新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
「第一、陽動」
パープルシスターはどのビルよりも高く空を飛び、上空へビームを撃った。
甲高い音を発しながらピンク色に光る極太の光線は黒い空へ吸い込まれていき、やがて糸よりも細くなって消えた。
直後にずずんと地鳴りが起きた。
『これでいいんですか、イヴさん』
「ええ、あっちも気付いたはずよ」
左手の通信機から聞こえてきたパープルシスターの声に答え、私は腕を振った。
それに気付いたオレンジハートが私のはるか上空でメガホンを構える。
「えーーーい!!」
あたりのビルが震えるほどの大声で叫んだオレンジハートはすっきりした顔でまっすぐ降りてきた。
これで別々の場所にいたネプギアとうずめの姿は視認したはずだ。
罠だと疑うだろうが、マジェコンヌには自信があるはずだ。私たちを叩きのめせるという自信が。
「これで大丈夫なの?」
「そう複雑じゃないわよ、あいつの頭は」
その証拠に、一定の間隔で腹に響いてくる地鳴りはこちらに近づいてきている。
ダークメガミがモンスターを大勢引き連れているのはすでに知っている。
それをいちいち相手にするのは骨が折れる。というわけで、私はそれを引きはがした。
マジェコンヌは一刻も早くうずめを潰したいはずだ。自分の手で。
そのために目障りなネプギアの相手は大群に任せたはず。
「ふう、戻りました」
「お疲れさま」
そのネプギアもいまは私たちに合流したけど。
敵と鉢合わせるのを防ぐために全力でこちらに来たパープルシスターが変身を解いた。続いてオレンジハートも。
私たちはビルの一室に身を潜め、最終確認をする。
「いやー、こういう作戦ってわくわくするよね!昨日あんまり眠れなかったもん!」
「遠足じゃないのよ。まったく……」
と言いつつ、頬が緩んだ。
こういう時のネプテューヌの言葉はほどよく緊張をほぐしてくれる。
あまり自由にさせすぎると緊張感がなくなってしまうのは玉に瑕だけど。
「うずめ、タイミングはあなたに任せるわ」
「ああ、わかってる」
うずめは本拠点から持ってきたシェアクリスタルを手にしていた。
仲間から得られるシェアと合わせると、シェアリングフィールドをつくるにはじゅうぶんなはずだ。
「もうすぐで来るわ。手はず通りに行くわよ」
私はここに持ってきたすべての装備が準備できているのを確認して、右腕を握っては開き、頭をリラックスさせた。
最後に頼りになるのは、結局はこの腕と頭だ。
それと新しい武器。私はかたわらに置いていた一抱えほどある銀色の金属の箱を持ち上げた。
「あー、ちょっと待ってくれるか」
うずめがしばらくは目を閉じて、何かを思い出すかのようにゆっくりと息をのむ。
待っていると、ようやく深呼吸して口を開いた。
「最初はさ、到底無理だって思ってたんだ。あんなやつに勝つだなんて。だけどさ、イヴもねぷっちもぎあっちもみんないてくれたからここまでこれたんだよな」
ありがとう。そう伝えたいということはその言葉を言われるよりも感じた。
「うずめ、覚えてる? 平和になったあとの世界についてのこと」
「ああ」
「あのときに誓った平和な世界に一緒にいたいって思えたのは、あなたがいるからこそよ。あなたがいて、海男も仲間もいて、みんな笑ってる。そんな世界が、今は私の夢よ。あなたたちの仲間に、友だちになれてよかったわ」
「フラグみたいになって……むぐっ」
ネプギアが無言でネプテューヌの口をふさいだ。
誰かがいなくてもダークメガミは倒せたのかもしれない。
でも、誰かが欠けていたらその先を見据えることなんてしなかった。
仲間と歩んでいく夢。ネプテューヌやネプギアが示した夢。うずめとともにつくる夢。
そんな夢を持たせてくれて。
叶えたいと想う夢を分け合ってくれて。
「礼を言うのはこっちのほうってこと」
