新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】   作:ジマリス

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ラステイション編8 何として戦うのか

ケーシャがゆっくりと目を覚ました。

その目にはそれまでの濁りはなく、いたって正常な「普通」の女の子の目だった。

 

「あれ……ここは?」

 

「気がついたのね」

 

研究所のベッドに横たわっているケーシャは力を使い果たしてしまったようで、ぐっと身に力を入れても起き上がることができなかった。

 

「イヴ……さん?」

 

「ノワールとしっかりお話してきなさい」

 

ケーシャの監視ついでにスーツの修理を行っていた私は、パーツや工具一式をまとめて隣の部屋に移る。

そこにはケガをしたノワールとユニが包帯をところどころに巻いた痛々しい姿で椅子に座っていた。

私が部屋に入ったと同時、ノワールが立ち上がってケーシャのもとに向かう。

 

「お姉ちゃんと二人きりにして大丈夫なの?」

 

ユニの心配も当たり前だ。

ケーシャを拘束しているわけでもなく、彼女が元に戻ったという確証もない。

この場で再び戦おうとすれば、今度は勝てるかどうか。

 

「さあ、でも信じるしかない。そうでしょ?」

 

「……そうね」

 

「それはそうとして、彼女たちの話を聞かないとは言ってないわ」

 

私は隠していた小型モニターを床に置き、スイッチを押す。

すると、隣の部屋、つまりノワールとケーシャの姿が映し出された。

映像だけでなく、音声もばっちりとらえている。

 

「ええっ、こんなもの仕込んでたの!?」

 

「当たり前じゃない。私の研究所よ」

 

「み、見ちゃっていいのかな」

 

「興味津々って顔してるわよ」

 

そんな指の間から目をちらつかるなんて漫画みたいなことしてないで見ちゃいなさいよ。

画面の中の二人はしばらく無言だったが、ケーシャが最初に口を開いた。

 

「ノワールさんは私のこと、嫌いですか?」

 

ぽつりと消え入りそうな声でケーシャが言う。

 

「何言ってるのよ、そんなわけないじゃない」

 

「でも、ノワールさんは私のものになってくれない……私のことなんて見てくれないじゃないですか!」

 

横になりながら、涙を浮かべるケーシャ。

彼女との戦いは、もともとそこから始まったのだ。

ノワールのことを愛しているからこそ、彼女は障害物を排除しようした。

それはケーシャが人の愛を受けなかったからかもしれない。愛というものを感じなかったから、欲しがる。

ノワールへの気持ちが本気なればこその焦りが彼女を突き動かしたのだ。

 

「そんなことないわよ、ちゃんと私はケーシャのことを見て……」

 

「全然、全然見てくれないじゃないですか! いつもユニちゃんのことばっかりで!」

 

体力のないはずの身体で、ケーシャががばっと起き上がる。

一瞬ひやっとしたが、ケーシャがそれ以上動く様子はなかった。

元気になったんじゃない。感情が彼女を動かした。

 

「私のことなんて、見てくれたことないじゃないですか……友達だと思っていたのに」

 

「友達……」

 

その言葉を聞いて、ノワールは深くため息をついた。

 

「はあ、ばかばかしい。あのね、私はあなたのことを友達だと思っていたわ。とても頼りになる友達ってね。でも、あなたが言っているのは友達じゃなくて、都合のいい関係よ。あなたは自分の思い通りに動いてくれる人形が欲しいのよ」

 

女神としてではなく、友人としての厳しくも優しい目でケーシャを直視する。

ノワールはケーシャの肩に手を置いて、一語一句を丁寧に話した。

 

「私はあなたの友達になりたかった。これ以上ない親友にね。だからケーシャ、あなたと戦ったのよ。あなたと話をするために」

 

「私のために……」

 

「そうよ。ケーシャは私にとって、かけがえのない親友だもの」

 

「しん……ゆう……私が、ノワールさんの親友……」

 

すぐに理解できたはずの言葉を、噛み砕くように口にする。

求めていた言葉が、求めていた人から発せられたことで、ケーシャは信じられないといったふうに涙を流し始めた。

 

「ごめんなさい。もっと早く素直に言うべきだったわね。でも恥ずかしくて……って理由にならないわよね」

 

「謝らないでください。もともとは私の早とちり、勘違いのせいですから」

 

ひとしきり涙を流し、ようやく落ち着いたところで、ケーシャは頭を下げた。

 

「私のほうこそごめんなさい。ノワールさんだけじゃなくて、イヴさんにも酷いことを……」

 

「それはあとで直接イヴに謝りなさい」

 

ケーシャから受けた痛みはなにげにいまも感じている。特に顔は、腫れてはいないものの青あざが目立つ。

バトルスーツがなければ、あんな戦いどころか、ろくに動けずにいたことだろう。

とはいえ、彼女を恨んでいるわけではない。

抑えきれない感情と追い立ててくる悪夢が彼女を暴力へと駆り立てたのだ。

罪がないわけではないが、彼女を許さないというほどのことでもない。

私たちは感情に踊らされる化け物だ。

それが人間なのだ。

 

