新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
「よっと」
ユウが空間を切り裂いて開けた穴の先へ踏み込む。
どこかに根付いてるわけじゃない大きな足場。それがいくつもあって、そこかしこに浮かんでいる。
空は……というか、上下左右が星のないオレンジの宇宙のようだ。
それよりも目を引いたのが……
「あれは……」
「シェアクリスタルですね。でも、私の知っているのより大きいです」
零次元でたまに見つけるものを単純に巨大化したようなシェアクリスタル。
はるか遠くにあるはずなのに、いや遠くにあるからだろうか、その大きさが並外れているものだとわかる。
「黒いうずめのか、それとも……」
「両方ってこともある。うずめがあの黒いのの一部なら、力の源は同じはずだ」
ユウとヤマトはクリスタルが放つ輝きに目を細める。
「だったら一番手っ取り早いのは……」
「黒いの……だと呼びづらいわね。なにか、こう、名前をつけない?」
私はうずめの言葉の先を察して遮った。ヤマトはちらりと私を見て、小さく頷く。
「じゃあ、くろめ。黒いうずめで、くろめ」
「安直ね」
「まあいいんじゃないか。洒落た名前なんて必要ないだろう」
「とにかく、くろめを止めるためには……」
私の口はそこで止まった、いつの間にか、知らない人が知覚に立っている。
青くすらりとした髪をなびかせる大人の女性。それと、私より少し年上くらいの、眉間にしわを寄せる紫髪の女性。
「あれは……誰?」
「篠宮エリカさん。それととその妹のオルガさんです。ユウさんにとって家族のような……大事な人でした」
苦々しく言うネプギアの表情は、見たくないものを見てしまったように白くなっている。
その言い方に、私は引っ掛かりを感じた。
「でした?」
「死んだんです。いえ、死んだと言うより……」
「あら、ユウ。久しぶりね」
青い髪のほう、エリカとやらが話しかけてきた。
見れば見るほど、儚げで美しい印象が増していく。
「ユウ、幻覚だ」
「分かってる」
ヤマトが注意し、そうは言っても、ユウの視線はその女性に釘付けになっている。
家族のような、とネプギアは言った。それほどの人が目の前に現れたのだ。無理もない。
「この人の心を映す空間……
にこり、とエリカは微笑んだ。好意を一切隠さない笑顔。それだけで、ユウとの関係がなんとなく察せられた。
「けどどうやら、あなたは平穏を望んでるみたいね」
彼女は後ろへ目を見やる。先ほどいたオルガという女性だけでなく、ネプギアやネプテューヌたち女神たち、そして私が知らない何十人もの人々。それらみんながわいわいと楽しそうに笑って話し合っている。
単なる日常の一コマ。だけどそこにユウはいない。
その光景に少し見とれていた私の意識は、次のエリカの言葉で急に戻される。
「私を殺したくせに」
胃がきゅっと締めつけられるような感覚。
見ればエリカから慈愛の面はなくなり、そこにあったのは怒りのみ。
「言ったわよね。戦い続けてって。私を忘れないように、私を殺したことを一生忘れないように戦い続けてって。それなのにあなたは普通の人間みたいに暮らしたいってまだ思ってるの?」
ユウに詰め寄る彼女の語気が荒くなる。
「すでにネプギアとの約束を破ったあなたが、私との約束も守らないつもり?」
「違う。俺は……」
弁明を絞りだそうとするユウ。代わりにヤマトが前に出てエリカを睨む。
「君はユウが生み出した幻覚か、それともくろめの手先か」
「くろめ? ……ああ、そう呼んでるのね。半々ってところかしら。私はユウの記憶の中の篠宮エリカであると同時に、天王星うずめの分身でもある」
「彼女は何者なんだ」
「本人が言ったでしょ。女神で、そこにいるうずめの大元」
「うずめがくろめの一部っていうのはわかった。うずめが超次元の昔の女神だってことも。なら、なんでくろめは超次元を壊そうとしてるんだ?」
「うずめは人に裏切られて、その復讐のためにこんな大掛かりなことをしてるの」
その言葉を聞いて、ヤマトがぴたりと止まる。
警戒が薄れた……というより、なにか深く考えるように目の前から意識が逸れている。
今度口を開いたのは、ネプギアだった。
「どういうことですか?」
