へっぽこ冒険者がダンジョンに挑むのは間違っているだろうか   作:不思議のダンジョン

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申し訳ありません。投稿先を間違えてしまいました。





第六話

 

 

 

「イリーナさん! ヘルハウンドが10匹、2時の方向からやって来ます!」

 

「任せてください、ルヴィスさん! ドルムルさん、そちらのアルミラージはお願いします」

 

「分かっただ、イリーナ! ヘルハウンドの火炎攻撃に気を付けるだ!」

 

 場所はダンジョンの地下17階層。地上の光も届かず、前後左右を不揃いの石に囲まれ朽ち果てた炭鉱や洞窟を彷彿とさせる場所にイリーナ達は来ていた。

 ギルドにてパーティーを結成したイリーナ達は早速ダンジョンに潜っていた。その探索速度は極めて迅速であり、探索を開始して数時間でダンジョンの中層に到達していた。

 その速度を達成した理由はオラリオでもほとんど居ないレベル3であるドルムルとルヴィスが一行にいるということも一因であろう。だが、それ以上にイリーナ・フォウリーという少女の意外な戦闘力の高さにあった。

 

「よっこらしょおおおおおっ!」

 

「ギャオオオオオオオッ!!」

 

 全身をプレートアーマーで包んでいるというのに、イリーナは全く重みを感じさせない速度でヘルハウンドの群れに肉薄すると身の丈を超えるグレートソードで薙ぎ払う。

 轟音と共に規格外の質量がヘルハウンドの群れに襲い掛かる。

 直撃を受けた3匹が両断され、僅かにかすった4匹も四肢が千切れ飛ぶか骨折し、事実上の戦闘不能に追い込まれ、残りの3匹も戦闘が可能というだけで斬撃の余波により所々に浅くはない裂傷を負っていた。

 この階層に見合った能力の冒険者ならばパーティー半壊もあり得るヘルハウンドの群れ。そんな脅威をイリーナはたったの一撃で崩壊させてしまっていた。

 元の世界でも敵から大いに恐れられた剛腕はこの世界でも健在であった。

 だが、イリーナの強さはそこだけではない。

 残った3匹のヘルハウンドは一歩後退し体勢を整えると、ぐぼり、と大きく息を吸い込む。

 

「っ!! いけねぇだ!」

 

「イリーナさん! 逃げてください!」

 

 その仕草が放火魔とも呼ばれるヘルハウンドの切り札、火炎攻撃の予備動作と見抜いたドルムルとルヴィスから警告が放たれる。

 

「はあああああっ!」

 

 だが、イリーナはその警告を無視し、ヘルハウンドに追撃の一撃を見舞わんと後退ではなく前進を選ぶ。防御も回避も考えない、攻撃のみを追求した愚直な突撃。そのような無謀をあざ笑うかのように3匹のヘルハウンドの口から真っ赤な炎が放たれる。

 瞬間、イリーナの体が爆炎に包まれる。真正面からの直撃を三連発。およそ一介の冒険者であるならば消し炭一つ残るか怪しい容赦のない攻撃だ。

 そう、相手がただの一介の冒険者であるならば。

 

「この程度! 効きません!!」

 

 ぐらりと炎の壁が揺らぐとそこから飛び出したのはイリーナだった。驚くべきことに彼女の体には火傷一つ負った形跡がない。

 一見するとイリーナの強さはその腕力に目が行きがちだが、彼女の特筆すべき点として要塞とも評されるほどのタフネスも挙げられる。

 あまり自慢できることではないが、イリーナの剣術はひどく大雑把であり、度々盛大な空振りをしてしまい、格上の相手に対しては安定性に欠けるきらいがあった。その為、彼女より非力な仲間たちが殆ど倒してしまうということが多々起こっていた。

 しかし、そうであったとしてもイリーナの仲間たちは皆、その勝利は彼女の貢献によるものと考えていた。

 何故か。それはイリーナが前衛にとって攻撃よりも重要な仕事である『敵の攻撃を受け止め続ける』ということに関して他の追随を許さないほどに優れていたからだ。

 規格外の腕力によってのみ身に着けることが可能なプレートアーマーによる重厚な防御力、小柄ながらも鍛え抜かれた肉体による豊富な体力、篤き信仰で支えられた堅硬なる精神力。そう、イリーナは物理、非物理を問わずあらゆる攻撃に対し極めて高い耐久性を誇っているのだ。

 そんな彼女にとって、たかが中層の魔物の火炎攻撃など何の痛痒にもならない。

 

「これで、終わりです!」

 

