない。迷惑をかけたぶん、任せて」
絞りだした言葉は、女神の強い言葉に返された。
「ユウ、僕らは足手まといにしかならない」
ヤマトがユウの腕を自らの肩に回す。
彼は自分の立場をよくわかっていた。こんなぼろぼろの状態じゃ、ダークメガミの一撃で倒れてしまう。
女神はそれを阻止するために動くだろう。私たちは邪魔になってしまう。
ユウは悔しそうに歯を噛んで、剣を背中になおす。
私もアイに無理やり立たされ、ダークメガミの攻撃範囲から離れるために足を動かす。
「僕には力が足りなかった。理想を叶えるための力も、仲間を助けるための力も。口だけで、挙句このザマだ」
女神と同じ力を持っているとはいえ、ヤマトの力は偶然の産物。
他に例がない以上、彼は自分自身で力の扱い方を学ばなければいけない。
それはユウも同じだ。
犯罪神の能力を受けた人間なんて、珍しいなんてものじゃない。
だがその力はどうあれ、彼らが彼ら自身の正義のために戦ったことは否定できない。
少なくとも、仲間と戦うためのものじゃない。
「おーい、ユウ!」
ずっしりと暗く重い雰囲気のなか、場違いな明るい声が響く……というのは、なんだかついさっきもあったような気がする。
向こう側から現れたのは、その記憶と同じように走ってくるネプテューヌだ。いまネクストフォームになってダークメガミと戦っていないほう、女神じゃないほうのネプテューヌ。
「もうあっちもこっちもぐちゃぐちゃで、双子ちゃんは泣き出すし、モンスターは攻めてくるし」
「モンスター?」
「くろめがそんなことを言ってたな。超次元の人たちに思い知らせてやるとかなんとか」
「もー、あっちもこっちもどピンチじゃないッスか!」
女神候補生がいるとはいえ、お互いに戦っていて消耗しているはず。
敵がどれだけいるかわからないが、零次元にいるモンスターが総出となったら限りない数だ。
「あっちもこっちも?」
「全部後で説明する。とりあえずアレを出せ」
膝に手をつくユウが、『寄越せ』のジェスチャー。
ネプテューヌはそれを見て、どこからか小さなビンを取り出した。
「アレって……これ?」
「なにッスか、そのドロドロした液体は」
アイの顔が引きつるのも無理はない。
いかにもドロリという擬音が似合うそのナニカは、常に流動しているようで、しかも異様に濁っている。
「私が調合した回復薬だよ! 効果はばつぐんだけど、劇薬だから少しずつ飲ん……」
「っはぁ! くそ、刺激が強いな」
忠告を無視して、ユウがそれを一気飲み。
嘘でしょ。こんな紫色と緑色が混じったようなものを飲めるの? 液体か固体かと言われるとギリギリで固体寄りよ?
「だが、これで戦える」
見た目とは反して、効き目のある即効回復薬のようだ。
ぐったりとしていたユウがぴっしりと立つ。
「苦っ、辛っ、甘っ! え、これなんスか!? なに混ぜたらこんな味になるッスか?」
「中々イケるな、これ」
「相変わらずファンキーな味覚を持ってるッスね……」
いつの間にか、ヤマトとアイもそれを飲み干していた。怪しすぎる飲み物を躊躇いなく一気に。
今にも吐きそうな顔をして咳き込んだあと、アイは私を見た。
「イヴはどうするッスか?」
「私は……」
一度は諦めた。というより、すべてを放棄した。
そんな私がいまさら何をできるというのか。何をすべきというのか。
前にもこんな状態に陥ったことがある。
私は無力で、役立たずで、たった一人の女でしかないとふさぎ込んだ。零次元にたどり着いてすぐのことだ。
私が立ち直ったのは、誰のおかげだった?
