新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】   作:ジマリス

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プラネテューヌ編9 ビーシャの強さ

この戦いにおいて、戦力差があるのはわかっている。

ぼくよりも強く、そしてネプテューヌにも勝った相手だ。そして、いまビーシャは容赦がない。

二対一とはいえ、苦戦は必至だった。

付け入る隙があるとすれば、相手の直線的な動きだ。砲弾なら上手くタイミングを見れば避けるか防げるかできる。

それに体術に関してはぼくに分があるし、経験ならネプテューヌが上。

まったく勝機がないわけではない。

ワレチューとビーシャがすでに暴れていたせいで住民たちは避難しているし、人命の被害は考えなくていいだろう。

 

ぼくは走り出し、パープルハートは飛び立つ。

ビーシャは一瞬上を見たあと、ぼくに狙いをつけた。

放たれた砲弾を、身体をひねりながら跳躍してかわす。後ろで聞こえた爆発音と吹く爆風を無視して、さらに間合いをつめる。

ぼくが拳を突き出したのと、パープルハートが太刀で斬ってかかったのは同時。だがどちらも空を切る。

ビーシャは瞬く間に後ろに下がり、肩に浮いている二つの大砲の口をこちらに向けた。

ぼくはパープルハートの前にでて、盾を構える。

ドン、という発射の音のあとに、衝撃、そして身体が宙を浮いた。

景色がめまぐるしく変わる中、重力を頼りに、とっさに身体を丸める。

勘は当たったようで、地面に激突したのはぼくの身体ではなく、盾だった。

ざーっと地面をスライドしていきながら、勢いが弱まったところで地に足をつける。

五体無事。ダメージもほとんどなしだ。

 

「ヴァトリ!」

 

ぼくを案じるパープルハートだが、ビーシャの砲口は今度は彼女に向けられている。

考える前に盾を投げて、大砲に当てる。ビーシャの身体がわずかにずれ、直後に撃たれた弾はパープルハートの数センチ横を通過していき、建物を崩壊させていく。

 

ぼくの足はすでに動いていた。盾が空を舞って手元に戻ってきたと同時に、それを再びビーシャに投げる。

速さも回転もじゅうぶんだったそれを、ビーシャは軽々と受け止め、あろうことかパープルハートに投げ返してきた。

ぼくが当たってしまえば身体が真っ二つになるほどの、驚異的な速度の盾をもろに受けて、パープルハートは吹き飛ぶ。

安否を確認している暇はない。ビーシャが放った二つの弾の間をすり抜けて、ようやく目の前に立つ。

怒りに顔を歪めたビーシャの蹴りを止め、拳をそらした。

初動さえ止めてしまえばなんてことはない。

もう一度パンチをしてきたところで腕をつかむ。そのまま相手の勢いを利用して、ぐるんとビーシャの身体を回転させ、地面に衝突させる。

 

「うあうっ」

 

受身はとらせなかった。あまりの衝撃で悲鳴を上げるビーシャがぼくの首をつかみ、右肩の砲口を向ける。

恐ろしいほどの力が振り払えない。

 

「ヴァトリ!」

 

視界の端にパープルハートと近づいてくる何かが見えた。無意識に腕を伸ばすと、すっぽりと盾が装備される。

盾を顔の前に備え、黄金の砲がきらめいたその瞬間、一筋の光が閃いた。

直後に爆発。ぼくは少しだけ足が滑った程度で済んだが、ビーシャはそうはいかなかった。

パープルハートが右肩の大砲を切り裂き、砲弾が暴発したのだ。おかげで残る砲は左だけ。

 

「やっとダメージだな」

 

「ええ、でもまだビーシャは元に戻ってないみたい」

 

ビーシャから距離をとって、一息つく。

先ほどの一連の攻防は一分かかったかどうかだが、三者ともかなり傷を負っている。

どちらに転んでも、決着のときは遠くない。

 

「モンスターのくせに……モンスターのくせにっ!」

 

地団駄を踏むビーシャを見て、ぼくは思った。

いまのビーシャは、モンスター恐怖症を克服したといえるのだろうか。

あの影に何を見せられ、どう動かされているにせよ、吹っ切れたとか覚醒したとか、そういうものとは違う気がする。

 

「ネプテューヌ、もう一個壊せるか?」

 

きょとんとした顔でパープルハートがこちらを向く。

 

「ビーシャの厄介な武器はあれだ。被害を食い止めるためにも、ぼくたちが勝つためにも、あの大砲を使えなくするのが先だ」

 

「任せて」

 

にっと笑って、ともに前へ向かう。

ビーシャは即座に砲口をこちらに向けた。あの大砲を頼りにしている。それは当然だ。だが、同時に弱点でもある。

いまの彼女にはそれしか武器がないのだから。

 

