新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
「ここが俺たちの本拠点だ」
洞窟を抜けて辿りついたのは森と山に囲まれた川のほとり。
近くにシェアクリスタルが残っていることも確認されていて、回復にも迎撃にも向いている自然豊かな場所だ
そのぶん食材も豊富で、仮拠点よりも豪華なご飯が食べられることは間違いないだろう。
「おーい!」
うずめが号令をかけると、どこからともなく緑色のスライムが出てきた。
30は軽く超えている数が私たちの足元によってきた。
「あれ?うずめさんお帰り?」
「お帰りっす、うずめさん、イヴさん。海男さんも」
口々に挨拶をかけてくるモンスターたちに、私たちは一人ずつに返していく。
頭を撫でてやるとスライムがだらしない顔をした。公園にいたぬらりんたちとは微妙に違う種類のモンスターだが、こういうところは変わらない。
「わわっ!?なんだかたくさんモンスターが出てきましたよ!?」
「そりゃそうでしょ。ここは私たちの拠点、この子たちの拠点でもあるの。ひよこ虫たちみたいに、私たちに協力してくれる味方の本部ってとこかしらね」
ここにいるのは、敵対するモンスターあるいはダークメガミに住処を追われた罪のないモンスターだけだ。
うずめが助けるたびに、この拠点へ連れてきたのだ。その数は百を優に超えている。
私が助けられる前からそれはしていたようで、初めてここに来た時にはすでに五十を超えていた。
ここにいないものは偵察か、あるいはクリスタルを採取しに行っているのだろう。
何も言わなくてもせっせと手助けしてくれるのには頭が上がらない。
それはきっと、うずめの人望がさせるのだ。
「ねぇねぇ、これドラム缶風呂だよね?私、本物見たの初めてかも!これに入ってみたーい!」
スライムにも私たちの会話も気に留めずに、積み上げられた薪の上に立っているドラム缶に目をつけた。
確かにそれはお風呂として使用しているけれど、まずそれを見つけるかしら……
自由ね……
「大きくても、ねぷっちは相変わらずのようだね」
あはは、と笑う海男に私も呆れ顔で返し、早速話を切り出した。
「お風呂は後にして、あなたのことを教えてくれないかしら?」
「うん、いいよー。その代わり、この世界のこととか、あなたたちのこと教えてくれないかな?一緒にいた男の人もこの次元については何も知らなかったみたいでさー」
私たちは木で作った手製の椅子に座った。
同じく木製のテーブルにはお茶の入ったカップが並んでいる。
スライムたちが用意してくれたのだ。
おかげでひとごこちつきながら、私たちは説明できた。
話をしている間、ネプテューヌは驚くことはせずに、ふんふんと興味深げに耳を傾けていた。
「おーっ、私以外にも私がいたんだー。話には聞いてたけど、会ってみたいなー」
全てを話し終わったところで、ネプテューヌはようやく感想を述べた。
やはり驚いた様子はない。
「えと、じゃあ、あなたは私のお姉ちゃんとは別のお姉ちゃんってことでいいんですよね?」
「うん、そうだよ。話を聞いた感じ、ネプギアのいた世界と私のいた世界は違うみたいだしね」
「じゃあ、その世界じゃお姉ちゃんじゃない女神が国を束ねてるんだね」
「そうそう。えと、プルなんとかって言う女神様なんだ」
自分の国の女神の名前くらい覚えてないのかしら、と思ったがどうやら自分のいた世界より、次元の旅をしている時間のほうが長いらしい。
どうりで別の世界に対して大した抵抗がないわけだ。
いまこうやっているように、異なる世界の在り方をその目で何度も見てきたのだろう。
「あら?次元を旅してるって……」
「うん、それがどうしたの?」
私の思ったことを、ネプギアも同じく思ったようだ。
