新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】   作:ジマリス

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リーンボックス編8 硝子の刃

昔は、ただの普通の人間だった。

小さな村に生まれ、外の世界に憧れていた。

いつも本を読んで、そこに書いてあるものだけでは満足できず、世界を見て歩こうと決めた。

それが間違いだったのだろう。

女神と出会って、助けて助けられて、ついに犯罪神と対決する直前になってそれに気付いた。女神の力を吸う魔剣を手にし、彼女たちの命を奪った後で。

この世界を統治する者がいなくなり、犯罪神は、この世はもう滅びるだけだと悟った。

そして簡単にやられて、その力を俺に移植させた。

敵は全て片付いた。平和は訪れたはずだった。だが、その平和のために尽力した女神たちは死んだ。その平和を享受すべき女神たちは死んだ。

犯罪組織をのさばらせたせいだ。それを許し、加担した人間のせいだ。

そして一番の原因はもちろん、俺が彼女たちを殺したせいだ。

世界を恨んで、人を恨んで、自分を恨んだ。なにも守れないほど無力な全てを憎んだ。

人は弱いくせに、弱いから、危機が迫るとそれまで信じていたものを簡単に捨てる。

嫌いだ。

だから壊した。だから殺した。目につくもの全てを、力の限りに壊した。

それが間違いだとは、今でも思っていない。だが、ネプギアたちが俺に託した平和を、俺自身が壊してしまったことは、ずっと後悔している。

彼女たちが最期に残した約束を、俺は破り捨ててしまった。

塵になるほど刻まれた約束を、俺はずっとかき集めている。

必死に償うために、敵を求めた。必要とあらば悪は殺す。安寧を崩すのなら、絶対にその命を逃したりしない。

それが俺がやるべきこと。

 

 

神速の剣技は、まるで腕が四本あるかのような速さと角度で襲ってくる。

剣士を相手に、食いちぎられそうだと思ったのは初めてだ。

眼前まで迫ってきた剣先を、わずかに頭を逸らして避ける。

エスーシャの腕を掴んでひねって、そのまま彼女の身体を倒す。仰向けになった相手に拳を叩きつける。

半透明の床がひび割れたが、すんでのところでかわしたエスーシャには届かなかった。

息もつかせず、今度はグリーンハートが前に立った。

嵐のように武器を振り回すエスーシャと、グリーンハートの動きは対照的だった。

実直で優雅で品がある。だからと言って人に見せるような美しい型にはめられただけの動きじゃない。

的確に攻撃を受け止め、隙を突く。

なによりも、犯罪神や古代の女神と戦った経験と、女神としての意地。そして、エスーシャに対する慈悲がある。

その慈悲が、奇妙なことに力の源になっていた。

利用されるままの彼女、その身体の中にある二つの魂、お互いを思いやる心に。

しびれを切らして、エスーシャが攻撃の強さと速さを上げる。だが、同時に動きが単調になる。

彼女が剣を振り上げた瞬間、グリーンハートが槍を突き出して止める。無防備となった相手を、全力で蹴りをかます。

 

「殺す気ですの?」

「そんな気はないが、それくらいじゃないと勝てん」

 

グリーンハートは肩をすくめた。

苦しみながらも立ち上がるエスーシャを前に、俺たちは呼吸を整える。

 

「もう十分でしょう、エスーシャ」

「声は届いてない。俺も似たような経験がある」

「じゃあ、どうすれば……」

「一度気絶させて、考えをまとめさせる。落ち着いて、まともに頭を働かせる状態になるさ」

「保証は?」

「似たような経験がある」

 

