新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
何度も倒れそうになりながら、ノワールとユニを呼び戻して、研究所に戻った。
すぐに駆け戻ってきた二人に、痛む身体に鞭打って私はいきさつを説明した。
「ケーシャが街中で撃ったって本当?」
「ええ、あの塔、黄金の頂で待ってるって。あなたとユニを呼べってね」
ユニの手当てを受けて、痛み止めを飲んで落ち着く。
ケーシャの変貌ぶりは異常だ。本気だった。
「殺す気よ。私とユニをね」
「ええっ」
「なんであなたとユニを……」
私はノワールを指差した。
「あなたを手に入れるためよ」
「手に入れる?」
「嫌な予感はしてたのよ。あなたたち女神のことを知っているようすだったし、それに……」
私は頭を抱えた。
「ケーシャの経歴は作られたものだし」
驚く姉妹に、説明をつづける。
信用もしていたが、ケーシャの情報は集められるだけ集めた。
といっても教会の助けが得られないいまじゃ方法には限りがあった。手に入れられたのも具体的なものじゃない。
「表向きは普通の高校生。だけど、彼女の高校入学までの経歴はすべて嘘のものだったわ」
「嘘の?」
「かなり周到に用意された、ね。銃の扱いも格闘も、ちょっと経験がある程度のものじゃなかった。おかげでまだ痛むわ」
流れるような銃さばきに体術。ノワールにご執心でなければ、あの場で殺されていただろう。
いやそもそもあそこで暴走したりもしていない。
「もしかしたら、ケーシャさんってかなりの危険人物なんじゃ……」
「それでも、放っておけないわね。確かめに行きましょう」
居ても立っても居られなくなったノワールは急いで装備を整える。ユニもそれを見て、慌てて銃を取り出す。
身体に鞭打って、私は立ち上がった。今度はちゃんと変形カバンを持って。
星のような小さな光が無数に輝いている。
街のどこからでも見えるほど巨大な黄金の塔の中は、思っていた以上に神秘的だった。
足場はすべて透明で、気を抜けば落ちている錯覚に陥るほど美しい。
何度調べてもうんともすんとも言わなかった門が開いていたのは、ケーシャの仕業だろう。ということはつまり、それができる存在だということだ。
入ってすぐの透明な階段をのぼると、だだっ広い空間に一人、ケーシャだけが立っていた。
「ふふっ、やっと来てくれた」
ケーシャのねっとりとした声に、ぞくりと悪寒が入る。
混沌とした目はそのまま、ノワールに向けられている。
半信半疑だったノワールたちも、それを見て私の話を信じ始めたみたいだ。
「ケーシャ……あなたはどうしちゃったの?」
「どうした? どうもしてませんよ。あなたのそばにいるケーシャです」
私たちは黙って、代表して訊くノワールに任せた。
「いったいあなたは何者なの?」
「……そうだよね。私たちの間に秘密はよくないよね」
怪しく微笑みながら悠然と武器を取り出した。黄金の銃だ。しかも二つ。
「私はこのラステイションのゴールドサァド」
「あなたがこの国の……!? そういえば、あの場で戦った子に似てる気がするわ」
「気が付きなさいよ、間近で見たんでしょ?」
ケーシャから目を離さずに、私がぼやく。ノワールは雰囲気が全然違うかったのよと返してきて、再びケーシャに向き直る。
「戦うなんてやめて、帰りましょ?」
「だーめ。これはもう決定事項なの」
「決定事項って、あのねぇ……こんな戦い無意味だわ。私たちは敵じゃないのよ。私をものにするって言ったみたいだけど、この二人を殺しても私はあなたのものにはならないわ」
ぎりりと歯噛む音が聞こえる。出所はもちろんケーシャだ。
さっきまでの余裕さはかけらもない。
「じゃあ、どうすれば私のものになってくれるの?」
「どうすればって……あ、そうだ」
ノワールはぽんと手を打って、にっと笑う。
「なら、私と戦いなさい。あなたが勝ったら言う通りにしてあげる」