 切り札すら何の足止めにもならないという事実に自失するヘルハウンドに迫るとイリーナは大上段から身の丈を超えるグレートソードを振り下ろす。

 瞬間、誇張表現抜きに地面が爆発する。両断されたヘルハウンドは勿論のこと、その両隣にいた二匹のヘルハウンドも爆発の衝撃と散弾のごとく襲い掛かる土くれに全身をズタズタに引き裂かれ命を落とすことになった。

 

「よしっ! こちらは片づけました! ドルムルさん、ルヴィスさん、そちらを援護します!」

 

「イリーナ、大丈夫だ! こちらも片づけたところだ!」

 

「お疲れ様です、イリーナさん。貴方が敵を引き付けてくれたおかげで精神力などのリソースを消費せずに済ませました。疲れたでしょう? 一旦休憩しませんか?」

 

 流石はレベル3冒険者といったところである。イリーナがヘルハウンドの群れを倒す僅かな間にあれだけいたアルミラージは一匹残らず討伐されていた。

 その後、周囲に残党がいないことを確認したところで一行はようやく警戒を解いた。周囲に弛緩した空気が流れる。

 

「ふー、しかしまさか、階層を降りてすぐに魔物の群れに遭遇するとは運がなかっただなあ、イリーナがいなかったら手こずったかもしれねえだ」

 

「そ、そうですか……? いやー、えへへ……それほどでもー」

 

 歴戦の冒険者であるドルムルに褒められ、まんざらでもない様子でイリーナは照れる。その仕草は先ほどまでの戦いぶりがまるで嘘であるかのように年相応の少女のものであった。もっとも、その身を包むプレートアーマーと返り血が付いた巨大なグレートソードが否が応もなく思い出させるのだが。

 

「……ふむ」

 

 そんな風にドルムルに褒められ赤くなるイリーナをルヴィスはしばらく観察すると、おもむろに立ち上がる。そして、あろうことか犬猿の仲であるはずのドルムルに話しかけた。

 

「そこのドワーフ。少し私についてきなさい」

 

「あ? なして、お前なんかと付き合わなきゃいけねえんだ?」

 

「あ、あの……二人とも喧嘩は良くないですよ……?」

 

「ええ、分かっていますよ、イリーナさん。大丈夫です、彼とは少し話があるだけですから」

 

 二人の仲の悪さを心配しているのだろう、不安そうな顔を浮かべるイリーナにそう言うとルヴィスはやや強引にドルムルを立ち上がらせ、少しばかり離れた位置まで歩いていく。ドルムルも何か重要な話があるのだろうと、黙ってついていった。

 

「で? 一体、イリーナを仲間外れにして何が言いてえんだ、エルフ?」

 

「彼女を、イリーナを貴方はどう見ていますか?」

 

「は? どうって……さっき言った様に心強い仲間だと思っているだが……?」

 

 質問の意図がつかめず、戸惑うドルムルにイラつきながらも努めて冷静な口調で確認をとる。

 

「気づいているのでしょう? 間違いなく彼女は私たち以上の使い手だと」

 

「……ああ、そういうことか。確かにちっとばかし困っちまったな。これじゃあエイナちゃんの計画は失敗になっちまうだ」

 

 ルヴィスの言わんとしていることに気づき、ドルムルは納得したようにうなずく。

 ダンジョンに潜る前に二人はイリーナの現状についてエイナから彼女の予想も交えた説明を受けていた。曰く、イリーナのファミリアは団員が彼女一人しかいない零細ファミリアの為にだれにも頼ることができない状態にある、それなのに彼女の主神はそこにつけ込み彼女に嘘のレベルを教えて笑いものにしようとしている、等々。聞くだけでもおおよそ目を覆わんばかりの窮状であった。

 そこでエイナが二人に頼んだことというのが3レベルの二人にイリーナを帯同させることで力の差を見せつけたところでそれとなく事実を伝え、他のファミリアへの改宗を勧めるというものであった。

 しかし、実際はどうであろう。イリーナに力を見せつけるどころかこちらが見せつけられる結果となった。

 始め、二人は上層でイリーナの力を見極めようとした。イリーナの装備を見て、きっと歩くなどの日常的な動きはできても戦闘行動は無理だろうと高を括っていたのだが、予想に反しイリーナは鎧を付けたまま走り回り、巨大なグレートソードを手足の様に扱って見せた。

 この時点で二人はイリーナが自分たちより格上の相手だと確信した。

 その後はあれよあれよと探索は進み、17階層までたどり着いてしまった。ダンジョン探索初日でここまで下りたのは間違いなくイリーナぐらいのものだろう。

 

