新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
ユウが開いた次元の扉をくぐるのは、これで三度目。
もう慣れたけど、私の心は晴れないままだ。
今からあの遠くに見えるシェアクリスタルを破壊しなければならない。それはくろめを倒し、平和を取り戻すという意味がある。そして同時にうずめを殺すということにも繋がっている。
覚悟が揺らぎそう。けど、自分を強くもたなきゃ。
「イヴ、無理するなとは言えないけど、頼ってくれよ」
「そうね。これが最後だもの。思いっきり甘えさせてもらうわ」
うずめの手をそっと握る。小さい、ただの少女の手。この手にどれだけ助けられてきたことか。どれだけ重荷を負わせたことか。
ふう、と息を吐いて弱い心を抑える。
ユウはともかく、ユニやラムに心配をかけるわけにはいかない。
彼女たちはとても優しい。迷っていたら、私の代わりにシェアクリスタルを壊すなんてことも言いかねない。
それだけは絶対にだめ。これは私だけがやるべき義務なのだから。
「ユウ、そこで止まれ」
後ろからの声に振り返る。ヤマトにアイ、それにネプギアとロム。
うずめを殺すことに反対したメンバーが揃っていた。
私は舌打ちする。思っていたよりも早い。
「よく来れたな」
「ネプギアが次元座標をメモってくれてたおかげさ」
緊張感が空気を伝わり走る。
「ユウさん、どうしても行く気ですか?」
「ああ」
「イヴもそう思ってるッスか?」
「ええ、やらなきゃいけないことなの」
ネプギアの問いにユウが、アイに私が答える。
またしてもひりつくようなぴりぴりする雰囲気が増す。
「私の親友が命を懸けて選んだ道なの。私にはとどめを刺す義務がある」
「だけどもしかしたら……」
「そんな道はないの! 『もしかしたら』を探してる時間も!」
私は叫ぶ。
ヤマトが言う理想を信じられたらどれだけいいだろうか。
みんなを巻き込むことも考えて、うずめと運命を共にすることを覚悟できたらもっと楽だっただろう。
でも無理。
私は未来を作ると約束した。うずめと交わした最大で、最後の約束。
それがある限り、私には自分の命を捨てることと、この世界を捨てる選択肢は選べない。
「あなたたちにはわからないわ。世界が崩壊していく恐怖を感じたことがないんだもの」
「確かにない。僕には君たちを止める権利なんてないのかもしれない」
「だったら……」
「だけど、それとこれとは別だ。僕は僕自身の決めたこととして、君たちを止める」
世界より、目の前にいる人の命を重く受け止める。そしてそれを諦めない心。あまりにも危うい正義の形だ。
甘い理想論。それが本当に可能なら、誰だってそうする。
「俺がいいって言ってるんだ。それでも立ちはだかるつもりか?」
「そうッス」
うずめが言うが、アイもまた即答。
どうあっても彼女たちは意見を曲げない。
「平行線だな」
ユウが拳を構える。
言うことを聞かせたいなら力づくで、ということだ。
結局こうなるのね。私は小さく『変身』と呟いて、アーマーを装着する。
彼女たちと戦うことを避けるために内緒で来たのに、こうなってしまってはもう止まれない。
腿のホルダーから銃を取り出そうとした、その時。
「どいてどいてどいてー!」
この場に似合わない、焦りながらもどこか気の抜けた声が響く。
もちろん私じゃないし、ユウでもヤマトでも女神たちでもなかった。
「ネプテューヌ?」
一番にユウが気づく。
そのほうを見ると、遠くからどんどんとネプテューヌが走って近づいてくる。
零次元で出会った、あの大人ネプテューヌのほうだ。
こちらが動かないのを見て、ユウの目の前で急ストップする。
「いやー参ったよ。ユウに次元座標を送ったのがバレて、マザコングに追い回されてたんだ」
「マジェコンヌだ! いい加減正しく呼べ!」
ネプテューヌの後ろから追いかけてきたマジェコンヌが黒いエネルギー弾を放つ。
