新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】   作:ジマリス

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2 ざらつく予感

女神が連れ去られた。

行方を追うべきなのだろうけれど、危険があったらすぐ戻ってくるようにとユウに言われたことを思い出す。

ここは敵地。そして相手は得体のしれない存在。

私は自分の無力さを呪いながら、来た道を急いで戻った。

空中へと放り出された私は背部ジェットを起動。プラネテューヌ教会近くへと着地し、すぐさま中に入る。

 

「みんな!」

 

執務室には他のみんなが揃っていた。

私たちを心配してここを離れられなかったのだろう。それが功を奏した。

 

「イヴさん! お姉ちゃんたちは?」

 

息を荒げて一人で戻ってきた私に、ネプギアが問う。

 

「無事とは言えないわね。どうなったかすらわからないわ」

 

私はうつむく。

とにかく、スーツを脱いで深呼吸。それから頭を整理して、事の顛末をみんなに語った。

曇る顔が増えていくたび、私は罪悪感に囚われる。

まさかあんなにあっさりと相手の罠にはまってしまうとは思わなかった。

世界を作り替え、ゴールドサァドやエコーを操り、そして女神すらも……

黒幕は、私たちが思っているよりも厄介な存在だった。

 

「最悪の事態ッスね」

「まずいな。助けに行くぞ」

「誰が行く? できるだけ戦力を投入したいけど、全員行くとこっちで何かあったときに対処できなくなる」

 

頭がぐるぐるしている私とは違って、アイ、ヤマト、ユウはこれからのことを話す。

私はどうするべきか。頭を抱えていると、バタンと勢いよく扉が開いた。

 

「私たちに任せて!」

 

ゴールドサァドの面々だ。

まだ包帯を巻いた痛々しい状態だけど、病院を抜け出してきたようだ。

 

「私たちには、まだゴールドサァドとしての力が残ってるから、遠慮せずに行ってきて」

 

シーシャが胸を張って仁王立ち。その胸を、アイは叩いた。

 

「んじゃ、ここはお言葉に甘えて」

「必ずブランちゃんを連れ戻してきて。妹ちゃんたちと離れ離れになるのは、もうごめんだろうからね」

 

腕を組み交わす二人。どうやらもう方針は決まったようだ。

まだ戦いの傷が癒えていないケーシャへ、私は近寄る。

 

「大丈夫なの?」

「はい、すっかり身体は元通りですから。ノワールさんをお願いします」

 

私は頷いた。

女神だから、戦力として必要だからという理由は二の次。大事な仲間として、そして帰りを待つ人のために、私はもう一度あそこへ向かわなければならない。

弱気は吹き飛び、代わりに闘争心が満たされていく。

 

「エスーシャ、無理はするなよ」

「君には恩がある。この剣で返そう」

 

仰々しく彩られた黄金の剣を、エスーシャは掲げる。

 

「モンスターが来るかもしれないぞ、ビーシャ」

「うっ……遠距離からバズーカ撃てば平気だよ……たぶん」

 

頬をかいてぎこちない笑顔を見せるビーシャ。

そんな様子を見て、ヴァトリは険しい顔をして悩んだ後、彼女の肩にそっと手を置いた。

 

「……ぼくはここに残るよ」

 

その言葉を聞いて、アイは真剣なまなざしとにやついた笑いと半分ずつ混ぜた、器用な表情を浮かべた。

 

「ビーシャが心配?」

「まだ彼女たちは心身ともにダメージを負ったままだ。いざというときにはぼくがなんとかする」

「任せるッスよ」

「わ、私は大丈夫だよ、ヴァトリ!」

 

元気アピールのために、その場でぴょんぴょんと跳ねるビーシャ。

ヴァトリはそんな彼女を抑え、視線を合わせた。

 

「ああ、大丈夫だろうさ。それでも、君が心配なんだ」

 

体格差を埋めるために跪き、頭にそっと手を置く。

 

「これはぼくの我儘だ。どうか、君を守らせてくれ」

「う、そ、そこまで言われちゃ仕方ないなー。ヴァトリと私なら百人力だしね!」

 

すかさず、シーシャとアイはいやらしい目つきでその様子を揶揄。

 

