新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
ネプギアがリーンボックスへと向かってからまた時間がたち、ぼくとアイエフはあらゆるゲーム屋で聞き込みを続けていた。
「別についてこなくてもいいのに」
「と言われてもな」
正確には、アイエフの聞き込みについていっているだけだ。
口では大丈夫と言いつつも、怪我が癒えているかどうか、本当のところはわからない。
まさか脱がして確かめるわけにもいかないし、無事と確信できるまではついていくことにした。
「あんたみたいにいらないものまで背負うやつ知ってるけど、ろくな結果にならなかったわよ」
懐かしむような顔をして、少し顔をゆがめる。
普通なら両立しないはずの表情に、ぼくは興味を持った。
「どんなやつだ?」
「どんなやつって……一見頼りなさそうに見えて、なんというか……」
そこまで言って、アイエフが口ごもる。どの言葉が正しいか、迷っているのだ。
「知り合いなんだろう?」
「そんな簡単に言える奴じゃないのよ」
それ以上は何も言わず、にぎわっているゲーム店のドアを開く。
ここらでは大きいゲーム店だが、まだ被害のないところだった。
こういうところにいると、自分のことがひどく場違いに思える。神次元でもゲームは衰えない流行だが、ぼくはほとんどやったことがない。
エディンが運営する孤児院にもたくさんのゲームがあるが、ぼくは身体を鍛えるので夢中。興味がないというわけではない。それよりもやるべきこと、やりたいことがあるのだ。
アイエフがさっそく店長を呼び出し、一枚の写真を見せる。
「このネズミ、見たことない?」
清潔感のあるエプロンは制服だろう、胸に『店長』と書かれた男性に写真を見せる。
ワレチューという、灰色のネズミの写真だ。残念ながら、相手は首を横に振った。
「そう……最近騒ぎになっている強盗よ。なにかあったら教会まで連絡ちょうだい」
「あの、それなら……」
おそるおそるといったふうに人差し指をこちらに向けた。いや、ぼくたちの後ろだ。
「ぢゅっ!?」
そこにはちょうど、緩衝材できれいに梱包されたゲーム機やソフトを台車で運ぶ一匹の姿があった。
神次元で散々見たぼくにとっては、写真を見るまでもない。ワレチューがそこにいた。
アイエフに気づくと、店に一歩入った状態で固まってしまった。かと思うと台車を置いてすぐさま来た道を走り出してしまった。
「あ、あんた!」
アイエフが追い始める。ぼくもすぐさま反応して、道路を走るアイエフに並ぶ。
「どうする?」
「とりあえず捕まえて、尋問ね」
「冗談じゃないっちゅ!」
アイエフの言葉を聞いて、先を走るワレチューがさらに速度を上げた。
ワレチューの身体は小さいのにも関わらず、少しずつ距離が広がっていく。
「あいつ……逃げ足だけは速いな」
「言ってる場合じゃないでしょ、早く捕まえないと」
盾を投げれば止められるかもしれないが、手元が狂ったり、避けられてしまえば道を歩く人に当たってしまうかもしれない。
うかつに行動を起こすことができないのがわかりつつも、背中の盾を腕に装備する。
「ぢゅっぢゅっぢゅー。誰がお前らみたいなノロマに捕まるかっちゅ」
ぼくたちが追いつけないと分かったのか、余裕を出して、こちらを向いて舌を出したその瞬間だ。
よそ見をしたために、正面の子どもにどんとぶつかってしまった。
「うわあああああん!」
「ふん、すぐ泣くから人間の子どもは嫌いっちゅよ」
勢いよく転んでしまった子どもが泣き出したのに、ワレチューは嫌な顔をして再び逃げ出す。
ぼくは止まって、倒れた子どもを座らせる。少し血が出るほどの傷が足にできている。
同じく立ち止まったアイエフがポーチから傷薬を取り出す。
「ぼくが追う!」
この場はアイエフに任せ、ぼくはワレチューを追うために足を動かした。
かなり距離が開いてしまったが、このまま逃げ切れるはずがない。これだけ目立つ逃走劇を繰り広げているのだ。見失ったとしても、人か防犯カメラが姿を捉えている。
とはいえ、この場で逃がすつもりはない。人の往来が少なくなれば、なにかしら足を止める手段はある。
「まてーーーい!」
突如、よく通る声が響き渡った。
