へっぽこ冒険者がダンジョンに挑むのは間違っているだろうか   作:不思議のダンジョン

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第七話

 

 

 

「よしっ! これで恩恵は無事に授けることができたよ。……はい! これがキミのステータスだよ、ヒース君」

 

「ほうほう、これが俺様のステータスか。どれどれ……おっ!? フッ……流石、俺様。この街最高のレベル7とはな……」

 

「本当ですか、先生!? 先生って本当に凄腕冒険者だったんですか!?」

 

「ハッハッハッ! その通り、さあ俺様を褒めたたえるがいい。……って、ベル君や、何故君はそこで驚いているのかね? ひょっとして師である俺様の言葉を疑っていたのかな?」

 

 場所はヘスティア・ファミリアの拠点である廃墟となった教会。赤みを帯び始めた日差しも届かぬ地下室では一柱と二人が一枚の紙を手に騒いでいた。

 簡単な自己紹介を終えた後、一行は拠点の教会に戻っていた。そこで、情報交換を行ったのであった。

 情報交換は何時間にも渡って行われた。最初、ヘスティアはイリーナのことをヒースは聞いてくるだろうと思っていたのだが、予想に反してヒースが真っ先に聞いてきたのはこの世界のことであった。

 ヒースは貪欲に情報を求めてきた。この世界の常識、歴史、社会事情、文化。ありとあらゆる情報をヒースは見聞きし、咀嚼し、自分なりに理解した後、フォーセリア世界のことについてかみ砕いてベルとヘスティアに一から説明していった。その様は先ほどまでの軽薄な様子からは想像できない程に堂々としたものであり、元の世界では成績優秀な学生であったという言葉は嘘ではないようであった。

 日が頂点から傾きかけ始めるころにはヘスティアとベルはある程度フォーセリア世界のことについて理解することができていた。

 そうして、相互理解ができたところで、ヘスティアが提案したのだ、恩恵を受けてみないか、と。

 その申し出に二人は一も二もなく快諾する。イリーナもそうであったがどうやら冒険者という生き物は世界が違えど未知に対する興味の高さは変わらないらしい。

 そうして、二人に恩恵を与えた結果であったが、事前の予想通りの結果であった。ベルはレベル1、そしてヒースのレベルはイリーナと同じオラリオ最高の7であった。

 レベル7

 それはオラリオ最強の冒険者、オッタルしか現在到達していない位階であり、オラリオ最高の冒険者という肩書きでもあった。いや、オッタルとイリーナが戦士である以上、ヒースはもう一つの称号を得ることになる。

 最強の魔術師、という称号だ。

 現状、最強の魔術師と言えばロキ・ファミリアのリヴェリア・リヨス・アールヴであった。エルフの王族、ハイエルフである彼女は神すらも凌駕する美貌を持ちながらも、その性格はエルフらしく高潔にして誇り高く、そしてエルフらしからぬ寛容さを持つエルフの理想像を体現した様な貴人だと言う。

 しかし、そんな彼女のレベルは6。ヒースとのレベル差はたった1だが、恩恵のレベル差というのは隔絶した戦力差だ。常識的に考えればヒースこそが最強の魔術師と呼ばれるべきなのだが……

 

「うーん……」

 

 ヘスティアは唸りながら、弟子に自分を讃えるよう命令するヒースと少ない語彙から必死に美辞麗句をひねり出しているベルから視線を外し、ステータス表へと目を落とす。

 注目する項目は一つ、魔法スロットの部分だ。

 そこにはたった一つの単語が書かれていた。

 古代語魔法

 本来であれば魔法の名前しか書かれていないということはあり得ない。必ず、その魔法の名称のほかに、その魔法の効果、詠唱なども同時に記載されるはずなのだ。それがないというのは異常な事態であった。

