新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
私たちが、というよりユウとヤマトが口で争っている間、うずめは教会から外に出て街並みを眺めていた。
仲間のために零次元から離れられないと言った彼女を強引に連れてきたのは、私がうずめを一人にさせたくないのと、うずめがそばにいてほしかったから。
晴れ渡る空の下、道行く人々を目で追いかけるうずめになんと声をかけたらいいかわからなくて黙ってしまう。
「とんでもないことになってるんだな……」
彼女の元が全ての元凶だったのに、それを知ったのはうずめが一番最後。
衝撃的なことをたくさん言われ、彼女は何を感じているんだろう。
くるりと振り返った彼女は、笑顔で迎えてくれた。
「うずめ……」
「強くなったんだな。約束通りに」
私ならたぶん耐えられない。自分が偽物だと言われて、本物は悪事を働いて、世界を壊そうとしているなんて知ったら崩れて折れて壊れてしまう。
それでもなお、彼女は笑ってみせる。私の成長を称えてくれる。
「ええ、あなたを、この世界を救うために」
そのはずだった。零次元から超次元に向かったのは、うずめの力になるため。この世界から悪を追い出すため。
強くなって、彼女の隣で戦えるようになって、黒幕も倒してハッピーエンドを迎えるつもりだった。
「なのに……なのに……っ」
敵はそのうずめで、私では倒せないほど強力で、倒せたとしても親友が死んでしまう。
これじゃ、なんのために強くなったのか、なんのために戦ってきたのかわからない。
こんなのあまりにも酷すぎる。
「やるべきだ、イヴ。心次元のシェアクリスタルを壊してしまえば、きっと全部終わる」
「でもそんなことをすれば……!」
「くろめも消えて、俺も消える」
「そんなの……そんなの駄目よ。私たちで一緒に平和な未来をつくるって約束したじゃない」
零次元を平和にして、その後の未来のことも話し合った。
どういう国を作りたいだとか、そのときの私の役職はなんだとか、希望に満ちていたはずの未来の話。
それなのに、どうして現実はこうも希望を摘み取っていくの?
「ごめん、約束を破ることになるな」
「やめて。そんなこと言わないで!」
私は縋るようにうずめの肩を握る。
離してしまえば消えそうで、今にもいなくなってしまいそうで、必死に掴む。
「あなたを殺すなんて、絶対にやりたくないっ! 私はそんなことのために強くなったんじゃないのにっ!」
「イヴ、これしかないんだ」
「どうして……?」
一番つらいのはあなたのはず。消えてしまえば、私たちが夢見た『先』を見ることも叶わないのに。
なのにどうして……どうしてあなたは笑っていられるのよ……
「あなたが一番望んでたことじゃない。みんなで一緒にって」
「その夢はお前に託すよ」
「あなたがいないと私は……私はっ……」
「大丈夫。イヴは強い。俺のお墨付きだ」
うずめはたぶん、私に心配をかけまいとしたのだろう。そして選択肢を狭めた。
『自分は覚悟できてる。それに、世界を救うのにはこれしかない』
そう言って、私のするべきことを示した。
流したいはずの涙も堪えて、一人犠牲になる道を選んで。
嫌で嫌で仕方がない。だけどうずめは本気で私に道を示している。
「本気には本気で応えないといけないわね……」
私は彼女の覚悟に応える義務がある。
私の信じる全てを救えなかったとしても、うずめの信じる全てを守る義務がある。
「うずめ」
後ろから声が聞こえた。振り向けば、ユウがゆっくり近づいてくる。
「お前の意見を聞きたい。俺はあのくろめを破壊する。そうすればお前は……」
「あなたについていくわ、ユウ。私もくろめを倒すほうに賛成」
ユウは少し驚いた顔をする。
『お前を殺す』と言ってるようなものだ。賛同は得られないと思ったのだろう。だけど私たちの目を見て頷いた。
「いいんだな、うずめ、イヴ」
「ああ、終わらせよう」
念入りにもう一度した確認にも即答。これ以上悩むのはもうごめんだ。
「ユニとラムも賛同してくれてる。今から行くぞ」
「一つだけお願い。とどめは私にやらせて」