「そのままの意味よ、ネプギア。願えば現実になるなんて能力はあまりにも強力。かつて天王星うずめが統治していた国の民はそれを恐れた」
願望が現実になる力は知っている。だけどそれはうずめの自覚していない力だ。彼女の知らないところでいつの間にか発動されている能力のはずだ。
それが、元々は自ら望むように発動できたのだろうか。
「やがて彼女に脅威を感じ、迫害しようとしたの。仕方なく彼女は自分の存在を消した。人から自分に関する記憶を消して、自らを封印して。けど人のネガティブなエネルギーはそうそう消えることはないわ。だんだん彼女に蓄積されていって……」
「女神であるうずめと、負の力をもつくろめに分かれたってことか」
ユウがやっと言葉を発した。
「そういうこと。誰かさんと似てるわね」
「だから同情しろと?」
「違うわ。あくまで事実を話しただけ。これをどう受け止めるかはあなたたち次第」
それだけ言うと、エリカの身体は崩れだす。
砂が風に紛れて視界から消えるように、私たちの目の前で霧散していく。
「エリカっ!」
どこへ追いかけても見つからない幻影を求めて、ユウが腕を伸ばす。その手を、ヤマトは掴んだ。
「ユウ、踏み込み過ぎだ」
その言葉と行動に、ユウの動きが止まる。何も掴めなかった手を見つめ、拳を握る。いつの間にか汗だくで息が切れていた。
「君が前に言ってた約束って……」
「ああ、エリカだ」
汗を拭いながら、ユウの顔が歪む。ネプギアと同じ、見たくないものを見た目だ。
「俺が殺した」
言い訳をするでもなく、彼はそれだけ言って前に進む。
残された私たちは、ただその言葉を受け止めることしかできなかった。
エコーやくろめが言った言葉は、何かの間違いだと信じたい。しかし、彼は自分で言った。『俺が殺した』。
何かきっと重たい過去があるのだろう。それをずっと引きずっている。
「戻ろう。ここに長くいると、精神的によくない」
混乱を抱えたまま、私たちはヤマトの言葉に従った。
▲
「容態は?」
「怪我は大したことないッス。ただ、洗脳が解けているかは起きてくれないとわからないッスね」
教会に戻ってきた私たちは、直前まで手当をしていたアイに問う。
ひとまず一安心。
また戦うようなことがあれば面倒だけど。
「くろめは復讐のために今まで戦ってたんだ」
ヤマトは独り言のように言う。
『人間に復讐するため』とエリカは言った。
守ってきた人たちに裏切られ、うずめはどう思ったのだろう。悪に扱われるなら、いっそ悪になってしまおうとしたのだろうか。
「なら救える」
彼は確信して呟いた。
これが理由のない破壊であれば、打ち負かし、あるいは消滅させる必要もあった。
だが理由があり、因縁のある戦いならば、それを取り除いてやればくろめを消すことはなく、上手くいけばくろめと戦わなくても済むかもしれない。
くろめだって虐げられた一人の少女なのだ。
その命と心を助けることに、ヤマトはなんの躊躇もなかった。
「反対だ」
堅く決めたヤマトの意志に、反論が飛んでくる。
壁にもたれかかって腕を組むユウが睨んでいた。
「刻一刻を争うんだ。今もあいつはこの世界を滅ぼそうとしてる」
ユウが恐れているのは、くろめの作戦が成功することだった。
超次元と零次元が融合してしまえば、世界は零次元のように荒廃してしまうとくろめは言った。
零次元の荒れようは私が一番よく知っている。がれきに埋もれ、空は暗く、地面はひび割れている。
全てが破壊されたという点においては、私の故郷と一緒だ。
「復讐に囚われているんなら、きっと話し合いで解決できる隙はある」
「隙はあるとしても、説得に値する情報を集めて、話し合いの場を設ける暇はない」
「説得じゃなくてもいい。力を奪うとか……」
せめて『命を奪いさえしなければ』がヤマトの最低限の条件だ。
この世界が救われるに値するというなら、平等にくろめも救われるに値することを一考する余地はある。
だがユウは首を横に振るばかりだった。
「元を絶つほうが早い。いいか、リスクが大きすぎる。危険すぎるんだよ」
「『危険』は殺していい理由にならない」
「生かす理由にもならないぞ」
ユウはヤマトを指さして鋭い口調で言う。
この世界を救う。ユウの頭はそれが優先事項となっている。