「まあ、でもこれはこれでいいんじゃねえか? あれなら今日明日の所で死ぬとは思えねえし、あれ程の力量ならすぐに評判が立って新規加入の団員も増えていってソロ探索なんて危険もしなくて済むようになるだ」

 

 眷属を騙すような性格のくせにイリーナの主神は運がいい、とドルムルはうそぶくが、ルヴィスはそこに疑問を差し込む。

 

「……果たして、本当に彼女の主神は騙していたのでしょうか?」

 

「なんだと?」

 

 ルヴィスの思いもかけない言葉にドルムルは瞠目する。

 

「考えてもみてください。彼女のファミリアは彼女一人しかいない貧乏ファミリアです。いくら神が享楽的な性格をしているからといって唯一の稼ぎ手の機嫌を損ねるようなことをするでしょうか?」

 

「いや、そりゃまあ……そうだが……」

 

 ルヴィスの正論にドルムルは言葉を詰まらせる。だが、理屈はそうでも常識がそれを否定する。

 

「それじゃあ、何か? まさか、本当にイリーナがレベル7だと言いたいんか? いくらなんでもそれはねえだ。イリーナはついこの間オラリオにやってきただ。つまり、オラリオの外で経験を積み重ねたことになるだ。レベル7になるまで経験を積めるような場所はダンジョン以外存在し無いはずだ」

 

「それは……まあ、そうなんですが……」

 

 今度はルヴィスの方が言葉に詰まる番であった。

 オラリオの内と外では眷属の強さの差は歴然としている。これはオラリオのみに存在するダンジョンを起因としている。

 オラリオの外に生息している魔物は古代に地上へと進出した魔物たちを祖としており、世代を重ねるごとに体内の魔石を子孫に分け与えた為、その大きさは縮小しており、その強さはダンジョンで生まれた魔物と比べるべくもない。

 結果、経験値をためる場所としてダンジョンはこの地上で最も適した場所なのだ。

 そして、レベル7とはその環境においても現在たった一人しか到達していない頂なのだ。そこに効率に劣る外でたどり着けるというのはどうにも考えにくい。

 

「……まあ、ここで言い合っても仕方のない話ですね。所詮は推測に推測を重ねた話です。地上に上がってから我らが見聞きしたことを報告し、それから彼女の主神を交えて話せば済むことです」

 

「んだな。……よし! そうと決まればそろそろ帰還しねえか? イリーナの力量を見極めるっていう目標はもう十分に果たしたわけだしな」

 

「……ふむ。それもそうですね。少々早い気もしますが、いくら力量があってもイリーナはダンジョン探索の素人。無理は良くありません」

 

 このまま話しても堂々巡りになるだけと判断し、ドルムルとルヴィスは予定を繰り上げて帰還することに決めた。

 そして、二人だけで話をしていることに不審そうな顔をしているイリーナの元に戻ると、二人はエイナの計画のことは伏せて、二人でイリーナの力量の評価とそれを踏まえての計画を練っていたのだと説明し、その上で探索の終了を提案した。

 イリーナは二人の説明に特に疑う様子もなくあっさりと信じ、探索の終了の提案にも同意する。

 

「うーん、私はまだまだ体力が余っているのですが……ベテランのお二人がそう言うのであれば従います!」

 

「そう言って頂けると助かります。貴方の様に才能豊かな新人というのはどうにも自身の力を過信しすぎるきらいがありますので、引き際を誤ることが往々にしてあるのですよ」

 

「んだんだ……冒険者は冒険をしない。この町の冒険者の心構えだ」

 

 いっそ拍子抜けするほどにあっさりとこちらの言葉に従うイリーナに二人の顔もほころぶ。なにせ冒険者というのは大なり小なり跳ねっ返りな所があるものだ。そんな中でこうも素直に人の、それも明らかな格下の忠告に耳を傾けられるというのは実に貴重な資質である。先ほどの戦闘力も合わせて考えてみるとこれ程有望な新人冒険者など見たことがない。この様子なら、新しい知り合いの心配は要らないようである。

 そんな風に二人が胸を撫でおろしていると

 

「……ん?」

 

 ルヴィスの耳が不自然な音を捉えた。エルフの鋭敏な聴覚であればこそ捉えられるほどの微かな物音。それが、真っすぐにこちらに向かってきている。

 

「どうかしましたか、ルヴィスさん?」

 

「しっ! ……静かにしてください。向こうの曲がり角から何かがこちらにやって来ます。荷物をまとめてすぐに離れられるようにしてください」

 

