新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
戦いから少し時間を置いて、ぼくとイストワールはワレチューを挟んでこれからの話をしていた。
ヤマトとネプテューヌ、ビーシャは休養。
特にビーシャは心身ともにとてもダメージを負ったため、半ば無理やり入院させた。
コンパも目を覚ましたようだが、まだアイエフがつきっきりで看病している。
いままともに戦えるのは、実質0人だ。
「ワレチューの姿を変えたのは、猛争化現象を見て間違いないでしょう」
「あれが?」
猛争化現象。各地でモンスターが凶暴化することに名づけられたそれは、人々を苦しめている。
なにせ、今までモンスターを狩ることを生業としてきた者たちですら歯が立たないほどに強化されているのだから。
ハネダシティやこの街を襲ったのもそうだ。
被害が拡大していくいっぽうで、ぼくたちはこれまで解決策を見出せずにいた。
「とすると、ワレチューは絶好のサンプルってわけだな」
「ま、まさかオイラをモルモットにするつもりっちゅか!? 同じネズミでも、ネズミ違いっちゅよ!?」
「あくまで、猛争化解消のために協力してもらうだけです。猛争化を食い止めることができれば、被害ももっと少なくなるはずですから」
後ずさるワレチューを逃がさないように、ぼくとイストワールは囲い込む。
「さて、協力してくれれば、お礼として今まであなたが起こした事件や騒動を少しくらい許してあげることもできます」
「……だとしても、教会に協力だなんてオイラのプライドが許さないっちゅ」
「そうですか……ではヴァトリさん」
「ほら」
ぼくはあらかじめイストワールに頼まれていた資料をどさっと放り投げた。
ワレチューの目の前で、何十枚という紙がばら撒かれる。
「これまでの騒動の賠償金はざっと……これくらいだな」
それはワレチューが起こした事件の被害総額をまとめたものだ。
一部モンスターとエコーのものも含まれているが、連帯で責任を持ってもらおう。
「ぢゅっ!?」
一番上の資料に書いてある、9桁を超えた賠償金にワレチューの顔が青ざめる。
「残念です。あなたが協力してくれれば、その成果をもって賠償はなし、これまでのことも執行猶予を与えようと思っていたのですが」
意地悪く笑うイストワールを見て、ぼくは苦笑する。
ネプテューヌやビーシャがあんなでもこの国がやっていけているのは、伊達じゃないってことだ。
ワレチューは首を縦に振るしかなくなった。
部屋のネームプレートには、「ビーシャ様」と書かれている。
病院の個室だ。
働ける働けると駄々をこねていたが、あの影の影響は計り知れないし、ぼくとネプテューヌがつけた傷だって癒えてはいない。
結局入院の手続きが終わるまで、ビーシャはおとなしくしてくれなかった。
こんこん、と白い扉をたたく。
返事が聞こえたので扉を開くと、ベッドに座っているビーシャがこちらを向いて笑顔で出迎えた。
「ビーシャ」
「あ、ヴァトリ……」
「怪我の具合は?」
ぼくはベッドの横にある椅子に腰掛けながら尋ねる。
「これくらいぜんぜんへっちゃら……あいたた」
「安静にするのが一番いい。街の治安はぼくがなんとかするから」
ぐるぐると腕を回すビーシャを抑える。
元気ではあるが、やはりまだ万全とは言えないみたいだ。
「ごめんね。役に立てなくて」
「じゅうぶんに役に立ったさ。いまは余計なことを考えずにゆっくり治せばいい。身体も、心もな」
ビーシャは力なく笑って、うつむいた。
感情は自分でも操ることのできないほど大きなエネルギーを持っている。
それが無理やり引き出されたとなっては、疲弊するのも当然だ。
「あの影に飲まれてるときね、怒りに包まれて、なにもかもがモンスターに見えて、全部倒さなきゃって思って……」
ビーシャはぽつりと話し始める。
影の目的は、エコーの目的と同様に不明だが、物理的に攻めてこないぶん、機械やモンスターよりも不気味だ。
「高揚感があったんだ。モンスターを恐れる気持ちなんてすっかり無くなって、ようやくみんなの役に立てるって。だから……」
「だからあれだけ暴れまくった?」
素直にこくりと頷いた。
改めて見ると、ゴールドサァドといえどもたった一人の少女だ。
通常とかけ離れた力を持っていても、戦いから離れてしまえば、笑って泣いて怒る普通の少女なのだ。
