新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】   作:ジマリス

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7 戦う心

「くっくっく」

 

新作バトルスーツを着て上機嫌な私に向かって、エコーが笑う。

 

「それがどれだけ高性能だろうと、所詮お前ひとりじゃ何もできはしない」

「一人じゃあね」

 

私は胸部分の小さな格納庫から、光り輝く結晶を四つ取り出した。

これぞ最後の切り札。この状況を一発で逆転させる最強の力。

 

「これは……」

「シェアクリスタル?」

 

女神たちが覗き込んでくる。

 

「ゴールドクリスタルと合わせた強化品よ」

 

バトルスーツにシェアクリスタルとゴールドクリスタルのエネルギーを使えるようになったのは、あくまで副産物。

元々の私の目的は、アンチクリスタルに対抗するためにこの結晶を作り出すことだった。

そのことを伝えると、ゴールドサァドは快く頭を縦に振り、譲ってくれた。

時間がなかったから、工房での自動精製に任せるままに飛び出してきたけど、上手くいったみたいね。

エコーはわかりやすく顔をしかめた。もし人間なら、青くなるおまけつきだっただろう。

 

「出来たのは四つ分。ここは、あなたたちが決めなさい」

 

それらを、ひょいと投げる。

ネプテューヌ、ノワール、ブラン、ベールがそれぞれ受け取り、しげしげと眺める。

従来の光に、金色が混じっている。いまその結晶には、この世界のすべてのシェアが詰まっているのだ。

世界改変でシェアが減ろうと関係ない。いや、もともとそんなことはこの人たちには関係ないのだ。

 

「すごい……力が溢れてくる」

 

ネプテューヌが驚く。

ただ手にしただけで力が湧いてくるそれをぎゅっと握って、前に立つ。

 

「これなら……」

 

四女神が揃って、クリスタルを前に掲げる。

 

「変身!」

 

四人ともが女神の姿へと変わっていく。それだけでなく、溢れ出る光が新たなプロセッサを生み出す。

あるいはごつく直線的に、あるいは麗しく流線的に。正当進化形といえる強靭な装備を身に着け、女神たちは降臨する。

時代の転換期を超えたその先。これこそ新時代の姿(ネクストフォーム)だ。

 

「これが私たちの新しい力……!」

「アンチクリスタルの影響も感じられませんわ」

「相反する力がぶつかれば、強いほうが優先される。零次元で実証済みよ」

 

これで『女神は戦えない』という前提が崩れ去った。

エコーの作戦は、この前提をもとに成り立っている。そこがなくなってしまえば、あとはどうとでもなる。

 

「うおっ、ウチも変身できた!」

「わ、私もです」

 

ネクストフォームへと進化を遂げた四女神のほかに、アイやネプギアも女神化することに成功する。

 

「強力な力が、限定的なシェアリングフィールドを発生させてるのね。あ、シェアリングフィールドっていうのは……」

「まあまあ、細かいことは後で聞くからさ。お先に失礼!」

 

鬱憤が溜まっているのか、アイ、いや、ローズハートはいきいきとした表情で上昇を始める。

残った数少ないロボットが応戦するが、力を取り戻した女神の前では手も足も出ない。

 

「まったく……」

 

力が復活したとたん意気揚々と駆ける変わりように、思わず苦笑する。

 

「これならいけそうだな」

 

大きな剣をぐるんぐるんと回したあと、ユウは両手でそれをもって構える。

 

「こういう巨大なものは、ヒーロー側の一斉攻撃で崩れるのがオチよね」

「じゃあ、そういうベタベタなオチで締めますか」

「さんざん迷惑かけられたんだ。ど派手にいくぜ」

「百倍返しでも足りませんわ」

 

言いつつ、四女神も四方へ散る。

追って邪魔をしようとするロボット軍団だが、それぞれの一払いでいとも簡単に砕け散る。

気づけば、もはや敵は残っていなかった。たった一機、状況にうろたえるエコーを残して。

 

「合図は? せーのでいく?」

「まどろっこしいのはナシだ! 行くぞ!」

 

ユウの号令に、私も空へ飛び立つ。彼女たちの力に比べれば些細なものだけど、無いよりはマシでしょ。

 

「やめろ!」

 

エコーのそんな言葉はもちろん無視して、ユウとローズハート、私、ネクストフォームの女神たちが力を溜め始めた。

艦体が動くのよりもはるかに大きい大気の震えがスーツ越しでもびりびり伝わってくる。

 

「逃げたいところだけど、ぼくは飛べないんだけど……」

「僕もだ」

「つかまってください!」

 

たらりと汗を流すヴァトリとヤマトの手を掴んだのは、女神候補生たちだった。鍛え上げられたゆえに重たい身体を、二人ずつで引っ張る。

私たちが技を放ったのは、そのすぐあとだ。

 

「ナナメブレード乱舞刃!」

 

