新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】   作:ジマリス

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ラステイション編10 相身互いの銃

 

聞いたことのあるような声。

だけど私はこんな奇妙な存在は知らない。

影は私たちの後ろのほうを指す。ユニとノワールはこの影のことが見えていないようで、こちらに一切反応をしない。

 

「ほら、ノワールはユニのことしか見ていない。お前のことなんてこれっぽっちも見ていないんだ。誰もお前のことを友として見ない。いつまでも独りで、誰にも愛されない人生を送るしかない。ケーシャ、それがお前なんだ」

 

勝手なことを言うが、ケーシャはその言葉を真に受けてしまった。

目が再び濁りかけ、表情のない虚ろな顔に変化していく。

 

「独り……また、私は独りに……」

 

「ケーシャ、私を見て。ゆっくり、深呼吸して」

 

「誰も私を見てくれない。独りはやだ。嫌。もう嫌なの」

 

「独りじゃないわ、ケーシャ。ノワールもユニも私もいる!」

 

私の言葉はまったくケーシャには届いていない。

彼女の目も耳も、あの障りのある何者かに釘付けになっている。

 

「そう、お前がユニを助けてしまったから、ノワールはユニをもっと大事にするだろうね。ユニはたった一人の妹なんだから」

 

そいつはくすりと笑ってつづけた。

 

「ノワールを独り占めにするなら、方法は一つしかない。それを知っているだろう?」

 

「ノワールさんはそんな人じゃない! 私を置いていったりしない! ……殺せば悩む必要もなくなる……そうだ、殺してしまえば独りじゃなくなる」

 

ケーシャは勢いよく反論した後、すぐにだらりと力を抜いたかと思うと、ゆらりと立ち上がった。

いま彼女の中には二つの心がせめぎ合っている。

ノワールを信じたいという衝動とケーシャ自身の奥底に眠る渇望。

 

「ねえ、ノワールさん。私は誰でも殺す。殺すから愛して。あなたが望むならほかの女神だって殺してみせる。ね、だからこれからもずっと一緒にいよう?」

 

「ケーシャ、あなたなにを言ってるの?」

 

ノワールがようやく、ケーシャの異常に気が付いた。

銃を構えるその後ろには、あの影はもういない。

まるで遊びだ。誰かが私たちを駒にして、ことを仕組んで、心を刺激して弄んでる。

私は歯ぎしりして、ケーシャと距離を取る。

 

「今のケーシャは彼女の意思で動いてない。操られてるといってもいいわ」

 

いきなりの急展開を疑うこともなく、ノワールは頷いた。

 

「今度こそあの子を元に戻してみせるわ。ユニ、あなたも動ける?」

 

「う、うん」

 

ノワールに支えられながら、ユニが立ち上がる。

本調子ではないが、戦うこと自体には支障はない。

 

「なら、あの子をぶっ飛ばすわよ」

 

ノワールは躊躇なく言った。

 

「ぶ、ぶっ飛ばす?」

 

「ええ、あの子が正気じゃないなら、正気になるまで尽くすのが友達ってものよ」

 

次に私に顔を向けた。

人を導く女神の目ではない。友人を助けようとする強い意志を持つ者の目だ。

どちらにせよ、引く気が毛頭ない目であることは間違いないが。

 

「イヴも手伝ってくれるわよね?」

 

もちろん、と即答して、私は銃をケーシャに向けた。

もう一仕事終わらせて、みんなで帰りましょう。

 

「友達、だものね」

 

撃ち込まれるグレネードランチャーを、スラスターを活かした高速移動で避ける。

ノワールを攻撃しないところを見ると、私たちが誰かというのは判別できているようだ。

しかしいざとなれば、傷つけること自体にはためらいはなくなるだろう。

ケーシャが放つ銃弾をカカカカカンと弾く。ゴールドサァドの攻撃も、この程度なら防げる。

だがいつまでも受けるだけではいけない。アーマーの耐久力も無限ではない。

 

遠距離キャラは近接戦闘が不得手なのがほとんどだが、あいにくケーシャは近接格闘もプロ級。

銃を持ったままでもブラックハートと同等以上に渡り合っている。

数の上ではこちらが上。実力ではあちらが上。

ケーシャに蹴り飛ばされたブラックハートと入れ替わるように、私が前に出る。

打撃の衝撃は装甲が吸収してくれるが、関節技を極められたらそうもいかない。掴んでくるような行動に一番気を付ける。

近接戦闘が不得手なのは、ケーシャでなく私だ。

直線的な動きをしてくるモンスターなら脅威ではないが、戦闘の経験を積んだ人間相手は違う。

ケーシャはすり抜けるような動きで、私のパンチをかわす。

彼女が銃を持った腕を突き出してきた。

とっさに後ろに避けたが失敗だった。弾丸が顔面に、いやヘルメットに当たる。

たとえダメージはなくとも、人間としての反射で目を瞑り、顔をそらしてしまう。

じかんにすれば、私が生んだ隙は一秒もない。

だがその刹那が戦場にとっては命取りになる。

腕を掴まれ、視界がぐるりと回った。気づいた時には地面に叩きつけられ、ケーシャがグレネードランチャーを向けていた。

 

「消えろ」

 