とっさに防御するネプテューヌの前で、ユウがいとも簡単にそれを弾いた。
ここで第三者が割り込んでくるのは予想外だったが、今はむしろ都合がいい。
「説明口調でどうも。だが今は相手してる暇はない。抜けるぞ、イヴ」
「ええ。ここは任せるわ、ユニ、ラム」
「わかったわ」
「だいじょーぶ、まかせて!」
「って、なにこの一触即発な空気は……」
ネプテューヌに聞きたいことは山ほどあるが、今はタイミングが悪い。
彼女を置き去りにして、私とうずめとユウは真っすぐ先へ、マジェコンヌの方へ駆ける。
「この先に行かせるわけには……」
「遅い」
「ありきたりなセリフなら、また今度聞いてあげるわ」
「じゃあな!」
余裕ぶっているマジェコンヌの脇をすり抜け、シェアクリスタルへ向かう。
ここはこいつもネプギアたちの足止めに使わせてもらおう。
「ま、待て! 待てと言ってるだろう!」
マジェコンヌが叫ぶが、待てと言われて待つやつはいない。
「僕たちも行くぞ」
「通さん!」
流石にこれ以上は先へ行かせないか。マジェコンヌがヤマトの前に立ちふさがる。
「なら私たちが!」
マジェコンヌに止められた代わりに、ネプギアとロムが私たちに追いつこうとする。
だがその前にも別の人物が立つ。
「ユニちゃん……」
「悪いわね、ネプギア。でもどうしてもあたしはくろめを許せない!」
銃のスコープ越しにネプギアを睨みつけるユニが、引き金に手をかける。
「諦めて、ロムちゃん!」
「いや! ここでお兄ちゃんを止めなかったら、うずめさんを助けなかったら、いままでやってきたこと全部嘘になっちゃう!」
「なにそれ、わかんない、わかんないよ!」
世界の命運と一人の命を秤にかけ、そしてこんな状況になってしまって、女神候補生たちは動けなくなる。
もしあと一歩誰かが踏み出せば、本当に開戦してしまう。
「このままじゃユウたちのところにたどり着けないッス!」
ヤマトとともにマジェコンヌの相手をするアイの額に汗が浮かぶ。
くろめの手先とだけあって、マジェコンヌはしぶとい。二人がかりでも手こずるくらいだ。
倒せない敵ではないが、そうとう時間はかかってしまうだろう。
と思ったが……
「ぐっ!?」
突然飛来してきた黒炎に、マジェコンヌが焙られる。
「誰かに従う私など、たとえ偽物でも見てて気分のいいものではないな」
「マジェコンヌ……!」
ヤマトとアイの顔が明るくなる。
新たに現れたもう一人のマジェコンヌは、経緯はわからないが二人の味方のようだ。
……農家の格好をしているのは気になるけど。
「ここは任せろ。あんなのを見せられて気分が悪い。私が片づける」
「助かるよ、マジェコンヌ」
握手に応じるマジェコンヌというのは、なにやら珍しいもののような気がする。
とにかく、マジェコンヌには農家マジェコンヌが相手をすることで、あちら側の人数に余裕ができた。
「ユニちゃん、私も行かないと。行かないと、ユウさんが!」
交わる剣と銃身が、激しく火花を散らす。
「ユウが何よ。あいつもイヴは強いんだから、くろめになんか負けるはずないわ!」
「そうじゃなくって!」
攻撃の応酬は、二人が距離をとったことで中断。しかしお互いに譲るつもりはなかった。
「これ以上ユウさんを戦わせると、もう戻ってきてくれない気がするの」
ネプギアの、剣を持つ手に力が入る。
「これから先も、ユウさんが戦い続けることをよしとしてしまったら、ユウさんはどこか知らないところできっと……心も身体も壊れちゃうんだよ?」
次元を旅することのできるユウにとって、求めれば敵は無限に湧いてくる。
その中で戦い、傷つき、殺すことを続ける道の終着点は誰にだってわかっている。
どれだけ強大な力を持とうとも、ユウの心は人間のものだから。
「でも……でも、じゃあこのままくろめの思う通りにしろって言うの!?」
「違う! 違うよ!」
らちが明かない。