 

 

「あの、お話しておかないといけないことがあります」

 

話を終えたノワールたちに呼び出された私たちが椅子につき、今後の動向について話をしようとしたとき、ケーシャが口を開いた。

 

「知っての通り、あなたたちは教会を乗っ取った組織に狙われています」

 

「傭兵組織よね?」

 

「はい。私はその組織の一員でした」

 

「ケーシャさんがですか!?」

 

「だから銃の扱いも慣れたものだったのね」

 

ケーシャは頷いた。

物心のついたことから、傭兵組織で訓練を施され、兵器として任務を遂行していたケーシャ。

だが、普通に暮らしている女の子を眺めるたびに、その普通の暮らしを夢見ていった。

そして、組織が潰されたあと、足を洗って違う人生を歩むためにこの国の学校に入学した。

だけどもゴールドサァドとしての力を得てしまったことが、ケーシャを再び「普通」から遠ざけてしまった。

力を試すために闘技場に乱入したケーシャたちが勝ってしまったことで、この世界は歪んでしまったのだ。

普通の女の子としての人生を失いたくなかったケーシャが国の運営を放ったらかしにしてしまったため、いつの間にか傭兵組織が教会を蝕んでしまったのだ。

傭兵組織はやがてケーシャを見つけ、さらに彼女にノワールの暗殺を依頼。だが愛した女性を殺せるわけもなく、今に至るというわけ。

 

「私の暗殺が失敗したことで、次の手を打ってくると思いますけど……」

 

「エコーのことは知ってるの? あいつが傭兵組織と絡んでいるのは明らかなのだけど」

 

「私はあくまで依頼を受けただけなので、そこまでは……」

 

一度抜けたケーシャのことを簡単に信じてはいなかったようだ。

世界改変に合わせて抜け目なく教会を乗っ取った傭兵組織としても、慎重にことを進めたかったのだろう。

 

「次の手ね、傭兵組織全員で攻めてくるとか?」

 

「それはありません。彼らが束になっても私には敵いませんから。黄金の力もありますし」

 

ということは、ケーシャはもともとから傭兵組織をまとめたものより強かったということだ。

実力を実際に受けた身としては、不思議にも思わなかったが。

 

「じゃあ、どんな方法を使ってくるのかな」

 

「あっち側がやるべきなのは、ケーシャ、女神、私への対抗手段を用意することね」

 

私は腕を組んで、頭を回転させた。

これまでの戦いから、私のことも脅威と見ているだろう。

だとすれば傭兵組織とエコーは、ケーシャと私を倒す方法を用意する必要がある。

 

「女神二人に関しては、エコーが持っているはずのこの石を使えば無力化できて、ケーシャのことは……最低でもゴールドサァドの力を取り上げたいはずよね」

 

「ケーシャさんの力をなくすなんて、できる?」

 

「ゴールドサァドとしての力なら、黄金の頂がその源なので……」

 

「そうなると、やつらは黄金の塔に来るってことね」

 

私は頷く。

ケーシャを仲間にできたことで先手を打てるはずだが、そのことはあっちも知っているはず。

 

「相手もこちらが気づくことは織り込み済みでしょうね」

 

「あの石を使われたら、私たちじゃ太刀打ちできないわ」

 

「そうそう簡単に使ってきたりはしないはずよ。大量に使えるならそうしてるはずだし……使われても私が対処するわ」

 

これまでにあちら側が利用した石は二つともこちらの手にある。

貴重なはずのそれを、組織もエコーもこれ以上失いたくないはずだ。

かといって、確実に女神を無力化できる道具を使ってこないはずもない。

 

「それなら私とユニはそのまま戦えるわね」

 

「わ、私も行きます!」

 

ケーシャが手を上げるが、ノワールが制止する。

 

「だめよ、あなたはもう戦わなくていいの」

 

「で、でも……」

 

「普通の女の子が、銃をもって戦っちゃいけないわ。ここは私たちに任せて」

 

ケーシャはしぶしぶ頷いたが、それだけで止まるはずもなく、条件を出してきた。

 

「ならせめて、見届けさせてください。組織が滅ぶのなら、その最後を」

 

淀みなく言ってみせるケーシャの目にはしっかりと決意の光が宿っていた。

 

「言い出したら聞かないわよ、この子は」

 

彼女を深く知っているわけじゃない。しかし、彼女の成長はこの場の全員に刻み付けられた。なにより彼女自身に。

私はついふふふと笑って、ノワールの肩をぽんぽんと叩く。

 

「仕方ないわね」

 

やれやれと首を振って柔らかい微笑みを見せながら、ノワールはそう言った。


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