ぐっと身構えたが、弾は真っ二つに斬り裂かれ、はるか後ろで爆発した。

今度隙ができたのはケーシャだ。止まった一瞬を逃さずに、ブラックシスターがビームを放つ。

吹き飛んだケーシャを追い詰めるために、弾を斬ったブラックハートが弾けるように飛ぶ。追いかけて、私も飛び上がって距離を詰める。

転がりながらも即座に立ち上がったケーシャは、ブラックハートの剣戟を器用にかわす。が、余裕はないようだ。

身体からはみ出ているレドームもグレネードランチャーも斬り離される。

ケーシャが反撃に転じた。パンチ、と見せかけて銃を乱射。防御は間に合わず、ブラックハートはその身に受けながらも、退くことなく留まる。

さらに追撃しようと、ケーシャが腕を引く。パンチか、それともまたフェイントで銃弾か。

私はその腕を弾いて放たれた銃弾をそらし、ケーシャの左足に衝撃弾をかます。

膝を崩した彼女の首、顎を叩き、よろめいたところで回し蹴り。確かな手ごたえを感じて、ケーシャが倒れる。

一撃を食らいながらも、銃口を私の眉間に向けた。

決死の銃弾はしかし、ブラックハートの剣に阻まれた。

驚きで固まったケーシャの全身が痙攣する。いつの間にかケーシャの後ろに回っていたブラックシスターの麻痺弾だ。

私はケーシャの抱きとめて、引き寄せる。

 

「ごめんね」

 

思い切りの拳を腹に一発。

呻くこともなく、ケーシャががくりと体重を預けてきた。

これで、元に戻っているといいけど……

ケーシャを弄った影は現れず、〆タルギアは完全に機能停止、傭兵組織の女は気絶。

 

「終わりよね?」

 

ほとんど独り言だった。

どこを見るでもなく、誰に問うているわけでもない言葉に、駆け寄ってきた二人が頷く。

ケーシャをノワールに任せて、私はその場に大の字に倒れた。

長い、とても長い一日だった。

 

 

 

ユニから貰ったデータ。正しく言えば、ユニからネプギア、ネプギアからある男経由で手に入れたデータだ。

その近接戦闘の動画は土壇場で役に立った。

動きを解析して、自動的にトレースできるようにアップグレードしたのだ。

ケーシャの動きについていける速さをもつその男もまた戦い慣れしているのだろう。

まったく警戒していなかった相手には、不意打ちの意味でも有効だった。

 

「あ、あの……」

 

「おはよう、ケーシャ。身体は大丈夫?」

 

起きてきたケーシャを迎える。

研究所は相変わらず、私たちの拠点となっていた。

病院か教会でもよかったのだが、大きなケガもなかったので、落ち着けるであろうこの場所を選んだのだ。

 

「はい……」

 

「ならよかったわ。あ、ご飯なら台所に置いてあるやつを温めて。私はちょっと手が離せないから」

 

私はエコーと〆タルギアの残骸の自動解析の結果を眺めながら、スーツの四作目に取り掛かっているところだった。

三作目である近接用アーマーは、お蔵入りだ

動かし続けるには、私の筋力も体力も足りない。試運転したあとに筋肉痛に襲われて、痛感した。

 

「あの」

 

「私が作ったのよ。あなたよりは美味しくないかもだけど」

 

「あの」

 

「ノワールたちなら、治安維持活動中よ」

 

捕らえた女は傭兵組織の情報を一切吐かなかった。

ということは組織はいまも活動中で、

さらにエコーの存在もある。問題はまだまだ山積みだ。

一方で良い情報もある。

同じくいざこざが起きていた他の三国も、ゴールドサァドとは和解したらしい。

彼女たちもケーシャ同様に、女神を消すのが目的ではなかったようだ。

当面の敵は、エコーとあの謎の影。女神を無効化する術を持つものと心を惑わすもの。

傭兵組織なんかよりよっぽど厄介な相手がまだ残っている。

 

「イ、イヴさん!」

 

今日一番の声を絞り出した。その勢いはすぐしぼんで、またうつむく。

 

「その、私……」

 

「いいわよ、何も言わなくて」

 

私はケーシャの言葉を遮った。

 

「私たちはそんな言葉を聞きたくて戦ったんじゃないの」

 

生死をかけた戦いだった。

だけどそれ以上に、私たちにとっては彼女を取り戻すための戦いだった。

わざわざ負の言葉をケーシャの口から言わせるためじゃない。

 

「あなたが『ケーシャ』のままで、そこにいてくれればそれでいいの」

 

あなたのいる場所がある。

あなたを愛する人たちがいる。

あなたの友人がいる。

それを伝えるためのすべてがいま、ようやく終わったのだ。

 

「ありがとうございます」

 

ケーシャがぽろぽろと涙を流す。

深々とお辞儀をして、嗚咽を漏らしながらその場に座り込んだ。

 

「ありがとうございます」

 

ほとんど聞こえないくらいの声で、ケーシャがもう一度言う。

礼を言うようなほどのことじゃない。

けどこれを「普通」や「当たり前」と言えるのは、恵まれたことを自覚していない愚か者だけだ。

この子に比べれば、私もその愚か者の一人だった。

そう気づかせてくれたのは、彼女も私たちを必要としてくれたからだ。

彼女が最後まで、自分の弱さと戦ったからだ。

 

私は作業をすべて終了させて、立ち上がった。

仕方ない。料理を温めるくらいはしてあげようかしらね。


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