ユニはしびれを切らして銃弾を放つ。
感情のままに放った決別の弾丸は、しかしネプテューヌの二刀に阻まれた。
「まだ状況を飲み込めてないけど、ネプギアは先に行って。ユウを追いかけなきゃいけないんでしょ?」
「お姉ちゃん……」
いつの間にか目に浮かんでいた涙をぬぐい、ネプギアは先を見る。
ユニの向こう、私たちの背中を。
「ええと、とりあえずこっちのマザコングは味方で、あっちのは敵ってことでいいのかな?」
「マジェコンヌだ! 成長しても相変わらずイラつく奴だな」
大人ネプテューヌと農家マジェコンヌのそんなやりとりに、ヤマトが二人を交互に指差す。
「知り合いなのか?」
「いえ、どちらも初対面ですが、別次元の同一人物と会っているので……」
「ややこしいッスね。とりあえず今は味方! 足止めお願いするッス!」
言うや否や、飛ぶ勢いでアイたちが駆けだす。
もう、はるか遠くに映る混戦。
それをちらりと見ると申し訳ない気持ちになる。
零次元にいたころに全てを終わらせていれば、超次元や神次元の人たちを巻き込むこともなかった。
私がいつまでも弱かったせいだ。
いつもリーダー然としているうずめが、珍しく顔を俯かせ、影をつくる。
無理もない。自分のせいで仲間同士が戦うはめになったのだから。
「すまん、俺のせいで」
「あなたのせいじゃない……とは言えないけど、全部終わればみんなわかってくれるわ」
すでに私たちはシェアクリスタルの目の前にまで来ていた。
近くで見て改めて思い知らされるが、とてつもなく巨大だ。超次元のものより、もちろん零次元で拾う欠片よりも。
崩壊し、宙に浮かぶ地面からさらに三百メートルほど上に浮いているそれは、オレンジ色に輝いて暖かい光を放つ。
これがくろめの力の源なのだ。そして同時にうずめのものでもある。
「イヴ」
「ええ」
うずめに促され、銃を構える。
女神の根源といえども、その強度自体は大したことはない。エネルギーを集中させて撃てば壊せるだろう。
震える手を抑えようとして、諦めた。
親友の命を奪おうとしているのよ。震えて当然。躊躇して当然。
でも私はやらなきゃいけない。
怖くても、引き金を引いて終わらせなきゃいけない。
人差し指に力を込める。これが最後だと信じて。
「おっと、本当にやっちゃっていいのか? もっと先に倒すべき敵がいるんじゃないのか?」
その声に、私の身体が固まった。
こんな土壇場で、まだ邪魔をするやつがいるの?
私たちは声の主のほうへ振り返り、そして驚愕した。
「クロワール?」
零次元から影も形も見せなかった黒い妖精が、まるでそこにいるのが当たり前化のように現れた。
浮かぶ本に乗っているのは相変わらず。余裕ぶった顔も相変わらず。
「久しぶりね。ネプテューヌのノートから抜け出したのかしら」
「ああ、ごたごたの間になんとかな。そうしたら、ちょうどイヴとユウが揃ってたってわけだ。ラッキーだぜ」
ごたごた、というのは先ほどのネプテューヌとマジェコンヌの登場に関係あるのだろう。
『いやー参ったよ。ユウに次元座標を送ったのがバレて、マザコングに追い回されてたんだ』とネプテューヌは言った。
ネプテューヌは誰よりも早くくろめの存在に気づき、接触し、仲間になるふりをして一緒にいた。
それを見抜かれ、くろめの命を受けたマジェコンヌに襲われていた……とそういうことに違いない。
「それよりもどういうことだ。先に倒すべき敵って」
「お前が一番わかってるだろ、ユウ」
クロワールはにやりと笑う。
それは最近何度も見たような、いやらしい笑みだ。
エコーやくろめ、敵がよからぬことを企んでいるときの邪悪さが混じっている。
「待て!」
ようやく、反対メンバーも追いついてきた。ヤマトとアイ、それにネプギアも。
だけど関係ない。いや、むしろ好都合といわんばかりに、クロワールは口角をさらに上げた。
「俺が見せてやるよ。すべての事の始まりを」