彼の中では、それはつまり『くろめを殺すこと』とイコールになり、その等号はずれることはない。
「悪の力を持っているからって、殺すのは早計すぎる。君が一番分かってるはずじゃないのか」
「この次元を壊そうとしてるやつが悪じゃないって? 本気で言ってるのか?」
ユウが持つ力は、お世辞にも正義由来のものとは思えない。ただの人間である私にも、その恐ろしさは肌で感じる。
だけど彼はこの超次元を犯罪神の魔の手から救い、そしてヤマトや私の手助けもしてくれた。
先のエコーとの戦いではロボット軍団を一番多く倒した功労者でもある。
悪の力とその使用者に関係がないことは彼自身が証明している。
そんなヤマトの主張に、ユウは嘲って返した。
「ネプテューヌ達を見ただろ。夢を見せるかなんかで洗脳して、俺たちと戦わせた。まだあいつの下にはダークメガミがいる。あいつ自身にももっと強大な力があるに決まってる」
ユウは壁を叩いた。
ネプテューヌたちと戦ったことを思い出したのか、その拳に容赦はなく、壁にひびが入る。
「くろめは本気で何もかも壊そうとしてる」
ユウは歯ぎしりが聞こえそうなほど食いしばる。
虚ろだったネプテューヌたちと戦ったとき、一番苦しい顔をしていたのは妹であるネプギア達でなく、ユウだった。
あのときユウの顔が青ざめていたのを、私は見逃さなかった。
あの戦いがあったからこそ、ユウは失うことに恐怖しているのだろうか。いや、それよりも前に何があったか。
殺すと意気込んでいるものの、死に対して一番臆病なのはユウだ。
まず先頭に立ってそのまま敵を殲滅しようとするその姿勢は、最初は畏怖したものの、いつしか一種の孤独を感じさせた。
ともに戦っていても、なぜか『ユウと共闘している』という気分に浸ることはできない。彼はできるだけ自分だけで戦いたいのだ。
厳密に言えば、彼はできるだけ『自分以外を戦わせたくない』のだ。
「僕たちなら止められる。レイのときは君と女神、僕たちでうまく収められたじゃないか。今度だってできる。くろめを止められる」
「止めてやるさ、あいつの息の根も一緒にな」
取り付く島もない態度に、ヤマトはため息をついた。
「ユウ、僕は真面目に……」
「俺も真面目だ」
その目は言いくるめようとするものではなく、諦めさせようとする目だった。
救える命には限りがある。言外にそう伝えている。
「ヤマト、お前の考えてることもわかる。だけど今回はいろんな意味で相手が悪すぎる」
「そうだよ。だからこそ君の力が必要なんだ。君がいれば説得力も増す」
ヤマトはユウの肩を掴んで懇願した。
彼としては、こんなところでユウとすれ違ってしまうことはどうしても避けたいことだろう。
友人として、仲間として、離れることはしたくないはずだ。
人の命。
そのことに関して、ヤマトはユウと同じくらい敏感。
しかし敵すらも助けようとするのは、ユウのそれとは真逆の行動だ。分かり合うなんて、きっとできない。
「その、私はヤマトさんに賛成です」
緊迫した空気の中、ネプギアが声を上げる。
「あの人が、くろめがうずめさんと同じなら、きっと話し合いでなんとかできると思うんです」
「ウチも賛成。敵が味方になるのは今まで何回もあったことでスし、今回もきっと上手くいくッス」
ここにネプテューヌがいれば、同じことを言っただろうか。
ネプギアとアイは、ヤマトの側に着く。
「あたしは反対よ」
それに真っ向から意見をぶつけたのは、ユニだ。
「お姉ちゃんもケーシャさんも、イヴだってそいつのせいで危ない目に遭ったもの。絶対に許せないわ」
くろめのせいで傷ついたのは私たちだけじゃない。
ゴールドサァドも、いやエコーによる被害を考えれば、世界中の人々が被害者ともいえる。
「私だって! お姉ちゃんもシーシャもこんなに苦しめられて黙ってられないもん。ね、ロムちゃん」
「わ、私は……」
ラムに顔を向けられ、おろおろとするロム。
いつもならここで同意をするから、今回もそうだと思ったけれど……
「話してみるのも、いいと思う……」
俯いて、そう呟いた。
この二人の意見が違うのは相当なことらしく、重い沈黙が場を支配する。
「イヴ、お前はどうする」
みんながいっせいにこちらを見る。
「私は……」
どちらの言い分もわかる。だけど、私は決めることはできなかった。