新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】   作:ジマリス

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ラステイション編6 ケーシャという女の子

荒廃した世界でただ一人、私は佇んでいた。

地面はえぐれ、建物は跡形もなく崩れていく。

傍らに少女が横たわっていた。

顔は青白く、目に生気はない。

私は悲鳴を上げた。

倒れているのは、うずめだ。

それだけじゃない。零次元の仲間たちもいる。同じく息がない。

亡骸は私の周りだけじゃない。続いてる。どこまでも、どこまでも。

 

「嫌……」

 

遠くまで続く屍を見て、意識が遠くなる。

腰が抜けて、息をするのも辛くなる。

目を逸らしたくても、なぜか首が動かない。目を閉じられない。

 

「いや……」

 

もっと遠く、もっと遠くまで仲間たちは倒れている。

その先には大きな武器を振り回している人型の何かが暴れている。

仲間たちを次々と殺していく。

大量の血が舞う。

 

地獄のようなこの状況、私ならなんとかできた。

私が強くなれば、どうにかできたはずなんだ。

その力があるはずなのに、私は……

 

 

 

「おはようございます。今日は早いんですね」

 

目覚ましの音で目が覚めると、ケーシャが笑顔で迎えてくる。

また悪夢だ。

時間通り起きられるか心配だったが、音と気持ち悪さで目が覚めたみたいだ。

そうはいっても、他の三人のほうが早く起きているし、ユニとノワールはすでに外に出ている。

 

「ケーシャ、おはよう」

 

「ご飯できてますよ。大丈夫ですか? うなされてましたけど」

 

あくびをしながら机につくと、ケーシャが朝食を用意してくれた。

心配ないと手を振って、目をこする。

 

「ありがとう。あなたは外行ってないのね」

 

手を合わせて小さくいただきますと言う。

これだけ家庭的なら、私周りのお世話をこれからもお願いしたいところだけども、彼女も彼女の人生がある。

 

「危ないからって、お留守番です」

 

ケーシャは寂しそうな表情を浮かべた。

昨日の夜、ケーシャは酷く暗い顔をして、ノワールがユニにつきっきりだということをぼやいた。

 

「……」

 

どうせ、用が済めば私はこの世界から去る。

ここで出会った人のことを、理解しようだなんて思っちゃいない。

だけど、隙がなくなるくらいに考えることを詰め込んでおかないと、余計なものが頭を支配してくる。

それにいろいろしてくれる同居人を無下に扱うのも気分が悪い。

だからこれは……

 

「ねえ、今日は私と一緒にどこか行かない?」

 

「イヴさんとですか?」

 

これは、私のためだ。

 

 

 

了承してくれたケーシャとともに、どこを目指すのでもなく、横に並んで歩く。

一部、私と彼女の気分転換を兼ねているが、様子を見ると彼女はずっと暗い顔をしている。

そんなに気の利いたことを言えるわけじゃないけど、沈黙はもっと耐えられない。

 

「ノワールのことを結構慕っているみたいね」

 

「は、はい」

 

ノワールの名前をだす。

これは効果てきめんだったようで、顔に少し光が入る。

興味のあることなら、話したくなるのが人の性だ。

思い切って、踏み込んでみる。

 

「好きなの?」

 

「へっ、ええええと、そそそそそそその」

 

ケーシャがわかりやすく狼狽した。

笑みがこぼれてしまう。

下衆かもしれないけれど、こういう話題はなんというか、非常にぞくぞくする。ネプギアしかり。

 

「まあまあ、落ち着いて。別に悪いことでもないでしょ?」

 

安心させるために、目の前で手を振る。

 

「そういうふうに……思われるくらいに魅力のある子だってのはわかるわ。だてに女神じゃないものね。この国にいる人なら、どういう感情であれ彼女に惹かれるのは必然みたいなものよ」

 

