新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
「巨大すぎる」
あっけにとられすぎて、出た言葉はそれだけだ。
パープルハートとグリーンハートに手を引かれ浮くこと数十分、プラネテューヌの外には、まるで要塞のような船が佇んでいた。
ざっと目測だが、全長は2kmほどだろうか、もっとあるかもしれない。
僕の知る戦艦よりも何倍も大きい。超次元でも史上最大だ。戦艦エコー級ってところか。
森の中にあるのに迷彩コーティングもされていないのは、もとより所在がばれる心配をしていなかったか、ばれても問題ないか。
「まるで棺桶。自分から用意してくれるなんて嬉しいね。手間が省ける」
ヴァトリを一人で引っ張るローズハートが笑う。こんな時にも強気なのは彼女の強みだ。
「いくつかの空洞……というか部屋と通路があるけど、中はみっちり詰まってる。何千トンとあるかもね」
ブラックハートにぶら下がるイヴが、着けた片眼鏡型デバイスでスキャンする。
彼女の言う通り、そうとう頑丈なようだ。ここにいる全員で武器を叩きつけても大した損害は与えられないだろう。
広い甲板に着地し、見回す。
船の上だけでもその異常さがわかる。エコーはこれだけ大きいものを作り上げて、何をするつもりなんだ?
「ようこそ、おれの世界へ」
どこからともなくやってきたエコーが、挨拶する。
人型の金属ボディはいやらしくシルバーに輝き、2mを越える巨体で見下してくる。
前よりも恰幅は良くなっていて、トレーニングをし続けているヴァトリよりも筋骨隆々に見える。まあ、筋肉も骨も金属だが。
「十二対一だ。勝てると思うか?」
「数で有利……というわけか。たしかに女神が九人もいるとなっては、普通なら降参が正しいだろう」
エコーは余裕の笑みを崩さず、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、地震が起こる。僕たちはあまりの衝撃で体勢を崩し、その場に手をつく。
これは……違う。地が揺れているんじゃない。
「これが動いているのか」
周りをよく見てみれば、木が次々となぎ倒されている。この船が地を蹂躙し、どこかへ向かって進んでいる。
「エコー、あなたもしかして……」
「さすが創造主、わかっているようだな、俺の考えが」
「なに? これはどこに進んでるの?」
ブラックハートの疑問はもっともだ。僕たちはまだエコーの目的がわかっていない。知るのはイヴだけだ。
「……プラネテューヌ」
歯ぎしりして、イヴが答える。
「プラネテューヌを壊して、これを新しい国にするつもりよ」
「新しい国って……そんなの誰もが認めないだろう」
僕はまだ混乱した頭でエコーを問い詰める。
「認める必要なんてない。所詮人間は従うだけの生き物だ。恐怖が人間を支配し、人間は俺に支配される。それに、唯一抗うお前たちは……ここで消える」
エコーが言い終わるやいなや、僕の身体から急激に力が抜ける。
僕だけじゃない。パープルハートにブラックハートに……女神全員だ。変身すら解けて、へたり込む。
「うっ、力が出ないよ」
「そうね、まるでこれは……」
「捕まったときのような感覚か?」
エコーがにやりと笑う。
女神無効化の石のせいだ。罠とはわかっていた。だがまさか、ここまで無力化されるとは……
「これがおれの計画の大詰めだ。この艦が新しい国の中心となる。おれが管理する理想の世界だ」
「何が理想だ。支配して、自由を奪うだけだろう」
「自由など求めるから争いが起きる」
「街の人たちはどうなる。潰す気か」
「ものには犠牲がつきものだろう。安心しろ、無駄死にじゃない。お前たちの死、その恐怖が反乱の意志を削ぐ」
ヴァトリが食いつくが、エコーの神経回路からは倫理が欠如している。
どれだけ人間に近づけようとも、僕らとエコーには大きな隔たりがある。会話は無理だ。
「最初からわかってたけど、話は無駄みたいね」
「そんなにいきがっているのは、お前とヴァトリだけみたいだな」
その通り。僕らの大半、十人がこれでお荷物になってしまった。