 ルヴィスの警告にイリーナとドルムルの顔つきが瞬時に変わる。ルヴィスが指示した方向は丁度帰り道の方角であり、帰還しようとするのであればその何かと鉢合わせをすることになる。そして、ダンジョンで会う何かと言えば十中八九モンスターである。

 正直この三人ならばこの階層のモンスターなど十分に対処できるだろう。とはいえ、不測の事態が往々にして起こるのがダンジョンの怖さでもある。警戒のし過ぎくらいがちょうどいい。場合によっては多少の遠回りが必要になるかもしれない。

 既に物音はルヴィスだけでなくイリーナたちでも聞こえる距離まで迫ってきている。

これは……足音だ。それも数えきれないほどの多数の、それも成人男性をはるかに超える重量のものだ。

 最悪の予想がいよいよ現実味を帯び始め、三人は頭の中で万一の場合の迂回ルートを思い描きながら、正面の曲がり角を睨み続ける。

 そして、遂に曲がり角から影が現れた。

 

「あっ……!?」

 

 現れた影から少女の声が上がる。曲がり角から現れた影、それは3人の冒険者だった。構成はヒューマンの女剣士、アマゾネスの軽戦士、エルフの魔導士というオーソドックスなものである。

 彼女らが足音の主なのか?

 いや、それはない。足音は数えきれない程の数で、尚且つ人のものとは思えぬほどに重々しいのだ。明らかに目の前の三人とは符合しない。

 それに何よりも……

 

 

 

 

 

「そこの貴方たち、逃げてください! モンスターの群れが来ています!!」

 

 後方へと注がれる彼女らの恐怖に満ちた目が、その後ろにいる何かの存在を高らかに物語っている。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 新たな獲物の匂いに気づいたのだろう、何かの雄叫びが曲がり角の影から放たれる。

 三人の冒険者から遅れること数瞬、足音の主達は遂にその姿を現した。

 赤銅色の体皮と筋肉質の巨体。体の大部分は人と同じでありながら一番上にある頭は牛のそれにすり替わっていた。

 

「……ッ!! ミノタウロスか!?」

 

「なんですか! あの数は!?」

 

 中層域における最強のモンスター、ミノタウロス。先のヘルハウンドの様に特殊な能力を持っているわけではないが、その巨体通りの攻撃力と耐久力はそれを補って余り得る。レベル3のドルムルとルヴィスでも決して油断はできない相手だ。

 だが、二人が愕然としたのはその数だ。今もこうして三人の目の前で曲がり角からなだれ込むように次から次へと姿を現していく。先ほどのモンスターの群れが小隊だとするなら、こちらは一個大隊。それも質はこちらの方が上ときている。

 とてもではないが対処できる範疇を超えている。

 瞬時にそう判断した二人は迅速だった。

 

「逃げますよ! 二人とも!」

 

「先導はオラに任せるだ! この辺の道なら全部頭に叩き込んであるだ!」

 

 幸いにも未だ、ミノタウロスの群れとは距離が離れている。加えて、ミノタウロスの群れの前には別の生贄がいるのだ。彼らが捕らえられ貪られる時間も考えれば、容易に離脱は可能であろう。

 だからこそ

 

「ドルムルさん、ルヴィスさん。お二人は先に行ってください。私は残りますから」

 

 二人のベテラン冒険者にはイリーナの言葉が理解できなかった。

 

「イリーナ……!?」

 

「何を言っているのですか、貴女は!? 我々にはそんなことをする必要はありませんよ!?」

 

 前に進み出てグレートソードを構えるその姿からは彼女が一体何をしようとしているのかは一目瞭然である。イリーナは、あのミノタウロスの群れに挑もうとしているのだ。

 

「いいえ、あの人たちの怪我は決して浅くありません。あれでは助けがなければ逃げ切ることは不可能でしょう」

 

 確かに追いかけられている三人の冒険者たちは皆、すでに少なくない血を流している。あれでは体力の限界は近いであろう。ただでさえ身体能力の差から距離を詰められているのにそれは致命的と言える。

 故にイリーナの指摘は正しい。だが……

 

「私が言っているのはそういう意味ではありません! 我々に赤の他人の彼女らを助ける義理などないと言っているのです!」

 

 そう、あの冒険者たちとは名前も知らない他人だ。そんな人間を見殺しにしたところで一体どんな不都合があるというのだろうか。ましてや、助けるのに大きなリスクを背負うというのであれば百害あって一利なしだ。

