新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
「絶対に助ける! と言ってから数日が経過したわけッスけども」
「そ、そうね。なんで説明口調なの?」
「まあまあ」
起きて朝食をとったあと、ウチらは早速作戦会議をたてた。
といっても、説明したとおり、シーシャが連れ去られてから数日が経っているわけッスけども。
「ねえ、なんでこんなに時間かけたの? わるいひとなんかさっさとやっつければいいのに」
ラムちゃんの疑問に、ウチは待ってましたと言わんばかりに人差し指を立てる。
いきなりの動きに、その場にいた全員がびくっと反応する。特にロムちゃんが驚いていた。
「ひとーつ、相手は女神を無効化する術を持っているから、綿密な準備が必要だったのである。ふたーつ、あれ以来ウチとブランちゃんが指名手配されたせいでおおっぴらに動けなかったからである。みーっつ、あの忌々しい意識高い(笑)アホロン毛をこれでもかというほど痛めつけるためにあらゆる罰を考えていたからである!」
「最後……」
呆れたような顔で、ロムちゃんがこちらを見る。
やだ、この子のこんな顔初めて見たッス。
「というわけで、これだけの時間を要したわけッス」
「計画の目的としては、革命軍の無力化とシーシャの救出」
「それには全員にきっちり動いてもらう必要があるッスからね」
「はーい!」
「わかった……」
計画については、すでにみんなに伝えてある。
問題なのは革命軍とエコーだが、それに関しては素早く奇襲を行えば何とかならないこともない。
「さて、それじゃあさっそく……」
行動を始めようとしたその瞬間、ウチの携帯端末が震えた。
とある人物からのメールだ。
そこには、うっと唸るほどの内容が書いてあった。
「悪い知らせッス」
少し焦った顔で、ウチは言う。
最悪のタイミングで悪い知らせということに、女神三人も嫌な気配を察知して身構える。
「モンスターの大群が、隣の街を荒らしつくしたあと、こっちに向かってきてるらしいッス」
「なんですって?」
猛争モンスターの軍勢。
しかもよほど大勢らしく、街が壊されたのもあっという間だったらしい。
幸い隣街の住人は避難済みのようで、人的被害はそれほどなかったみたいだ。
「え、じゃあ計画は……」
ラムちゃんが驚きつつ、はてなを浮かべる。
こっちもこっちで差し迫っているが……
「言ってる場合じゃないッスね。とはいえ、大勢のモンスターの迎撃ができるほどこっちの戦力は……」
「あなたたちは街の人たちを避難させて」
ウチの悩みを振り切って、ブランちゃんが妹たちに言う。
「指名手配されてなくて、街の人に顔が利くあなたたちならできるわ」
確かに、指名手配されているのはウチとブランちゃんだけ。
それにハンターとして信頼を得ている二人なら、街の人たちも言うことを聞いてくれるだろう。
「お姉ちゃんは?」
ロムちゃんの疑問に、ブランちゃんは少しためらったあと、毅然とした態度で返す。
「私はモンスターを食い止める」
「ブランちゃん」
ウチはブランちゃんを止めようと、遮ろうとする。
この顔は、人は違えど何度も見たことがある。
「あなたはシーシャをお願い」
「ブランちゃん!」
無視して進めようとするブランちゃんに、思わず声を荒げてしまう。
ブランちゃんの言い方はまるで……
「お願い。何も言わずに言う通りにして」
まるで、死地に向かおうとする人のそれだ。
かつて全く同じ顔を、ヤマトはしたことがある。結果的にはなんとかなったものの、明確に勝算があったわけじゃない。
今だって同じだ。
でも、この国のこと、国民のことを考えると、それしかないのだ。
一人で食い止めるしかない。勝算のない戦いに、妹たちを巻き込まないためにも。
「……わかったッス」
ウチはそう言って、頷くしかなかった。
それを見て、ブランちゃんは早速部屋を飛び出した。
「お姉ちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫ッス。タフな子ってのは、君らが一番知ってるはずッスよね?」
「うん、お姉ちゃんは世界で一番強いんだから!」
「こくこく」
「ウチも知ってるッスよ。何度も何度も、ブランちゃんには助けられたッス」
自分に言い聞かせるように、ウチは言う。
そう、ブランちゃんは強い。圧倒的に不利な状況でも、そんなの関係ないとばかりに勝ってきた。
きっと、きっと今回も勝ってくる。
「だからこんどは、ウチらがブランちゃんを助けるッスよ」
ラムちゃんロムちゃんに街の人の避難を任せ、ウチはとある場所に来ていた。
あの革命軍の男の屋敷。ここにシーシャは捕らわれている。
本来ならば革命軍もあの男もぶっ倒して救出するつもりだったが、モンスターの大群が押し寄せてきているせいで逃げたらしい。
やはり、この国を守るつもりなんてないのだ。そんな男の計画に組み込まれてしまったことに、さらに怒りがこみ上げてくる。
絶対ぶっ飛ばしてやるからな!