「この艦には、おれの中に埋め込んでいるのより、もっと大きいアンチクリスタルを仕込んである。女神を連れてきたのは間違いだったな」
「さあ、最終章の始まりだ」
船の動作音に重なって、さらに轟音が鳴り響く。そして空が飛び交う何かで覆われていく。
それが何か理解すると同時に、悪寒と絶望が身体を走る。
「十二対一……だったか? 残念だったな。数でもおれの有利だ」
機械人形の群れが、僕らの周りを囲む。四方八方を機械が支配する中、全力を出せるのは二人のみ。
エコーよりは造りが簡素な雑魚だが、それでもこの数は骨が折れるぞ。ゆうに百を越えてる。状況は最悪だ。
ここまで、すべてエコーの思った通りなのだろう。
神次元でアンチクリスタルを奪おうとしたのも、貴重なそれを手に入れると同時に性質を理解するため。
四つの国に現れては挑んできたのは、自分とアンチクリスタルの能力を試すため。
最終的な決着の地がここだ。
ここで、あいつは僕たちを殺す気だ。
嵐のように渦巻く機械の群れが、僕たちに襲い掛かってきた。
△
ラステイションから超特急で飛行し、イヴが送ってきた座標へと急ぐ俺の目に、信じがたいものが映った。
巨大な金属の塊。それが地面と大気を震わせながら動いている。あれがエコーの兵器か。
悪いことに、その周りには無数のハエのようなものが飛び交っている。
高速で近づきながらよく目を凝らしてみると、馬鹿でかいメカのせいでサイズ感が狂っていたのがわかる。ロボットの大群が周りを取り囲んでいるんだ。
その中心部で、小さく光ったり、爆発が起きたりしている。
「まずい」
ネプギアたちが、あそこで足止めを喰らっているのだ。
俺がすぐそこまで迫ると、ロボットは俺にまで攻撃を仕掛けてきた。エネルギー弾を飛ばしてくる奴らに、剣を一閃。一振りで十体は倒せる。
数が鬱陶しいと思いながらも薙ぎ払いながら中心へ向かう。
「轟撃のテンツェリントロンペ!」
身体を回転させながら、剣を振り回す。発せられた衝撃波も合わさって、数十体の敵がばらばらとなって道を開ける。
なんとか戦いを続けているみんなのもとへ着地することに成功した。その瞬間、空へ向かって剣を振る。
「圧撃のスラッシュウェーブ!」
半円形の衝撃波が真上へと放たれる。それはその先にあるロボット、雲も裂いて消えていく。
それを見て、ロボットたちの動きが止まった。
「遅いぞ」
弓を構えるヤマトが息を吐きながら言う。
「エコーの話が長くてな。みんな、変身は?」
「無理だ。この船にでっかい石が……アンチクリスタルがあるらしい。そのせいで今の僕たちは人間以下の力しか出せない」
俺は舌打ちした。
エコーは女神たちを殺すと言っていた。疑ってなかったが、本気だ。
この場所がばれるのも計算のうちなのだろう。いやむしろここで全てを片づけるつもりなのだ。
「ユウさんならこの船を壊せないですか?」
「全力が五、六回出せれば何とかってレベルだな。質量がありすぎる」
ネプギアの質問に、俺は首を横に振った。
着地の衝撃からわかったが、たとえ先ほどの必殺技を何十発放ったところで四分の一ほども破壊できない。
俺と女神全員が攻撃すればなんとかなるかもしれないが、それもいまは無理。
「人間なんて滑稽なものだ。愛だの平和だの、定義があいまいなもの、人によって定義が異なるものを求め、押しつけようとする」
機械人形が作る渦の中、その中心で見下すだけのロボットが一体。他とは明らかに違う図体は、エコーだ。
奴の本体はAI。身体はあくまでその狂った思想を実現するための器でしかない。そういう意味では、このロボットたちも船もエコーだと言えるだろう。
「正義のため、愛のため、平和のため、神のため。大義名分の名のもとに戦いは行われ、そして多くの人が死んでいった」
「イヴ、お前が作ったロボットだろう」
「もう違うわ」
機械のスーツに身を包む彼女の顔はうかがえないが、苦々しく思っていることはわかっている。
まさか自分の生み出そうとしていたものが、史上最悪の支配者になろうとは、認めたくないはずだ。
「死んでいった人間の命の重さが、そのままお前たちの罪の重さだ。お前たちの過ちが世界を滅ぼす。そしてそのあと世界に残るのは、灰だけだ。おれはそれを阻止するために、お前たちを殺すのみ」