うずめ。
あなたがいてくれたから、私は生きてこられた。
そんな簡単なことを、私はすっかり頭から排除してしまっていた。
「私も最後までやるわ。それだけは絶対にぶれちゃいけないこと……だと思うから」
意を決して、ネプテューヌが持つ小瓶を取……ろうとするも、その混濁ぶりに手が止まってしまった。
「……スーツのおかげでそこまで怪我してないから、これ飲まなくてもいいわよね?」
ぽん、とアイが私の肩を叩く。
その顔はとても優しそうで……にやりと口角が上がっていた。
「ダメッス」
「いや、ほんと、ちょっと、ほんとに私はいいから! 臭いが! もう臭いがまずいから! これ普通の人間が飲むようなやつじゃないじゃない!」
▲
空にぽっかりと空いた黒い穴の中では、今何が起こっているんだろうか。
教会から見えるその穴は何の変動もなく、悪いことは起きていないかもしれないと思わせると同時に、嫌な予感も増幅させる。
ぼくはただ、あそこへ向かった者たちの帰りを待つだけしかできないのだろうか。
「ヴァトリ……」
ビーシャが近づいてくる。
あの穴から何かが襲って来た時のために、ゴールドサァドはそれぞれ別の場所で警戒態勢に入っているが、彼女だけはぼくのそばを離れることを拒否した。
「大丈夫?」
そう聞かれて、ぼくは頷けなった。
エコーとの戦いで負った傷は完全には癒えていないが、もちろんそんなことはどうでもいい。
「正しいことのために戦ってきたと思ってた。今は何をしたらいいのかわからない」
くろめとやらを殺すべきか否か。
ぼくは結局、その答えを出せずにここに残った。
中途半端な心は、戦場では致命的となる。
「だけど、このまま動かずにいたら、何も考えてないのと同じだ」
まだ何が正しいのかはわからない。だからといって傍観するだけの立場に甘えることはしないつもりだ。
ぼくに何が出来るかは置いておいて、何をすべきかを考える。時には考えることも置いて、ただ誰かを助けたいという意思で動く。
そんなヤマトやアイに憧れて、守ろうとして、ぼくは強くなろうとした。
努力して掴んだ力を、このまま腐らせるわけにはいかない。
「僕は行く。誰かの助けになるために。何をやるべきかはあっちに着いてから考える」
「私も」
ビーシャはぼくの腕を掴む。
細くて柔らかいけど、離す気のない強い手だ。
「ヴァトリが言ってくれたような、ヒーローになりたいから」
▲
「や、やっと飲み込めたわ」
「大げさッスねえ」
「誰のせいよ、誰の! ああ、もうほんとなんなのよこれ。まだ口の中じゃりじゃりするわ……」
見た目ではこんな食感のするものなんて入ってなかったはずだけれど、本当に何入れたのよ。
しかし、確かに活力が湧いてくる。
ここまでほぼノンストップで戦ってきたせいで削れた体力は元に戻っていた。
「あとの問題は……ヤマト、あなた雷を使えたんだっけ?」
「まさか、そのスーツに充電しろって言わないだろうな。フィクションでよく見るけど、危ないぞ」
「そんなことわかってるわ。でもこれはそんなやわじゃないの。壊れるとしても、あと一戦もちこたえてくれればいい」
ラスト一戦。うずめたちの助けになればそれでいい。
観念したヤマトに、私の腕輪を渡す。
彼は手のひらから細かく電気を迸らせると、その威力を弱めて調節していく。
「ここまできたら全員で戦わないとッスね」
「あなたたちが望むとおりにはならなくなるけれど」
この場合、私たちは全力でくろめを倒すことになる。それは全員で生きて帰ることがかなわないことを意味する。
一人の命の重さを主張し続けてきた神次元人にとって、つらい決断だろう。
「時にはそういうこともあるッス。ヤマトはたぶん納得しきれてないッスけどね」
そういうアイも、すべてを腑に落とした顔をしていない。
これだけこんがらがってしまった状況では、全員の望む結果にはたどり着けないことはみんなわかっていた。
その中で、最善の道を選ぶしかない。
「ネプテューヌ、お前は戻ってモンスターを食い止めろ。超次元にたどり着かせるな」
「なんだかわからないままだけど、りょーかい! あとでちゃんと説明してくれるんだよね」
「ああ」
びしっと敬礼するネプテューヌが再び戻っていく。
私たちも戻る必要がある。仲間たちのもとへ、ラスボスのもとへ、決着の場へ。