ネクストブラックは呼び出した四つの刃とともに縦横無尽に切り刻み、

 

「ブラスターコントローラ!」

 

ネクストホワイトは身体の三~四倍はありそうな巨大な銃から極太のレーザーを放ち、

 

「インフィニットスピア!」

 

ネクストグリーンは魔方陣を展開させ、そこから無数の槍を出現させては突き刺し、

 

「チューニング・フォール……アーンド、クリムゾン・アルカネット!」

「ブラストイレイザー!」

 

ローズハートは金色のプロセッサを纏った足を先にして急激に落下、私は負けじとできうる限りのエネルギーを銃に充填してビームを放つ。

これだけで、すでに船は崩壊するほどのダメージを受けたことは明らかだ。

真ん中に大きい穴が空き、そのほかは串刺しにされ、あらゆるところが傷だらけにされる。

 

「次元一閃!」

殲撃(せんげき)のデュエルエッジ!」

 

トドメはネクストパープルとユウだ。

お互いたった一撃。しかしその一閃は、深く深く十字の痕をつける。

一瞬後、各々の必殺技のパワーが爆発した。攻撃をぶつけられた船は派手に轟音を立てながら、あっという間にその体を四散させていく。

遅れて吹き荒れた轟風と衝撃波だけでも威力が凄まじい。

もしバトルスーツを着ていなかったら、私の身体は消し飛んでいたことだろう。

 

「馬鹿みたいな威力……」

「粉々になったぞ……」

 

攻撃の範囲からぎりぎりで逃れられたヤマトとヴァトリは、唖然としながらそれを眺める。

山が崩れたみたいに大きな残骸が転がり、原形はとどめていない。

その中で、紫に輝く巨大な岩がいくつもあるが、なるほど、あれが内蔵されていたアンチクリスタルだろう。

私たちは甲板部分であったであろう平らなところに着地すると、あたりを見渡す。

 

「流石に、これじゃもう無理だろう」

 

これがまた動き出すんじゃないかという警戒はしていないが、はっきりさせるためにユウが言う。

被害はなぎ倒された森だけ。人への被害はなし。

船が動き出したときにはどうなるかと思ったが、エコー相手には完勝できた。

計画どおりがこんなに疲れるとはね……

 

「完……全に、見誤った……」

 

しゃがれた声を上げたのは、残骸の隙間から這い出てきたエコーだ。

顔の半分はなくなり、右腕も両足ももげていて、もはや戦うどころか機能維持すらできていない状態だというのは、素人でもわかるだろう。

 

「まだ壊れてねえのか。タフなやつ」

 

ローズハートが前に出る。私はそれを手で制した。

あれは、私が作り出してしまった怪物だ。最後のトドメをさすのは、私の義務。

 

「これでわかったでしょう。この世界の平和を脅かしていたのはあなたで、それを守ったのは女神たちよ」

「く……くく、いいや。むしろ今のではっきりわかった。お前たちのその力は危険だ」

 

火花を散らせて左腕だけでもがく。

 

「お前たちは、人を守るために人には制御できない力を扱う者の恐ろしさから目を背けている。あり得ないことと断じ、自分たちが守る対象に牙を剥く可能性を考えずに、これからも戦うつもりか?」

 

喋るのがいっぱいいっぱいのはずなのに、さらに笑ってみせるエコー。

それを見て、私はやはり、こいつとは違うと感じた。

元は私の思考をトレースしたものであっても、その後のことが、こんなにも道を分けた。

 

「これ以上は無駄ね」

 

銃口を向け、一発。着弾し、エコーの身体を跡形もなく吹き飛ばす。

ようやく、ようやくこの戦いが終わった。

 

 

みんなでプラネテューヌ教会に戻った瞬間、まず私は勢いよく頭を下げた。

 

「今回のことは謝るわ。私の作ったものが、こんな大惨事を引き起こすなんて……」

「顔上げてよ、イヴ! 怪我はしたけど、エコーの計画も止められて、みんな無事に帰ってこれたんだしさ!」

「そうよ、いつまでもくよくよしてないで、もっと笑いなさい」

 

ネプテューヌとノワールが私の頬を引っ張る。

ぐいっと無理やり口角を上げられて少し痛むが、本当に気にしてなさそうな顔を見て、その寛容さに自然と頬が緩む。

 

「そんな顔で戻ったら、ケーシャが心配するわよ」

「……そうね」

 

ケーシャだけじゃない。私を信じて見送ったうずめのところにも、笑顔で帰りたい。

天真爛漫な、というのは私のキャラじゃないけれど、沈んだ顔を見せて心配させるくらいならそっちのほうがいい。

どっしりと床に座り込んだ他のメンバーはかなりお疲れのようで、しばらくはぼうっとしていた。

 

「エコーはいなくなったし、もう神次元に帰るか?」

 

