新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
「まだ途中なのに邪魔が入るとはね」
「すぐ止めるんだ、エスーシャ」
エスーシャが座る玉座の奥、あまりにも広大な空間では、ぎゅうぎゅうに押し込められたらん豚たちが檻のなかでごったがえしている。
ベールが聖剣(ソルジャーにさせるための口実で、実は何の変哲もない剣だったが)を引き抜いたとき、九十八万といくらか番目のソルジャーだと言われたらしい。
そして、イーシャが言ったのは百万匹。全てのソルジャーがいまあそこにいるのだろう。
「犠牲を糧に蘇らせてもらっても、イーシャは喜ばない。とでもいうつもりかい?」
「そうですわ。だから……」
「いや、違う」
「ユ、ユウ?」
もし俺がエスーシャのことを何も知らずにいたなら、それを言っていただろう。
だが、街中で交わした言葉をもとに考えれば、そんな説得は的外れだとわかる。
「そんなこと言って止まるなら、とっくにやめてる。それでもやろうとしてるのは、倫理や論理なんてエスーシャには関係ないからだ」
ただイーシャを蘇らせたい。その一心で動いている。
やろうとしていることが間違っていると感じながらもなお、それを実行する強い意志を持ってるやつが一番厄介だ。
説得も交渉も無意味。本人にとって、それ以上のものがないから。
「わかってるじゃないか。なら、止めないでくれ」
「いいや、止める。残念ながら、百万の命を見捨てられるほど度胸がある人間じゃないんだ」
刀を抜いて駆ける。ワンテンポ遅れて、ベールがついてくる。
「変身!」
女神だけじゃなく、エスーシャも叫ぶ。
黄金の冠に、黒い片翼。金色に輝く眼は、鋭く俺を射抜いていた。
シェアが少ない女神より力は上だが、数ではこちらが上!
振りぬいた俺の刀と、エスーシャの剣が交錯する。
押し合いは、やはりエスーシャのほうに分があった。徐々に押されていき、刃が眼前に迫ってくる。
犯罪神の力を身に宿している俺でも、人間態では十分に力を発揮できない。
破壊の力が、エスーシャに想定以上のダメージを与えることを恐れているが、この分だと、やられるのは俺のほうだ。
ちらりと後ろを見てみると、ベールはまだこちらに来られていない。
邪魔されている。
彼女の前には、人型の機械と、黒い衣装に身を包んだ魔女がいた。
二体目のエコーとマジェコンヌだ。どこかに隠れていたのだろう。
まずい。女神は万全の状態じゃないのだ。相手が悪い。
「余所見している場合じゃない!」
押し合いから一転、華麗な剣捌きで攻めてくるエスーシャをなんとかかわす。
「ベール、チェンジだ!」
俺の意図を察して、ベールが敵の横を抜けてこちらへ駆け寄ってくる。
代わりに、俺はエスーシャから退き、エコーとマジェコンヌの前に立つ。
これなら相性の差はなし。
「貴様一人で私たちの相手をするつもりか?」
「エスーシャ相手だと全力でやれないからな。お前たちなら壊しても誰も咎めんだろう」
俺の中にある力を解放する。
体の肌色が黒の紋様で塗りつぶされていき、傷が刻まれる。
こうなれば刀はむしろ邪魔だ。刃を地面に突き刺す。
「おれとは初めましてだな、ユウ」
「お前がエコーか。話は聞いている」
人型ではあるが、『人間のような』とは呼べない。むしろ人間に近づくことを避けて、機械であることをアピールするようなデザインだ。
「できれば、お前とは戦いたくない」
「俺も俺と戦うのはごめんだな」
「そうじゃない。お前の力を恐れているわけじゃない。お前とは仲間になれるはずだ」
言い終わってすぐ、俺は瞬時に間をつめて、エコーの頭をつかんで無造作に地面に叩き付けた。