 だが、ヘスティアの頭に占めるのは不可解な記述のことではなく、その数であった。

 魔法の数が少なすぎる。

 それがヘスティアのヒースのステータスに対する第一印象であった。

 魔法、それは一部の例外を除き、神の恩恵を得ることでのみ発現する奇跡の総称だ。その効果は多種多様であり、敵を打ち倒すものもあれば、味方を癒すもの、守るもの、中には予想もつかないイレギュラーなものもある。

 そんな無限の可能性を秘めた魔法だが、一つ大きな制限がある。それは、最大でも三つまでしか習得できないということだ。これはどんな力を持った魔術師でも適応され、未だ自分の戦闘スタイルを決めかねている発展途上の魔術師たちは皆自分の魔法スロットにどのような魔法を入れるかに日々頭を悩まし、全ての魔法スロットを埋めた魔術師は限られた手札を最大限に生かす立ち回りに頭を悩ますのだ。

 それ故、レベル7でありながら魔法を一つしか習得していないヒースは魔術師として手札が少ないと言わざるを得ない。先のリヴェリアは三種類の魔法を持ちながらもそれぞれに三つの位階を設けることで都合九つの魔法を習得しているのに、だ。レベルこそヒースに軍配が上がるが、総合力ではリヴェリアが勝るだろう。

 あの気に食わないロキに負けたということに一瞬ヘスティアは顔を曇らせるが、すぐにぶんぶんと首を振る。

 

「いけない、いけない。自分の家族を他の所の子供と比べるなんて最低じゃないか」

 

「どうかしましたか、神様?」

 

「え!? ああ、いや何でもないよ、ベル君。ええっと……な、なあ、ヒース君、君の魔法について一つ聞きたいんだけど、この古代語魔法というのは一体どんな魔法なんだい?」

 

 自分の奇行を見られたことにヘスティアは狼狽しながらもやや強引に話を切り替えた。そう、始めこそ魔法が一つしかないということに目が行きがちだったが詠唱も効果も書かれていないこの魔法も十分に奇妙なものだ。ひょっとすると、魔法を一つしか持っていないというハンディをひっくり返す程のものかもしれない。

 実際そういう魔法は存在する。ロキ・ファミリアのレフィーヤ・ウィリディスというエルフの魔術師が持つエルフ・リングがそうだ。召還魔法に位置するこの魔法は何と、同じエルフの魔法ならば条件付きで他人の魔法が使用可能となるという。

 ヒースとてレベル7の冒険者だ。そういった規格外の魔法を身に着けているという可能性は十分にある。

 

「ほほう……! ヘスティア君はこの世界最強の魔術師である俺様の力が気になって仕方がないようだな。まあ、仕方がない。では俺様直々に古代語魔法について教えて進ぜよう」

 

 期待に目を輝かせるヘスティアの視線を心地よさげに浴びながらヒースは偉そうに古代語魔法についての講釈を始めた。

 

「古代語魔法って言うのは元々は俺たちの所の神様が使っていた言語を流用していてな、これによって物質世界にあるマナに干渉することで効果を発動させるのだ」

 

「へえ……僕たちの力を使った魔法なのか……それで、一体どんな効果を持つんだい?」

 

 神の力を使う、というフレーズに思わずヘスティアは身を乗り出す。これは、いよいよ期待できるかも、と鼻息を荒くするヘスティアであったが、続くヒースの言葉に思考が止まることとなる。

 

「効果? そりゃまあ……呪文によって違うな。眠らせたり、火を放ったり……」

 

「は?」

 

 ヒースの言葉をヘスティアは理解できなかった。呪文によって違う? どういうことだ。ヒースの魔法スロットは一つだけのはずだ。

 困惑するヘスティアにベルは補足するようにヒースに昨日聞いた古代語魔法の確認をする。

 

「ええっと、先生。この古代語魔法っていうのはつまり、神様の言葉を使ってマナに命令を下すことで発動するんでしたよね? で、当然ながらマナに命令する内容を変えればその効果も変わるんですよね」

 

「うむ、その通りだ。流石は俺様の弟子だな」

 

「な……!」

 