「お姉ちゃん、何言ってるの?」
「そうよ、戦う意味はないってあなたも言ったじゃない」
ユニと私が抗議する。
誰がなにをしたのかはともかく、彼女は正気じゃないのだ。それに危険すぎる。力が足りないうえに、相手のホームで戦うなんて。
「戦いの中で説得するわ。どうしてもだめなら、大人しくさせるまでよ」
剣を抜いたノワールに口を開こうとしたが、地下鉄で人を助けたときのようなまっすぐな瞳に、もう文句は言えなかった。
「お姉ちゃん……」
「ノワール。素直な気持ちで説得してあげて。ここでツンデレ発動なんてしたら、何も変わらないわよ」
こくりと頷いて、ノワールが光に包まれる。
銀髪に黒いプロセッサ。ネプテューヌほど大きく変化したわけではないが、凛々しい雰囲気はより一層増している。
「ノワールさん、その提案受けましょう。ふふふ、本気でいかないとね」
対するケーシャの周りの空気もピリピリし始めた。
左目には眼帯、頭には軍用の帽子。
後ろには四連装のグレネードランチャーとレドームに覆われたレーダーが浮いている。
黄金に輝く目は鋭く、冷たい。
ここはノワールを信じて観戦だ。だけど、もしものことを考えて銃に手を添える。
ノワールを一方的に圧倒した相手だ。
「ユニ、危なくなったら助けるわよ」
「うん」
ユニも銃口を下げて、じっと見る。
ブラックハートとケーシャが同時に動く。
ブラックハートは水色の翼を駆使して空を駆け巡り、大剣をひらめかせるが、ケーシャは華麗に避けて銃を乱射する。
女神は飛びかかる弾丸をなめらかに避けていく。
一見すれば互角。
単純な力ではケーシャのほうが上だ。しかしノワールだって、女神としての実力、そして強大な敵と戦った経験がある。
地下鉄の事件をはじめとして、シェアもいくぶんか回復している。
不意打ちをくらった闘技場とは違って、今回は最初から本気だ。勝機はある。
だからといって、見ているだけというのはどうにも落ち着かない。
緊張で、ホルスターに添えた手の力が強まる。
不意に視界が閉ざされた。真正面に巨体が現れたのだ。
ぱっと後ろにさがり、銃を構える。
「させるわけにはいかないな」
「エコー……」
破壊したはずの機械の身体がそのままそっくりそこにいる。いや、それよりも若干大きくなっている。
強化されているのだ。
地下鉄のあの余裕は当たり前のこと。つまりあれは実験体。女神を倒すのは主目的ではあるが、エコーは長い目で見ている。
私たちの実力を測るために騒ぎを起こした。
「この前のおれの言葉は考えてくれたか? それとも見ないふりをしているだけか」
「こんなところまでやってきて、目的はなんなの?」
私は無視してエコーに言葉をぶつける。
「目的ならゴールドサァドが果たしてくれる。いまちょうど、プラネテューヌもルウィーの女神も息絶えるころだ」
私とユニは息をのむ。
こいつは四国すべての女神を殺そうとしているのだ。しかも同時に。
「あなたなにをしたの?」
「おれはなにも。ゴールドサァドとモンスターが必要なことはやってくれる」
エコーが、ゴールドサァドやモンスターを動かしているとは考えられない。
だがそういう口ぶりをしてみせるエコーの真意は表情からはわからない。
本当か嘘かわからない、機械ゆえの完璧なポーカーフェイスが私たちを惑わす。
女神が簡単にやられるわけはない。
自分に言い聞かせて、ようやく息を整える。
銃口は震えるが、きっとこれは怒りだ。
「それが世界の総意さ。この世界はおまえたちを必要としていない。お前たちもまた、人間をないがしろにして生きている」
「そんなことないわ。アタシたちは人間を守ってる。これからもずっと守り続けるわ」
今にも撃たんばかりの勢いで、ユニが反論する。
「人間を守るといって戦いながら、その犠牲になった人間のことを考えたことがあるか?」
エコーの薄っぺらい演説にこれ以上付き合っていられない。
私は銃をもう一つ掲げて、エコーの話を打ち切った。
