新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
事件は、翌日に起きた。
一通のメールが俺のもとへ送られてきたのだ。
『ユウ、一人で来い』
場所の座標とともに簡潔な文が添えられているだけのもの。
すぐさま全員を呼び出してこのことを伝えると、皆一様に怪訝な顔を見せた。
「ユウ一人だけ呼び出しって、どうにも引っかかりますわね」
「その剣狙いだとしたら……」
「だけど、ユウ相手に奪おうとするかな。リーンボックスでこてんぱんにしたんでしょ?」
女神たちが悩む中、俺も考える。
「ヤマト、どう思う?」
「剣狙いともとれるけど……戦力削りとも思えるね。女神相手には勝てると思ってるだろうから、ユウさえいなくなれば……」
女神の力を持つ者がほとんど無力になってしまうとしたら、現在いる中での最高戦力は俺だ。
ラステイションからここまでは長い。いなくなった隙を突かれたら、それはそれはまずいことになるだろう。
「何迷ってんのよ、ラステイションであいつが何かやらかしてたらぶっ潰してきなさい!」
「私たちのことは大丈夫ですから、行ってきてください」
勢いよく言葉を発したのは、ユニとネプギアだった。
「そうよ、あんなロボットが来ても、わたしたちとお姉ちゃんでやっつけてやるんだから」
「……ぶいっ」
続けてラムとロムも、俺にVサインを向ける。
しばらくの沈黙のあと、アイが急に笑い出した。
「あっはっは、頼もしい妹ちゃんたちッスねえ。お姉ちゃんズも弱音は吐けなくなったってことで、決まりッスね」
「もー! こういうのは主人公である私が言うべきなんじゃないの!?」
「果たしてこの作品で主人公と呼べるほど活躍してるのか、疑問ではありまスけどね」
にひひと笑いながら、アイはぷんすかと怒るネプテューヌの肩を叩く。
そうだ。何を弱気になっていたんだ。
女神は強い。何度もエコーの襲撃はあったが、退けてきた。
それに、姿をくらましているあちらから呼び出してきてるのだ。行かない手はないだろう。
「なら、任せたぞ」
ラステイションまでは、全力で飛行しても、思ったより時間がかかった。
エコーが指定したのは、なんとラステイションの教会近くにある大きなビルの地下駐車場だった。
そこは、俺が足を踏み入れると同時に光が灯っていく。だだっ広い空間に、たった一体だけ機械の身体があった。
エコーの赤い目がぎらりとこちらを認め、ゆっくりと近づいてくる。
「まさか、馬鹿正直に来るとはな」
「用件はなんだ」
俺は単刀直入に言う。
何を企んでいるにせよ、時間稼ぎすらさせたくなかった。
「おれの仲間になれ」
エコーから飛び出してきたのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい言葉。
俺はため息をついた。
「頭が悪いとは思ってたが、これほどとはな。俺の剣を盗もうとした奴と手を繋いで仲良しになると思うか?」
「仲良しこよしになる必要はないが、おれの考えをお前はわかるはずだろう」
「お前の考え?」
「おれの目的は女神の代わりに、この世界を統治すること。女神を消し、この世界を平和にする」
「平和? お前がしてきたことは真逆だと思うが」
「何かを成し遂げるには犠牲がつきものだ」
めちゃくちゃだ。
イヴの話を聞く限り、かなり高度な技術をつかった産物らしいが、開発途中で放り出されたがゆえにどこかで狂ってしまったのだろう。
「女神がいるからこそ平和が保たれている。こうやって戦うことで……」
「そう、戦って、だ。それによる被害も惨劇も横に置いて、女神たちは戦う」
エコーは大仰に腕を振って、自分の弁を主張する。
「犯罪神との戦いも、神次元での戦いも見た。すべては人間を越えた存在が引き起こした事件だ。おれなら、それらを潰すことができる。悪になりうるものはすべて行動する前に叩き潰す」
「女神でさえもか」
「神次元のいざこざの発端は女神だろう。そして、被害を受けるのはいつも力のない人間だ」
「少なくとも、ネプギアたちやアイはなにも……」
「何も悪いことはしていないと? 未来もずっとそうだと証明できるか?」
証拠はない。
しかし、ネプギアたちのことを知らないエコーに、彼女たちがいかに悪であるかを主張されるのは嫌な気持ちになる。
「あいつらは大丈夫だ」
「言うだけなら、なんとでも」
「戦いなら、俺だって何度もやってきた。お前が一番潰すべきなのは俺じゃないのか」
「結果だけ見れば、まあそうだろう。だがユウ、お前は他の仲間たちにはわからない苦しみを唯一理解している」
「失うことの、そして奪うことの恐怖だ。そうだろう、自らの次元の女神八人を殺し、犯罪神も倒し、その次元に住む人間すら皆殺しにし、家族ともいえる者を手にかけた魔人よ」
俺はギリッ、と歯ぎしりした。
「貴様……っ」
なぜ、どこまで知ってるんだ、こいつは?