 驚きの事実にヘスティアは二の句が告げられなかった。

 ひょっとしたらすごい魔法かもしれないなんて思っていたが、これは大当たりであった。

 たった一つの魔法スロットで複数の効果を持つ魔法を操れる。これは前述のエルフ・リングと似た性質であり、エルフ・リングはその汎用性の高さからレア魔法に認定されているのだ。

 しかも、ヒースはレベル7というオラリオ最高レベルでもあるのだ。

 今度こそ、疑いようがない。目の前にいる青年は間違いなく、オラリオ最高の魔術師なのだ。

 最初に入った人間が最強クラスの戦士、次に入ったのが最高の魔術師。こんな冗談みたいな話、他の神が聞いたらどうなるだろうか。初めは信じないだろうが、真実と知ったら間違いなく興味を持つであろう。そして、イリーナたちのことを根掘り葉掘り聞きだすに違いない。いや、そんなまどろっこしいことなどせず、直接イリーナたちにちょっかいをかける者も出てくるだろう。そうなった時、果たして自分は彼らを守ることができるだろうか。

 そんな風にヘスティアがこれから起こるであろう騒動を思い浮かべ、ため息をついていると。

 

「ん?」

 

 天上から三人の頭へと不快な軋みと埃、それから微かな足音が降りかかって来た

 思わず、三人は顔を見合わせる。

 

「あれ? 誰か来たみたいですよ? 僕たち以外にも入団希望者がいたのですか?」

 

「いや、今日勧誘に応じてくれたのは君たちが最初で最後だったよ。他の人たちは皆断っちゃったし……はっ! もしかして、泥棒!?」

 

「泥棒ならこんな見るからに金のなさそうな所に来ねえだろ……大方近所の野良犬か浮浪者が入って来ただけだろ」

 

 そう言うと、ヒースは傍らの杖を取り上げ、古代語魔法の準備を始める。

 突然の行動にヘスティアもベルも驚く。

 

「ヒース君! 何を!?」

 

「ん? いや、なに。折角の機会だし、ここは一つ古代語魔法の実演でもしてみようかと思ってな」

 

「え!? 本当ですか! 是非見せてください!」

 

「い、一体何が起こるんだい!?」

 

 初めて古代語魔法を見れると知り、ベルとヘスティアの顔が興奮で赤く染まる。期待に満ちた視線を心地よさげに浴びながら、遂にヒースは呪文を完成させた。

 

「シースルー」

 

 ふわり、とヒースを中心に何かが駆け抜けていくような奇妙な感覚がベルとヘスティアを襲う。これが、古代語魔法の感覚なのか、と理解した二人は次に起こるであろう古代語魔法の引き起こすであろう事態に備える。

 十秒が経ち、一分が経過しようとしても未だ、変わったことなどない。流石に二人は不思議そうな顔でキョロキョロと辺りを見回し始めた。そんな二人の姿にヒースは面白そうにニヤニヤと笑う。

 

「ハッハッハッ! どうしたのかね、二人とも。まるで、初めて見る魔法に期待を膨らませたのに何も起こらなくて不思議でならない様な顔をしているじゃないか」

 

「……ひょっとしてボク達をからかったのかい?」

 

「ええっ!? ひどいですよ、先生!」

 

 ヒースの様子から、魔法を使ったふりをして自分たちをからかったのではないかと疑ったヘスティアとベルは非難の声を上げる。

 

「おいおい、俺様がそんな底意地の悪いことをすると思うのか? 古代語魔法はしっかり使ったぜ」

 

「え、そうなんですか? でも別に何も起こっていないですけど?」

 

 すでに魔法を使ったというヒースの言葉へのベルの疑問をヒースは無視し、じろじろと部屋を見回す。やがて、その視線がタンスに止まった。

 

「なあ、ヘスティア。ひょっとして、最近サイフをなくしたんじゃないか?」

 

「え? ああ、確かに三日前にどこかになくしてしまったけど……」

 