「女神を倒して何をする気なの?」
「本当にわからないのか。いいや、おまえならわかるはずだぞ。イヴォンヌ・ユリアンティラ」
エコーが私をフルネームで呼ぶ。それを知っているはずはない。
ここに来てからはごく限られた人間しか、私のことは知っていないはずだし、フルネームなんかはさらに限られる。
「は?」
「もうわかってるはずだ。おれがいったい何なのか」
指からビームが発射された。
スーツを装着する間もなく私はそれを受け、身体を吹き飛ばされる。
よろめきながら立ち上がると、服に五本の小さな焼け焦げた跡がついている。
高威力のビームが身体を貫かなかったことにほっとしつつ、銃を撃つ。
エコーはひらりとかわすと、宙を浮かびながら接近してきた。
勢いの乗った拳が当たる寸前、エコーが何かに当たり、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
ユニが徹甲弾を撃ち込んだのだ。
「大丈夫?」
「ええ」
駆け寄ってきたユニに返して、エコーを睨む。
この前より戦いなれたような動きだが、まだまだ隙はある。
「変身!」
私はパワードスーツマーク2をその身にフィット。
ユニは姉同様にツーサイドアップの髪がくるくると巻かれ白く染まり、黒いプロセッサで身体を覆われる。
変身したブラックシスターの銃は、その小さな身体に似合わないほどに大きくなる。
「さあ、見せてみろ」
徹甲弾はエコーの腹を穿っているが、気にしている様子はまったくない。
むしろにやにやと笑っている。
この戦いですら、エコーにとっては実験なのだろうか。いや、それ以下かもしれない。
ケーシャがノワールを倒すまでの時間稼ぎさえできればそれでいいのだろう。
私は右へと走り出す。ブラックシスターは逆に。
見たところ、エコーは上から下まで人間とほぼ同じ形だ。後ろに目がついているようにも見えない。
だとすれば、弱点も人間と同じだ。
挟みうちだ。
ぎらりと光る目はユニに向けられた。
「ブラストバレット!」
注意を向けさせようと、わざと叫びながら銃を撃つ。
爆発して剥がれ落ちていく装甲を気にせずに、ユニへ向かう。
「最初から全力よ! エクスマルチブラスター!」
ユニの巨大ライフルから極太のビームがエコーを襲い、その身体を溶かす……はずだった。
「ふふん、予想以上だな」
だが私の爆発弾で傷ついた身は、ビームでは一切傷がつかなかった。
あれほどの強力な攻撃のはずなのに……。
ビームを無効化するアーマーでもなし、バリアを張っていたわけでもない。
エコーは驚くユニへ間合いを詰めていく。
何度も攻撃するが、まったく効いてない。
私も同じく乱射するエコーはそれを無視する。
ついに目の前まで迫ったエコーの拳をライフルで遮るが、ユニは反動で跳ね飛ばされる。
私はエコーへと撃ちながら近づき、思い切り右腕を振りかぶったが、腕を掴まれる。
「所詮は人間だな。だが安心しろ、おれがすべての戦いを終わらせてやる」
「女神を殺して?」
エコーが笑うのを見て、私は蹴りを入れる。宙に舞ったエコーは身体をくるりと回転させて衝撃を逃がす。
距離が開いた隙に、私はユニへと駆け寄った。
「ユニ!」
「大丈夫……」
とは言いつつ、ユニはへたりこんだまま動かない。
手を取って、立ち上がるのを助ける。
「ほら立って」
「変ね、いやに力が入らないの」
いまにも崩れ落ちそうなユニの身体を支えて、私ははっとする。
「あの石ね」
ノワールが捕らえられていたとき、手錠に埋め込まれていた石。
女神を弱体化させるそれを、エコーは自らに埋め込んでいるのだ。
奥で戦っているノワールやさっきまでのユニを見るに、範囲や効果はそれほど変わらない。
となるとエコーは傭兵組織に通じている。そして教会に現れたロボットはエコーの差し金ということになる。
「私が合図するまで、あいつに対しては実弾で対処して」
「わかったわ」