「なれるわけないだろ、アホか」
何度も打ち付けて壊そうとするが、案外硬い。
この防御力で、女神の力を奪うなら、他がてこずるのも頷ける。だが、俺には関係ない。
拳を振り上げて、力をこめる。
「尖撃の……」
力が溜まる前に、顔と腹に衝撃を受けた。
エコーが腕を砲口に変形させてエネルギー弾を、マジェコンヌが鎌でそれぞれ攻撃してきたのだ。
「夢幻粉砕拳!」
それに構わず拳を叩き込む。ドリルのように回転を加えた一撃は、エコーの顔面を粉々に砕いた。
火花を散らせながら痙攣するエコーを放り投げ、腹に刺さった鎌を抜く。
血は流れているが、たいしたことのない怪我だ。
べっとりと血がついた鎌を投げ捨て、俺はマジェコンヌを睨む。
彼女はおそらく、あの攻撃で命を刈り取るつもりだったのだろう。
それが少しのダメージしか与えられないとわかって、かなりのショックを受けているようだ。
「お前は……何なんだ。そこまでとは聞いてないぞ!」
「誰に聞いたんだ」
マジェコンヌに詰め寄る。
「誰に聞いたんだ?」
「ふん、私が口を割るはずがないだろう」
「なら用済みだ」
断末魔を上げる暇さえ与えず、貫手で彼女の胸を貫く。
倒れ伏すかと思った肉体は、黒い煙となって消え去った。
厄介な二体と決着をつけた俺は、すぐに変身を解除する。
あまり長い時間、変身態でいたくないのだ。
感情が高まって、ついやりすぎてしまう。力を使うたびに侵食されているような気分だ。
深呼吸して心を落ち着かせ、エスーシャのほうを見る。彼女の剣捌きは隙がなく、次第にベールは追い詰められていく。
俺は突き刺した刀を掴み、刀を地面から抜く。
槍と刀と剣、三つの刃が空中で線を描く。全てが鋭く、目にも止まらない速さだが、全てが相手に届かない。
しかし、ベールには何度か危ない場面があった。エコーに力を吸収され、つけられた傷が厄介だ。本来の優雅な動きは精彩を欠いて、わずかに槍の先がずれる。
俺はベールよりも一歩前に出て、エスーシャの攻撃を受ける。
そもそも、槍は超近接距離での戦いに向いていない。体力が残っていて、力も削られていない俺が前に立つほうが合理的だろう。
エスーシャの剣は、確実に俺たちを殺そうとしている筋だった。一振りでも身体に触れることを許してしまえば、俺の身体は真っ二つに割れてしまうことだろう。
殺したいわけじゃない。しかし、殺せないわけじゃない。自分の望みを叶えるのを邪魔しているから、斬り伏せるだけだ。
勢いに圧倒され、刀が弾かれる。瞬間、飛んできた足のつま先がこめかみに直撃した。
脳が揺れ、視界が安定しない。殺気を感じて頭をずらすと、すぐそこを風が通り過ぎる。ぼんやりした中でも、突きが飛んできたのがわかった。
ほっとする暇もなく、胸に蹴りが叩き込まれた。俺はベールも巻き込んで吹き飛んで、地面を転がる。
すぐさまぐっと立ち上がって、ベールに手を貸す。強い。このままじゃ、犠牲になるのは百万プラス二だ。
だが、余裕がないのはエスーシャも同じだった。
「なんで邪魔をするんだ。なんで!」
柄にもなく地団駄を踏んで、エスーシャは怒りをあらわにする。
「イーシャは、私を救ってくれた。あともう少しで死ぬところだった私の精神を、その身に宿してまで」
「つまりイーシャは……」
俺たちが接してきたエスーシャ。その外見はイーシャのものなのか。
「元の持ち主に、身体を返すだけだ。一人の人間の中に、二人の心は入れない。私がこの中にいれば、イーシャは消えてしまう。そう言われたから、百万を犠牲にしてでも私は……」
彼女たちはお互いをとても大切に思っている。自分たちにどれだけ損になろうとも、相手を助けようと思えるほどに。