「そうはさせない。俺たちは世界を滅ぼしもしないし、お前に殺されるつもりもない」
剣の先を向けて、俺は反論する。
「滅ぼした張本人が言うとは、大した説得力だ。そういうお前が一番わかってるんだろう? 世界は人間によって蝕まれていくのを。身をもって、そして渡り歩いた先で」
「ああ、知ってる。だからこそ止めるんだ」
道を踏み外した者でも、周りの助力があれば再び正しい道を歩むことが出来る。
だがこいつのような、元から悪に染まりきっているやつはどうしても信用ならない。
ここで潰すしかない。
「お前は負ける」
エコーが真っすぐこっちへ飛んでくる。
「今日は違う」
迎えるために、俺も全力で飛び立った。
空中でぶつかる……と思いきや、エコーはぐるりと身体を回転させて避けた。
腕を銃口に変形させ、エネルギー弾を撃ってくる。俺は剣で弾いた。
それと同時に、エコーは急反転してどこかへと飛ぶ。
させるか、と追いかけようとしたが、ロボットが行く手を阻んだ。
一匹一匹は雑魚だが、こうも数が多いと戦いづらい。大技には溜めが必要だが、向かってくる敵がそれを許さない。
女神たちとヤマトは人間態のまま地力で戦う。弱っていても、機械人形をなんとか相手できるようだ。
この中で影響を受けずに戦えるのは、俺とイヴとヴァトリのみ。
飛べるのは俺だけだ。対して敵はこの雑魚も含めて全員飛べる。
できるだけ地上から引き離すように、さらに上へと飛ぶ。
「殲撃の……」
技を出そうと腕を引くが、追いついてきたロボットに邪魔される。振り払って、次々に斬る。
こんなにいやがるのに、ちまちま倒すしかないなんてな。
幸いなのは、あの船の進み具合が遅いことだ。
俺たちの攻撃に耐えられるよう質量と密度を上げたぶん、推進力を犠牲にしたのだろう。
だが、どれだけ遅くとも、手をこまねいていたらいつかはプラネテューヌに激突する。
残された時間は、そう長くない。
俺は急降下して、その勢いで途中にいるロボットを蹴散らしながら、再びみんなの近くへ着地する。
「イヴ、なんか手はないのか?」
次々に来る敵を振り払いながら、俺は叫ぶ。
「あいつの作戦は、アンチクリスタルがあるから成り立つものよ。それさえ破壊できれば……」
「無茶言うな。こんだけの数を相手にしながら船の中まで行くなんて無理だ。この船を止めるとかできないのか?」
「動かすのと止めるのは手動だし、推進ユニットも巨大すぎてちょっとやそっとの攻撃じゃどうにもならないわよ」
俺はヤマトに顔を向ける。
「僕もお手上げ。アイは?」
「無理無理! 生き残るので精一杯ッスよ!」
ヤマトとアイの二人もどうやらこの場を打開する術はないようだ。
これは本格的にやばいかもな。
「あら、私は『手はない』とは言ってないわよ」
イヴがさらりと言ってみせる。
先ほど銃を撃ちまくりながらも冷静な声色だったのは、何か策があるからなのか。
なら早く言ってほしい。
「十五分稼いで。その間、できるだけ敵の数を減らしてくれたら、なおよしよ」
「どうにかできるのか?」
「別に信じなくて結構よ」
そう言うイヴの声は自信に満ちていた。
俺が信じようが信じまいが、結果にはあまり影響はないのだろう。
まあ、仲間がこれだけ言ってるんだ。この絶体絶命の状況じゃ、頼るほかない。
「いや、信じる」
ぴたり、とイヴの動きが数秒止まった。
「十五分だな。ラム、ロム、乗れ!」
俺は自分の背中を指さす。
「うわ、ユウ、こんな時に……」
「ユウってロリコンなんスか?」
「アホなこと言ってるくらいなら戦え、このアホ女神ども!」
ネプテューヌとアイがあからさまなジト目をしてくるが、お前らそれわかっててやってんだろ。
とにかく、双子がべったりと張り付いてきたのを確認して、上空を睨む。
「しっかり捕まってろよ!」
ここまで急いで来たのと同じくらいの超速度で上昇する。
ずりおちそうになった双子は、慌てて肩にしがみついた。
「わー! はやーい!」
「は……はや、すぎ……」
のんきなラムとちょっと引き気味なロム。
追ってくるロボットをしり目に、俺はさらに上昇し続けた。