俺の過去を知っているのは、超次元の女神たちと、あとはアイエフやコンパ、教祖などごく限られた人物だけだ。
剣を抜いて、先を敵に向ける。
「何に対して怒っている? 自分の罪を掘り返されたからか?」
エコーの思った通りの反応をしたからか、やつは口角を上げて、挑発したような口調になる。
「当時感じた人間への怒りを思い出したからじゃないのか。女神を蔑ろにし、犯罪神を復活させるきっかけとなり、お前が女神を殺さざるをえない状況にまで追い込んだ原因である、人間への怒りを」
「黙れ」
「わかっているぞ。世界を救うという使命を自分に課しても、お前はまだ人間に憎しみを抱いている」
「黙れ!」
「おれと一緒に来い。人間を下に置き、二度と愚かな行為をさせないようにする。おれがその一歩目を築く」
エコーは勘違いをしている。
世界の平和をどうこうなんて、俺個人はどうでもいい。
俺が戦うのは、戦い続けると約束したから、ネプギアたちがこの世界を愛しているから。
たとえ平和になろうとも、そこにみんながいなければ意味はない。
「そのためにネプギアたちを殺すのは俺が許さない」
「なら、強引な手を使うしかないな。少し痛い目にあってもらおう。この世界の住人にも」
「なんだと?」
「平和には犠牲がつきものだ」
にやり、とエコーは笑った。
その瞬間、俺の背筋にぞくりと悪寒が走った。
やはり、俺を呼んだのは罠だ。
「お前……っ」
素早く剣を振り、そのにやけたツラごと身体を真っ二つに割ってすぐさま飛ぶ。来た時よりも速く、音速を超えて。
△
ユウがバルコニーから高速で飛んでいった方角を眺めるネプギアの表情は、暗いものだった。
私が彼女を見るとき、どちらかというとネガティブな顔を見ることのほうが多い。
少しでも和らげようと、私は彼女の隣に立つ。
「イヴさん……ユウさんは大丈夫でしょうか」
「エコーにやられるようなことはないと思うけど、やつの目的がいまいちわからないぶん不気味ね」
平和を守るようにプログラムされたAI。私が開発し、私の思考をトレースしたものだけれど、その言動は明らかに私がしようとする範疇を越えていた。
「心配?」
「もちろんです。ユウさんって、一人で突っ走るところがありますから……」
女神たちはユウのことをよく知っていて、高い評価もしている。
私は、第一印象で見たままで彼のことを評価しているけれど、それが偏見だということは、なんとなく理解した。
「どんな人なの、ユウって?」
一番一緒にいたらしいネプギアに、そう尋ねる。
「常に最前線で、みんなのことを守りながら、最後には絶対勝ってくれる人です。優しい……のは優しいんですけど、ちょっと違う気がします」
ちょっと違う?
私が疑問を発する前に、苦い顔をしたネプギアが続ける。
「ユウさんはとても重い罪を犯して、その代償として戦い続ける道を選んだんです。あの人が前に立つのは、たぶん、その罪悪感からだと思います」
重い罪とは、いったいどんなことだろうか。
自分が傷つき続け、それでも戦い続けるに足るその罪って……
「動いてるぅ!?」
私の思考は、誰かと通話していたアイの驚声で遮られた。
近くにいたネプテューヌが目を丸くしてる。
「どしたの?」
「まずいッス、船が動いてるらしいスよ」
「船って……プラネテューヌの外にあるエコーの拠点?」
「ああ、しかもまずいことに、どんどんこっちに向かってきてるらしい。この街に衝突するッス」
このタイミング。エコーが仕掛けてきたわね。
「到着までは?」
「あと一時間」
「ユウは?」
「まだラステイション」
行く前にユウに取り付けた発信機の反応を追うと、爆速でこちらに向かってきているが、それでも二十分ほどかかる。
「どうするの?」
「どうするもこうするも、行くしかないでしょ」
待ってる余裕はない。
エコーを放っておけば、どんな被害が出るかもわからない。
本当は準備が整うまでうかつな行動は控えたかったけれど、そうも言ってられない事態だ。
いまいる全員でかかればきっと勝てるはず。エコーの企みもきっと阻止できるはずだ。
嫌な予感に焦燥感を覚えながらも、私たちはすぐさまできる限りの装備を整え始めた。