これは本心だ。

この数日間、特にあの地下鉄での事件で下した私の評価だ。

『絶対にあなたたちは私が助けるから』

それを言うだけの胆力、そして信じてもらえるだけの魅力が彼女にはあった。

たとえ守るべき国民から忘れ去られても、追いかけられようとも、ひどい言葉を投げられても、尽くそうとする彼女の姿勢は真似できたものじゃない。もちろんいい意味で。

 

「こういうことを知られると、その、引かれるかと思いました」

 

「少数派だものね。怯えるのも無理はないわ。誰にどんな過去があって、何を思っているのかなんて、人それぞれだもの。私はそれを否定するつもりはないわ。敵じゃない限りね」

 

ケーシャがようやく笑う。

口に手を当てて可愛らしく笑うその姿は、やはり普通の少女なのだと思わせる。

 

「イヴさんって、なんだか不思議ですね」

 

「私から見れば、あなたも相当不思議よ。指名手配犯を助けるなんて」

 

二人で一通り笑うと、ケーシャはぽつりぽつりと話しだした。

 

「ある日、ノワールさんを見たんです。その姿はとっても格好良くて、とっても綺麗で……」

 

「憧れた」

 

「はい」

 

一目ぼれというやつだ。

それだけで助けるなんて危険でもある。だけど同時に彼女は彼女の中にあるノワールを信じたということだろう。

それがノワールの成しえる技ってことね。まるで主人公じゃない。

 

「だから助けたのね。勇気のあることだわ」

 

「えへへ」

 

屈託のない笑顔が輝く。

それからはいろいろと、話を切り出すのも楽になった。ケーシャからも話題を出してくれることが多くなって、なんだか距離が短くなったと実感する。

まあちょっと危ない話題だったけれど、結果オーライ。

 

「あなた、研究所にずっといるけど、両親の許可はとったの? 独り暮らし?」

 

「両親はいないんです。物心つく前から」

 

しまった、悪いことをしてしまった。

だけど、聞いてしまった罪悪感を消すように、私も身の上を話した。

 

「私も親がいないの。どっちの親の死に目にもあえなかったわ」

 

父親は殺された。

突如として現れた犯罪神という理不尽に。

その悪夢はどこまでも追ってくる。どこまでも、どこまでも。

 

「暗い話はやめにしましょうか。ねえ、銃のことを教えてくれない? 詳しいみたいだし。私も興味あるから」

 

私は不安を無理やり頭の隅に追いやって、彼女の興味あるほうへ話をもっていった。

ケーシャは茫然としたあと、ふふふと笑った。

 

「やっぱり不思議な人ですね。イヴさんって」

 

「あなたには負ける」

 

ケーシャが案内する銃器店に着いて、説明を求めると、彼女はこと細かく話してくれた。

造る側にも関わらず、詳細を知らなくて興味深く聞いてた私の様子に機嫌をよくしたらしく、さらに饒舌になっていく。

 

「パーツごとだけじゃなくて、細部までまったく違うのね。会社ごとに長所も短所もばらばら。まあ、どの分野でも言えることだけど」

 

「私の周りの人は銃器に興味ありませんから、こういうの新鮮です」

 

「ユニは? この前やたら熱心に二人で喋ってたじゃない」

 

「ユニさんは……」

 

名前を出すだけで、ケーシャの顔が曇る。

両親がいないことは、彼女の底に巣食って、彼女を普通から遠ざけてしまっている。

だから求めているのかもしれない。誰かに愛されること。普通を。

ユニの存在でさえ、ケーシャにとっては愛を妨げ、妨げられる存在なのだ。

 

「ねえ、ユニはノワールの妹なのよ。今はこんな大変な状況だし、妹を心配するのは当たり前でしょ?」

 

「はい……だけど……」

 

「ノワールも余裕がないのよ。事件が終わったら、あなたもかまうように私から進言する。だからいまは落ち着いて、無事を祈っててくれないかしら」

 

ユニはケーシャの敵じゃないとわかってもらうために、ゆっくりと落ち着いた声で言う。

けども納得した様子はなく、なにを見ているのかわからないような遠い目で外を見ている。

 

