新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
正直に言って、準備不足だった。
何者かに操られているっぽい女神たちと戦うなんて、予想できなかったからだ。
「数の上では二倍だが……」
「相手はお姉ちゃん……」
パープルハートに前に立つのは、ヤマトとパープルシスター。
全身を緑の外殻に覆われたヤマトの姿は、映像では見たが直に目にするのは初めてだ。
まるで、喋る甲殻類型二足歩行モンスター。あの力の由来は女神と同じらしいけど……
「手加減してたらこっちがやられるわ。わかってるわね、ユニ?」
「ええ。勝ってお姉ちゃんを取り戻す!」
同時に銃を構える私とブラックシスター。お相手はもちろんブラックハート。
「いやマジで、タンコブの一つや二つは覚悟しろよ」
「私とロムちゃんとアイのぶんで三つね! こんなことするお姉ちゃんにはお仕置きしなきゃ!」
「できるかな……」
女神ローズハートことアイ、そしてホワイトシスターラム&ロムの前に立ちふさがるのはホワイトハートだ。
「一対一でいいんですの?」
「お前に妹がいれば参戦してもらいたいところだがな。残念ながら相手は俺だけだ」
グリーンハートはユウに刃の先を向ける。対して彼は剣を背中に収めたまま、素手で構えをとった。
空気に緊張感が混じる。
一番先に動いたのは、ユウだった。黒い模様が蠢く身体で、グリーンハートに突進する。女神の身体を掴んで、勢いを落とさずに前進。
彼らが壁に激突したのを合図に、他も一斉に動き出した。
私とブラックシスターは遠慮なく引き金を引く。
実弾とエネルギー弾が入り乱れてブラックハートへ向かう。しかし彼女は一瞬にして防御態勢に入り、剣で攻撃を防ぐ。
「その程度?」
いやらしい笑みを浮かべたブラックハートが、防御を解いて突進してくる。
縦の一閃が、私たちの間の空を切る。あまりのスピードに慄いている間に、ブラックハートは妹を剣の腹で弾き、私を蹴った。
重い音を立てて、私は地面を転がる。
私もブラックシスターも近距離の戦闘は苦手だ。特にこの空間では、周りでも戦闘をしているぶん避けづらい。
黒女神の目がこちらを向く。ブラックハートは跳びあがり、剣を振り下ろしながら落下してくる。
私はさらに地面を転がってそれをかわしつつ身を立たせる。
先ほどまで私が寝転がっていた場所はへこんでいて、ヒビが入り、くわえて綺麗な一本の線が刻まれている。
本当に、彼女は私を殺す気なの? 黒幕は、それほどまでに女神の精神を乗っ取っているの?
考えに気を逸らされ、接近を赦してしまった私はすぐさま銃を構える。しかし銃口はそらされ、腕もかちあげられて、無防備を晒してしまう。
ブラックハートが勢いよく突き出してきた刃先は……私に届かなかった。
黒い手が剣を止めている。
ユウだ。左手でブラックハートの剣を、右手でグリーンハートの槍を掴んでいる。
彼はちらりとこちらの無事を確認すると、両手の武器を地面に叩きつけた。そのせいでがくりと姿勢を崩した女神に攻撃をしかける。
相手も応戦するが、ユウはそれよりも素早く強い。二人がかりでも実力はユウが勝っている。
しかも、相手は武器を使っているのにも関わらず、彼は素手。女神殺しと呼ばれる背中の剣を使ってしまうと、その名の通り殺してしまうからだろう。
「撃て、イヴ、ユニ!」
ユウが二人の女神を上空へ放り投げる。
女神は空を飛べるが、しかし飛ばされたとあっては、そこに隙が生まれる。
「先に言いなさいよ!」
ブラックシスターが毒づきながら銃を乱射する。私も同じだ。
事前にわかっていれば充電して、必殺技を放てたのに……ま、こんな状況じゃ仕方ないけど。
銃撃の嵐を受けたブラックハートとグリーンハートは落ちて地面に激突したが、まだ立ち上がる。
「許してくれ、ノワール、ベール」
いつの間にか二人の後ろに回っていたユウが、片手ずつに頭を掴んで、お互いの頭をぶつからせた。
目がぐるぐると回って、がっくりと力の抜けた身体を、ユウが支えた。
「アイ、合わせろ!」
向こうでは、ヤマトが堅い肌でパープルハートの太刀を受け止めていた。
驚くパープルハートへ、横からパープルシスターのビームが炸裂する。
「お前が合わせろ、オラァ!」
吹き飛ばされたパープルハートの身体は、同じく蹴り飛ばされたホワイトハートと激突した。
「カーディナル・アスター!」
「雷撃!」
ローズハートの足から繰り出される紅いエネルギー砲と、ヤマトの腕から発せられる緑の雷がよろめく女神へ向かう。
ふらつきながらもそこから逃げようとする二人だが、身体が、いや足が動かない。
見れば、地面から生える氷がくるぶしまで伸び、その場へと縛りつけている。
それを行った本人ら、ホワイトシスターズは一足早くハイタッチ。
直後、攻撃が直撃。パープルハートとホワイトハートはばたりと倒れてしまった。
