新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
起きていても眠っていても過去という闇が押し寄せてくる。
終わらない悪夢を見せられている気分だ。いまちゃんと起きているのかさえ確かじゃない。
口から洩れるのはため息ばかり。だけど、ここでじっとしているわけにもいかなかった。
研究所で、確信を持てるデータを手に入れた私は急ぎ足で教会へと向かっていた。
今はそこが女神たちの拠点。
エコーは倒され、ゴールドサァドも味方にできた。テロリストも大人しくなっている。
見る限りラステイションは平和に戻っている。だけど、それに甘えていればすぐに覆されることになる。
ケーシャの様子を変えた謎の存在もいるし、エコーだってあれで終わりのはずがない。
教会の中を我が物顔で歩いても顔パスで通される。執務室を開けた。
「ノワール、ユニ。大事な話が……」
私の言葉はそこで途切れた。
そこにいるはずの人の数が増えていたからだ。
「お久しぶりです、イヴさん」
奥の執務机に座るノワールとその横にいるユニ。
その前に、さらにネプギアとユウ、ベールにフードを被った男が立っていた。
みんなが一様に私を見るが、一番に話しかけてきたのはネプギアだった。
実際にはそれほど日数が経っているわけではないが、私も彼女と同じ感想だ。最近ぶりというには、ラステイションでの事件は密度が濃すぎる。
「ネプギア。無事みたいでよかったわ……そっちの半分甲殻類男は誰かしら」
この場で唯一得体が知れない男を指差す。
奇妙なことに、そいつの顔は半分だけが人間のもので、もう半分は殻のようなものに包まれている。
ちらりと見えるだけでも異様な雰囲気が伝わってくる。
「初めまして、僕はヤマト。君に訊きたいことがあって来た」
「そう、あなたがヤマトね。私はイヴ」
握手を求めてきたが無視する。
「大事な話があるんだろ」
割って入ってきたのはユウだ。
もしかしたらエコーよりも注意すべき存在。
彼は私を睨んでいた。
「俺たちにも聞かせろ」
話はかなり複雑だった。
リーンボックスでの戦いや、神次元からやってきた助っ人。ゴールドサァド、エコー、謎の黒い少女。
お互いに情報を交換し合い、私たちはさらに頭をこんがらせた。
「ネプギアの言う通り、エコーと私の戦闘スーツには似た部分が多い」
とりあえず、彼らがこっちに来た理由を先に答えるとする。
それは、私が教会に来た理由と同じでもある。
「エコーは私が造ったの」
全員がぎょっとする。
それはそうだ。いま自分たちを脅かしている存在の原因が、目の前にいる女だと知ったら私も同じ反応だろう。手を出さないだけ優しく、分別もある。
これが私の大事な話だ。
「元はただのAIよ。元は、というより、私が造ろうとしたのは、だけど」
「AI?」
「敵の存在を感知して、自動的に迎撃するためのシステム。造ったのは試作品で、私の思考をトレースしただけのものだけれど」
エコーと私のバトルスーツが似ていることは、すでに分かっていた。そこで私はエコーの残骸から、それを動かしているプログラムを解析した。
昔、零次元で作成し、完成直前で簡易研究所が襲われたため、泣く泣く放り出したものだ。
未完成のはずだったから、エコーがそのAIをもとにしてるなんて最初は考えもしなかった。
その場の全員が、なぜそんなものを、という目で見る。
零次元の惨状を知っているネプギアでさえも。
「私のいた零次元じゃ、毎日味方が死んでいった」
少しずつ語気が上がっていくのがわかる。けれど止まる気はない。
「だからこそもっと力がいるの。いまこうしている間にも、うずめは戦い続けている。うずめがいなくなれば消滅する世界で、彼女は戦い続けているのよ。それを救うためにはなにもかもを破壊するほどの力が必要なの」
「度を越した力を持てば、大切なものも壊してしまう」
「まるで経験したような口ぶりね」
ユウが反論するも、私はますます興奮をあらわにした。
私は、まだユウを仲間として見てはいない。
「全部調べたの。この次元で起きたことも、別の次元との間で起こったこともね。悪いわね、ノワール。ラステイションのセキュリティをもっとちゃんと見直したほうがいいわ」
超次元でかつて行われた犯罪神との戦い。意図的に伏せられた情報もあるけれど、大体の顛末はラステイションの機密フォルダの奥深くにあった。