「最近変な夢を見るんです。ノワールさんとユニさんがずっと一緒にいて、私はそこにいない夢。そんな夢を見るたびに、孤独を感じてしまうんです。何もかもが終わったら、ノワールさんが私の前からいなくなってしまうような気がして……仲の良いイヴさんや妹のユニさんとは違って、私は出会ったばかりの他人」

 

ケーシャの目がみるみる濁った黒に染まっていく。

人差し指を外へ指す。そこには姉妹が笑いあいながらウィンドウショッピングしている。

知らない一般人だ。そのはずなのに、ケーシャは憎々しくその姉妹を睨みつけている。

 

「ああ、ほら、見てください。あんなに仲良くして……ノワールさん、ノワールさん。ユニさんが、ユニさえいなくなれば。ユニさえ殺してしまえば!」

 

興奮が頂点に達したケーシャは、どこからともなく手に取った銃をその一般人へ向けた。

私は反射的にケーシャの腕を掴んで、銃口を地面へそらす。その瞬間、弾丸が飛び出して地面にひびが入る。

悪寒が走った。

ケーシャは本当に撃ったのだ。本当に殺す気だ。

手をはねのけられ、恐ろしいほどの力で蹴り上げられ、下に叩きつけられる。

二度の衝撃で肺から空気が完全に吐き出され、空気を求めてあえぐ。

 

「あなたも私を置いてどこかへ行ってしまうんだ!」

 

手放しかけた意識を無理やり戻すと、ケーシャの銃口がこちらを向くのが見えた。

地面を転がって、放たれた三発の銃弾を避けて、振り返りもせずに銃器店を飛び出す。

聞こえてくる銃声に身をかがめながら、向かいの店の窓を割りながら飛び込んで中に入る。

完全に意識が覚醒したころには、痛みが襲ってきた。歯を食いしばって紛らわせて壁にもたれながら、ちらりと外の様子をうかがう。

この騒ぎに、周りの人々は恐怖の叫びをあげながら逃げまどっていた。

ケーシャはいま、無差別に撃つようなことはしていないが、それもいつまで続くか。ここで私が逃げれば、多くの人数が被害を受けることになる。

 

「ああもう、最悪」

 

残念ながら、今回はスーツを持ってきていない。

こんなこと予測していなかったのだ。

甘かった。街の中なら敵が現れないと高をくくってしまった。

だけど今は無いものねだりをしている暇はない。

ケーシャが銃器店から出てくる。

銃を構えられる前に、急いで前に出て、左手で殴るがひょいと避けられてしまった。

恐れるあまり、単調すぎる攻撃をしてしまった。

だが反撃を恐れて右手をフリーにしたのは正解だった。

至近距離の銃弾を義腕で遮る。それでもしびれが身体まで伝わってくる。

拳をぶんと振り回したが、これも軽快に避けられる。

近距離戦は不得意かもと高をくくったのが間違いだった。

ケーシャは素早くダブルパンチを繰り出し、私は防御も回避もできなかった。一発は腹、もう一発は顔。

景色がぐるぐると回っていく。私の身体は地面に激突し、そのまま滑っていく。

立てないほどの痛みを耐えながら、私は身をよじる。

呻きながら、右手を地面について立とうとしたときに、頭に冷たいものが押しつけられた。

ケーシャが傍らに立ち、銃を押しつけてきていた。

全身から血の気が引き、死の恐怖に動けずにいたが、どれだけ経っても撃たれなかった。

 

「イヴさん。黄金の頂で待ってます。あなたとユニさんを片付けて、ノワールさんを私のものにしてみせます」

 

ひどく落ち着いた様子で、ケーシャはそう言う。銃口を私の頭から離すと、にっこりと笑った。

私はなにも言えずに、生きている実感をじわじわと味わっていた。

 

「二人を必ず連れてきてくださいね」

 

ふふふ、と顔をゆがめて笑いながら、ケーシャは去っていった。

まだ心臓の鼓動がうるさく響いていた。


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