ようやく四女神の変身が解けたことを確認して、みんなも元の姿に戻る。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがと」
腰を抜かしたままの私に、ユウが手を差し伸べる。それを掴んで、私は立ち上がった。
私がスーツを脱ぐと、それは自動で折りたたまれていき、金属製の鞄に変形する。背負って、ようやく一息ついた。
「ネプテューヌたちも気絶で済んだみたいッスね」
女神たちに触れて状態を確認したアイが親指を立てる。
これで洗脳が解けていたらいいのだけど……
そればかりは、目を覚ましてからでないとわからない。
「当初の目的は果たせたわね」
「お姉ちゃんたちを連れて、いったん戻るってことでいい?」
ユニが提案する。
もともと女神を取り戻すつもりで来たのだ。それができたいま、この場所に留まるのは危険すぎる。
「俺は先に行く」
しかしユウは異を唱えた。
「危険だぞ」
「元は偵察のために女神たちを送り込んだんだ。役目が交代しただけだ」
ユウはヤマトの肩越しに、気絶した女神たちを見やる。
「それに、これ以上この戦いを長引かせるわけにもいかない」
ユウの言うこともわからないでもない。
戻って、またこの空間に来て、洗脳されて……を繰り返していたら前には進めない。
一刻も早く敵を倒す必要がある。
「僕じゃ担いで戻れないし、ついていくよ。戻ろうって言ってもきかないみたいだしね」
「わ、私も行きます」
ヤマトとネプギアが手を挙げた。私も挙手。
「私も行くわ。こんなことをするやつの顔面を一発殴るくらいしないと気が済まないもの」
「文句は言わせないぞ。一緒に行くか、みんなで戻るかだ」
眉をひそめるユウに、ヤマトが先制を食らわせた。
この二択を突きつけられて、ユウはしぶしぶ頭を縦に振る。
「……わかった」
「なら、ウチらは戻るッス。ブランちゃんたちを休ませないと」
「あたしも行きたいところだけど、任せるわ。お姉ちゃんが目覚めたときに、もしも洗脳が解けてなかったら、止める人が必要だし」
外見は細いのに、アイはネプテューヌとベールを軽々担ぎ上げる。
ユニもノワールを背負い、ラムとロムは二人でブランを持ち上げ……というか引っ張っている。
「もし危なくなったら連絡してくれ、すぐに」
ユウは双子に近づいて、目線を合わせながら、ゆっくりと注意をうながした。
「大丈夫、ロムちゃんと私はさいきょーだもん!」
「ぶい」
「二人とも」
ユウは双子の肩をがっしりと掴む。
「絶対、連絡しろ」
語気が強くなる。
ちゃんと言うことを聞かなければ斬られるんじゃないかと思うほど、ユウの感情は外に漏れだしていた。
怒りだ。
女神と戦わされ、傷をつけてしまった怒りが今にも溢れそうで、鳥肌が立つ。
「わ、わかったわよぅ」
「お、お兄ちゃん、ちょっとこわい……」
びくびくと怯えるラムとロムが縮こまる。
怒りの感情を向ける対象が間違ってるわよ。そう言いたかったが、私は近づけなかった。
「ユウさん、落ち着いてください」
ピリピリした空気に構わず、ネプギアがユウの肩をぽんと叩く。
その瞬間、張り詰めていた空気がいくぶんか和らいだ。
「ああ、すまなかった。二人はさいきょーだもんな。頑張ってくれ、ただし無理はせずに」
わしゃわしゃと頭をなでられ、双子の表情は一転して笑顔になった。
「うん、任せて!」
「えへへ」
さっき怖がってたのに、もう笑ってる。ユウはほんとにみんなに信頼されてるみたいね。
「へいへい、ユウ! ユニも撫でられたがってる顔してるッスよ!」
「任せろよ」
「わ、もう、子ども扱いしないでってば!」
「照れんな照れんな」
ユウが女神候補生たちに構っている間に、アイはこっそりとヤマトに近づいた。
「ヤマト、もし何かあったら……」
「止めるよ。僕にそれが出来るなら、だけど」
「どういうこと?」
神妙そうな二人に違和感を覚えて、私は合わせて小声で訊く。
「ユウは危なっかしすぎるッス」
「ユウが? 確かにあの神殺しの魔剣てのは恐ろしい威力だけど……」
「違うよ、イヴ。危険なのは魔剣でも力でもない」
表情はそのままに、息をのむ二人と私。
「ユウ自身だ」
見れば普通の人間に見えて、戦えば女神たちを助ける心強い仲間。
その力には嫌なものしか感じないけど、少なくともユウには悪意はない。危険なんてないはずだ。
……そうよね?
△
もしかしたら終わりのない道かもと思っていたのが嘘のようだ。
幻覚や洗脳があったことで身構えていたが、私たちはあっさりと通路の奥、光の先へと向かうことができた。
眩い光に目を細めながら進むと、ゆっくりと景色が変わっていく。
ようやく全貌が明らかになると、奇妙なことに見慣れた光景が広がっていた。
「ここ……ここって……」
「零次元……?」
ネプギアも声を上げる。
倒壊した建物に、割れた地面、傷のある空。
ここは明らかに、私がもといた場所……零次元だ。
これもまた幻覚だろうか。疑いだしたらキリがないけど……
「イヴ……とぎあっち?」
これもまた、聞きなれた声だ。
私は振り向く。
天王星うずめがそこにいた。