ネプギアは身を乗り出してネプテューヌを見つめた。
「それって、もしかして好きな次元に自由に行き来できたりします?」
「できるよ」
あっさりとした回答に、思わず腰を抜かしそうになった。
こんなに簡単に言ってくれるとは……
「よかったじゃないか、ぎあっち!まさかこんなにはやく元の世界に帰れる方法が見つかるなんてラッキーだったな!」
ネプギアはぶんぶんと頷いた。
「お願いがあるんですけど、私をもとの世界に連れて行ってくれませんか?せっかく見つけた方法がマジェコンヌのせいで台無しに……」
「いいよー!」
言い終わる前に、ネプテューヌがVサインをして了承した。
「と言っても次元を移動できるのは私じゃなくてクロちゃんのほうなんだけどね」
「クロちゃん?」
「この世界に来るなり、巨人みたいなのを見かけたと思ったら、面白そうとか言って飛んで行っちゃったんだ」
「さっき言ってた、男の人?」
「んーん、こんくらい小っちゃくて、悪い顔してる妖精みたいなの」
空中にシルエットをなぞる。手乗りサイズより少し大きいくらい。
妖精みたいなの、というくらいにはイストワールみたいな存在だろうか。悪い顔というのが気になるが。
「なら、次の目的は決まりだね」
「ええ、大きな脅威は取り除けたし、モンスターの協力を得られればなんとかなるでしょうし」
ダークメガミもマジェコンヌも排除できたいま、脅威はそこらへんにいる敵モンスターだ。それだってうずめやネプギア、私でさえ倒せる。
各地に散らばる味方と連絡を取れれば、いかに小さいサイズの存在でも見つからないということはあるまい。
「よーし、それじゃ話も終わったことだし、ごはんたべよ、ごはん!」
当面の目標ができたところで安心したのがきっかけで、私もお腹がすいてきた。
考えてみれば、ネプテューヌの次元転送、マジェコンヌとの戦闘&封印、大きなネプテューヌの登場と盛りだくさんだった。
新しく開発した脚パーツの実地試験も結果は上々。
やっとこちら側が優勢になったといっても過言ではない。
これで少しは平和に近づいたかしら。
私とうずめが思い描いた理想の世界に。
そんなことを考えながら、私たちはスライムとネプギアが作った料理に舌鼓を打って話をつづけた。
ネプギアがネプテューヌのことをお姉ちゃんと呼びたがり、それをネプテューヌが了承する。
どうやらこのネプテューヌにとっては、その響きがお気に入りらしく、何度も何度もネプギアに呼ばせた。
ネプテューヌ(小)がいなくなって寂しかったのだろう、ネプギアもそれに何度も何度も応えた。
その数が二十を超えたあと、私が口を開いた。
「そう言えば、男の人ってどんな人なの?」
ネプテューヌの話にたびたび出てくるが、詳細な情報を得られていない。
推測できるのはどうやらこの次元の人間ではないということくらい。
「ん。滝空ユウっていうんだけど、背中にこういう大きな剣をしょった人でね、これがまたバランスブレイカーってくらい強いんだ」
「ユウさん!?」
ネプギアがスプーンを皿に落として固まった。
それを見て確信した。ネプギアから聞いた男で、そして私たちも目撃した男だ。
大剣を片手で軽々と操る、嫌な感じの力をもつ男。
滝空ユウ。
そいつもまた、次元の旅人なのだ。
ネプギアたちとともに犯罪神を倒し、超次元を救った男がこの次元にいる。
「ユウさんと一緒にいたんですか!?」
「知ってるの?一緒にいたっていっても、モンスター見るなり特攻していっちゃってからは連絡もつかないんだけどねー」
ほら、とネプテューヌは端末を取り出した。滝空ユウに渡されたものらしく、連絡先も滝空ユウ一人。
何度も発信した履歴があるが、そのすべてが不在着信だった。
「どこかで危険な目に遭ってるとか」