もう一度奥で戦っているブラックハートを見る。
どうやら優位のようだ。
エコーに視線を戻す。私の銃弾でそこかしこに穴をあけているが、まだしつこく動いている。
以前戦った時には、エコーは私の動きにはついてこれなかったはずだ。経験もなく、動きも直線的だった。
だが、今回は違う。前より明らかに「進化」している。
「さっさと片付けるわよ」
「ええ」
ユニはぐっと銃を構えて、毅然とした態度を見せた。
距離を離してしまえば、石の影響はすぐになくなる。
離れて銃を撃てば、問題はない。
今度は私から間合いを詰めていく。
後ろに回り込むのではなく、正面へ。
エコーは私の頭を掴むべく手を突き出してきた。
大ぶりの腕を掴んで、身体を地面へと叩きつけ、そのままユニのほうへとぶん投げる。
待ってましたと言わんばかりに、ユニが先ほど多大な効果のあった徹甲弾を撃つ。
左腕を弾き飛ばされたエコーが、今度はこちらへ吹き飛んできた。私は向かってきた頭に向かって、思い切りパンチを繰り出す。
貫通するには至らなかったが、大きくダメージを与えられた。
よろよろと立ち上がるエコーはぼろぼろだ。目的が「邪魔」とはいえ、これだけ簡単に壊されれば悔しかろう。
ならもっと屈辱を与えてやろう。
私はまだよろめくエコーへ拳を振った。身体を貫いた手を引き抜くと、エコーの胸は火花を散らして跪いた。
「ユニ、思いっきりやりなさい!」
私の合図に、ユニはライフルにエネルギーをチャージし始める。
「無駄だ。女神の攻撃なんぞ、おれには効かない」
「あなたがなんでそこまで女神を嫌うのかはわからないけれど、そのプライドは認めてあげるわ」
エコーは意地でも女神を倒す気だ。
その由来はともかくとして、それほどまでに女神を目の敵にするならば、それに対する対策を一に考えたはずだ。
この戦いはそれを試す実験でもある。
「認めるだけ、だけれどね」
私は手に持った小さいものを見せびらかした。
それを見た瞬間、エコーの顔が憎々しげなものに変わった。
「貴様……」
「やっと表情が変わったわね」
私が微笑みながら弄んでいるそれは、紫の石だ。エコーの胸から引き抜いた、女神無効化の石。
怪しく光る石は、手錠に埋め込まれていたものと同じくらい小さなものだった。
エコーはハッとユニのほうを見る。
「エクスマルチブラスター!」
その瞬間、ユニはもはや抵抗する力もないエコーに、ビームというより光の柱を直撃させた。
一歩引いて間近で見ると、光の粒がきらきらと閃いているのがわかる。バイザー越しでも煌めくそれに、つい見惚れてしまう。
「よりにもよって……女神の力なんぞに……女神なんぞに……」
エコーご自慢の身体が赤く熱をもち、溶けだしていく。
みるみる小さくなっていく身体がついに跡も残さずに消えたとき、ようやくヘルメットを展開させて息をつく。
「スッキリしたわ」
無性にいらつく相手を、一番嫌がる方法で倒せてせいせいした。
「アンタ……結構いい性格してるのね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
あちらも決着がついたようだ。
倒れているケーシャに、剣を収めたブラックハート。
心配は杞憂だった。とはいえ、ブラックハートもかなり消耗したようで、変身を解くとすぐに膝に手をついた。
「お姉ちゃん!」
ユニはノワールに、私はケーシャに駆け寄る。
気絶しているが、怪我も大したことはない。この程度で済んでいるのは、ノワールの技量か、ケーシャがそれほどまでに強いのか。
「勝ったわね」
「ええ、私が負けるわけないじゃない」
ふふんと自慢げに笑ってみせるが、限界なのは誰が見ても明らかだ。
「ご苦労様。話はこの子が目覚めてからね」
まだケーシャが元に戻ったかどうかはわからない。目覚めれば暴れる可能性だってある。
傭兵組織も絶賛暗躍中。
ラステイションの戦いが終わったわけじゃないのだ。