「イヴ……へへっ、そう言われちゃ負けるわけにはいかねえよな。もともと負ける気はねえけど」
「さあ行くぜ!」
一人の少女のはずの背中がやけに大きく見えた。
それもそのはず、先頭に立ち、仲間を守り戦ううずめの姿はまるで、いやまさに女神そのものだった。
眼前には、破壊をともないながら歩み続けるダークメガミ。
私たちは不意を突くように後ろをとり、見上げる。
その巨体と、にじみ出る悪の力は歩く絶望と名付けるにふさわしい。だが一度は倒した敵だ。手の届かない相手じゃない。
私は抱えていた銀の箱を地面に下ろす。
「おいっ、こっちだ!」
うずめが自身を奮い立たせるように叫ぶ。
ダークメガミはぐるんと身体を回してこっちを向いた。
「変身!んで、シェアリングフィールド展開!!」
女神化したオレンジハートが左手の盾を掲げる。
眩いオレンジの光が放たれ、周囲を包み込む。
やがてその光が辺りを覆い、一つの世界を作り出す……はずだった。
光は突如霧散した。
シェアリングフィールドが展開されることはなく、代わりに静けさが覆う。
「な、なんで……」
オレンジハートはあっけにとられた。
「クロちゃんどういうこと?途中までは成功してたよね!?」
「あの野郎、まさか打ち消しやがったのか」
「マジェコンヌと女神の力は相反するもの。それぞれ敵以上の力があれば、こうやって相手を無力化できるってことね」
私は確信した。
もしシェアの力が一方的にマジェコンヌやダークメガミを弱めるならここまで追いやられることはなかった。
こちらと敵はお互いがお互いを弱点とする関係なのだ。
「ハーッハッハッハッハ!運命ハ既ニ決マッテイル。貴様ラノ抵抗ハ無意味ナノダ!」
「それはどうかしら」
ダークメガミから響く高笑いを一蹴した。
この状況は予想外じゃない。
シェアリングフィールドの中でこれ以上ない屈辱を味わったはずだ。頭が狂っててもその屈辱が根底にあるからこそこっちに来ている。なのにわざわざ向かってくるということはマジェコンヌは自信以上の確信があるはずなのだ。
フィールドを打ち消せるという確信が。
ならこっちはそれ以上を用意すればいい。
「すまない。準備に少々時間がかかってしまった」
汗をたらしながら、海男が現れた。
それと同時に周りに小さななにかが浮き始めた。
蛍のように小さく、丸い光だ。
「この光……そして、この力……これって……!」
「シェアエネルギーだ!けど、なんで!?何でこんなにシェアがあるの!?」
ネプギアとオレンジハートが驚く。
いま彼女たちの身体には、いままでとは比べ物にならないほどの力があふれているはずだ。
「ここにいるのはオレだけじゃないよ。君を慕う全てのモンスターがここにいるのさ。イヴに言われて、できるだけの仲間を集めてきた」
「作戦第二、油断せずに全力で叩く。それが私のやりかたよ。それに、みんなも見たいはずよ、あなたがダークメガミを倒すところ」
少し離れてはいるが、できうる限りの仲間を連れてきてもらった。
しかも、それぞれがうずめを慕う気持ちとクリスタルを持っている。
それはそのまま、女神の力になる。
「お膳立てはここまで。さ、やるわようずめ。みんなが一緒に戦ってくれるわ」
「うん、シェアリングフィールド展開!!」
再び、オレンジハートが左手を掲げる。
濃いオレンジの光が急速に広がった。
気付けば、前に戦った時と同じ、宇宙のような空間が私たちを包んだ。
「どうやら、こっちの力が上回ったようね」
「オノレ!オノレ女神!ダガ、コノ程度デヤブレル私デハナイ!」
一転、苦々しく叫んだダークメガミは大木よりも太い腕を振り回した。
作戦が成功して少し緩んでいた気持ちが隙になった。防御が遅れたこちらに向かってくる。
はっとしたときには視界がそれでいっぱいになった。だが直前、それは阻まれた。
突然出現した男が大剣を盾にして、ダークメガミの攻撃を受け止めていた。
