新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
「ビーシャはどうだった、ヴァトリ?」
教会の最上階。一応は女神の執務室となっているここは、ネプテューヌたちの生活空間がメインのようで、ゲームや漫画などが散らばっている。
ビーシャの見舞いついでに街の見回りも終えたぼくに、アイエフが声をかけてくる。
「元気だったよ。退屈だってぼやきまくってた」
あれだけ動きたがりなのに絶対安静を命じられているのは気の毒だが、無茶な運動をしてもらっても困る。
どうしても言うことを聞かないときは、コンパに特大注射をちらつかせてもらっているようにしている。
モンスターなんかより、はるかにトラウマになるんじゃないのか、あれは。
「ネプテューヌは相変わらずゲーム三昧か」
「ええ。まったく、まだ問題は解決してないっていうのにのんきなものよね」
「他の国もひとまずは落ち着いたようだし、少しくらいはいいんじゃないか」
ネプテューヌだって傷を負っているはずなのに、元気に画面に食いついている。彼女にとっては、そうしていたほうが治りが早いのかもしれない。
プラネテューヌと同様に、ラステイション、ルウィー、リーンボックスでも事件が起きていたようだが、なんとか丸く収められたみたいだ。
だが、エコーや黒い影をどうにかしないと、ビ―シャたちの安全が確保されたとは言えない。
首を揉むぼくの腰が震えた。携帯端末に着信がきたのだ。
「もしもし」
『ヴァトリ、いまプラネテューヌの教会にいるか?』
リーンボックスに行ったヤマトからだ。
「ああ、ネプテューヌは君が言っていたよりもかなり……」
『教会の、ネプテューヌたちの部屋から出て左の部屋を見てくれ。大きい剣があるはずだ』
ヤマトはぼくの言葉を遮って、早口で伝えてくる。彼にしては珍しい。
「大きい剣?」
『詳しい話は後でするから、とりあえずそれを奪われないようにしてくれ』
「奪われないようにって、誰から……」
ぼくの言葉は、突然の衝撃で途切れた。何かがぶつかってきたせいで、ぼくは倒れてしまう。
頭を戦闘態勢に切り替えて、状況を確認する。ぼくに当たったのは、驚くべきことに扉だ。ひしゃげて凹んだ扉が、ぼくの傍で転がっている。
入り口のほうを見ると、すでに人型のロボットが目の前にまで迫ってきていた。
ぼくの方に二体、アイエフのほうに一体、ネプテューヌには三体。
襲われたことをようやく理解して、こちらも応戦しようとする。しかし立ち上がろうとしたところを、ロボットに足を掴まれた。
ぼくは身体をバネのように跳ねさせて、反動でロボットの顔面を蹴り上げ、さらに足を払う。
やっと足が離されたが、もう一体が腕を変化させた砲口をこちらに向けた。
転がって、ぱっと立ち上がる。エネルギー弾が、ぼくが先ほどまでいた床を焦がし、穴を開けていた。
伸ばしてきた腕を蹴り、掌底を鼻に叩き込む。
人間相手ならこれで終わりだが、残念ながら敵は痛覚のないロボット。よろめきはするが倒れはしない。
舌打ちして、ロボットの首に腕を回す。もう片方の手で頭を掴んで思いきり捻って、胴体と切り離した。
残った首を床に転がして、代わりに壁に立てかけていた盾を持つ。
壊れた扉を通り抜け、長い廊下に出る。ちょうど、すぐ左の部屋から二体のロボットが出てきたところに出くわした。そのうちの一体が持っているものが目につく。
鞘に納められた剣だ。ロボットの背丈くらいもある。あれだけのものを使っているのは、女神くらいしか見たことがない。
あれが、ヤマトの言っていた剣だろう。
護衛の一体がこちらを向く。
砲腕を向けられた瞬間、撃たれる前に腕を掴んで逸らしながら蹴飛ばした。
この量産品どもは、質より量で攻めてくるタイプらしく、エコーよりも数段扱いやすい。
吹き飛んだ機械の身体が、もう一体に激突して倒れこむ。
すかさず盾を打ち込んで頭を粉砕した。
火花をあげるのを尻目に、そいつが掴んでいた剣を取り上げる。
大きいわりには軽く、ぼくでも片手で振るえそうだ。
それが収められている鞘は高級そうで、長年使われているだろうにも関わらず塗装がいくらか剥げている程度だった。
「それ、ユウの剣じゃない」
追いついてきたアイエフが言う。
ユウ。どこかで聞いた名前だ。おそらくヤマトが何かの拍子に話したのだと思う。
この剣はその人物の所有物か。
わざわざエコーが奪いにくるほどのものには見えないが、ヤマトも電話の向こうでは焦っているようだった。
「いやぁ、危なかった危なかった。もうちょっとでゲーム機が壊されるところだったよ」
ネプテューヌも追いついてきた。
エコーが相手ならともかく、ただの機械人形なら後れをとることもない。
ひと仕事終えたようなさっぱりとした顔をするネプテューヌに呆れて、ぼくたちはため息をつく。
静まったところで、違和感に気付いた。
闖入者を蹴散らしたが、まだ騒がしい。何かが壊れる音や悲鳴が聞こえる。
この階じゃない。下だ。
ぼくとアイエフはお互いを見合って、手に持った剣を背中に収めながら、すぐにエレベータで下る。
