千雨からロマンス   作:IronWorks

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閑話2

――0――

 

 

 

 ――漸くここまで、辿り着いた。

 

 下着泥棒の罪で拘束されていた俺っちは、なんとか逃げ出して、こうして兄貴の暮らす麻帆良学園までやってきた。

 

「俺っちを捕まえようなんて、千年早ぇよ」

 

 俺っちは、由緒正しいオコジョ妖精だ。

 大人しくさせられると思ったら、大間違いだ。

 

「へっへっへっ、やっぱり女の子のレベルが高けぇな」

 

 予定よりも早めについた俺っちは、こうして朝早めに登校していく女生徒の姿を観察していた。

 この女の子達の下着に包まれて眠るのは、さぞ良い寝心地なのだろう。

 

「じゅるり……おっと、俺っちとしたことが」

 

 俺っちは今、故郷にいる妹にはとても見せられない顔をしているだろう。

 それでも顔がニヤけてしまうのを、止められそうにない。

 

「このまま兄貴のところへ行って、雇って貰えれば収入も増える。それに、兄貴にくっついて仮契約の仲介もすれば……うぇっへっへっ」

 

 完璧だ。

 完璧すぎて、涎が出てきた。

 

 そうと決まればまずは……“寝床”の“材料”でも取りに行くかな。

 

 ふっふっふっ。

 待っていろよ、俺っちのおぱんてぃーたちよっ!

 

 

 

 そうして、俺っちは寮と思われる建物に侵入した。

 その時の俺っちは、“寝床”のことで頭がいっぱいだった。

 だから、考えもしなかったのだ。

 

 

 

 ――そこに、運命の“出逢い”があることなんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話2 カモの受難 ~接触編~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1――

 

 

 

 俺っちは、なんてダメなオコジョなんだ。

 

 兄貴の肩で、授業風景を観察する。

 俺っちのボディにメロメロな、女子中学生の視線を受けるのは気分が良い。

 

 普段なら、そうやって視線を楽しんだ後に、下着泥棒へと励むことだろう。

 だけど今は、どうにもそんな気分にはなれなかった。

 

 理由はわかっている。

 兄貴が密かに思いを寄せている少女……長谷川千雨だ。

 オコジョ妖精には、人の心の“機微”を把握する能力があるのだ。

 

 表にして確認すると、千雨……さんに思いを寄せる人間は、それなりにいる。

 このクラスでは、出席番号四番、五番、十六番が友情と愛情の間で揺れ動いている。

 特に四番は、大きい。誰とは、言わないが。

 

 同性からも好かれる人間。

 オコジョ妖精である俺っちまで、揺れ動かされるとは思わなかった。

 

 俺っちはオコジョだ。

 種族が違うからこそ、抱くのは異性間の愛情ではない。

 

 ただ、あの娘の前で……あの笑顔の前で下着泥棒なんかをすると、胸が痛むのだ。

 故郷の妹の前で、スケベ心を出すことは出来ない。

 それと、似た様な理由なのだ。

 

「はぁ」

「どうしたの?カモ君」

「いや、なんでもねぇよ。兄貴」

 

 ホント俺っち……何しに来たんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――2――

 

 

 

 そもそものきっかけは、兄貴に合流する前に“寝床”の確保をしようと女子生徒の部屋に忍び込んじまったことだった。

 俺っちの愛くるしいぼでぇを駆使して窓から侵入。ちょいとクローゼットからふかふかの“寝床”を頂戴いたそうと華麗に身を翻し――気配を消して近づいてきた影に、あっさりと捕まった。

 

「ぬ……キュッ?!」

 

 思わずおっさんくさい悲鳴をあげるところだったが、ぐっと我慢。

 成功したことに気を取られたせいで、俺っちは逃げ出す算段を失った。せめて顔だけは見てやろうと俺っちを掴む腕を辿ると、顔はキレーだが表情のない女の姿。

 

「動物なのに不思議なやつだ。ツボーズが妙だぞ、おまえ」

「キュ?」

 

 ツボーズってなんだ。

 そう思った俺っちは悪くねぇ。

 女は俺を掴んだまま、何故か自分の膝に乗せる。ククッ、ばかめ! 俺っちの秘術、オコジョ抜きを駆使すればこの体勢からでもこの女の下着はちょうだいできる!

