新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
この戦いにおいて、戦力差があるのはわかっている。
ぼくよりも強く、そしてネプテューヌにも勝った相手だ。そして、いまビーシャは容赦がない。
二対一とはいえ、苦戦は必至だった。
付け入る隙があるとすれば、相手の直線的な動きだ。砲弾なら上手くタイミングを見れば避けるか防げるかできる。
それに体術に関してはぼくに分があるし、経験ならネプテューヌが上。
まったく勝機がないわけではない。
ワレチューとビーシャがすでに暴れていたせいで住民たちは避難しているし、人命の被害は考えなくていいだろう。
ぼくは走り出し、パープルハートは飛び立つ。
ビーシャは一瞬上を見たあと、ぼくに狙いをつけた。
放たれた砲弾を、身体をひねりながら跳躍してかわす。後ろで聞こえた爆発音と吹く爆風を無視して、さらに間合いをつめる。
ぼくが拳を突き出したのと、パープルハートが太刀で斬ってかかったのは同時。だがどちらも空を切る。
ビーシャは瞬く間に後ろに下がり、肩に浮いている二つの大砲の口をこちらに向けた。
ぼくはパープルハートの前にでて、盾を構える。
ドン、という発射の音のあとに、衝撃、そして身体が宙を浮いた。
景色がめまぐるしく変わる中、重力を頼りに、とっさに身体を丸める。
勘は当たったようで、地面に激突したのはぼくの身体ではなく、盾だった。
ざーっと地面をスライドしていきながら、勢いが弱まったところで地に足をつける。
五体無事。ダメージもほとんどなしだ。
「ヴァトリ!」
ぼくを案じるパープルハートだが、ビーシャの砲口は今度は彼女に向けられている。
考える前に盾を投げて、大砲に当てる。ビーシャの身体がわずかにずれ、直後に撃たれた弾はパープルハートの数センチ横を通過していき、建物を崩壊させていく。
ぼくの足はすでに動いていた。盾が空を舞って手元に戻ってきたと同時に、それを再びビーシャに投げる。
速さも回転もじゅうぶんだったそれを、ビーシャは軽々と受け止め、あろうことかパープルハートに投げ返してきた。
ぼくが当たってしまえば身体が真っ二つになるほどの、驚異的な速度の盾をもろに受けて、パープルハートは吹き飛ぶ。
安否を確認している暇はない。ビーシャが放った二つの弾の間をすり抜けて、ようやく目の前に立つ。
怒りに顔を歪めたビーシャの蹴りを止め、拳をそらした。
初動さえ止めてしまえばなんてことはない。
もう一度パンチをしてきたところで腕をつかむ。そのまま相手の勢いを利用して、ぐるんとビーシャの身体を回転させ、地面に衝突させる。
「うあうっ」
受身はとらせなかった。あまりの衝撃で悲鳴を上げるビーシャがぼくの首をつかみ、右肩の砲口を向ける。
恐ろしいほどの力が振り払えない。
「ヴァトリ!」
視界の端にパープルハートと近づいてくる何かが見えた。無意識に腕を伸ばすと、すっぽりと盾が装備される。
盾を顔の前に備え、黄金の砲がきらめいたその瞬間、一筋の光が閃いた。
直後に爆発。ぼくは少しだけ足が滑った程度で済んだが、ビーシャはそうはいかなかった。
パープルハートが右肩の大砲を切り裂き、砲弾が暴発したのだ。おかげで残る砲は左だけ。
「やっとダメージだな」
「ええ、でもまだビーシャは元に戻ってないみたい」
ビーシャから距離をとって、一息つく。
先ほどの一連の攻防は一分かかったかどうかだが、三者ともかなり傷を負っている。
どちらに転んでも、決着のときは遠くない。
「モンスターのくせに……モンスターのくせにっ!」
地団駄を踏むビーシャを見て、ぼくは思った。
いまのビーシャは、モンスター恐怖症を克服したといえるのだろうか。
あの影に何を見せられ、どう動かされているにせよ、吹っ切れたとか覚醒したとか、そういうものとは違う気がする。
「ネプテューヌ、もう一個壊せるか?」
きょとんとした顔でパープルハートがこちらを向く。
「ビーシャの厄介な武器はあれだ。被害を食い止めるためにも、ぼくたちが勝つためにも、あの大砲を使えなくするのが先だ」
「任せて」
にっと笑って、ともに前へ向かう。
ビーシャは即座に砲口をこちらに向けた。あの大砲を頼りにしている。それは当然だ。だが、同時に弱点でもある。