「ふっふっふっ……そこのタンスの下を探してみたまえ」

 

 そう言われ、ヘスティアはタンスの前でしゃがみ込む。果たして、そこには失くしてしまったサイフが落ちていた。

 

「あった……」

 

「うわっ! すごいです、先生! これって魔法で分かったんですよね。一体どんな魔法を使ったんです!?」

 

 サイフを片手に呆然とするヘスティアと初めて見る魔法に目を輝かせるベルにヒースはさらに得意げに種明かしをする。

 

「俺様が使ったのはシースルーという魔法でな。これを使えば、術者は透視することができるようになるのだよ」

 

「へー、便利な魔法だね。それを使えばダンジョンでも不意打ちを避けられるようになるじゃないか」

 

「まあな! そして、こいつを使えば、上の連中の様子など丸分かりに……」

 

 そう言った所でヒースはぴたりとその動きを止めて、天井の一点を凝視した。

 突然の動きを止めたヒースにヘスティアとベルは戸惑う。

 

「どうしたんだい、ヒース君?」

 

「ひょっとして、知り合いの方でも居られたんですか?」

 

「いやいや、何を言っているんだい、ベル君。ヒース君は昨日こちらの世界にやって来たんだよ? まさか知り合いなんかいるわけないじゃないか」

 

「いや……そのまさかだ」

 

「へ?」

 

 思わぬヒースの声に二人の驚きの声が重なる。驚く二人にヒースは視線を向けることなく、自身もどこか呆然とした様に呟く。

 

「上にいる二人組。あれは、俺様の仲間だ」

 

 

 

 

 

 夕日に照らされ、赤く染まる教会の内部。朽ち果てた内装と人気のない静寂に包まれた空間は見る者に人々がここに礼拝をしていた往時の姿と現在の惨状に一抹の寂寥感を思い起こさせる筈であったが、そんなものなど無縁の能天気な声が響く。

 

「うわっ! きったないなあ……本当にここで合ってるのガルガド?」

 

「黙れ、クソガキ。お前にはこの教会の惨状を見て他に言うことがないのか?」

 

 能天気な事を言うノリスにガルガドは唸る様に叱りつけた。この教会の惨状は神官であるガルガドにとってはとても我慢できるような物ではなかったらしく、ノリスと二人っきりという現状と差し引いてもいつもよりも不機嫌そうであった。

 ここでガルガドの不機嫌に気づき、改めることができればいいのだが、いつもの如く、ノリスは余計なことを口走る。

 

「え? こんなに散らかってたら寝るのは難しそうだなあって、もうすぐ夜なのに寝床はどうしようか?」

 

「お前が余計なことをしなければもっと早く着いとったわあああああああっ!!」

 

 信仰心から憤る心情を逆なでされた上、先ほどまでの不愉快なイザコザを思い出させられたガルガドは遂に怒りを爆発させる。

 午前中、イリーナと別れ教会を目指した筈の二人が、夕暮れ時になってようやく教会にたどり着いた理由、それはノリスの起こした騒動が原因であった。

 教会に向かう道中、昨日から何も食べていないノリスはこっそりとガルガドから離れると屋台からジャガ丸君という芋料理を注文し、その場で平らげてしまったのだ。これだけならば何も問題はなかった。問題が起きたのは支払いの時であった。

 

「いやー、驚いたよね。まさか、ガメルが玩具扱いされるなんて」

 

「この世界でガメルが使えるわけないじゃろうが! 盗賊の端くれならばもっと早く気づかんかい!!」

 

 そう、あろうことかノリスは元の世界の通貨、ガメルで代金を支払おうとしたのだ。当然ながらこの世界で流通していないガメルには何の価値もない。

 いきなり玩具としか思えないガラクタで支払いを済ませようとしたノリスに始め店主は質の悪い冗談かと苦笑していたが、徐々にノリスがこの世界の通貨、ヴァリスを持っていないと気付くと食い逃げと勘違いし騒ぎ始めたのであった。