当の騒音は、一番下、教会の玄関部からだった。
到着したぼくらは、酷い光景に息をのんだ。機械人形の軍団がそこかしこを占拠していた。
外からの光を神秘的に変えるステンドグラスは割れ、祭壇も長椅子もめちゃくちゃに壊され、破片がそこかしこに散らばっている。
教会員も倒れ伏し、立っている人間はぼくたち三人だけだ。
惨状に、怒りが沸き上がる。
ロボットがいっせいにこちらを向く。
「その剣を渡してもらうぞ」
一体が口を開いた。
「ぼくがお前の言うことを聞くとでも思うか」
「いいや、だから実力行使だ」
エコーが飛んでくる。
いきなりの突進に、ぼくはとっさにガードしたものの吹き飛ばされてしまった。
椅子の残骸の上に倒れたところに、ロボットが群がってくる。
いったん退こうとしたところを、足を掴まれる。盾で手を潰し、頭を思いきり殴って機能停止させる。
立ち上がって、さらに向かってくる一体を盾で打ちつけて倒す。
だめだ。一体一体は弱くても数が多い。
雪崩のように迫ってくるロボットを前に、逃げる選択肢を考慮し始めたそのとき、
「伏せて!」
その言葉に従って膝を曲げると、前面にいた十数体の頭が一気に斬り飛ばされた。
それを見て、さらにその後ろの軍隊の足が止まった。
僕は伏せたまま振り向く。変身したパープルハートが太刀を構えている。
流石ともいえる女神の一撃に感嘆する。石さえなければ、パープルハートは誰にも負けるわけがないのだ。
「その剣は守る価値があるのか?」
のっそりと、軍団の後ろから二メートルを越えるロボットが現れた。他を圧倒する存在感と威圧感、エコーだ。
僕は背中の剣をそっと触った。エコーが狙い、ヤマトが守れと言ったこれは、果たしてどれほどのものなのか。
「知らないのか。命令され、それを遂行するだけか。おれのほうがまだ意志を持ってると言えるな」
「何を言われようとも、お前の好き勝手にさせるわけにはいかない」
「残念だ」
エコーが床を蹴り、こちらへ襲い掛かる。伸ばしてきた手を避け、すれ違いざまに蹴りを放った。
床を転がるが、すぐに立ち上がるエコーにはダメージが通っていないみたいだ。
「こいつの相手はぼくがする。二人は他を!」
パープルハートとアイエフは頷く。同時、大量のロボットが襲い掛かってくる。
二人なら負けはしないだろうと信じて、ぼくはエコーを睨む。
ずんずんと近づいてくるエコーと対峙すると、ぼくも人間にしては大きいほうなはずなのにチビに感じる。
「お前じゃおれには勝てんぞ」
「そりゃどうも」
大きく振り上げられた腕が真っすぐこちらを狙う。
ぼくは跳躍しながら回転して、それをかわしながら盾で顎を打ち上げる。
のけぞったエコーの懐に潜り込み、殴打を連発。エコーは一歩、二歩下がる。だがそれだけだ。今度はぼくの頭を掴んで、顔面に体重を乗せた拳を繰り出す。
盾で防いだが、衝撃がすさまじく、ぼくは吹っ飛んで椅子の残骸の上に倒れた。
空中では、飛び回るロボットをパープルハートが追いかけては真っ二つにしていく。アイエフも銃と魔法で次々と蹴散らしていく。
対して、ぼくはエコーを倒せていない。痛覚のない相手は初めてではないが、エコーは規格外だ。
それでも、諦めるわけにはいかない。立ち上がりながら、対策を考える。
まず、ぼくの体術じゃ敵わない。何度も殴れば多少の傷はつけられるだろうが、倒すことはできない。全体重を乗せて盾を押し付けても潰せない。
身体を鍛えるだけした弊害が、こんな大事な場面で出てくるとは……
そこで、ぼくは一つだけ希望があることを思い出す。背負った剣だ。
それぞれの思惑の渦中にあるこの剣なら、場を凌げるかもしれない。
悟られないように、盾を構えて拳を握るいつものスタイル。
再び近づいてきたエコーの拳が迫る。
攻撃が単調なのが、唯一の救いだった。不意を突かれなければ、避けて防ぐのは無理なことじゃない。
繰り出される攻撃を、最小の動きでかわしていくと、エコーはいらついてきたのか、少々身体のバランスを崩してまで当ててこようとしてくる。
二度、大きく振った拳をかわす。勢いはいいが、殴ってくることがわかるうえに、後の隙が大きい。
三度目、見切ったぼくは、エコーが腕を振りぬいたタイミングで剣を抜いた。そのまま、流れるように振り下ろす。
これで多少のダメージでも与えられれば……
「なっ……」
驚愕の声が、エコーとぼくから漏れる。
あれだけ頑丈な身体のエコーが真っ二つに割れたのだ。
たった一撃、しかも豆腐を切るようにほとんど抵抗を感じなかった。
金属の残骸と化した身体はがくりと倒れ、もう起き上がらない。
この切れ味と威力は、あまりにも異常だ。
「危ない!」
剣をまじまじと見ていたぼくの背後を取ろうとしていたロボットを、パープルハートが倒す。
気づけば、残っている敵も少なくなっていた。
もう勝てないと悟ったのか、ロボットたちが急いで去っていく。
「なんとかなったわね」
一息つくパープルハートとアイエフだが、ぼくはまだ手に持った剣を見つめていた。