見たことがある。
モンスターの大群から逃げるときに、蹴散らしていた男だ。
「ぼうっとしてる場合じゃないぞ。早く変身しろ」
男はダークメガミの腕を押し返して、大剣をぐるんぐるんと回した。
ダークメガミが相手だというのに、その様子は明らかに余裕だった。
「ユ、ユウさん!?」
「ユウ!もう、こんな美少女を置き去りにした罪は重いんだからね!」
反応したのは、ネプギアとネプテューヌ。
やはり、目の前の男が噂の滝空ユウだ。
犯罪神をネプギアたちとともに倒し、次元を旅し、ネプテューヌと行動していた男。
目の当たりにすれば、なんてことない、どこにでもいるような青年だ。
だがネプギアやネプテューヌの話によれば、その力は異常なほどらしい。
「そっすね」
「軽っ!?」
ピースサインをして現れたのは、ネプテューヌだ。
小さいほう、女神のほう、超次元のほうの。
「わたし参上!やっぱりラスボス戦に主人公は必要不可欠だよね!」
ネプテューヌの後ろには大きな白い渦が残っていた。
どうやらこれのおかげで次元を越えられたようだ。
「おおーっ!もう一人のわたしだ!ちっちゃい!」
「うわー!おっきいわたしだ!え、なんで?」
小さいネプテューヌと大きいネプテューヌが逢いまみえる。
体格はまったく違うものの、はしゃぐ様子はほとんど一緒だ。
大きいネプテューヌのほうが、声が少しだけ大人っぽいかな。
「とりあえず、話はあいつを倒してからでいいか?」
ややこしい、と前置きしてユウが言った。
状況は飲み込めているようで、ダークメガミに剣の先を向ける。
私は彼をすぐ信用することはしないが、この場においては背中を任せても大丈夫だろう。
「そうね、いつまでも待ってくれるほどあいつは空気読めないし……それじゃ」
「変身!」
四つの声が重なる。
小さいネプテューヌとネプギアは女神に変身。
ユウは黒い光に身を包み、次の瞬間には角の生えた、黒い紋様と火傷跡を身に刻んでいる魔人がひときわ存在感を放って立っていた。
一瞬、ダークメガミよりも巨大に感じるほどの圧倒的な力に思わず背筋が凍ったが、とにかくいまは放っておこう。
私の声に反応して、置いた箱が展開を始め、その形が組み変わっていく。
金属でかたどられた装甲が足元から順々に覆い、足、上半身、左腕を包んでいき、最後にはヘルメットが装着される。
防御性に重きをおいたため理想よりはずんぐりした格好だが、プロトタイプとしては充分。
ごつごつとした見た目は美しくはないが、身を守ってくれるはずだ。
「わあ……」
「機械なら腐るほど相手にしたが、アーマーを着込んで戦うやつは初めてかもな」
製作に協力してくれて、このパワーアーマーを何度も目にしたはずのパープルシスターが目を輝かせ、ユウはアーマーをこんこんと叩いた。
「触らないで」
なんだか嫌な感じがしてユウの手を払う。
そうでなくても自分のものを他人に触られるのは好きじゃない。
私は銃を取り出して、ダークメガミに向けて撃った。
顔に命中し、敵は爆煙を払うためにぶんぶんと目の前で手を振った。
ほとんどダメージは入ってないようだが、目くらましにはなった。
パープルハートが一番にまっすぐダークメガミに飛んで向かい、通り過ぎざまに太刀で巨体を斬る。
続いてパープルシスターが何発もビームを放つ。
巨体がよろめいた。どうやらこのフィールドは効力を無事に発揮しているらしく、二人が攻撃した個所に傷ができた。
次に動いたのはオレンジハートとネプテューヌ。
苦悶の声を上げるダークメガミに、オレンジハートはパンチの連打を叩きこみ、ネプテューヌは目にもとまらぬ速さで両手の剣を繰り出す。
息の合った連続攻撃に防御はいったん諦め、ぐいっと拳を引いた。
「あなたは攻撃しないの?」
「そのアーマー、今回が初お披露目だろ? 見せ場は譲るよ」
ダークメガミが風を切るうなりとともに拳を突き出した。