いまの彼女にはそれしか武器がないのだから。
ビーシャが砲弾を放つと同じタイミングで盾を投げて、目の前で爆発させる。
爆風と煙が数瞬、両者の視界を奪う。盾はあらぬ方向へと飛んでいく。だけどぼくたちは止まらない。
爆煙を抜けて、パープルハートは太刀を振りぬく。
綺麗な直線を描いたそれは、目的のものを見事に両断した。
今のビーシャにはぼくたちが見えていない。ぼくたちのことがモンスターとして見えているいまがその証拠だ。そんな目を瞑った状態が、恐怖を乗り越えたってことにはならない。
君の最大の武器は恵まれた力や大砲なんかじゃない。
ワレチューが子どもを転ばしたとき、君は颯爽と現れてワレチューを退治した。苦手なモンスターを相手に、それでも子どものために戦った君の強さをぼくは覚えてる。怖いのに、そのトラウマを克服しようとした君の強さをぼくは覚えてる。
それが君の……ゴールドサァドとしての、ヒーローとしての……ビーシャの最大の武器だ。
驚いておののくビーシャの腕をつかんで、盾と同じ要領で空へぶん投げた。
ふわり、とその小さな身体が浮く。
一瞬のことでよく見えなかったが、ビーシャの目が戻っていたような気がする。
「ヴィクトリースラッシュ!」
とどめの一撃に、パープルハートのVの字斬りがビーシャを襲った。
今のは、間違いなく勝利の一撃だった。力なく落ちてくるビーシャの身体を、ぼくはできるだけ優しく受け止めたが、足の力が抜けて、そのまま倒れこんでしまった。
「お疲れ様ー、ヴァトリ」
「君もな、ネプテューヌ」
変身を解いたネプテューヌがぼくを見下ろす形で笑う。
「それにしても、案外ヴァトリも熱いところがあるんだねー」
熱いところ?
意味の分からないといった顔をしていると、ネプテューヌがにやりと笑ってぼくに手を差し伸べた。
「声に出てたよ。今のビーシャには~、って」
恥ずかしい。
あれが声に出ていたなんて、感情が入りすぎてしまったみたいだ。
顔をそらしてビーシャを見ながら、ネプテューヌの手を掴む。
「うおっととと、重いね」
よろけるネプテューヌの手を借りて立ち上がり、両腕でビーシャを抱きかかえる。
目を覚ましたら元に戻っているといいんだけれど。
「とりあえず、これで一件……」
病院に運ぼうと思ったその瞬間、地面が揺れた。
通りの角から巨大な悪魔の顔がぬっとあらわれたかと思うと、ヤマトがそいつから素早く離れながら光の矢を放つ。
悪魔、ワレチューは傷を負っているものの、攻撃の手を緩めずにヤマトに迫っていく。
不意にワレチューの尻尾が鞭のようにしなり、ヤマトをぺしんと叩いた。こっちまで吹っ飛んでくるぞ。
目の前で受け身を取ってさっと立ち上がったヤマトが、ちらりとぼくたちを見る。
フードが外れて、顔があらわになっていた。
右半身は緑の鱗に覆われて、普通の人間なら白目のはずの部分は濁った黄色になっている。
ビーシャが気絶していてよかったかもしれない。
「ビーシャは?」
「なんとか大丈夫だ。それより……」
「手ごわい……というよりしつこいぞ、ワレチューは」
知ってる。ぼくとネプテューヌは呆れ顔。
「この状況、なにげにやばいんじゃないかな。さっきの戦いでへとへとだし、わたしもう変身できないよ?」
と言いつつも余裕ありげな表情で首をかしげるネプテューヌ。
ぼくもネプテューヌも体力の限界。ビーシャは気絶。ヤマト一人では苦戦。
ワレチューを食い止めるには、現戦力が乏しすぎる。
「なら仕方ないな」
ヤマトはそう言って、手に持った弓を畳み、それを腹にあてた。
金属弓は見る見る間に形を変えて、腰に巻きついていく。
「ネプテューヌ、ビーシャを頼む」
ぼくは抱きかかえていたビーシャをネプテューヌに託すと、盾を再び装備して深呼吸する。
なんとか、気力だけでも身体が動いてくれればいいが。
「い、いいけど、ヴァトリは?」
「ここからできるだけ離れるんだ。逃げ遅れた人たちの避難も任せる」
「いやだから、ヴァトリは?」
「ヤマトの歯止め役」
ぼくはヤマトを注視した。
弓が変形し、ヤマトに巻きついたやたら刺々しいベルトの中央部分が、赤く点滅する。
「変身」
ヤマトは呟くようにそう言って、点滅しているボタンを押した。