新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
零次元。
イヴたちがいる施設から遠く離れた地で、大規模な爆発が起きた。
爆発は衝撃波をともなって、あらゆる建物を次々と倒していく。
続いて押し寄せた熱が、がれきとなった建物を粉々に砕いていく。
爆発が起きた場所は煙に覆われているが、その黒煙の中から一人の男が飛び出した。
黒いコートはぼろぼろで擦り切れているが、本人には傷はほとんどない。厳密にいえば、今の攻撃での傷はない。
男の身体には火傷の跡が全身に刻み込まれているが、それは何年も前についた傷だ。
男が手に持った身の丈ほどの大剣を振るうと、地面をえぐりながら螺旋状の衝撃波が爆心地へ向かう。
石と砂、風と煙を巻き込みながら空気の牙がまっすぐ敵へと噛みつこうとする。
しかし、不意にその波は止んだ。
男は舌打ちをする。
ただのモンスターや人であれば、何十という単位で消滅させることのできる威力だったはずだが、それを止めた
「この野郎……やってくれるじゃねえか」
男は大剣をぐるんぐるんと回しながら、視線の先の敵を見据える。
黒いスーツを着たその少女は、腰に手を当てて男を睨んでいた。
「やれやれ、血の気の多い男だな、君は。おかげでほんの少し、本気にならざるを得なかったよ」
少女がにやりと笑うと、それに苛立ったのか男は大剣を構える。
左額から生えた黒い角がきらめく。
「待て待て、オレはただ話がしたいだけだよ。君の力を見込んで頼みたいことがあるんだ」
少女がやんわりと休戦を申し込んできた。
「仕掛けてきたのはお前のほうだろう」
「生半可な強さは逆に邪魔になってしまうからね。君のように飛びぬけた強さなら役には立つだろう」
「あ?」
男は警戒を解かないまま、思案した。
ようは力を試したのだ。
いままでの戦いから考えれば、『かなり強い』程度じゃお呼びじゃないということはわかる。
それほどまでの力を求めて、この少女は何をするつもりなのだろうか。
「オレの復讐を手伝ってくれないか?」
「断る」
男は即答した。
大剣で肩を叩きながら、馬鹿にしたように少女へ言葉を発する。
「『復讐』にはいい思い出がないもんでな。誰が相手かは知らんが、お前のそれに力を貸す気はない」
「君ならわかってくれると思ったのに……」
男は眉をひそめた。
「お前……」
「君のことは知っているよ。だからこそ声をかけた」
男は目を刃のように尖らせて、大剣を再び構えた。
この力を知っていて狙ったのなら、ろくな奴じゃない。
「なおさら協力する気はないな。むしろ止めたくなってきた」
「仕方がないか……」
少女も拳を握り、ファイティングポーズをとった。
それに応じて、男は一瞬のうちに距離を詰めた。
△
ネプギアは工具を持ったまま汗をぬぐった。
「やったあ!修理完了です!」
ようやく転送装置の修理が完了し、一息つく。
昨晩はいろいろ話しすぎた。
私がいた次元のことや犯罪神のことは伏せておくつもりだったのに、口が滑った。
いつの間にか、私はネプギアのことを思ったよりも信頼していたらしい。
まあ、ぺらぺらと言いふらすような子でもあるまい。
「よかったな。これでやっと元の世界に帰れるぞ」
うずめがにっと笑った。
「けど、こっちの世界に来ている間に仕事が溜まってると思うと、素直に喜べないんだよねえ」
ネプテューヌはもとの次元のことを思い、ため息をついた。
連絡を何度かとってイストワールから聞いたが、ネプテューヌは『やればできるけどやらない子』の典型的なパターンらしい。
かなり有能なはずなのだが、普段その能力を発揮しようとしないせいでイストワールは胃薬を手放せないそうだ。
贅沢な悩みってやつね。
…………イストワールに薬って効くのかしら。
「はあ……お小言を言ういーすんの姿が目に浮かぶよ」
『それは、こういった姿ですか?』
「そうそう。そんな感じで……って、いーすん!?なんでいーすんと連絡がつながってるの!?」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。ちょうど修理が終わったからいーすんさんに連絡をしたところだったんです」
ネプギアのNギアからはすでにイストワールの顔が映っていた。
呆れたような、怒っているような表情でこちらもため息をついていた。
『ようやくお二人が戻ってこれると思って期待して通信を受けたら、まさかネプテューヌさんの私に対する愚痴を聞くことになるなんて……ご希望でしたら、こちらはネプギアさんと私に任せて、このままずーっと、そちらの世界にいてもいいんですよ』
「やだなあ、いーすん。あれが私の本音なわけないじゃーん。ほら、いまプラネテューヌではやりのネプリカンジョークってやつだよ」
『なんですか、ネプリカンジョークって……まあ、いいでしょう。お説教をするにも、まずは帰ってきてもらいませんと』
私はぱん、と手を叩いて注目させた。
「本題に入りましょうか。この装置はもう修理が済んでるけど、エネルギーが一番の問題ね。イストワールにエネルギー量を教えてもらったんだけれど、流石次元を越えるだけあって相当なものね。そこで……」
「これを使ってくれ?」
私の言葉を継いでうずめが取り出したのは、私たちが今持っているシェアクリスタル全部だ。
計算結果があっていれば、これくらいあればなんとか足りるはず。
「そ、そんな貴重なもの使えませんよ!」
「そうだよ、それがなきゃ、うずめは女神化できないんだよ!」
「大丈夫だって。ねぷっちたちのおかげでデカブツは倒せたし、あとはポッと出の紫ババアだけだろ?」