バカでかい塊のような拳を、飛び回る女神とネプテューヌは避け、攻撃はそのままこちらに向かってくる。
ユウはぐるんと身体を回転させながら蹴り、ダークメガミの拳を弾く。
ダークメガミはその衝撃で身体ごと傾き、足場の一つに豪快に衝突しながら倒れた。
ユウは追撃するために跳躍した。
同じくダークメガミの身体に降り立ったネプテューヌと並んでその巨躯を素早く斬りつけながら、疾走していく。
「今のは充分な見せ場だったと思うけど……」
ため息をついて、私も跳んだ。
仰向けに倒れたダークメガミめがけて勢いをつけて、両足を揃えてキックしながら巨体に着地する。
ぐふう、という悲鳴がダークメガミから漏れた。私はどすんどすんと鈍い音を立てて、あちらこちらに弾丸を撃ち込みながら顔へと走っていく。
足か手かそれともすぐ隣か、どこかで起きている爆発に目もくれずにまっすぐ正面を見据える。
だが首元まで来た時に足元が揺れた。
顎が見えているのに、背景が目まぐるしく変わっていく。
重力が足元から背中へかかる。ダークメガミが起き上がっているのだ。
私はとっさに飛び退き、伸ばした手はオレンジハートが掴んだ。
「重いっ」
「わっ、と」
がくんと落ちそうになったが、もう片方の手をパープルシスターが掴んで、ふらふらしながらもようやく足場に着地することができた。
「危なかったですね」
「そりゃあ、こんなアーマー着てるんだもの。決して私が重いわけじゃなくてね」
ダークメガミは直立して、左腕を掲げた。それは刃と化し、私たちを貫くどころか跡形もなく消そうと振り下ろした。
いまさらそんな攻撃にたじろぐ女神たちではなかった。
パープルシスターが放った極大のビームがダークメガミの腕を貫いて勢いを弱め、ネプテューヌの二つの剣が巨大な手を受け止めた。
完全に失速したその腕を彗星のように飛んできたパープルハートが一閃。パープルハートの太刀に、宙を舞う煌めくシェアの光が反射して一瞬ひらめいたあと、ダークメガミの腕はちぎれて音もたてずに朽ちるように消滅していく。
「キサマァ!」
がむしゃらに伸びてきたもう一方の腕も私たちに届くことはなかった。
轟音と突風が通り過ぎ、横目で見えたのはびゅんびゅんと飛んでいくダークメガミの腕と弧を描いた大剣を持つユウだった。
「グ……グウウウアアアア!!」
両腕を失ってやけになったのか、ダークメガミは頭を振ってきた。
原始的な攻撃である「頭突き」を、見たことはないがまるで隕石のようだと感じた。真正面にいた私は逃げもせずにその頭をがしっと掴み、というより受け止める。足場が大きく揺れ、ひびが入る。
足が半分地面にめりこむほどの衝撃を耐え、左腕の装甲がひずむのが見えたが……なんと静止した。
数瞬の無言が続いたが、私は満足した。
このアーマーには、この巨体を止めるほどの力がある。
蹴り飛ばして
ダークメガミは倒れはしなかったが、よろめいた。
「
「デュエルエッジ!」
ユウとパープルハートがダークメガミの頭を、各々の武器で思い切り振りぬいた。
巨大な頭が遠ざかり、ダークメガミはよろめく。倒れまいとしてふんばるが、耐えきれなくなりがくんと膝をつく。
おかげでちょうどその顔が私の目の前に降りてきた。
ダークメガミはこちらを睨んだが、戦意は感じられなかった。
もう限界なのだ。
まだ決着はついていないが、私はじっくりとその顔を眺めた。
かつては恐れ、一時期は勝利すら諦めかけた相手が、今はすぐそこで首を垂れるのみだ。
「いくわよ、うずめ」
「やっぱり最後はうずめたちだよね!」
オレンジハートはぽいと投げて拳を鳴らす。
逃がすわけにはいかない。ここで終わらせる。
私たちのこれからのために。
いつか夢見た輝く世界のために。
私は右腕のスイッチを押し、さらに胸のスイッチも押す。
互いが互いの動きをなぞるように、腕を引く。
オレンジハートの腕にシェアの光が集まり、一回り大きいオレンジの拳を形作る。