零次元に負けず劣らず酷い様子だったようだ。
続いて、私はヤマトを指差した。
「この話は、あなたたちにとっても他人事じゃないのよ。本来は絶対的な壁があるはずの次元間が、このところ不安定になっている。次元を越えていくものが多くなったせいで。あなたたちのせいで、私たちは常に脅威に晒されている」
私は天井を指さした。だがそれが示しているのは天井でも空でもないことは、この場の全員がわかっていた。
「ただでさえ自分のいる世界だけでも精いっぱいなのに、別の次元からの敵とどうやって戦うの? 私たちに必要なのは希望の話じゃない。最悪の未来に備えることよ。そのためにはなんだって利用してみせる」
私の言葉に、ユウたちは十分な心当たりがあるようで、目を伏せた。
世界の内側にも外側にも敵が多すぎる。対して、世界を守ろうとする者は少ない。
普通に暮らす人間にとって、平和はつくるものではなく、つくられるものだ。それを享受してるくせに、支えるのは女神任せ。
「相手がどんな力を持っているかわからない。なにか起こってからじゃ遅い。なにかされる前に潰す」
「君の力を押しつけることでか?」
たった一人。ヤマトだけは私をまっすぐ見ていた。
「ええ。
「そして次元内外でも銃を突きつけるんだろう。その先は平和じゃない」
私をこんな行動に導いたのは、経験から生まれた恐怖だ。そしてそれを誰もかれもに向けようとしている。
エコーというものが生まれてしまったのは間違いだが、考え自体は間違っていないと胸を張って言える。
ヤマトも譲らない。自分に正義があると信じて、私に反論する。
非難するような目ではなかったことが、余計に癪に障った。
悪い空気になったところを、ノワールがパンと手を叩いて途切れさせた。
「みんな、ちょっと落ち着きましょ。ここで言い争ってても事態が好転するわけじゃないでしょ」
彼女はいまの問題を理解している。
おろおろとしているユニとは違う毅然とした態度が、女神としての強靭さを感じさせた。
「エコーがその迎撃AIだとしましょう。で、思考をトレースしてるって言ったわよね。なら、エコーの目的とか次にしそうなこととか、イヴにならわかるんじゃない?」
「知らないわよ。いかれたロボットが何を考えてるかなんて」
私は背を向けた。
各国で暗躍して世界を滅茶苦茶にしようだなんて、私の考えじゃない。
エコーは常に進化するAIだ。すでに私の想像の域を超えて凶行に走っている機械のことなんて、考えたくもない。
「イヴ、お願い。助けてほしいの。あなたが私たちを、零次元を救いたいと願うなら、手を貸して」
思考を放棄した私のそばに、ノワールが近寄る。
懇願するような目は、本心から答えを欲している。根元の部分では、彼女は私と同じかそれ以上に世界の行く末を案じているのかも。
私はゆっくりと、エコーがやってきたことと言ったことを思い返す。
「……エコーはかなり女神にご執心のようだったわ。ルウィーのこともニュースで見たけど、女神を……殺すことを第一にしてるみたい」
「だからわたくしたちの力を奪う石を容赦なく使ってきたんですのね」
ベールが苦々しい顔で眉を揉む。
リーンボックスでも、プラネテューヌでも敵として現れたエコーの存在は、女神にとっては天敵だ。
「だけどそれじゃ足りないってことはもうわかってるはず。もっと実績のあるものを使うでしょうね。そんなものがあれば、だけど」
私やユウ、今じゃゴールドサァドもいる中で、女神の力を奪う石だけでは太刀打ちできないことは、これまでの戦いが証明している。
ならば……と考えても結局わからない。お手上げのポーズをして、私は振り返る。
再び振り出しになったかと思ったが、女神たちは悩む顔ではなく、不安げな顔になってユウを見ている。
「ユウさん」
「ああ、やばいな。もしもエコーがあれの存在を知ってたら……」
「まずいじゃない。今どこにあるのよ」
「プラネテューヌだ。俺が借りてる教会の一室。世界改変で変わっていなければな」
女神候補生二人とユウが焦ったようにそわそわとしだす。ノワールとベールも同じだ。
私とヤマトは話についていけなかったが、その様子がすべてを物語っていた。
「……あるの?」
「プラネテューヌになにがあるんだ?」
ユウは頭に手を当てて、ため息をついて、こう言った。
「女神殺しの魔剣」