 非情と言うなかれ。これがダンジョンの習いである。ダンジョンの中で何があろうともそれは全て自己責任なのだ。

 イリーナとてそれは理解している。その上でイリーナははっきりとした口調で言葉を紡ぐ。

 

「あの人たち、逃げてください、って言いました」

 

「は? それが一体……?」

 

 脈絡のない言葉に二人のベテラン冒険者は困惑する。だが、イリーナは気にすることもなく口を動かす。

 

「私たちを見た時、あの人たちはミノタウロスの群れに追いかけられて満身創痍でした。普通あの状況では助けを求めるものです」

 

 だが、彼女たちはそうしなかった。それどころか逃げろ、と言ったのだ。

 それはつまり、自分たちを見捨てろということに他ならない。そう、彼女たちはあの状況で自分たちが助かることよりも名前も知らないイリーナたちの命を優先させたのだ。

 

「だから助けると? 彼女らが善良な人格をしているから、という理由だけで知り合いでもない人間の為に危険を冒すと貴女はおっしゃるのですか?」

 

 ルヴィスの声は固く、その眼差しは糾弾するかの如く冷たい。

 当然であろう。イリーナの言葉は結局のところ単なる我儘でしかない。その上、パーティー全員を危険に晒しかねないものなのだ。臨時とはいえパーティーを組んでいる二人としてはたまったものではないだろう。

 それを十分に理解しながらもイリーナの決意は変わらない。すまなさそうに、しかし強い決意をにじませながらも二人に謝罪する。

 

「すみません、勝手なことをしてしまって。ですが、お二人は私に付き合う必要はありません。お二人は逃げてくださ……」

 

「はあ……そんなことできるわけがないでしょう……」

 

「んだな。オラたちはエイナちゃんにイリーナの面倒を頼まれたわけだからな」

 

「へ?」

 

 だが、その謝罪はあっさりと遮られた。呆気に取られるイリーナの前でドルムルとルヴィスは抱えていた荷物を下ろすと、手際よく戦いの準備を始める。

 荷物をあさり、二人が取り出したのは優雅な曲線を描く弓矢と無骨な槌の形をした魔剣だ。二人を現すかのように対照的な意匠であり、同時にその性能はどちらも持ち主の力量に見合った一級品であることが一目で見て取れる。

 それぞれの業物を携え、二人の熟練冒険者はイリーナと打ち合わせを始める。

 

「じゃあ、イリーナ。オラたちは援護に専念するから前衛は任せただ。思いっきりあの牛面野郎を叩きのめすだ」

 

「申し訳ありません、イリーナさん。貴女のような女性に危険な前衛を任せるのは大変心苦しいのですが、お恥ずかしいことに私もそこのドワーフもあれだけのミノタウロスを相手取るのは少々危険があるのです」

 

「い、いえ……別に構いませんけど……よ、よろしいんですか、二人とも? 別に私は置いて行ってもらってもお二人を悪く思ったりしませんよ?」

 

 躊躇うようなイリーナの言葉にドルムルとルヴィスは面白い冗談を聞いたかのように笑う。

 

「おいおい、イリーナ。オラ達はパーティーを組んでいるんだぞ? 仲間を置き去りになんかするわけがねえだろ?」

 

「その通りですよ。そんな恥知らずなことをするくらいならば私は潔く死を選びますよ?」

 

「で、でも……私の我儘にお二人を巻き込むわけには……」

 

 いかない、と続けようとしたところでドルムルとルヴィスはとんでもないとかみつく。

 

「我儘? 何を言ってるだ! 見ず知らずの人間の為に身を投げ出すなんてことが我儘なわけがねえだ! まるでオラたちドワーフの勇者のような勇敢さだ!」

 

「全く、何を言っているのでしょうかね、このドワーフは? イリーナさんがドワーフのような野卑な者たちの同類? 馬鹿馬鹿しい。ここは我らエルフのような高潔さの持ち主だと褒めたたえるべきでしょう」

 

「あ、あははは……」

 

 こんな状況でもケンカを始められる二人の図太さにイリーナも呆れるしかない。しかし、決してそれは不快ではなかった。

 それはきっと、その図太さは確かな実力に裏打ちされた自信からくるものであり、今は離れ離れになった仲間たちを思い出させてくれたからであろう。

 イリーナは一瞬笑みを浮かべるが、すぐに顔を引き締めるとミノタウロスの群れへと向き直る。その顔には少女特有の柔らかさはすでにない。面前の敵をどう叩きのめすか思案する戦士の顔である。