彼女の強さは、ゴールドサァドの力だけじゃない。いやそもそもそれは補助にすぎない。思い合うその心こそが……
そこで、俺は違和感に気付いた。
「誰に言われた?」
「何?」
「誰に言われたんだ?」
「誰って……あれ?」
「誰がそれを望んだんだ?」
エスーシャに迷いがなさすぎる。
百万に自分も生贄に捧げるのを、イーシャが許すとは思えない。何度も説得したはずだ。
だが、死を選んで他を巻き込んで、ぶれないのはなんだか少し変な気がする。
誰かが吹き込んだんだ。
「え……あ……」
エスーシャが頭を抱える。
彼女は利用されているだけだ。なら、俺たちが戦う必要はない。
そのはずだった。
「あーあ、もうちょっとだったのに」
声だけが響いた。
その声は、女神とゴールドサァドが初めて会った闘技場で聞いた声。もっと前に、零次元で聞いた。
「ぐっ、ああああああ!」
うろたえていたエスーシャが、突然頭を掻きむしる。
一瞬影が見えた。エスーシャの後ろに、いやらしく笑う少女の影が。
零次元で会い、俺と戦った黒い少女。
この世界も、彼女の異変も全てあいつの仕業だったってわけか。
狼狽していたエスーシャはすっと立ち上がった。金色の力と殺意を混ぜ合わせて、きつく俺たちを睨んで剣を構える。
いま目の前にいるのは、心を閉じ込められ、悪の意のままに動く操られた人形だ。
「どこまで……」
零次元にいた住民も、ネプテューヌもネプギアも、超次元のみんなも巻き込んだ。
人々の記憶を操作して、世界を好き勝手に作り替えた。
「どこまで人を弄べば気が済むんだ!」
俺の怒号が空気を震わせる。
あの黒い少女が、何もかもを滅茶苦茶にした。これ以上、悪の好きにさせるわけにはいかない。
「ユウ、もう終わりにしましょう」
「ああ。ここからは手加減なしだ。骨折れるくらいは覚悟しとけよ」
俺は刀を投げ捨てる。
これからの戦いに、中途半端なものは邪魔になってしまう。
「変身!」
肌に黒い紋様と雷の痕が広がる。液体のように、あるいは寄生虫のように、うぞうぞと動き回る。尖り、湾曲した角が頭から生える。
グリーンハートも変身が完了し、先ほどとは打って変わって力強くも艶やかな姿を見せる。
全員の動きが、先ほどまでとは全く違っていた。
刃だけではなく、拳や足ですら、まともに受けてしまえば貫かれてしまうんではないかと錯覚するほど、三者のスピードとパワーは上がっていく。
隙は無い。仕方ない、ここは隙を作るしかないか。
グリーンハートの突きを防ぎ、その重さに耐えつつも振り降ろされたエスーシャの剣を、俺は腕で受け止める。
剣は俺の身体に当たりはするも、その先へ進めない。斬り裂けはしない。
刃を払いのけ、回し蹴りを放つ。飛ばされたエスーシャは空中で回転し、衝撃を和らげながら着地した。
その隙を狙って、グリーンハートが槍を薙いだ。十分に防ぎきれなかったエスーシャは、今度は受け身を取れずに転がる。
彼女は倒れたまま、俺たちが一筋縄ではいかないとわかって、いらいらしながら地面を殴る。
折れそうになるほど歯を食いしばって、地面を蹴りつつ立ち上がる。
「邪魔をするな」
何を言って、何をしているかもわからないに違いない。
自分のためでも、イーシャのためでもない。操られて、黒幕の思うがままに動かされている。
言葉は届かない。意味がない。
それがひどく腹を立たせる。
俺は一度絶望の底まで落とされた。いや、自分で落ちた。
生きている意味も価値も見いだせないまま、落ちていく中で、ネプギアたちの言葉や存在そのものにどれだけ救われたことか。
俺にはそれができない。
俺には誰も救えない。
力を振るうしか、俺にはできない。何か何かにを変える方法を、他に知らない。
「なら倒してみろ」
俺は戦うしかないのだ。