新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
私は頭の端のこびりついた光景を覗いた。
とはいえ、思い出したい記憶の中で残っているのは父との生活か、機械をいじっている記憶しかない。
母はいなかった。
物心ついた時から父にしか育てられた覚えはなく、母のことは写真でしか見たことがない。
楽しそうに父と並ぶ母の姿は、とても楽しそうで、幸せそうだった。
「イヴはお母さん似だな」
お父さんは笑ってそう言うものの、母の話はしようとしない。
別れたのか死んだのかどうかもわからない。
私だってさして興味があるわけでもない。
私にとって親はお父さんだけだったし、じゅうぶんなほどの愛を受けた。
仕事で忙しいはずでも、必ず私のことを気にかけてくれた。
楽しい会話もしてくれた。
最先端の技術も教えてくれた。
私にとってお父さんは誇りだった。
だから、あの圧倒的な力を持つ『何か』から逃げ、この世界に迷い込んだとき、私は正気を失ったことを疑った。
実際に父の死を見たわけではないが、あの状況ではきっと生きてはいない。その思い込みが私を絶望に叩き落した。だからきっと、私はこんな幻覚を見ているんだわ。でなければ、ここが死後の世界か。
死後の世界ならどれだけよかったか。
父にも会えるし、あの凶獣に右腕を噛み千切られることもなかった。
そんな絶望しかない世界で、私はうずめに助けられた。
「おい、大丈夫か?」
大丈夫なわけないじゃない。
痛みと絶望に打ちひしがれ、何日も泣き続けた私を、うずめはずっと寄り添って励ましてくれた。
さんざん泣いて、さんざん落ち込んで、だんだんと周りのやさしさに気付いた。
それで力になりたいって。
戦おうって。
そう思ったんだっけ。
逃げるだけはもう嫌だって。
そう思ったんだっけ。
「イヴ?」
突然耳に入ったうずめの声で、現実に引き戻された。
作業場に入ってから手を動かしていると、ときどき頭の端の光景が広がることがある。
機械をいじっている者としてはやっていけないことだったが、幸い今まで事故を起こしたことはない。
「どうしたの、うずめ。材料探しに行ってたんじゃ……」
「何時間前の話だよ。材料が偶然見つかってさ。俺とぎあっちで作ったんだ。今冷やしてるとこ。もうすぐでできるぜ」
もうすぐできるということは、あれからかなりの時間が経っているということだ。
気づけば、汗で作業服の下に着ているシャツがべっとりと張り付いている。
袖で額の汗を拭う。しばらくぶりに呼吸したような錯覚に陥る。
「どうかしたのか?」
「いえ、その……ありがとうね」
うずめは首をかしげた。
「どうしたんだよ、いきなり」
「言いたくなっただけよ」
今の礼はいままでのいろいろに対して。
別にいままで言っていなかったわけでもなく、これから言えなくなるとかそういうのじゃない。
ただなんとなく言いたかった。
「それにしても、お前とぎあっちがなんかやけに汚れてたけど、外にでも出たのか?」
「ええ、ちょっとね。これはその成果の一つ」
机に置いたオレンジ色の義腕を示した。
しかしこれは右用じゃない。
中が空洞になっているそれに左腕を通すと、計算通りフィットするように自動で締めつけられる。
左腕用のメタルアームだ。これで両手で銃を撃つことができる。防御力も増し。
「……かっけぇ。なんだこれ、なんだこれ!すげえ!」
「言うと思った」
はしゃぐうずめに、にっと笑って返す。
うずめが私の腕ごと持ち上げてメタルアームを観察していると、どたばたとネプテューヌが入ってきた。
「うずめ!イヴ!できたできたよ!ほら早く!!」
たくさんの容器に入ったプリンを見て、私は少々感動した。