「一応、シェアクリスタルのありそうな場所はいくつかピックアップしてあるから、必要となれば集めるわよ」
ネプテューヌとネプギアが断ろうとするが、戦う手段は他にないわけではない。
シェアも得られるようになったし、味方を増やしつつ事情を話していけば、もっと強くなれる。
「オレも賛成だ」
最後に海男もうなずいてくれて、ようやくネプテューヌたちは首を縦に振ってくれた。
「ありがとう、三人とも!」
『では、ネプギアさん。私の指定する座標をNギアに入力してください。あとの次元転送の制御は私が行います』
私は金属の箱容器にシェアクリスタルを次々と放り込んでいった。
これは、すでにイストワールに相談して製作した、シェアクリスタルのエネルギーを取り出すものだ。
箱から転送装置へと伸びるケーブルがエネルギーを伝える。
コンソールを使用し、起動を指示する。
装置がうなりをあげて光りだす。
ネプギアもNギアに次元座標を打った。
あとは円形の台に乗るだけ……といったところでネプギアが足を止めた。
「……あの、いーすんさん。帰るのもうちょっとだけ待ってもらえませんか?」
私は腰に手を当てて、ネプギアに向き直った。
この期に及んで、足踏みをしている暇はない。
エネルギー、施設が揃ってるこの場を失えば、次に次元を転移できる保証はないのだ。
「何言ってるの、ネプギア。あなたは今すぐにでも戻るべきよ」
「そう、なんですけど……」
ネプギアがうつむいたそのとき、空間が揺れた。
埃が舞い、私たちはバランスを崩して地面に手をついた。
おかしい。この施設の周りのモンスターは倒したはずだし、今日もパトロールしていたネプテューヌとうずめからも「いない」と報告を受けている。
揺れが収まり、私は立ち上がって銃を構える。
上へ続く階段から人影が見えたのだ。
「ハーッハッハッハッハ!見つけたぞ、小娘!今度は逃がさんぞ」
うるさい高笑い。
にやけた笑いと杖の先をこちらに向けているのは、マジェコンヌだ。
階段をゆっくり降りながら殺気を放ってくる。
まずい。場所がばれた。
これでいますぐネプテューヌたちを転送するしか選択肢がなくなった。
「この間逃げたのはあなたでしょ。逃がさないのはこっちよ。うずめ!」
「ああ、いくぜ!」
私は階段を撃って、マジェコンヌの足場を無くす。
だがマジェコンヌはすでにそこからひらりと飛び降り、着地した。
私とうずめは同時に駆け出す。
すでに起動させていた右腕でパンチするが、マジェコンヌはわずかに身体をそらしてよける。
続けてうずめがキックを繰り出すが、これも杖に阻まれて届かない。
コンビネーションで攻撃を繰り返すが、マジェコンヌは簡単にいなしてしまう。
「ねぷっち、ぎあっち!お前たちは早く行け!」
「で、でも……」
「あなたたちが行けば私たちはこの建物に用が無くなる。そうなったらすぐに逃げるわ。だから……」
ここにおいて、するべきことは『転送』だ。
馬鹿正直に、決着がつくまで戦う必要はない。
それをわかってか、ネプテューヌとネプギアは急いで台の上に乗った。
装置がそれを確認し、転送を開始しようとする。
よそ見をした隙を狙って、マジェコンヌが私の足を掴んだ。
そのまま壁に叩きつけられ、一瞬気を失った。
「あうっ」
「イヴさん!」
歯を食いしばり、かろうじて意識を保つ。
ネプギアの悲鳴が聞こえたが、ぐっと立ち上がって無事をアピールしようとした。
だが予想以上の痛みに、私は膝をついてしまった。
「いいから!これくらい私たちでなんとかする!」
「ふん、いまあのフィールドを展開する力はないと見えるが、それで勝つつもりか?」
うずめが再び攻撃をしかけた。
マジェコンヌのにやけた笑いを消すために、拳を決めようとしたが、軽く受け止められてしまう。
そのままマジェコンヌはうずめを引き寄せ、杖から黒いビームを発した。
カウンターをもろに受けてしまったうずめは吹き飛ぶ。
「くそ……」
うずめは立ち上がったが、かなりのダメージみたいだ。
よろよろと頼りなく揺れている。
マジェコンヌは黒く光る杖の先を私に向けた。
「ひざまずけ」
「ひざまずけ?」
私は手を伸ばした。
すると、作業台の上に置いてあった筒状の物体が浮き上がる。
マジェコンヌが眉をひそめてそちらを見る。
金属の筒はそのまままっすぐこちらに向かい、スピードをあげながら飛んでくる。
驚異的な速度のそれをマジェコンヌがよけると、私の左腕にすっぽりとはまり、自動的に展開して手を覆った。
「嫌に決まってるでしょ!」
「おら!」
ジェット噴射で勢いを増した私の左ストレートと、いつの間にか距離を詰めていたうずめの右ストレートが見事にマジェコンヌの顔をとらえた。
「ぐうっ」
マジェコンヌは壁に激突し、こちらをにらんだ。
ちらっとネプテューヌたちのほうを見ると、転送装置はうなりを増していった。
光がネプテューヌとネプギアを覆い、超次元へと転送させようとする。
あと数秒で二人は転送され、元の世界に戻ることになり、私たちはここから逃げて何とか事なきをえることができる。
それを意に介さず、マジェコンヌは杖の先をこちらに向けた。
杖から黒い球が生まれ、エネルギー密度が増していく。
まずい。
あれを受ければこの建物がどうなるか。
マジェコンヌはここもろとも私たちを沈めるつもりだ。
「死ね」
「ダメ!!」
マジェコンヌの杖から、熱と光をもつ球が放たれた瞬間、ネプギアが光の中から姿を現し、私たちのもとへと駆け寄ってくる。
「ネプギアーーーー!!!」
ネプテューヌの叫び声が響いた。