思わずワレチューもぼくも止まってしまう。
声の主は、なぜかとがったサングラスをかけている金髪の少女だ。立っているのは、よりにもよってワレチューの正面。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと我を呼ぶ! 聞け、悪人共!」
ババッとキレのいい動きでいくつかポーズをとったあと、ぼくとワレチューを交互に指差す。
『共』って、一緒にされちゃったよ。
「我は正義のヒーロー、プレスト仮面! 子どもを泣かせるなんて言語道断! 成敗してくれる!」
プレスト仮面はファイティングポーズをとる。
だが、ワレチューはお構いなしに突進していく。
「変なマスクを着けてわけのわからないやつっちゅ! どかないなら、力づくでいくっちゅ!」
「そうはいくか! くらえ! 必殺、プレストキーック!」
まずいと思い、ぼくが盾を投げようとしたとき、プレスト仮面は跳躍し、空中で一回転するとまっすぐワレチューへと飛んでいく。
背中にジェットをつけているわけでもない。だが、それ以上の勢いでプレスト仮面はキックをかました。
「ぢゅーーっ!?」
断末魔をあげて、ワレチューがこちらに飛んできた。ぼくはそれを身体で受け止めると、地面に落として手錠で拘束する。
いまの攻撃で完全に伸びきっていたおかげで、抵抗なく捕らえることができた。
非戦闘員とはいえ、一撃でワレチューをのしたその実力。格好は伊達じゃないということだ。
「次はおまえだ!」
プレスト仮面がぼくを睨む。といってもサングラスをしているから、ほかの部分から推測しただけだが。
「ちょ、ちょっと!」
違う。という間も与えずに、プレスト仮面が再び跳躍する。
さきほどと同じように一回転して、足を先にこちらへ向かってくる。
「プレストキック!」
空を切る音が聞こえた瞬間、盾で防ぐが、思い切り吹き飛ばされ、転げ回ってしまう。
盾は身体を守ってくれたが、その衝撃はしっかり叩き込まれた。
特に盾をつけている右腕がじんじんと痺れる。
「やってくれる……」
先に仕掛けたのはそっちだぞ。
ぼくは力を入れて立ち上がり、プレスト仮面へと向かう。
間合いを詰めて、容赦なくパンチを繰り出すと、ぼくはあのロボット、エコー以来の衝撃を受けた。プレスト仮面はいとも簡単にぼくの拳を受け止めたのだ。
エコーとの一戦以来、少し疑問を感じることもあったが、鍛え上げた身体には相応の自信があった。だが、目の前の少女は動じずにぼくの固めた手を取った。
プレスト仮面はぼくを押し出すと、お返しと言わんばかりにパンチを出してくる。防御に成功すると、今度は後ずさるだけで済んだが、さらに痺れが増した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
構えた両者の間にアイエフが割って入った。
ワレチューの写真と諜報員の証明証を見せると、ようやくプレスト仮面はわかってくれたようで、構えを解く。
「こいつと私は悪くないわ。強盗のあのネズミが逃げたから、追ってたの」
「なーんだ、そうだったんだ。なら迷惑料含めて一万クレジットでいいよ」
「迷惑料?」
ぼくは眉をひそめた。
ワレチューを捕らえるのに協力してくれたのは感謝するが、迷惑をかけられたのはこっちも同じだ。
「そんなお金持ってないわよ」
「ま、今回はわたしの勘違いもあったし、特別にタダにしてあげる。ただし、次からはちゃんともらうからね!」
言うだけ言って、プレスト仮面は高笑いしながら去っていった。
嵐のような登場と退場に、ぼくは立ちすくんでいた。
ちらりと後ろを見ると、さっきの子どもは親に抱きかかえられていた。治療は済んでいるようで、泣き止んでいる。
「ずいぶん驚いた顔してるのね」
「そりゃそうだろう。まさか金を請求されるとはな」
「そういう子なのよ。悪く思わないでね」
「良いやつなんだろうけどな」
子どものことを思っているヒーローっていうのはわかるが、金を要求するヒーローは初めて見た。
驚くぼくに、アイエフはさらに言葉をつづける。
「あれがあんたたちの探してるゴールドサァド、ビーシャよ」
「ゴールドサァド……」
ぼくは唖然とした。同時に、この腕の痺れを納得することができた。