「ユウさんに限ってそれはないと思いますけど……」
私の推測を、ネプギアは即答で否定した。
「ずいぶん買ってるのね」
「え、そ、そうですね。その、ユウさんですから……」
ははぁん。なるほど、そういうことね。
何かを隠すように、スプーンを拾い上げ、料理を口に次々と運ぶネプギアを見て、私はにやけた。
機械と姉ばかりと思っていたけれど、一番可愛らしい部分もちゃんと持っているじゃない。
「ねえ、この串に刺さってる紫色の萎びたのってなに?」
「ナスだ。なんだ、でっかいねぷっちはナスを食べたことがないのか?」
「そんなに珍しい食材でもないのに」
ネプテューヌは食卓に並んだナスを見て、不思議そうにつんつんとつつく。
他にもいろいろ指しては聞いてきたから、およそ普通の料理というものを食べたことがないのかもしれない。
どうやって生きてきたのかしら。
「ふ~ん、いっただっきまーす」
ネプテューヌが嬉々として口に運んだその瞬間、顔を青くして震えだした。
うぐっ、とうなったところで、私はその口を抑えた。
じたばたと暴れたあと、ようやく飲み込んで立ち上がったと思ったら、涙目になってこちらをにらんだ。
いや、食べてるときに戻すところなんて見たくないでしょ?
「な、なにこの食べ物!?まずいってレベルじゃないよー!?むしろ生命の危機を感じる味と食感!?」
「やっぱりダメだったのね。小さいネプテューヌもダメだったから、まさかとは思ったけど」
「それなのに食べさせたの!?人でなし!!」
「いやほら、大人になったら食べられるものって増えるじゃない。だからものは試しで」
「せめてちょっとは忠告してよ!」
味覚に関しても小さいネプテューヌと同じ、ということね。
性格的なことから見ても、同じように扱っても大丈夫そう。
食べ終わると、スライムたちは戦闘続きで気疲れしていた私たちを気遣って、皿洗いまで申し出てくれた。
私たちはそれに甘えて、休む前に
忘れないうちにやることをやってしまわないと。
「というわけで……」
「第一回マザコング拷問大会!いっえーい!」
ネプテューヌが机の上にノートを広げた。
予想した通り、マジェコンヌがシールのように張り付けられている。
動こうとしているようだが、テープで張られているだけで身をよじることもできないみたいだ。
ネプテューヌが普通のノートとしても使っているこの『ねぷのーと』の一番の特徴は吸収である。
対象の生物をノートに封じ込めることができるのだ。ネプテューヌは昆虫採集に利用しているようで、他のページには虹色の羽根を持った蝶など、彼女のセンスに触れるものが張り付けられている。
明らかに昆虫ではないものも含まれているのは気になるが……
さらにノートのもう一つの能力として、吸収した生物の特殊能力の一部まで使用できるそうだ。
ネプテューヌが次元を越えて旅ができるのも、クロちゃんとやらの能力を使っているかららしい。
「拷問ではなく尋問だよ、ねぷっち」
「そうとも言う!」
「言葉の意味、全然違うような……」
私はノートを覗き込んだ。
シールのように、とはいえ、触ればちゃんと感触がある。
「解剖大会じゃないの?」
「そういうグロいのはちょっと……うずめ、やだなーって」
私の発言に、うずめは思わず乙女モードに。
半分冗談よ、と私は続けた。
犯罪神であれ何であれ、この生物の詳細を知りたいことは確かだったが。
「さあ、この際洗いざらい全部答えてもらうぜ。テメェの正体と目的は何だ?」
「せっかくだ。教えてやろう。我が名はマジェコンヌ!この世界に終焉を、そして、女神に死をもたらす者だ!」
「いまいち要領を得ないわね。私が訊きたいのはそういうしょうもないキャッチコピーじゃないの」
私はイライラしながら早口で言った。