普通に戻って、その後がどうなるかはわからない。だが、俺はエスーシャを信じていた。

誰に何を言われようとも確固たる自分を持つ強さがある。つらいことを実行する行動力も胆力も。

きっかけは、残念ながら黒幕のせいだが、しかし彼女の強さを裏付けるには十分だ。

そして彼女の中にはお互いを理解する仲間がいる。

もう間違った道にはいかないだろうと、俺は確信していた。

距離を詰めようとする俺を察知して、エスーシャが剣を振り、衝撃波を飛ばしてくる。刃の形をした牙が、俺の身体を斬りつける。

血はいくら流れても構わない。他人が流す分を、代わりに俺が流そう。

次に届いたのは、グリーンハートの槍だ。俺の肩越しに、刃先が飛ぶ。虚を突かれたエスーシャの左肩に突き刺さって、苦悶の声が上がる。

捉えられなかった剣の動きが止まった。この機を逃さず、俺は剣を掴み取って、取り上げる。

刃が肌に食い込んでいるのに構わないで、剣を投げ捨てた。

これでもう、エスーシャには対抗する術はない。そのことは、操られている頭でもわかったらしく、すっと目を閉じる。

俺は思いきり拳を引いた。

『すまないエスーシャ。君の命を救うどころか、この身体さえ返せそうにない』

そう呟いている気がする。

いいや、諦めるのはまだ早いだろ。こんだけらん豚揃えるくらいの気持ちがあるんだろ。その心はまだ折れきっていないはずだ。

まだやりたいことがあるなら叫べ。お前も、イーシャも!

エスーシャの目から涙が零れる。覚悟を決めたすーっとした一筋ではなく、ぼろぼろと溢れる涙だ。

どんな言葉よりも雄弁で、心中を伝えるには十分だ。

少し眠ってもらうぞ。二人で話して、頭冷やして、冷静になってから目覚まして来い。

ぐっと力を入れて、一発だけ拳をのめりこませた。

巨大な鉄球が、壁を粉砕するような音がして、エスーシャが地面に叩きつけられる。

ぐったりと脱力したエスーシャの黄金の力は解除され、憑き物が落ちたようなすっきりした顔が現れる。

内臓と骨は痛んだろうが、命に別状はない。

俺は変身を解いて、エスーシャの傍らに膝をつく。

激戦の音が止んだのに気づいたのか、ようやくネプギアとヤマトも来た。状況を見て、ひとまずは終わったのだと理解する。

 

「女の子に腹パンだなんて、大丈夫かな」

「手段を選んで何とかなるような相手じゃなかったからな。まあ、手加減はしたから大丈夫だろ。穴も開いてないし」

「本気だったら開いてたんですね……」

 

冗談はともかくとして、ひとまずはこれで大丈夫だろうとは思うが、邪魔は取り除かないといけないな。

エスーシャの額に手を当てる。

 

「何してるんですの?」

「エスーシャがおかしくなったのは、感情を操られたからだ。いまごろはイーシャとゆっくり話し合いしてるはずだが……邪魔されたらかなわん」

 

エスーシャのなかに、俺と似たような力を感じる。女神とは真逆の力を。これだけ似ているなら、引き寄せればくっついてくるはず。

予想通り、彼女から黒いもやが、俺の手のひらに集まってくる。炎のようにゆらめくそれを、エスーシャから引き剥がす。

手に収まるほどの小さいそれが、これだけの事件を引き起こしたのだ。

恐るべきはあの黒い少女。あいつだけは絶対に俺が殺す。

俺は黒いもやを握りつぶした。

 

 

 

 

思い返してみれば、リーンボックスでこれだけの大きな事件は初めてかもしれない。

というより、プラネテューヌでの事件発生率が高すぎるのだ。

とりあえずは一件落着。百万のらん豚は元に戻った。

らん豚になっていたときの記憶はないらしく、わざわざ言うことでもないと伏せている。百万人に説明するのが面倒だというのが最大の理由だが。

そういえば、魔王の力で姿を変えられていると言われていたが、結局魔王なんてのはいなかった。

あの黒い少女が何かしたのだろう。

人を直接生贄にするより、そっちのほうがやりやすい……とエスーシャに思わせたのか。

 

「はぁ……」

 

ため息も出る。

今回の相手は規格外すぎる。

人の心に巧みに入り込んで操るのは、単純に力が強いのよりも何倍も厄介だ。

ごろりと寝転がる。

病院の屋上は静かで、誰もいない。

安静にするように言われたが、抜け出したのだ。ただじっとしてるのは性に合わない。

仰向けで風を感じていると、突然太陽の光が遮られた。

気絶していたはずのエスーシャが、覗き込むように見下ろしている。

俺は何も注意することなく、ゆっくり起き上がった。殺気どころか、戦意すら微塵も感じられない。

 

「エスーシャ。どうだ、すっきりできたか?」

「はい」

 

違和感を感じたが続ける。

 

「なら身体を休めないと」

「はい」

 

そう言っても、彼女は立ち去ろうとはしない。

じっと俺のほうを見てくる。

エスーシャは顔つきも柔らかくなって、立ち振る舞いが大人しい。

そこで俺は気づいた。

 

「もしかして、イーシャか?」

「はい」

「エスーシャが消えてしまった、とか?」

「いいえ」

「じゃ、何か俺に用か?」

「はい」

 

しかし、待てど暮らせど後に続く言葉はない。

もしかして、こいつは『はい』か『いいえ』でしか受け答えできないのか?