 騒ぎに気付き、駆け付けたガルガドが見た物、それは治安維持に従事しているというガネーシャ・ファミリアの冒険者に拘束されたノリスの姿であった。

 結果、ガルガドとノリスの二人はこうして夜闇が迫る時間までただ働きをして返金することになったのだ。

 異世界に来ても目の前にいる少年に手を焼かされるのかと思うとガルガドの目が据わっていく。

 ガルガドの目に宿る剣呑な光に遅まきながらノリスは気づいたのであろう、慌てて立て板に水の如く言い訳を始める。

 

「まあまあ、いいじゃない。おかげでヘスティアっていう神様の情報も手に入ったんだしさ」

 

「む……」

 

 いつもならばノリスの浅はかな言葉など一刀両断にするガルガドが言葉を詰まらせた。そう、ジャガ丸君の屋台でのバイトは二人に思いがけない情報をもたらしたのだ。

何と、このジャガ丸君の屋台というのが件のヘスティアがバイトをしていた職場だったのだ。残念なことに当のヘスティアは急用ができたと言って、早退してしまい会うことができなかったのだが目の前の人物がヘスティアの知人だと知るや、ノリスは口八丁手八丁で店主からヘスティアの情報を引き出して見せたのであった。

 無論、引き出したと言っても店主とてすぐにヘスティアの情報を渡したわけではない。見ず知らずの、それも食い逃げしようとした二人組に懇意にしている女神の情報を渡すわけがない。

 だが、ノリスの盗賊としての卓越した話術がそれを可能とした。性格的に大いに疑問が残るノリスだが、その盗賊としての技量は折り紙付きだ。そんな彼にとって素人の防犯意識を破り、取り入ることなど赤子の手をひねる様なものであった。

 二人が解放されたときには店主はすっかり心を許しており、二人のことを世界通貨であるヴァリスが流通していない辺境からやって来た世間知らずという真実とも嘘とも言えぬノリスの身の上話を信じ切り、ヘスティアの情報の他にもこの世界の常識や幾何かの駄賃まで渡してしまっていた。

 押し黙るガルガドにノリスは好機とばかりに更なる攻勢を仕掛ける。

 

「ガルガドも言ってたよね、会う前にヘスティアっていう神様がどういう神様なのか知っておきたいって。僕たちはただ働きをしていたんじゃなくて、情報収集をしていたと思えば腹も立たないんじゃない?」

 

「ええいっ! 妙な知恵ばかり回るようになりおって……!」

 

 ノリスにやり込められたことでガルガドの機嫌はさらに急降下していったが、八つ当たりしたくなる気持ちをぐっと堪えると改めて周りを見回す。

 相変わらず埃と泥に塗れた教会の内部には人気はまるで無く、ここで誰かが住んでいるとは思えない。

 

「しかし、神ヘスティアはどこにいらっしゃるんじゃ?」

 

「さあ? バイトの早退は新しいファミリアの加入者が来たからって言ってたし、その新人の歓迎会でもしてるとか?」

 

「あり得るのう……となると帰ってくるのはもう少しかかるかもしれんな」

 

 異教の、それも異界のものとはいえ、神との面会ができると思ったのにおあずけを喰らった形となったガルガドは当てが外れたとばかりにため息をつく。

 だが、そんなガルガドの嘆きに応える少女の声が上がった。

 

「えーと、ボクの名前が聞こえたんだけど……君たち、ボクに何か用なのかい?」

 

「「え?」」

 

 後ろから聞こえてきた声にガルガドとノリスは驚き振り向き、そして同時に言葉を失った。視線の先には一人の少女がいた。薄暗い教会内でありながら艶やかに光る黒髪と、それとは対照的な大理石の様な肌、そしてサファイアもかくやという青い瞳。

 これほどの美少女など二人は出会ったことはない。その美しさに二人は見惚れ、そして確信した。この少女こそが自分たちが探していた神ヘスティアなのだと。

 突然の神との遭遇に二人は驚き、何を言えばいいのか分からない。だが、すぐにヘスティアの後ろから姿を現した男に二人は更なる混乱へと陥ることとなる。

 