この世界を破壊しようとしているのは知っている。
そうじゃない。
私が知りたいことは、マジェコンヌの目的なんかじゃない。
「あなたは犯罪神なの?」
「ふん、それを聞いてどうする。私が犯罪神なら……」
「問答をする気はないわ!!」
私は銃を引き抜き、マジェコンヌに向ける。
おびえた様子はなく、逆にあざ笑うかのように顔を歪ませた。
それが私の怒りの火に油を注いだ。
引き金に指をかける。
「どこの誰か、はっきりと答えなさい」
「ダメダメ!ねぷのーとに乱暴しちゃ!」
銃口の先のノートをかばうように、ネプテューヌが手をかぶせる。
血が熱くなるのを感じた。
ネプテューヌの手を貫き、血に染め、マジェコンヌを脅して情報を得る。怒りがそういった未来まで見せてくる。
たとえまともな情報がなくとも……
「イヴ」
「イヴさん……」
うずめとネプギアが声だけをかけてくる。
その声でようやくだんだんと自分の状況を理解する。
感情の炎は燃え盛り、まだ私の指を引こうとする。
どこを爆発させていいかわからず、歯ぎしりしてうずめを睨む。
うずめはゆっくりと首を横に振った。
私は銃口の先を再び見た。
ネプテューヌの手。仲間の手だ。
しばらくためらったあと、私は深呼吸をした。
手を震えさせながらも、銃を下ろす。
「……ごめんなさい。頭を冷やしてくるわ」
額に手を当てて、目を瞑った。
このままだとするべきでないことをすることになってしまう。
マジェコンヌ、いや犯罪神という存在は思った以上に私を狂わせるみたいだ。
何も聞かず、私はその場を後にした。
うずめたちや、様子を遠巻きに見ていたスライムたちも心配そうに私を見るが、それを振り切ってテントの中に入った。
このテントにはすでに四つの布団が敷かれていた。
私は一番奥の布団に座り、膝を抱えた。
手どころか全身が震えている。
私の頭の中は、いまだ奇妙な怒りと興奮でいっぱいになっていた。
残りの一部分が、自分自身におびえていた。
さっきは不意に、マジェコンヌを打ちのめす情景が浮かんだ。
銃を何度も撃ち、その身体を穴だらけ、傷だらけにして、肉をえぐり、血を噴きださせ……そして私はそれを嬉々として眺めている。
マジェコンヌをどうにでもできるという事実が、私をこうさせたのか?
本当に私は、ネプテューヌの手を破壊してまで、マジェコンヌを殺そうとしたのか?
それじゃまるで……
「イヴ」
突然かけられた声にすくみあがった。
入り口を見なくてもわかる。うずめだ。
彼女は私の様子を察して、ゆっくりと後ろに座った。
「…………」
何も言わずに、うずめは私を抱きしめた。
大切な人を失った痛みを、うずめも知っている。
いままでの戦いで犠牲になった仲間たちは
残された皆もそのたびに傷を負った。
日に日に広く深くなっていく傷は確実に私たち追いつめる。だからこそこれ以上傷を広めまいと私たちは戦ってきたはずだ。
だけど、私が、私だけがいまだに古い傷をひきずっている。その痛みをまだ感じている。
先ほどのたったの数分間だけで、私は自分がどんな人間だったか思い出せなくなっていた。
冷静に対処できると思っていた。だけど実際は?
イヴォンヌ・ユリアンティラという人間は、人間らしく怒りに囚われた。
仲間を傷つけ、マジェコンヌをぐしゃぐしゃに壊そうとした。
やってしまえばきっと、なんの後悔もなく、ただ破壊の結果だけが残ったのだろう。
爪痕を見ないふりして、ただそれが当然だというように、それが運命だというように。
まるで犯罪神のように。
「ねえ、うずめ……」
私が口を開いた瞬間、地鳴りが響いた。
私もうずめもはっとして飛び上がった。
「いまのは……」
「行きましょう!」
この嫌な気持ちが消えるならなんでもいい。
私はすぐに立ち上がってテントから出た。