「こちらです、アイさん」
屋敷のそばで手招きしているのは、フィナンシェだ。
あんなことがあってから、気まずかっただろうに、ウチに連絡を取ってくれたのだ。シーシャを助ける手伝いをさせてほしいと。
もちろん、ウチはこれを快く引き受けた。
「助かるッスよ、フィナンシェ」
「その、すみません。ご主人様がこんなことを……」
「フィナンシェが悪いわけじゃないッスよ」
ウチは首を横に振った。
フィナンシェが悪くないっていうのは、普段の行動を見ていればわかる。
革命軍の男は何も知らない彼女をただ利用したに過ぎない。
屋敷に入り、誰もいない廊下を歩く。
「ありがとうございます。こんな私のことを信じてくれて」
しゅんとなっているフィナンシェ。こんなメイドがおったら垂涎ものやでぇ。
と、冗談はそこまでにして、一つ、質問を投げかけてみる。
「……ルウィーは好きッスか?」
「え? ……はい。こんなにも暖かい国、嫌いになるわけないじゃないですか」
「信じる理由として、それで十分ッスよ」
即答のフィナンシェの顔には嘘はない。
この子も同じく、ルウィーが大好きなのだ。だからこそ、今が間違っていると思って、ウチに連絡を取ってきたのだ。
いくらか緊張がほぐれたところで、屋敷の地下へと通じる階段へ到着した。
「気を付けてください。革命軍はいないですが、シーシャさんの様子がおかしいんです」
「どうも」
様子がおかしい、とはどういったものか。考えても仕方ない。ウチは階段を下りる。
一段下がるごとに、なんだか息苦しさを感じる。
エコーと対峙したときとは別に、力が削がれていく気がする。
やがて下りきったとき、すぐそこに冷たい牢屋が見えた。
中には、鎖で繋がれた一人の女性がいる。
「シーシャ」
「ああ、来たのかい」
寝ていたのか、意識を向けないと聞こえないほどに細い声でシーシャが言う。
「あの男が言ったことはデタラメッス。ウチはシーシャのこと……」
「もうどうでもいいよ」
弁明しようとしたウチの言葉を遮った。
その目には光はなく、どこを見ているのかもわからなかった。
誰に何を言われたのか知らないが、心のないことを言われたに違いない。
シーシャのことを知っているふうに、彼女の心を侵していったのだ。
「誰も彼もがアタシをどうとも思ってない。いや、思ってないどころか、目の敵にしてる」
うつろな目のまま、シーシャは続ける。
彼女の心の闇がテレパシーのように頭に浮かんでくる。
気を抜いてしまえばウチまで囚われてしまいそうな深い闇が、彼女を離さない。
「この国をどうにかしようと奔走したのも、無駄だったんだよ」
別に、誰かのためだとか、見返りが欲しいわけじゃなかった。
だけど、アタシが動けば動くほど、この国はかつての輝きからどんどんと遠ざかって、暗くなっていく。
シーシャの心の声が届いてくる。
それはシーシャの望んたことじゃなかった。
それでも彼女は、この状況を作り出してしまった張本人として、またこの国の統治者として、なによりも大好きなルウィーのために戦ってきた。
だけどもちっとも変わらない最悪な状況は彼女の心をすり減らしていった。
明るく振舞ったのは、そんな自分を見て見ぬふりをするため。この世界にはまだ希望が残っていると信じるため。
だが人は、世界は彼女を追い込んでいった。望まぬ役を押しつけられ、あまつさえ批判される。
そんな世界を見て悟ったのだ。希望なんてない。一度溢れだした心の闇は、彼女を蝕んだ。
「殺すなら好きにすればいい。いまさら抵抗なんてしないよ。あの男に殺されるか、アイちゃんに殺されるかだけの違いさ」
「殺しなんてしないッスよ。ウチはあんたを助けに来たんスから」
「助けに?」
おかしなことを言う。そんな自嘲がシーシャの顔に浮かぶ。
「いま、モンスターの大群がこっちに向かってきてるッス。それを、ブランちゃんが一人で食い止めてるッス」
「一人で!? そんな無茶なこと……」
「無茶だってわかっててもやる。それがブランちゃんだって、シーシャも知ってるはずッスよね」
ブランちゃんだけじゃない。女神はえてしてそういうものだ。