「よー、二人とも元気そうで何より」

 

「「ヒース!?」」

 

 ヘスティアの後ろから現れた男、それは二人の仲間であるヒースであった。イリーナに続き、僅か一日で見知らぬ土地で離れ離れになった仲間と合流できるという出来過ぎた展開にノリスは勿論、冷静なガルガドですら言葉を失う。

 そんな二人をヒースは面白そうに眺めると傍らのヘスティア、それにいつの間にか現れていた見知らぬ少年にノリスとガルガドの紹介を勝手に始めた。

 

「ヘスティア、ベル。この二人は俺様とイリーナの仲間で、ドワーフの方がガルガド、横にいるガキンチョがノリスだ。仲が良くてな、少し前まで俺様達とは別行動をとって二人っきりで旅をしていたのだ」

 

「誰がクソガキと仲良しじゃ!? 勝手に気色悪い嘘を吹き込むでない、ヒース!」

 

「グフッ!」

 

 ノリスと仲良し、という言葉に固まっていたガルガドは反射的に激しい拒否感を示すと先ほどまでのいら立ちをぶつける様にヒースの頭をはたく。

 頭を抱えてうずくまるヒースの姿に溜飲が下げたが、ふとこの場には自分たち以外の存在がいたことを思い出す。

 振り向いてみれば案の定、ヘスティアとベルと呼ばれた少年が二人の気の置けないやり取りに目を丸くしていた。彼らをよく知るものならば慣れしたんだ一連の行動も見ず知らずの人間から見れば明け透けが過ぎる様に見えるのであろう。

 軽率な振る舞いをしてしまったと反省したガルガドは一度咳ばらいをすると慌てて取り繕う。

 

「オホン……どうやら見苦しいものを見せてしまいましたな、神ヘスティアよ」

 

「あー、いや気にしなくていいよ。ヒース君の性格はもう大体把握してるし、きっとこんな感じのことを向こうの世界でもやってたんだろう?」

 

「……ええ、まあ……」

 

 ガルガドの言動に理解を示すヘスティアの問いにこれ以上ない程に苦々しい口調でガルガドは呟く。その目は自分の足元にいるヒースにこの短時間でここまで性格を把握されるとは神様相手に一体何をしでかしたんだと問い詰めていた。

 そんな見慣れた二人の様子を何とはなしに見つめていたノリスであったが、ふと自分たちを見る視線に気づく。

 

「で、ヒースがここにいるってことは、ヒースもヘスティア・ファミリアに入ったってことでいいんだよね? まあ、それはいいとして……」

 

 ちらり、と視線をヘスティアの傍らに移す。

 

「その人、誰?」

 

「えっ! ぼ、僕のことですか!?」

 

 いきなり話を振られ、ベルの声が上ずり、おどおどと視線を揺らす。その態度といい、格好といい、荒事の多い探索系のファミリアとは無縁に見える。実際こうして歴戦の冒険者二人の注目を集めているだけでそわそわと落ち着かない様子であった。不謹慎ではあるが二人の脳裏に狼の前に差し出された子ウサギが浮かんだ。

 そんなベルの肩をヒースはがっしりと掴むと自慢するように前に押し出す。

 

「フッフッフッ……! 聞かれたのであれば答えよう! 彼こそはベル・クラネル。俺様の一番弟子だ!」

 

 自信満々とベルのことを弟子と言い張るヒースだったが仲間の視線は冷たかった。

 

「ヒースの弟子? 正気? ひょっとして、騙されたの?」

 

「全くじゃ。こやつの弟子になったところで教われることなど皆無じゃぞ」

 

 苦楽を共にした仲間からの散々な評価にさしものヒースの笑顔もぴしりとひびが入る。だが、そこは実力以上にその厚顔無恥さで有名なヒースであった。瞬時に体勢を立て直すと二人のことをまるで分っていないとばかりに肩をすくめて見せる。