私のアーマーの背からはジェットが噴き出し、ぱっと飛び上がりながらダークメガミへと向かっていく。
歯を食いしばって、全力で殴りぬける。
こいつに骨があるのかわからないが、砕けるような感触が伝わってきた。
身が震えるほどの轟音が耳につんざいたが、最後の最後まで力を振り絞った。
その身体が一瞬浮かぶほどの衝撃がダークメガミを襲い、抵抗もないまま倒れ伏した。
今度は立ち上がることはなかった。
何十メートルもある身体が頭からつま先までさらさらと崩れ去っていく。
ついに跡形もなくなったあと、しばらく私たちは何もない空間を見渡した。
勝つ自信はあった。
実力と作戦、そして土壇場で現れた仲間たち。
だが、実際に勝利を手にすると、その実感が湧くまでに時間がかかった。
ふと隣のオレンジハートを見ると、彼女も同じ思いのようで、ぽかんと口を開けている。
「……勝った、の?うずめたち、勝ったんだよね?」
私が小さく「解除」と呟くと、アーマーのそこかしこからプシューと熱気が勢いよく吹き出し、背部がぱっくりと開いた。
脱ぐようにしてアーマーから降りる。身体を滴る汗を拭った。
空になったアーマーは再び箱の形状に戻り、足元に収まる。
「ええ、私たちの勝利よ」
それを言った瞬間、オレンジハートはがしっと私の腕を掴んだ。
目に涙を浮かべて、ぶんぶんと腕を上下させる。
「やったー!やったやったやったー!」
対する私はすっかり力が抜けて、振り回されるままにされた。
緊張の糸が緩み、どっと疲れが襲ってくる。
だがこれまでの徒労とは違って、達成感が段違いだ。
「まさか最後の最後でお姉ちゃんとユウさんが来るなんてびっくりしました」
「主人公なのに活躍してないーって言ってきかなかったからな。それにしても、ずいぶん久しぶりだな」
「本当ですよ!私……ずっとずっと……」
ユウとネプギアはお互いの再会を喜び合った。
ネプギアは話にユウが出てくるたびにそわそわしていたし、その喜びもひとしおだろう。
変身を解いたのは二人だけでなく、ネプテューヌもだ。
「うわーっ!小さいわたし、かわいい!」
「へぇ、わたしって、大きくなるとこんな風になるんだ。よかった、身長だけじゃなくてちゃんと胸も成長してるみたいで安心したよ」
ネプテューヌとネプテューヌ(大)が相手を見ながら褒めあう。
別次元のといっても、同一人物だけあってそっくり以上だ。
「にしても、ねぷっちが二人並んでるってのも、不思議な光景だね~」
「ですね。こうしてみると、本当にそっくりです。どうやって呼び分けしよう……」
「さて、この空間もそろそろ消えかかってるし、ぱぱーっと元の空間に……」
「あーっと、待ってうずめ!ストップストップ!!実はこの空間が消えちゃうと、わたしもネプギアも元の世界に帰れなくなっちゃうんだ」
「帰れなく?」
ネプテューヌの言葉に、私は首をかしげた。
それに答えるために、ユウが私たちの後ろにある白い渦を指差した。
「イストワールが次元ゲートを開いてくれたんだが、これを維持するのには大量のエネルギーが必要なんだ」
「なるほど。シェアエネルギーで構築されたこの空間が消えてしまうと、ゲートも閉じてしまう訳か」
いつのまにか海男がやってきた。
ネプテューヌとユウの説明によると、次元間のゲートを維持するのにシェアだけでなく、ユウのエネルギー、果てはこの空間のエネルギーも使用しているらしい。
ユウも次元の扉を開けることができるが、今回の次元移動と戦闘で大量に力を使ったせいでそれなりの時間が必要らしい。
超次元はいま、女神の転換期なる大変な時期を迎えていて、ただでさえシェアが少ない。体力の回復を待つよりも、いまは一刻も早く戻る必要があるそうだ。
ネプギアたちがここからいなくなって、元に戻るのだ。超次元に……。
「というわけで、のんびりしてられないんだ」