望まれて生まれた存在だからじゃなく、人を愛しているから。
「……」
「ウチがあんたを助けに来たのは、ウチらを助けてほしいからッス。ウチらだけじゃ、大群を相手に街を守れない」
「だからといって、アタシが戦う理由にはならないわ。戦う気もない」
うなだれたまま、シーシャは動こうとしない。
それが答えだった。望まれたわけでもなく、ただわけもわからずに国を任された者の答え。
だが、その答えに興味はなかった。状況や環境に引き出された答えなんて、これっぽっちも聞きたくない。
そこで、ウチはフィナンシェに問うたのと同じ質問をする。
「シーシャはルウィーが好きッスか?」
「は?」
反応としては、まあ自然なものだ。
助けに来て、助けてほしいと言った直後に話す言葉としては、ふさわしくないことかもしれないが、必要なことだ。
「ウチは好きっすよ。夢みたいにほんわか明るくて、雪が降ってるのに暖かい。人はみんな嬉しそうに笑って、平和な街を歩いてる。そんなこの国が大好きッス」
一種の理想郷だ。
望まれたからこそできた国ゆえに、
だが、そうあり続けることができるのは、ひとえにブランちゃんが頑張り、国民が支えているからである。
「それは、ブランちゃんもラムちゃんロムちゃん、フィナンシェも同じッスよ。誰かに認めてもらうためじゃない、みんなこの国が好きだからいま懸命に戦ってるんス」
複雑な事情や考えは一切ない。根底にあるのは、ただ愛だけ。国や人への愛だけ。
「理由なら、それだけで十分じゃないッスか?」
沈黙。
あっけにとられたような顔で、シーシャは固まっていた。
「……はは」
かと思うと、彼女は笑い始める。
すっきりしたような晴れやかな顔を見せた。
「あっはははは! みんなばかみたいに単純なんだから。でも、それぐらい単純なほうがいいのかもね」
シーシャの身体に、ぐっと力が入る。
そう、戦う理由なんて難しくなくていい。
生きる理由を難しく考えるのは、ウチらの仕事じゃない。
「よし、アタシも行くよ。ブランちゃんを、この国を好きにはさせない!」
街の外側。
ブランちゃんは戦っていた。
一人で戦うにはあまりにも多すぎる相手が押し寄せてきていた。
しかもそのほとんどが猛争モンスター。
「くそっ、数が多すぎる。このままじゃ……」
ホワイトハートが毒づく。
傷つきながらも、その闘志は消えない。
だが状況が悪すぎる。ついに囲まれ、絶体絶命かと思われたその瞬間。
「このままじゃやられるって?」
「弱音を吐くなんて、ブランちゃんらしくないよ」
モンスターを吹き飛ばしながら、ウチとシーシャは横に並ぶ。
急いで来たかいあって、どうやら間に合ったようだ。
「シーシャ、アイ……! なんで……」
シーシャを救出して、そのあと逃げるとでも思ったのだろうか。
だとしたらブランちゃんもまだまだわかってない。自分がどれだけ愛されているかということを。
「なんでって、そりゃ単純に、ッスよ。ねー」
「そうそう、単純に、だよ」
にひひ、とウチらはお互いに笑いあう。
「よくわからねえが、来て早々やれんのかよ」
「ふふん」
バカなことを聞かれたものだ。
ウチは変身し、その身を紅く染める。
同じくシーシャも黄金の柱に包まれる。右手には小さなキャノン、背中には竜を模したような機械の翼が浮遊している。
見た目はそれほど変わっていないが、人間ではありえないほどの力を感じる。
黄金に輝く眼が向かってくるモンスターへ向けられる。
「アタシたちはルウィーに轟く……」
「格闘トリオってな!」
ウチとシーシャはハイタッチ。呆れたようにホワイトハートが腰に手を当てる。
「格闘トリオって言うな」
ハッと笑って、ウチは一歩前に出る。
「まあ、へばってるなら後ろで休憩でもしてな」
「誰がへばってるって?」
肩で息をしながら、ホワイトハートが並ぶ。
斧を担いで、意気込みだけは一人前だ。
それを見て、シーシャも微笑む。
「強気なやつが多いこと」
「てめえが言うな」
正直、この数を相手に勝てるかどうかはわからない。
でも戦うしかない。
単純な理由を胸に、ウチらは構えた。