 

「おいおい、二人とも何を言っているんだ? 俺様の特技が何なのか、知ってるだろ?」

 

「他人をおちょくることでしょ?」

 

「もしくは大ぼらを吹くぐらいじゃな」

 

「違うわ! 古代語魔法だよ! ベルは古代語魔法の才能があったんだよ!」

 

「え、ウソ!?」

 

「何と! この世界にも古代語魔法の使い手となり得る者がいたのか!?」

 

 半分冗談、つまり半分は本気でこき下ろしたノリスとガルガドであったが、顔を赤く染めたヒースの言葉に顔色を変えた。

 ガルガドとノリスの驚きに満ちた目にベルはおっかなびっくりに首肯する。

 

「はい、そうなんです。僕には古代語魔法の素養があるそうで、それで弟子にならないかと声をかけられて……まさかその時は先生が異世界人で教えてもらえる魔法が異世界の物だったなんて夢にも思いませんでしたけど……」

 

「へー、人は見かけによらないんだね……イタッ!」

 

 素人のベルに対して正当な評価ではあったがあまりにも失礼な物言いにガルガドは本日何度目になるか分からない制裁をノリスに加える。

 

「初対面の人間に何を言っとるんじゃ。ちっとは礼儀というものを学ばんか、クソガキが」

 

「あ、あははは……別に僕は気にしてませんから」

 

「へー、ベルは心が広いね。ガルガドこそベルから学んだ……ぐえっ……!」

 

「お前は……! ちっとは……!! 反省せんか……!!!」

 

「あわわ……! ガルガドさん! 極まってますから、それ以上やるとノリスさんが死んじゃいます!」

 

 調子に乗るノリスと激昂するガルガド、そしてそんな二人を止めようとするベル。はた目から見れば馬鹿馬鹿しいことこの上ない光景であった。

 だが、ヒースには気づいていた。ベルの顔から先ほどの自己紹介の時のような固さがなくなっていたことに。

 ガルガドを止めることで頭が一杯で余計なことを考える余裕がないということもあるのだろうが、それ以上に良い意味で気が抜けたからであろう。

 それが実現したのは、現在進行形で首を絞められているノリスがいたからだ。

 例えばこの場にガルガドしかいなかったらベルは初めて見る英雄の姿に緊張しっぱなしで会話すらままならなかったであろう。ガルガドにその気がなくとも英雄として鍛え抜かれたその存在感はただそこにいるだけで一般人を委縮させてしまうのだ。

 だが、ノリスという少年はそういったものとは無縁の存在であった。

 その実力は英雄クラスでありながら、見かけの上ではベルとそう変わらない年齢、言動にいたっては能天気な言動ばかりして叱られてばっかりという有様であった。そんな英雄らしからぬ振る舞いがベルの肩から余計な力を抜いたのであろう。

 これをわざとやっているのであれば賞賛に値するのだが、生憎ノリスは素でやっているだけである。

 この少年はどうにも頼りない性格をしているのだが、時折その性格が良い方向に働き、一行のムードメーカーとして機能することがあるのだ。だからこそ、誰もその性格の問題に気づきながらも本気で矯正しようとはしなかった。

 何とも扱いにくい奴だよな、と目を回すノリス、肩で息をするガルガドとベルを見ながらヒースは思った。

 と、そんなヒースの袖口が引っ張られた。

 振り返れば、そこには引きつった様な表情を浮かべるヘスティアがいた。その顔色は悪く、大理石の様に白い肌は白を通り越して青白く、その手は胃を抑えていた。

 

「ん? どうしたんだ、ヘスティア? 顔色が悪いぞ?」

 

「ヒ、ヒース君……」

 

 訝し気に眉を顰めるヒースを無視し、ヘスティアは能面のような顔で質問する。

 