「……そう。なんだか急だね」
「もうちょっとゆっくりお話したかったんだけどね、でもこれが最後ってわけじゃないよ。また会えるから」
「うん!ぜったい、また来てよね!」
オレンジハートがネプテューヌ、ネプギアと抱き合い、しばらく経ったあと、ようやく名残惜しそうに離す。
「さて帰るか。お仕事が待ってるぞー」
「ええぇ、一大事件が終わったんだからちょっとは休ませてよー」
「イストワールに言え」
そんな言葉を交わしながら、彼女たちは私たちに手を振った。
大きいネプテューヌもそちらについていき、渦に吸い込まれるようにその身体が消えていく。
ネプテューヌたちがこちらの次元に迷い込んだ一連の事件は終わったのだ。
だけど、私たちはまだ戦い続けなければいけない。モンスターもまだまだいるし、海男が確認している限りダークメガミに似た存在だって、あと三体残っている。
「イヴ」
「え、ああ、そうね。ネプギアたちとはお別れ、ね」
変身を解いたうずめが私の肩をたたく。こっちに残ったのは、私とうずめと海男。
彼女たちが来る前と同じになった。
少しずつ小さくなっていく渦を見つめる私に対して、うずめは口を開いた。
「あっちの世界に行きたいんだろ?あっちにはお前が求める技術も材料もある」
あっけにとられてぽかんとしてしまった。
もともと私が生まれ育った次元でも、かなり進んだ技術があった。その当時よりも、超次元は技術が進んでいるはずだ。
それに、ここでは手に入らないものも簡単に手に入る。
私の理想が形にできる場所。それが超次元なのだ。
それをずっと私は考えていた。
だけど、表には出していなかったはずだ。少なくとも、うずめの前では。
「なんで……」
「見りゃわかるさ。ずっと一緒にいたんだからな」
うつむいて、足元の箱を見る。
ネプギアと一緒に造ったこれは、何もかもが足りないなりに予想以上の結果を出してくれた。
だけどそれじゃだめなんだ。予想以上じゃ足りない。
モンスター、ダークメガミ、犯罪神。この世界、いや違う世界にも私の常識を超えてくる敵がいる。
私はそれを打ち負かすことができないといけない。
この世界を、みんなを、うずめを守りたいから。
「強くなりたいの。もう何かを失うのは嫌だから」
「行ってこい」
「……いいの?」
「イヴのやりたいようにやるのが一番さ。これまでは俺のために戦ってくれてたんだから」
うずめは私の両手を握る。
思わず涙が出た。
ネプテューヌたちがいなくなって、私までいなくなれば戦えるのはうずめ一人になってしまう。
それでもうずめは私を信じて、そして私の背中を押すために言葉を投げてくれたのだ。
言いたいことを言う。欲しい言葉を投げかける。私にはないその優しさと強さが羨ましい。
その二つがあるからこそ、みんなうずめについていくのだ。もちろん私も。
「ありがとう……」
「礼を言うのはこっちのほうってな」
ふふふ、と笑って、私は涙をぬぐった。
「それじゃ、うずめ、海男、またね」
握られた手を離しても、暖かさはまだ残っている。
その熱はそのまま私の活力になる。
強くなって帰ってきて、またこの暖かさを得るために私は戦う。
うずめのために、そして私のために。
「ああ、帰ってくるの待ってるぞ」
「しっかり食べて寝るんだよ。君は夢中になるとそこらへんがおろそかになるから」
「ええ、あなたたちも無茶しないようにね」
いつもと変わらないような に救われた。
後ろ髪を引っ張るような表情も言葉も彼女たちはちらつかせない。
私の旅立ちを邪魔しないように。
私は圧縮されたアーマーを抱えて、渦へと近づく。
向こう側から風を感じた。超次元から吹き込んでくる風が、私を歓迎するように肌をなでる。
渦に吸い込まれる直前、私はくるりと振り返り、うずめと海男へにこりと微笑んだ。
「きっと絶対、戻ってくるわ。それまで、ううん、それからもこの世界を守ってね、私たちの女神様」