新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
天を貫くほどの高さを誇る黄金の塔の入口は、来るもの拒まずといったふうに大開きになっていた。
俺たち四人は、その中から得体の知れない空気を感じながらも足を踏み入れる。
中は完全に外とは断絶された世界だった。
宇宙のように暗く、しかし淡く光る空間はどこまで続いているのかわからない。
透明な足場はどこかに支えられているわけでもなく、宙に浮いていた。
この場所なら、百万匹といえどもらん豚を収納できるだろう。
「不思議な場所ですわね」
「不思議なんて、もう見飽きてるだろう」
そもそも存在からして不思議そのものである女神と、半分モンスター姿の男、犯罪神の力を持った男がいるのだ。
奇妙さならこのパーティだって負けてはいない。
「神次元でも、こんなのは見たことないよ」
「俺もだ。この中では一番いろいろ見てきたつもりだがな……」
いくつか別の次元を回っている中で、たしかに超次元とは異なる部分をもつ次元もあった。
例えば、ヤマトのいる神次元はこことはルールが異なり、『女神メモリー』というアイテムを使うことで、普通の女の子が女神になることができたり(といっても『可能性がある』程度のことで、資格のない女の子や男が使ったところでモンスターになってしまうのだが)、さらには『エディン』という国もある。
だが、あくまで女神や犯罪組織、あのマジェコンヌがいることに関しては、ほぼほぼどの次元でも同じだった。
ゴールドサァド、ひいては黄金の塔なんていうのは、いままで見たことも聞いたこともない。
その違和感はつい最近も感じた。零次元のダークメガミ、そしてエコー。気味の悪い何かが、世界を侵食してきている。
足場は遥か遠くまで一本道で続いていて、見えないほどの奥から知った力を感じる。
ひとっ飛びで行ってしまおうかと考えたとき、いつの間にか正面に女性が現れた。
「ちょっと待った! ここから先は通さないよ!」
「ネプテューヌ?」
ぱっと出た俺の言葉通り、立ちふさがるのはネプテューヌ。だが、ベールたちのよく知る彼女ではない。
「ネプテューヌ……ですの? その割にはいろいろ成長しているような……」
「別次元のネプテューヌだ。女神じゃなくて人間だから普通に成長してる」
そういえば、零次元の騒動以降、まったく姿が見えなかった。超次元に来ているだろうとは思っていたが、何かしてるにしても観光程度だと思っていた。
「敵なのか?」
訝しむヤマトへ、首を横に振る。
「そうじゃなかったはずだが……どういうつもりだ」
「色々訳あって、ここは通せないんだー。だからおとなしく戻って……」
「ここは俺が相手する。お前たちは先に行け」
「わかった」
「あとから来るんですよね?」
「すぐな」
「ちょっとちょっと!行っちゃだめって言ってるのに!」
ネプテューヌを無視して、他三人が次々に相手を通り過ぎる。右を左を駆け抜けるのを、おろおろしながらも抗議する彼女は、ため息をついて俺を見た。
「素直に従うと思ったのか?」
「微塵も思ってないかな」
にっこり笑うネプテューヌ。身振りから表情までつかみどころがないが、本気で敵対する気はないようだ。それでも、いまは邪魔してくる気らしいが。
「通りたくば、私を倒してから行け~、なんちゃって」
「その通りにさせてもらおう」
「お、お手柔らかに……」
俺が刀を抜いて睨むのを認めると、ネプテューヌも二刀を構える。
まさかこんな形でこいつと戦うことになるとは思わなかったが、双方とも本気じゃないのは見て取れる。
のんびりとしている暇はないが、あっちにはベールたちが向かっている。
じりじりと間合いを詰める。大剣を使っているぶん、リーチはあちらが有利だが、ネプテューヌは体勢を崩さない。右手は引いて、左手は下ろす、切っ先は両方ともこちらを向けるという攻防一体の構えは、相手にすると厄介だ。
こちらは一刀。攻撃を受け流されれば反撃は必至。思えば二刀流を相手にするのは初めてかもしれない。少なくとも、ネプテューヌほどの強さは初めてだ。
とはいえ、だ。犯罪神の力を解放してごり押しすれば、死体が転がることになるかもしれない。
今後なんらかの要因で力が封じられることも考えて、ここらで勘を取り戻したほうがいいだろう。
仕掛けたのは俺のほうからだ。一撃一撃を、力任せでなく素早く振る。
受けるのではなく、受け流す。斬り伏せるのではなく、斬りつける。
刀を使うにあたって、腕力で解決しようとするのは愚かだ。斬るのは相手に隙を生ませるため。渾身の一撃は最後までとっておく。
かつてネプギアたちと共に、犯罪組織と戦ったとき、いやそのもっと前から、俺の戦い方はこうだった。