「あの二人、いつの間にあんないい関係に?」

「いやあ、ちょっと目を離した隙にこれッスよ。タラシに育ったみたいで、姉ちゃんは悲しいッス」

「まさか一番そういうことに疎そうなビーシャがねえ。お姉さんは嬉しいよ」

 

にひひ、と笑う二人に、ヤマトはやれやれと肩をすくめた。

 

「ユウさん、私も行きます」

「あたしも。ダメって言っても無理やりついていくんだから」

「はいはーい! わたしもわたしも! ね、ロムちゃん!」

「う、うん……」

 

女神候補生四人が、がしりとユウを掴む。

 

「置いていく気はない」

 

ユウは即答した。

四人は拒否されると思ったのだろう。きょとんとした顔を浮かべて、首を傾げた。

 

「い、いいんですか?」

「お前たちがどれだけ行きたいか、俺はわかってるつもりだ。それとも、一緒に旅をしたのに、そんなこともわからん男だと思ってるのか?」

 

ユウはわしゃわしゃとネプギアたちの頭をなでる。

女神の妹たちは、まんざらでもない様子でそれを受けた。あのユニでさえ、だ。

 

「いいの、ユウ?」

「ユニの言う通り、断ってもついてくるさ。それはよくわかってる」

 

彼らには、彼らにしかわからないつながりがある。それに関して文句を言う人間はここにはいなかった。

これでメンバーは決まった。

私とユウ、ヤマト、アイ、ネプギア、ユニ、ラム、ロム。

さっきは何もできなかった。

だけど今回は、必ず敵を倒してみせる!

 

 

「なんにも感じませんね」

「なんだかそれが不気味なんスよね。気配とか嫌な感じとか、まったくないんでスから」

 

先ほどと変わらず、ただの一本道。

私の話を聞いていたみんなはきょろきょろと見回しながら警戒する。

 

「いま思うと、何もないのが異様ね。あなたはどう、ユウ。何か感じる?」

 

声をかけたが、彼は私のほうでもなく、正面でもなく、どこかあらぬ方向を見ている。

そこにあるのは壁だけで、特に気になることもないはずだ。

 

「ユウ?」

 

もう一度、さっきよりも強く呼びかける。ユウはようやく反応して、はっとこちらを向いた。

 

「あ、ああ」

「どうかしたの?」

「いや、いま何か見えたような気がして……」

 

そのやりとりは、私と女神が先行していたときにしていた会話とよく似ていた。

すでにここは敵の手中。気を抜けば一瞬で心がもっていかれてしまう。

 

「気を付けて。私もいないはずのうずめが見えて、もうちょっとで連れていかれるところだったわ」

「幻覚か……そういえば、ゴールドサァドたちもそんなことを言ってたな」

「それぞれに共通するのは、黒い少女ッスね。精神を惑わしてくるのは、意外と今までに見たことないッス」

 

アイが神次元で出会った敵を挙げる。基本はモンスターばかりで、人間や機械もいたが、その全てが実力で向かってきていた。

エコーのような策略を張り巡らすのもいなかったことはないが、心に入り込んでくるような敵は見たことがないようだ。

圧倒的な力より、むしろそっちのほうが手に負えないのかもしれない。

一人、またひとりと神隠しのように連れ去られては高い実力も多い人数も意味がなくなってしまう。

 

「ちなみに、何が見えたの?」

「なんていうか、輪郭がぼやけてはっきりした姿は見えなかった。けどあれは……」

「あれは?」

「いや、何でもない」

 

一度開きかけた口を閉じて、ユウは首を横に振った。

 

「ユウさん……もしかして」

「大丈夫。幻覚だよ、ネプギア」

「そうなんでしょうけど、でも……」

「あいつは死んだ。ここにいるはずがない。大丈夫、わかってる」

 

そうは言いつつも、ユウは苦虫を噛み潰したように顔をゆがめた。

何か見たくない人を見せられたのか。

ネプギアにはその誰かがわかっているのだろうか。見てみれば、女神候補生はみんな同じような顔をしている。

 

かつて、ネプギアたちが犯罪神と戦った時、ユウもパーティにいたことは知っている。

そのときに何かが起こったのか。親しい誰かが何かしたのか、身に何かあったのか。

だが詳しいことは聞いてもはぐらかされる。言いたくないことなんだと思って訊かないでおいていたけれど……おそらく、彼はその幻覚を見てしまったのだろう。

 