ユウの問いに、ヤマトは首を横に振った。

 

「そうしたいところだけど、もう少しいるよ。世界改変の影響はまだ続いてるし、それを解決しないことにはめでたしめでたしとはいかない」

「行く末を見届けるまで、さよならはお預けッスね」

 

ヤマトとアイがふう、とため息をつく。

エコーがいなくなったことで、世界は少しずつ元に戻ってきている。

人々の記憶も改変前のものに戻ってきているらしい。

黄金の塔は残っているが、それは特に問題はないだろう。

問題なのは、これで終わりじゃないということだ。

私やユウ、ヴァトリが見た黒い少女がまだ残っている。あれがすべての元凶だろう。

ゴールドサァドもエコーもあくまで利用されたに過ぎず、まだ脅威は去っていない。

 

「助かるわ。あなたたちがいるのといないのとでは、戦力に大きな違いが出るから」

「んん~? 戦力だけッスか? ウチはブランちゃんとまだ一緒にいられて嬉しいんスけどね~」

 

抱き着きながら頬を人差し指でさすアイに、ブランは鬱陶しいという顔を見せながらも抵抗はしない。

ユウはヴァトリに顔を向ける。

 

「お前は?」

「ぼくも残る。エコーみたいに、アンチクリスタルを使ってくる奴がいないとは限らない。きみに比べれば、ぼくの力は大したことないけど……」

「いや、大助かりだ。ヴァトリがいなければ、女神の誰かがやられてたかもしれない。お前がいたから、俺は全力で戦えた」

 

自分を過小評価するヴァトリの肩をぽんと叩いて、ユウは微笑む。

 

「胸を張れ。お前はその盾で、しっかりと世界を救ったんだ」

「……そのセリフ、ぼくに言うためにずっと考えてた?」

「クサかったか?」

「かなり。けど嬉しいよ」

 

戦いが終わった疲労の空気から、柔らかく温かい雰囲気へと変わる。

大きな事件を通して、必死に戦って、私たちはお互いに信用に値する人間だということを知れた。背中を任せられる仲間であると。

出身の次元が違うとか、持っている力が違うとか、そんなのは大したことじゃない。

 

「なにはともあれ、これにて一件落着!」

「エコーの件は、だけれどね」

「しばらくは働きたくないね~。超次元を救ったのはこれで三回目だもん。やるならもうちょっと簡単なお仕事がいいな~」

 

ネプギアの膝枕に寝そべるネプテューヌ。

一生分働いたといってもいいだろう。だけど、この先が続いていく限り、まだまだ彼女の苦悩は続く。さしあたっては……

 

「あら、それならちょうどいいものがありますよ、ネプテューヌさん」

 

イストワールが、大量の紙をネプテューヌの目の前に置いた。

 

「エコーによる被害の後処理がこんなに」

 

どっさりと置かれたそれは、世界改変からのビーシャが溜めていたものと、エコーに対処している間に生まれたものらしい。

ある程度の処理はアイエフやコンパ、ヴァトリがやっていてくれたものの、女神が確認・承認しなければならないものがたくさんある。

言っている間にもどんどんと積まれていくそれは、ネプテューヌを取り囲んで全方位から姿を隠すほどまである。

 

「こ、こんなに!?」

「最後の戦いは、離れたところとはいえプラネテューヌ領で起きたことですから、そちらもお願いしますね」

「い、いーすんの鬼! 悪魔!」

「なんと言われようとも、これを終わらせるまでお休みはありませんから」

 

あれだけ強いネプテューヌも、イストワールの前では泣くしかない。

その不思議な関係を見ながら、私も座る。

これが彼女たちのいつも通り。

これこそが平和。

零次元も、こういう未来を創ることができるだろうか。いや、なんとしてもたどり着かなければならない。

そのために必要な力もデータも取ることができた。

他のみんなは『黒の少女』を追うことになるが、私はそろそろ戻らなければならない。

まずは自分の世界。それを救ってからじゃないと……

 

「もしもし……お、アノネデスッスか。こっちのことまで手伝ってもらって悪かったッスね……へ? 外?」

 

いつの間にか誰かからの電話に出ていたアイが、おもむろに立ち上がってバルコニーに出ていく。

ヤマトも立ち上がってついていった。

先ほどまで和やかだった雰囲気が、ピリっと糸を張ったものに変わる。

いや、そんなのは単なる思い込みで、何もないと言い聞かせれば何でもなくなる。

……そのはずなのに嫌な予感はどんどん膨らんで、私もぱっと立つ。

何もないことをこの目で見てしまえば、安心できるだろう。

二人に続いて、私も外へ出る。

強く風が吹いていた。ヤマトとアイは固まった姿勢のまま、空を見上げている。

二人の視線の先を追うと、黙っていた理由がわかった。

 

空にぽっかりと、黒い穴が空いていた。


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