十年近くに渡って染み込まれた動きを、身体は忘れていなかった。滑らかな動きで応戦してくるネプテューヌを前にして、引けはとっていない。
円を描くように、あるいは相手を叩き割るような力強い剣捌きを織り交ぜて、素早いステップでアウェイへと逃げる。
斬り結ぶ、回転、跳躍、突き。意外と、俺の戦い方はネプテューヌと似ていた。
俺には犯罪神の力由来の、通常時でも普通の人間を凌ぐスピードとパワー。大してネプテューヌは二刀流ゆえの手数の多さ。これが戦局にどれだけ変化をもたらすのかはわからないが、油断は一切しない。
相手はあのネプテューヌ。数多の次元で「ネプテューヌ」という名の人物に出会ったが、そのいずれもが主人公のように国や世界を守り通した。
いま戦っているのは人間だが、マジェコンヌと戦うよりも気を引き締めなければならない。
しかし、仕留めようともしない軽い閃撃の応酬では、らちが明かない。そこで、俺は手を変えた。受け流す防御メインから、攻撃を数センチのところで避ける回避メインへ。
どちらにしても攻撃が当たらないという点では違いないが、ネプテューヌにとってはこちらのほうが効く。
思い通り、『あともう少し攻めの手を伸ばしていれば』という考えに焦り、少々無茶な攻撃をしかけてきた。
決着がついたのは、地力と経験の差のおかげだ。
突きを避け、伸びきって力が抜けて瞬間を狙って、刀で弾き飛ばす。あっけにとられているうちに、もう一方を蹴り飛ばした。
二つの剣はからんからんと音を立てて、地面を転がる。
切っ先を向けられたネプテューヌは、腰を抜かして手をぶんぶんと振りながら挙げた。
「こ、降参降参! まさかこんな美少女重要人物を刃にかけるわけないよね!?」
「……もともと殺す気なんざないさ。本当は通せんぼする気なんてなかったんだろ?」
俺は刀を納めて、ネプテューヌの腕を掴んで起こす。
「沈黙は肯定とみなす」
「残念だけど、まだ何も言えないんだよね」
舌をぺろっと出して、ウインクしてくる。こういうところは、俺のよく知る小さいネプテューヌと同じだ。
だが、小さいのと違って、何を考えているのかわからないのは新鮮だ。小悪魔的と言えば魅力的だが、この状況ではそうも言ってられない。
少し遠くでは、武器がぶつかり合う金属音が聞こえる。ベールたちが戦っているのだ。目を凝らしても見えないから、それなりに遠いみたいだが、それ以外音のない静寂のおかげでよく聞こえる。
「お前は何を企んでるんだ」
振り返ると、誰もいなかった。
ネプテューヌは音も立てずにどこかへ行ってしまった。弾き飛ばした剣もなくなっている。
俺はため息をついた。本当に、何が目的で現れたんだか。
気を取り直して、ぱっと走り出す。激しく争っていた音が、さっきよりも減っていた。
嫌な予感が胸の中で膨らみ、自然と足が素早く動いた。予感というものは、悪いものほどよく当たる。
俺は舌打ちした。
辿りついた奥の空間では、教会にあったような玉座にエスーシャが座り、足を組んでいる。
その前で倒れているのは、僕が見送った三人。それと四肢がばらばらになって火花を上げている機械だ。
「ベール、ネプギア、ヤマト!」
駆け寄ると、幸いなことに死んではいない。最悪ななかでも幸運だ。だが仲間たちは傷だらけで、本当の最悪を凌げたって程度だ。
考えが甘かった。実際に見ていないからと、相手が機械人形だからと侮った。
仲間を失う恐ろしさは十二分に理解しているつもりだったのに、そのはずなのに、心のどこかではもう悲惨なことは起こらないと思い込んでいた。
血が出るほどに歯を食いしばる。
「大丈夫とは言えませんわね」
先取りしてベールが言う。
「力が吸い取られるようでしたわ」
「ヤマトの言ってた通りだな」
そこに転がっているロボット、エコーと相討ちになったのだろう。三対一でほぼ互角なほど、女神無効化の結晶は強力なのだ。
アンチクリスタルという、女神の力を吸収する石を見たことがある。特性はそれと同じと見ていいだろう。
となれば、かなり厄介だ。ただでさえシェアが少ないのに、そのせいでこちらの戦力は半分以下になってしまう。
「まったく、助っ人に来た二人が早々にやられるなんてな」
「相手が悪すぎるんだよ」
「すみません、ユウさん。私もう限界です……」
ヤマトとネプギアは立てないほどに消耗している。
相手は女神を負かしたゴールドサァド。状況は混乱し、全てが悪い方向へ傾いている。絶対にどうにかできるなんて保証はない。
それでもどうにかするしかない。それが、戦える人間がすべきことだ。
「任せろ」
「わたくしも戦いますわ」
力を振り絞って、ベールも立ち上がる。義務感を感じているのは、彼女が一番だろう。
リーンボックスの女神として、ベールには決して、倒れるという選択肢は残されていない。
俺たちに許されているのは、勝つことだ。戦って勝つことだけだ。