私の知らない戦いの記憶……

終わってもまだ、彼らはそれに苦しめられている。

この空間は、そんな古傷を抉る性悪な場所なのだ。

 

「早いところお姉ちゃんたちを助けないと、私たちまで……」

「そう考えると、これだけの大所帯で来たのは間違いか正解かわからんな」

 

先頭を歩くユウの足が止まる。それにならって、私たちも歩みを止めた。

一本道の先に、いつの間にか四つの人影が現れていた。

それはだんだんとこっちに近づいてきて、ゆっくりと正体を現す。

 

「お姉ちゃん!」

 

ネプギアが叫んだとおり、それはネプテューヌたちだった。

にこりと笑う四人に、妹たちが駆け寄ろうとする。

 

「待て」

 

しかし、ユウはその四人を睨んで制す。

 

「様子がおかしい」

「どこがおかしいの? もー、ユウったら変なんだから」

 

ネプテューヌがいつもどおりのあっけらかんとした口調で言う。

いつもなら、彼女に賛成していただろう。だがうずめそっくりの幻影を見せられたばかりだ。さすがに警戒する。

 

「急にイヴがいなくなるから、みんなで探してたのよ。無事みたいでなによりだわ」

 

ノワールが近づいてくるのを、銃を向けて制止させる。

彼女は不機嫌な顔になりつつも、足を止めた。

 

「精巧な幻ね」

「いや、あれは本物ッスよ、厄介なことに」

 

アイが舌打ちする。

 

「どうして本物だってわかるの?」

「発せられるエネルギーが、女神のそれと同じッス。真似ようとはできても、同じのを作り出すのは無理ッスよ」

「厄介っていうのは?」

 

本物ならば、それでいいはずなのではないか。

いったん戻るか、それとも女神たちを連れて先に進むか、どちらにしても戦力を取り戻せたことになる。

しかしユウとヤマトを含め、三人は睨みつける。

 

「あの目、見たことがあるッス。ピーシェが洗脳されたときとおんなじ、どこ見てるかわかんない目ッスね」

「ピーシェって誰?」

「それはまた後で」

 

アイに言われてもう一度注視すると、相手の目はどことなく光を失っているようにも見える。だけども確実にそうだと言える自信はなかった。

 

「洗脳なんてされてないわ。私たちはただ、同じ景色を見せたいだけ」

「この先に、素晴らしい世界が広がっていますわ。さあ、みなさん一緒に」

 

ここで、ようやく違和感に気づいた。

言っていることは変だし、何より、そう……危機感が見えなかった。

 

「一度戻ってからじゃダメなの?」

 

頭をいじくられているかどうか、ダメ押しに確認してみる。

 

「いますぐ来てほしいのに……」

「断る……と言ったら?」

「では、引きずってでも連れていくしかないみたいですわね」

 

するりと、まるで当たり前かのようにブランが斧を、ベールが槍を出した。

それに合わせて、四女神は各々の武器を手に持つ。

これで確定だ。ネプテューヌたちは敵の手に堕ちてしまった。

仲間であるはずの私たちに刃の先を向け、笑ってさえいる。

 

「まさか戦えっていうの?」

「ゴールドサァドのときにも、結局戦ってでしか元に戻せなかった。やるしかないだろうな」

「ブランちゃんとやる羽目になるとはねえ……」

「全力で行くぞ」

 

ヤマトは自分の弓を畳み、手に収まるほどのデバイスに変形させる。

それをウエストにあてがうと、ベルトのように腰に巻き付いて固定された。

あれはエコーのときにも見せなかった。それだけリスクのあるものなのだろうか。それだけ……本気ということか。

 

「躊躇してて勝てるほど、あいつらは甘くないぞ」

「……わかってるわ」

 

深呼吸して、心を落ち着かせる。

戦うからといって、殺したり決別したりするわけじゃない。

気絶させれば元通りのはずだ。たぶん、おそらく、きっと。

決心したのは、私が一番遅かった。すでに臨戦態勢に入っているみんなに並んで、もう一度だけ深呼吸した。

 

「変身!」

 

十二人の戦闘開始の合図が響いた。


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