にわかには信じがたいが、信じられないようなものがあって、信じられないようなことが起こるのがこの世だ。

俺は携帯端末を取り出し、メール作成画面を呼び出してイーシャに渡す。

すると、ものすごい勢いで彼女は指を動かし始めた。

 

『私はイーシャ。エスーシャを救っていただいて、ありがとうございます』

 

画面を覗き込むと、瞬く間に文章が出来上がっていく。

昔からずっとこうやって意思疎通してきたのだろう。慣れである。

 

『あなたが来てくれなければ、らん豚たちかエスーシャかどちらかが消えていたでしょう』

 

ああ、本当に危ないところだった。

あのときイーシャがメールを送ってきてくれなければ、酷いことになっていただろう。

 

「エスーシャとは話せたのか?」

『はい。すっかり元に戻って、いまは反省中です』

「それはよかった。なあ、黒い少女について何か知らないか?」

『いいえ。闘技場で女神を倒してから、ぱっと光に包まれて、気づいたらこんな状況でしたから』

 

やはり、利用されていただけか。

それがわかっただけでも収穫だ。エスーシャもイーシャも、むしろ味方ということだ。

 

『傷、大丈夫ですか?』

「ああ、これくらいはいつものことだ」

 

 少し斬りつけられるくらいなら、何度もある。

 深々と斬られたり、風穴を空けられた経験だってあるくらいだ。

 

『いつでも呼んでください。私もエスーシャも、あなたの力になります』

「助かるよ」

 

 イーシャはにっこりと笑う。

 ゴールドサァドなんて大仰な二つ名を持つなんて信じられないほど、普通の人間に見える。

 そんな普通の人間だから、操られてしまったのだろう。

 彼女はすっと立ち上がって、去っていく。

 たったそれだけを伝えるために、わざわざ来てくれたのか。

 俺は座ったまま見送った。

 そういえば、いまのエスーシャの身体自体は、イーシャの身体のはずだ。

 だとしたらエスーシャが着ていたちょっとイタい感じの服は、イーシャのものなのだろうか。

 趣味的には、エスーシャのものっぽいが、案外……

 そんなことを考えていると、またしても来訪者が現れた。

 

「安静にしていませんと、治るものも治りませんわよ?」

「そういうお前だって、ここにいるじゃないか」

 

 無視して隣に座るベールである。

 しかし質素であるはずの患者衣でさえ、エロく見えてしまうのはどうにかならないものか。

 

「この次元の戦いが終わったら、またどこかへ行ってしまうんですの?」

 

ベールがぼそりと呟く。他に誰もおらず、静かなここではよく聞こえた。

 

「解決したらな」

「ネプギアちゃん、また泣きますわよ」

「そうは言ってもな」

「約束に縛られる必要なんて……」

「今まで、一つとして約束を守れなかったんだ。最後に交わした約束くらい、守らないといけないだろう」

 

世界を守ることと、戦い続けること。

俺が交わした約束は原動力だ。生きる理由と言ってもいい。

 

「それは、この次元ではいけませんか?」

 

心配そうに、ベールは言う。

 

「犯罪神騒ぎの後、神次元とのいざこざ、それに今回のこと。わざわざ探しに行かなくても、事件は転がってますのよ」

「そんな自慢げに言うことじゃないがな」

「それにほら、今回のように女神の力を封じる敵がまた現れないとも限りませんし」

 

確かに、今回ばかりは女神だけだとやばかったかもしれない。

しかしそれは他の次元でも同じだ。どこか別の女神が、同じ目に遭ってるかもしれない。そして、俺にはそこに行って、その敵を倒せる力がある。

 

「私たちはあなたを必要としていますのよ。あなたが思っている以上に」

 

俺だってお前たちを必要としている。生まれたわけじゃないこの次元だって、ちゃんと帰る場所として認識している。

だけど、それでも……

 

「た、大変ですっ」

 

勢いよく扉が開いて、ネプギアが滑り込んでくる。

全員入院してるってのに、まあどいつもこいつも元気なものだ。

 

「どうした、そんなに慌てて」

「思い出したんです。エコーの構造を見ているときに感じていた違和感!」

 

息を整える間もなく、彼女は顔を近づけてきた。

 

「イヴさんの戦闘スーツと似ているんです!」


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