ビーシャが砲弾を放つと同じタイミングで盾を投げて、目の前で爆発させる。

爆風と煙が数瞬、両者の視界を奪う。盾はあらぬ方向へと飛んでいく。だけどぼくたちは止まらない。

爆煙を抜けて、パープルハートは太刀を振りぬく。

綺麗な直線を描いたそれは、目的のものを見事に両断した。

 

今のビーシャにはぼくたちが見えていない。ぼくたちのことがモンスターとして見えているいまがその証拠だ。そんな目を瞑った状態が、恐怖を乗り越えたってことにはならない。

君の最大の武器は恵まれた力や大砲なんかじゃない。

ワレチューが子どもを転ばしたとき、君は颯爽と現れてワレチューを退治した。苦手なモンスターを相手に、それでも子どものために戦った君の強さをぼくは覚えてる。怖いのに、そのトラウマを克服しようとした君の強さをぼくは覚えてる。

それが君の……ゴールドサァドとしての、ヒーローとしての……ビーシャの最大の武器だ。

 

驚いておののくビーシャの腕をつかんで、盾と同じ要領で空へぶん投げた。

ふわり、とその小さな身体が浮く。

 

一瞬のことでよく見えなかったが、ビーシャの目が戻っていたような気がする。

 

「ヴィクトリースラッシュ!」

 

とどめの一撃に、パープルハートのVの字斬りがビーシャを襲った。

今のは、間違いなく勝利の一撃だった。力なく落ちてくるビーシャの身体を、ぼくはできるだけ優しく受け止めたが、足の力が抜けて、そのまま倒れこんでしまった。

 

「お疲れ様ー、ヴァトリ」

 

「君もな、ネプテューヌ」

 

変身を解いたネプテューヌがぼくを見下ろす形で笑う。

 

「それにしても、案外ヴァトリも熱いところがあるんだねー」

 

熱いところ?

意味の分からないといった顔をしていると、ネプテューヌがにやりと笑ってぼくに手を差し伸べた。

 

「声に出てたよ。今のビーシャには~、って」

 

恥ずかしい。

あれが声に出ていたなんて、感情が入りすぎてしまったみたいだ。

顔をそらしてビーシャを見ながら、ネプテューヌの手を掴む。

 

「うおっととと、重いね」

 

よろけるネプテューヌの手を借りて立ち上がり、両腕でビーシャを抱きかかえる。

目を覚ましたら元に戻っているといいんだけれど。

 

「とりあえず、これで一件……」

 

病院に運ぼうと思ったその瞬間、地面が揺れた。

通りの角から巨大な悪魔の顔がぬっとあらわれたかと思うと、ヤマトがそいつから素早く離れながら光の矢を放つ。

悪魔、ワレチューは傷を負っているものの、攻撃の手を緩めずにヤマトに迫っていく。

不意にワレチューの尻尾が鞭のようにしなり、ヤマトをぺしんと叩いた。こっちまで吹っ飛んでくるぞ。

目の前で受け身を取ってさっと立ち上がったヤマトが、ちらりとぼくたちを見る。

フードが外れて、顔があらわになっていた。

右半身は緑の鱗に覆われて、普通の人間なら白目のはずの部分は濁った黄色になっている。

ビーシャが気絶していてよかったかもしれない。

 

「ビーシャは?」

 

「なんとか大丈夫だ。それより……」

 

「手ごわい……というよりしつこいぞ、ワレチューは」

 

知ってる。ぼくとネプテューヌは呆れ顔。

 

「この状況、なにげにやばいんじゃないかな。さっきの戦いでへとへとだし、わたしもう変身できないよ?」

 

と言いつつも余裕ありげな表情で首をかしげるネプテューヌ。

ぼくもネプテューヌも体力の限界。ビーシャは気絶。ヤマト一人では苦戦。

ワレチューを食い止めるには、現戦力が乏しすぎる。

 

「なら仕方ないな」

 

ヤマトはそう言って、手に持った弓を畳み、それを腹にあてた。

金属弓は見る見る間に形を変えて、腰に巻きついていく。

 

「ネプテューヌ、ビーシャを頼む」

 

ぼくは抱きかかえていたビーシャをネプテューヌに託すと、盾を再び装備して深呼吸する。

なんとか、気力だけでも身体が動いてくれればいいが。

 

「い、いいけど、ヴァトリは?」

 

「ここからできるだけ離れるんだ。逃げ遅れた人たちの避難も任せる」

 

「いやだから、ヴァトリは?」

 

「ヤマトの歯止め役」

 

ぼくはヤマトを注視した。

弓が変形し、ヤマトに巻きついたやたら刺々しいベルトの中央部分が、赤く点滅する。

 

「変身」

 

ヤマトは呟くようにそう言って、点滅しているボタンを押した。


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