「でもそんなとき、声が聞こえたんだ。ヴァトリの声が」
ビーシャは話を続ける。
「やさしくて、熱くて、なんだか心が暖かくなったんだ。とってもとっても満たされていって、そうするとね、わたしを覆ってた影が引いていったんだ。えへへ、ありがとう、ヴァトリ」
「どういたしまして」
頬をかいて恥ずかしさをごまかす。
自分を奮い立たせるつもりで思っただけで、本当は声に出すつもりじゃなかったんだ。
だけどあれがビーシャを元に戻すきっかけになったんなら、よしとしよう。
「ねーねー、ヴァトリって別の次元の人間なんでしょ? えこーってやつを倒したら、帰っちゃうの?」
「そのつもりだけど」
そもそも超次元に来たのは、神次元で現れたロボットの企みを調べるためだ。
エコーの計画が何にせよ、女神にとって危険なのはほぼ確定だから、それを頓挫させればこっちでの目的は済む。
エディンの治安維持だってほかの女神にまかせっきりだし、いつまでもこっちにいるわけにはいかない。
ビーシャはちょっとむっとなった。
「ちょっと残念だなって」
「それは……」
どういう意味だ? と聞こうとしたとき、扉がノックされた。
扉を少し開いて顔だけ覗かせたのは、ヤマトだった。
「ヴァトリ、ちょっといいか?」
ぼくとビーシャを交互に見て、にやりと笑った。
「後のほうがいい?」
ぼくはビーシャのほうを見た。
話はまだ途中だが、ヤマトがわざわざ呼び出すというのは、重要な話がある証拠だ。
それに、ヤマトは万一にもその姿がビーシャにばれるのを恐れている。露見してしまえば、休養している彼女に追い討ちをかける形になる。
ここでビーシャを交えて話というのは、無理な話だ。だがそれを説明するのも、もちろんはばかられる。
「わたしは大丈夫」
ビーシャは親指を立てて、ぼくを見送った。
ヤマトは病院を出たすぐそこまでぼくを呼び出した。
彼も相当に体力を失っているはずだが、それを感じさせないほどのいつもの調子だ。
「知らない間に仲良くなってたみたいだな」
心底嬉しそうにヤマトはにやつく。
エディンの孤児院以外ほとんどないぼくの交友関係について、思うところはあったのかもしれない。
「まあ、ぼくはぼくで色々と、ね。それより、用件は?」
「リーンボックスに行こうかと思う」
「リーンボックス?」
女神ベールが統治……していた国。
いまではそちらもゴールドサァドが上に立っているらしいが、詳しいことはわからない。
ネプギアと連絡をとっていたのは全てヤマトで、ぼくはプラネテューヌのことで精一杯だったからだ。
「うん、攻めてくるには絶好の機会なのに、エコーはまったく姿を現さない。ほかの所で手がいっぱいなのか、何かをたくらんでいるのかは分からないけど、わざわざ待ってやる必要も無い。だから、ネプギアに意見を聞こうと思ってね」
ヤマトが見せてきたのは機械の残骸だった。
教会前で戦ったモンスターに混じって現れたロボットの残骸。
以前にも見た、エコーの斥候だ。しばらくこれを調べていたみたいだけど、ヤマトから見ても手がかりは得られなかったようだ。
「この次元で機械に詳しいのはネプギアくらいだけど、彼女はリーンボックスに行ったからね。様子見ついでに行ってこようかと」
「エコーについてはまだまだ謎だらけだからな。いいだろう、こっちのことはぼくに任せてくれ」
ぼくは胸を叩いた。
機械のことに関して、ぼくはほとんど無知と言ってもいい。
エコーを恐れて、出方を伺うだけでは状況が好転するわけでもない。
それにエコーはゲーム機を手に入れているのだ。一刻も早く計画を知る必要があるだろう。
ぼくがせめてできることは、この街の力になること。
この街を守る盾になること。
目を丸くすると同時に口角をあげるヤマトを見て、ぼくは首をかしげた。
「何だ?」
「すっかり頼もしくなって、僕は嬉しいよ」
ヤマトはぼくの肩をぱんぱんと叩いて、笑い声を上げた。
珍しい光景に、こんどはぼくが目を丸くした。
ぽかんと口を開けるぼくをよそに、ヤマトはひとしきり笑ったあと、ようやく落ち着いて一息ついた。
「君をこっちに連れてきたのは間違いじゃなかった」
満面の笑みを浮かべたあと、彼は悠々と去っていった。
しかし、リーンボックスへと向かう船はないはずだったけど、どうやって海の向こうへと行くつもりなんだろうか。
もしかして泳いで……とか。
いや、まさかそんなことはしないだろう。
しない……よな?