 ミノタウロスの群れとの距離はすでに離脱が困難な域にまで縮まっている。その巨体と数も相まって、血なまぐさい吐息が吹き付けてきそうな迫力である。

 と、ここで先頭を走っているヒューマンの少女はイリーナ達が逃げようとせず、自分たちを助けるためにミノタウロス達に立ち向かおうとしていることに気づいた。一瞬、顔を喜色に染めるが、すぐに喜んでしまった自分を恥じるように顔をしかめると息も絶え絶えに叫ぶ。

 

「ダメです! この数のミノタウロス達を相手にするのは……! せめて、あなた達だけでも……!」

 

 もはや、叫ぶことすら難しいのであろう。その叫び声はか細くとぎれとぎれで、ミノタウロスの足音に今にもかき消されそうだった。だが、何としてもイリーナ達を助けようとする彼女の決死の覚悟がそれを阻んでいた。

 皮肉なことにその覚悟が余計にイリーナから撤退の二文字を消し去っていたのだが。

 

「大丈夫です! 今、助けに行きます!」

 

 そう言うと、イリーナはグレートソードを大上段に構え、そして、走り出した。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 とても女性とは思えない雄たけびが上がったかと思うと、次の瞬間にはイリーナはその場から地面を蹴りだした音を残して姿を消し、突如として少女たちの前に現れた。まるで瞬間移動でもしたかのようなイリーナの速度に三人の少女たちは皆驚きに目を見開く。

 少女たちはこの中層で活動をしているパーティーだ。当然、その力量はオラリオでも少数派のレベル2に位置する実力者だ。そんな彼女たちですら目で捉えられない速度を出せる冒険者など、ロキ・ファミリアの剣姫や狼人を始めとした第一級冒険者ぐらいである。

 しかも、この両者とイリーナの間には決定的な違いがある。

 それは彼らが機敏さを重視する軽戦士であるのに対し、イリーナは重厚な武装をした重戦士であるということだ。

 

「でりゃああああああっ!!」

 

 少女たちとすれ違うとイリーナは勢いを殺すことなく、その体をミノタウロスの群れの先頭にぶちかます。

 小柄な少女と巨大な魔物との正面衝突。本来ならば後者に軍配が上がってしかるべき勝負はしかし、少女の圧勝であった。

 激しい金属音と破砕音が鳴り響き、体当たりを喰らった二匹はぶつかった衝撃で四肢と首を不自然な方向に捻じ曲げたまま後方に吹き飛ばされる。

 そしてそれは狭い通路に密集して、それも全速力で走っていたミノタウロス達にとって悪夢のような出来事であった。

 まず、吹き飛ばされてきたミノタウロスに後続のミノタウロスが巻き込まれ、転倒する。

 慌てて起き上がろうとするも、転倒したミノタウロス達の目に飛び込んできたのはもはや止まりようもない同胞たちの姿であった。

 ミノタウロス達の足音だけが木霊するダンジョンに何かがふみ砕かれる乾いた音と断末魔の叫び声、そして湿った地面を踏み荒らす水気を含んだ音が響く。

 無論、踏み殺した側もただでは済まない。仲間の死体に足を取られ転倒し、次々と同じように命を落としていく。何体かは何とか踏みとどまるも、前方の状況を知らない後続の者たちに追突され、結局自分も哀れな犠牲者の仲間入りを果たしていく。止まらない悲劇の連鎖がそこにはあった。

 二次被害による影響が大きいとはいえ、たった一撃で状況をひっくり返したイリーナに追いかけられていた少女たちは勿論、ベテランのルヴィス達も言葉を失う。

 

「大丈夫でしたか、皆さん?」

 

「え、ええ……お、おかげで助かりました……?」

 

 三人の安全を確認し、イリーナは相好を崩すが助けられた少女たちは目の前の惨劇に若干引き気味であった。

 そんな三人の様子に気づかないのか、イリーナは心から安心したかのように一息をつくと手をかざし、祈りの言葉を唱える。

 

「キュア・ウーンズ」

 

 イリーナがそうつぶやくと、三人を柔らかい光が包みこみ、そして全身の傷がふさがっていった。

 

「えっ、傷が……!?」

 

「うそ……!? 回復魔法……! それも、こんな強力なもの……!」

 

「す、すごいです……!」

 

 全身をむしばんでいた傷が嘘の様に消え去ったことに少女たちは驚きの声を上げた。

確かめるように傷のあった個所を矯めつ眇めつ眺めたり、お互いの傷を確認し合う。

 だが、それ以上に驚くものがいた。

 

「なんと……! イリーナさんは回復魔法まで習得していたのですか……!?」

 