「ね、ねえ……ひょっとしてボクの聞き間違いかもしれないけど、さっき、ヒース君はベル君に古代語魔法の素養があると言っていたよね。ひょっとして、古代語魔法っていうのは才能さえあれば誰でも学習で習得が可能なのかい……?」

 

 震える言葉で尋ねられたその質問に対する答えはあっさりともたらされた。

 

「ああ、そうだが。むしろ、学ばずに魔法が使える方法があるのか?」

 

「———!?」

 

 今度こそ、ヘスティアは言葉を失った。

 言葉を失い、そのままヘスティアはヒースの両肩を鷲掴みにする。

 

「うおっ!? 何しやがる、ヘスティア!?」

 

「そのこと、誰かに言ったのかい!?」

 

 ヒースの抗議を無視し、ヘスティアはすごい剣幕で詰問する。そのあまりの迫力にガルガド達もケンカの手を止めて不審げに二人を見やり、ヒースは気圧されやや戸惑いながらも答えた。

 

「あ? い、いや、別に言いふらすようなことじゃねえし、昨日の今日だしな。なあ、ベルもそうだろ?」

 

「え、ええ。誰にも言ってませんが……?」

 

「そうかい……それはよかった……」

 

 最悪の事態が避けられたことにヘスティアは安堵の声を上げた。

 そんなヘスティアの態度に四人は訳が分からないとばかりに顔を見合わせる。先ほど情報交換はしたがこの世界について大まかなことしか知らない異世界人のヒース達と世情に疎いベルには分かっていなかったが、ヘスティアの反応は正しい。

 前述の通り、この世界の魔法というものは三つまでしか習得できない、資質によるところが大きく安定性に欠ける、という二つの大きな制約を抱えている。

 それに対し、古代語魔法はこれらの制約から解き放れている。

魔法スロットはたった一つしか占領しないのに複数の魔法を扱えるという特性を持ち、そして体系化された技術であるために最低限の資質さえあれば教育によって安定してこの汎用性に富んだ魔法を使える人間を用意できるのだ。

 この事実が知れ渡れば魔法という概念が一変することは違いない。

 イリーナもそうであったが、このヒースという青年もまたオラリオにとって劇薬となりうる存在だ。

 レベルのことはともかくこの魔法については万が一にも外部の者に知られてはいけない。知られれば暇を持て余した神たちの玩具にされることは想像に難くない。

 

「全く、君たちは色々規格外すぎるよ……一体ボクはどうすればいいんだい?」

 

 非難じみた声でぼやくヘスティアを責められる者はいないだろう。明らかにこの間まで一人も団員のいなかったファミリアの主神には手に余る案件であった。

 

「どうかしたの、ヘスティア? ヒースが何かした?」

 

「待ちたまえ、ノリス君。何故、君はそこですぐに俺様に問題があると疑うのかね? 俺たちは長年苦楽を共にした仲間だろう?」

 

「むしろ、長年の付き合いがあるから言っとるんじゃろう」

 

「ええっと……ぼ、僕は先生が根はいい人だって分かっています……よ?」

 

「あはは……心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていただけさ。それよりも、皆に伝えなきゃいけないことがあるんだ」

 

 そう言ってヘスティアは古代語魔法の特異性、そしてそれが与える影響について説明を始める。

 自分たちの置かれた立場を理解したガルガドのうめき声が響くのはそれから数分後のことであった。

 

 

 







 お待たせしましたが、第七話完成しました。
 ヘスティアが慄いているヒースの実力ですが、純粋な火力という点で言えば恩恵を得ている状態でもリヴェリアどころかレフィーヤにも劣ります。しかし、何でもありきの殺し合いになった場合はヒースに、と言うよりも古代語魔法使いに軍配が上がります。
 ヒースのソーサラーレベルは7。つまりは数々のGM泣かせの魔法が解禁しています。それらを使ったシナリオ崩壊がこのSSを書こうと思った動機の一つです。一緒に楽しんでいただければ幸いです。
 それでは皆様のちょっとした楽しみになれたことを祈って筆を置かせてもらいます。



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