ぐっと、胸の前で拳を握る。
義腕なのに、痛んで痛んで仕方がない。
もうこの痛みともおさらばする時だ。
「私がやらなきゃいけないことなの」
△
「ヴァトリ、君は?」
問いを投げかけられる前からずっと眉間にしわを寄せていたヴァトリは、頭を振った。
「……わからない」
今にも消え入りそうな声を、ため息交じりに発する。
「救える命なら救いたいと思う。けど、世界を守るために敵を消し去ることも間違いじゃない」
またため息を吐く。
「ぼくには決められない」
あまりにも重い決断だ。
確かに、ユウの言ったことも正解ではある。
世界を壊そうとする敵に情けをかける必要はあるのか。
僕は首を横に振れない。そうでなければ、キセイジョウ・レイと戦って救ったことも間違いになってしまうのだから。
問題なのは、ユウを説得できないことだ。
くろめを殺さずに止められる確証や物がない限り、彼の意見は変えられないだろう。
「ヤマト、ちょっといいッスか?」
考え込んでいた僕に、アイが声をかけてくる。
「ちょっとこれを見てほしいッス」
そう言いながら手渡してきたのは、彼女の携帯端末。
「なんだこれ」
「エコーと船の残骸から取り出したデータッス。ラステイションで保管されてた機密データを、エコーが奪ったみたいッスね」
画面には、ずらりと文字が並んでいた。
ネプテューヌたちをここに運んでから、僕たちが戻るまで、アイはこれをずっと見ていたらしい。
「数年前、超次元であった事件ッスね。犯罪組織が勢力を伸ばしたときの」
それはネプテューヌやネプギア、ユウから少しだけ聞いている。
女神たちが捕まり、その妹たちである女神候補生とユウたちが立ち向かい、救出。最終的には犯罪神を倒したと。
「ユウは、あの剣で実際に女神八人を殺してるッス。犯罪神を倒すために、女神と戦って、あるいは頼まれて」
文を要約したアイの言葉を疑って、僕は画面を穴が空くほど見る。
ユウが持っているのは女神殺しの魔剣。その名の通りの実績があると彼は言っていた。
女神たちの命を奪うことで威力を増す剣の前に、候補生を含めた八人が命を散らした。そのおかげで、あれだけの攻撃力が発揮できたのだ。
「だけどネプテューヌたちは生きてるぞ」
「ユウが女神を殺したのは、ユウの元いた次元での出来事ッス。こことは違う、よく似たもう一つの次元」
ああ、それも聞いたことがある。ユウは超次元とも神次元とも違う場所から来たと。
彼があまり話したがらないから訊くのを避けたが……
「犯罪神を倒せはしたけれど、その力がユウに乗り移った。んでユウは人間を憎むようになった。犯罪組織に寝返るようになった人間を。そして……」
「四つの国をすべて滅ぼしてしまった……」
その後の顛末も細かく書かれている。犯罪組織の台頭と女神の捕縛という同じような状況になった超次元で、ユウというイレギュラーが混じったことによる悲愴の物語。
これだけの物語を経て、彼はいまも戦っている。
ネプテューヌたちと戦うことになったことに対する怒りや恐怖。そして篠宮エリカという女性への対応。
全てがようやく、僕の中で納得がいった。
機密文書を読み終わり、僕は心臓がいやにざわめいているのを感じた。
「エコーが欲しがるわけだ。僕たちが止めたことを、ユウはすでにやってしまってたんだ」
「次元を移動して世界を救ってるのは、その罪滅ぼしってわけッスかね」
「ユウがあれだけ必死なのは、世界が滅ぶのをその目で見たからだ。絵空事じゃないことをしっかりと理解しているからだ」
「自分がやったことだから、余計にッスね」
僕の言うことは綺麗事だ。現実で破滅を体感してしまったユウに、僕の言葉は届かない。
もし彼らを止めたいのなら……
「あ、あの……ユニちゃん見ませんでしたか? どこにもいなくて」
「ら、ラムちゃんもいない……」
ひょっこり出てきたネプギアとロムに少しびくりとしながら、嫌な予感が最大限にがなり立てる。
ここにはメンバーはくろめを助けようとしているメンバーしかいない。つまり……
「まずい」
くろめを殺そうとする者たちが、すでに動いている。