「ここまでくると呆れるしかねえべ……」

 

 ルヴィスが驚嘆の声を上げる横でドルムルは呆然とつぶやく。

 二人はここまでイリーナの戦いぶりを身近で見てきて、彼女のことを剣しか使えない純粋な戦士だと思っていた。ベテラン二人の目をもってしてもそう思わせるほどにイリーナの戦士としての技量は卓越したものであったのだ。そこに魔法という要素が加われば、その戦闘力は加速度的に上がっていく。

 ましてや、イリーナが使ったのは回復魔法、それも複数人を同時に対象とできるものだ。これはつまりイリーナは前線を支えつつ、後方の仲間を癒すという前線基地の様なことができるということだ。

 たった一人でパーティーを支えられる逸材。一級冒険者の中でも果たして何人が同じことをできるだろうか。

 畏怖と驚嘆の視線を注ぐドルムルとルヴィスの前でイリーナは少女たちの傷が完治したことを確認すると三人を守るかのように進み出る。イリーナの目の前には混乱から立ち直ったミノタウロスの群れが睥睨していた。

 

「ウォオオオオオ……!」

 

 すでに半数近くが失われていたが、ミノタウロスの群れの威圧感に衰えはない。むしろ、同胞を失ったことによる怒りで増したかのような気さえする。

 激昂するミノタウロスの集団。一流冒険者であっても震え上がる、もはや災害と言ってもいい存在だ。

 

「それでは、行ってきます」

 

 だが、イリーナの顔に怯懦の色はない。

 当然だ。この程度の怪物、イリーナにとっては慣れたものだ。

 剣を振り上げると先ほどと同じように一直線にミノタウロス達に飛び掛かる。

 

「せりゃあああああっ!」

 

「ウオオオオオオオッ!」

 

 その速度は先ほど同様、疾風と呼ぶにふさわしい速度であった。だが、伊達にミノタウロスも中層最強と謳われていない。

 如何に速くとも、真っすぐに自身へと向かってくるのであればカウンターを繰り出すのは容易い。いつもの様に冒険者の頭を砕く感触を思い出し、嗜虐的な喜びを噛みしめながら飛び掛かって来たイリーナに合わせるようにミノタウロスが拳を繰り出す。避けようもない、狙いもタイミングも完璧な一撃であった。子供の顔ほどに巨大なミノタウロスの拳がイリーナに迫り、そして命中する。

 肉を裂き、骨が砕ける音がダンジョンに鳴り響く。

 ——ミノタウロスの拳から。

 

「ウオオオオオオオオッ!?!?」

 

「先ずは、一体っ!!」

 

 殴りつけたのに自分の方が被害をこうむるという、摩訶不思議な状況に混乱するミノタウロスをイリーナは一刀両断する。

 ミノタウロスの一撃を受けたのに、大剣を振って血のりを払うイリーナに怪我らしい怪我はなく、鎧には拳の形をした血の跡が残っているだけでへこみ一つない。

 装甲を幾重にも重ね合わせたこの鎧はイリーナ以外誰も着用できないほどの重量と引き換えにミノタウロスですら歯が立たないほどの防御力を手に入れていたのだ。

 殴りつけたのに相手は無傷どころか自分の方が傷つくという仲間の理不尽な死にざまにミノタウロスの群れは一瞬ひるむ。

 そこに付け入るようにイリーナは追撃を開始する。

 

「ふっ!」

 

 鎧袖一触とばかりに、ミノタウロス達が次々となます切りにされていく。並みの武具では傷一つ付かないとされているミノタウロスの固い筋肉と分厚い皮膚だが、イリーナの筋力と規格外の質量を持つグレートソードが相手ではよい的でしかなかった。

 無論、ミノタウロス達もただでやられているわけではない。たとえ自分たちの攻撃が聞かないのだとしても意地だけは見せてやるとばかりに一体のミノタウロスが健気にもイリーナに殴りかかる。

 

「ウオオオオオオオッ!!」

 

「おっと! 効きませんよ、その程度!」

 

「ウオッ!?」

 

 だが、その拳は無情にもイリーナの小さな手のひらに止められる。慌てて引こうとするも、自身の手よりも二回り以上も大きいミノタウロスの拳を器用に、そして万力のような力で掴むイリーナの手は決して離脱を許さない。