 

 なんて、不穏なことを考えていたのが悪かったのか。日頃の行いが悪かったのか。

 

「暴れるな。楽にしてやるだけだ――【じっとしていてくれ】」

 

 脳天直下の艶やかな声に、見事に動きを封ぜられる。

 おいおいおい、オコジョ妖精の俺っちを声だけで腰抜けにさせるなんて……この女、何者だ?!

 

「ツボとは、即ち経絡。なにも経絡があるのは人間だけではない。全ての生物に神経を辿る経絡は宿る――これぞ、アニマルマッサージの極意」

「キュキュッ?!」

 

 おいおいこの女、いったいなにを言ってやがる?!

 力の入らない身体で抵抗するも、無駄だった。決して力を入れて掴んでいるわけではないのに、身体はどこへも逃げられない。

 まるで、関節の動きという動き全てを把握しているようだった。

 

「安心しろ。痛くはない」

「キュキュッ?! キュー! キューッ!!」

 

 信じられるか!!

 そんな俺っちの思いは届かない。いつの間にか伸びてきた女の指が、あっさりと、俺っちの身体を捉えた。

 

 ――包み込む手。

「肺経、心包経、心経より前肢を陰とし、大腸経、三焦経、小腸経より前肢を陽とす」

 ――付き立つ指。

「胃経、胆経、膀胱経より後肢を陽とし、膵経、肝経、腎経より後肢を陰とす」

 ――慈しむ瞳。

「故に是――十二正経、也」

 

 身体の芯から。

 脳の随から。

 心の奥から。

 

「キュ、キュゥ……うぬぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおおぉぉぉッッッッ!?!?!!」

 

 沸き立つ喜びと、吹き出る安堵。

 俺っちは最高の“寝床”に包まれているときなんかよりもはるかにすさまじい快楽に、抗うことなんかできやしなかった。

 

「さ、終わりだ。ゆっくり休んでから、住処に帰るんだぞ?」

 

 そして、見てしまったのだ。

 女の……いや、あの方の、女神が如き笑顔を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――3――

 

 

 

 さて。

 その後、俺っちは夢見心地のまま兄貴と合流し、感動の再会を果たした。

 当然そのあとにすることは決まっている。兄貴の同室の乙女たちに協力を(勝手に)要請し、俺っちの新しい“寝床”を作ることだ。

 

 が。

 

 過ぎるのだ。

 俺っちを癒やした、あの優しい笑顔が。

 俺っちを導いた、あの慈しむような瞳と、手が。

 

 結局、新しい寝床を作ることなんかできなかった。

 まぁ、一度も作らなかったおかげで、“下着泥棒”の一件がネカネの姉御からの手紙で発覚した後も、改心したと認めて貰えたわけだが……。

 

 そんなこんなで俺っちは、どうやら腑抜けちまったらしい。

 下品な行為であのお方に蔑まれでもしたら、と考えると、身動きが取れなくなってしまう。

 

 本当なら、俺っちは今頃新しい寝床に囲まれて、仮契約量産でオコジョ$うはうは左うちわな毎日が待っているはずだったというのに……。

 

 兄貴に助言らしい助言もできず、やっていることはただのペット。

 

 

 

 ああ、もう、本当に。

 俺っち、なにしに来たんだろう……。

 

 嘆かねばならないはずなのに、思い出すのはあの手と笑顔。

 ――長谷川千雨さんのことを思い浮かべて、兄貴の肩の上でため息をつくことを、やめられそうになかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――了――


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