カスタードだけでなく、抹茶プリン、チョコプリン。うずめが妄想したとおりの光景がそこにあった。
「まあ、まさかパーティできるほどに集まるとは……」
「わあ……夢にまで見たプリンだよ!早く早く!!」
「はい」
急かすネプテューヌにスプーンを渡す。
奪うように取ると、さっそく近くの容器を持って、プリンをすくった。
「う~ん、美味しい!」
満足そうにほおばるネプテューヌを見て、私たちも思い思いに食べだす。
気持ち良い冷たさに、なめらかな舌触り。なにより上品な甘さが身体にしみる。
「デザートなんて久しぶりだけど、控えめに言って最高ね」
「でしょでしょ?特にネプギアのプリンは私の大好物なんだ!」
「俺も作ったんだぜ。ほら、こっちのやつ」
「うずめさんの、濃くて美味しいですね」
食べながら話を楽しんでいると、次々とプリンはなくなった。
しかしまあ、かなりの数を食べたことは事実だ。
いやいや、今まで全然デザートを食べていなかったことを考えると、プラスマイナス0と言っていい。
カロリーだなんだっていうのは無視して構わないだろう。
「いやあ、食べた食べた。やっぱり、一日に一つはプリン食べなきゃ始まらないよね」
「はは、ねぷっちは本当にプリンが好きなんだな。それはそうと……」
うずめたちはちらっとこちらを見た。
「それで指紋認識も考えたんですけど、いちいち手で触れるよりかは声のほうがいいかなって」
「声紋認識?いいわねそれ」
「そうです。ヒーローみたいに『変身!』って言って変形するのはロマンがありますよね」
「それに関しては同意は半分ね」
私とネプギアは何枚もの設計用紙を挟んで、ペンとプリンをそれぞれ片手ずつに持ちながらアイデアを出していた。
流石はネプギア。
戦闘に必要な機能に関しては、私よりもぽんぽんと飛び出してくる。
「ネプギアたち何してるんだろ……」
「さあ……俺たちがプリンの材料探してる間に何かしてたみたいだけど……」
「さて、落ち着いたところで、少し今後の作戦会議をしたいのだが、どうだろうか?」
仲間の連絡を受けていた海男がようやく戻ってきた。
空の容器を抱えてきたのを見ると、ちゃんとプリンを食べてくれたみたいだ。
私たちは話を中断して、海男に向き直った。
「では早速だが、先ほどシェアクリスタルがありそうな場所を見つけたとの連絡を受けたんだ」
「今までの戦いでだいぶ消費したからな。ストックが増えるぶんには願ったりだ」
「しかもだ。その場所にはたくさんのシェアクリスタルが眠っていると推測できるらしい」
「フィールドを作れるくらい?」
「それはイヴにしかわからないだろう。あれに関しての計算はイヴにしかできないんだから」
海男はふっと笑ってよこした。
なんにせよ、かなりの数があるとみていいだろう。
「フィールドってなんのこと?」
「簡単に言えば、あのデカイのを倒すためのものよ」
ネプテューヌに、私はざっくりとした答えをした。
「ねぷっ!?あのデカイのを倒せるの?」
「何度もアイツと戦ってくうちにわかったんだ。あいつは、シェアの力に弱いってな」
「しかし、やつはその巨大さゆえに、一転にシェアの力をぶつけても効果はあまりない」
「ようは、たんに女神化して攻撃しても無意味ってこと。だから大量のシェアエネルギーでやつの力を奪うの。シェアクリスタルの結界でね」
うずめと海男、そして私の説明に、紫姉妹はなんとなく納得したみたいだ。
長い間計算に計算を重ねた作戦だったが、今まではシェアクリスタルの数が少なすぎた。
だが戦力が増えた今なら、結晶の温存だってできる。
『シェアフィールド』作戦も、もはや机上の空論じゃない。
「おおっ!なんかすごい作戦!それなら、でっかくてもいちころだね!」
「そういうこった。だから、さっそくシェアクリスタルを回収しに行こうぜ」