 全体重を使い、必死になって腕を引き抜こうとするミノタウロス。だが、その体が突如ふわり、と重力から解き放れた。

 その時、イリーナを除く全員が目を見開き、口を大きく開けた。少女たちも、ルヴィスも、ドルムルも、そして感情などない筈のミノタウロス達も。

 全員の視線の先では、イリーナがミノタウロスを左腕一本で持ち上げていた。

 小柄な少女に巨大なモンスターが逆さ吊りにされるという光景は話に聞くだけならばシュールさに笑い話として聞き流されたかもしれないが、現実に目の前で行われれば、恐怖しか想起させない。

 特に、実際に持ち上げられれているミノタウロスはそうであろうことは想像に難くない。これから待ち受ける自身の運命を悟っているのであろう、ガクガクと首を振り回し、四肢を暴れさせるその姿は哀れですらあった。

 

「よいしょ!」

 

 可愛らしい声と共に、ミノタウロスの見ていた景色が急速にぶれたかと思うと、視界一杯に地面が迫り来る。衝突音と水気を含んだ音とともに地面にクレーターとそこに溜る血の泉が出来上がった。

 

「ヴオ、オオオオオッ!?!?」

 

 その音が合図であったかのように、残りのミノタウロス達は逃げ出した。もはやその頭の中には殺意や怒りは微塵もない。あるのは生存本能だけだ。統率も何もない、ただ、イリーナという絶対的な恐怖から離れることだけしか考えずに足を動かし続ける。

 それはつまり、絶好の追撃の機会ということだ。

 

「ヴォオオッ!!」

 

 突如、最後尾を走っていたミノタウロスとその前方にいたミノタウロスが体のど真ん中に大穴を開け、絶命する。

 振り返ってみれば、そこには、巨大な弩を構えるイリーナがいた。

 相手に無防備な背中をさらけ出す間抜けな敵に手を緩めるほどイリーナは甘くはなかった。再装填の時間も惜しいとばかりに弩を放り捨てると後方の仲間に語り掛ける。

 

「お二人とも今です! 今ならこちらが一方的に攻められます! 私も魔法で攻撃しますのでお二人も手伝ってください!」

 

「お、おう……」

 

「わ、分かりました……」

 

 容赦のないイリーナの言葉にうろたえながらも二人もまた、ミノタウロスに追撃を加えていく。魔剣から放たれる雷撃がミノタウロスを焦がし、正確に放たれる矢が頭蓋を貫く。逃げ惑うミノタウロス達にはそれを防ぐ手立てはない。次々と無抵抗に殺されていく。

 

「オラ、初めてモンスターのことを可哀そうだと思っただ……」

 

「ええ、実は私も同じことを考えていましたよ……」

 

 ぼやく二人だが、その言葉とは裏腹に手の動きには淀みはない。内心はどうあれ魔物に手心を加えるほど愚かではない。

 

「しかし、あれだな。結局お前の言うことの方が正しかっただな」

 

「む? 一体何のことです?」

 

 ルヴィスの言葉にドルムルは魔法でミノタウロスを吹き飛ばすイリーナを顎で指す。

 

「イリーナのレベルのことだ。あれはどう見たって一級冒険者以上の力量だ。レベル7であったとしてもおかしくはねえだ」

 

「そうですね。しかし、そうなると……」

 

 このオラリオは揺れるな、とルヴィスは思った。

 外部から来たレベル7。この事実は様々な意味合いを持つ。

 面白いことには目のない神たちは皆、当然興味を持つであろうし、安定していたオラリオのパワーバランスは確実に壊れる。そうなれば少なくない混乱が起こる。

 それを外部の者たちが黙って見過ごすとは限らない。ラキア王国を始め、オラリオによからぬ野望を向けるものは多い。今まではオラリオの圧倒的な戦力でそれを黙らせてきたが、今回イリーナという存在がそれを危うくさせる。

 イリーナ自身が証明してしまっているからだ。外部でもレベル7を生み出すことは可能なのだ、と。

 そうなれば、ギルドは一体どんな判断を下すのであろうか。

 と、ここまで考えたところでルヴィスは一笑する。一介の冒険者がオラリオの心配をするなど分不相応も甚だしい。

 それによく考えてみれば、ギルドはこの町の冒険者を統括する組織だ。高々レベル7が一人現れた程度で傾くほど脆い組織ではない。

 そう、ルヴィスは自身を納得させた。

 

 

 

 そんな彼は後日、オラリオにレベル7が新たに六人も生まれたことを知り、大いに狼狽することとなるのだが、神ならぬ身には知りようもなかった。

 

 

 

 







 お待たせしましたが、ようやく六話が完成いたしました。
 やはり、戦闘描写と言うのは難しいものです。詳しく書こうとすればスピード感がなくなってしまいますし、逆にあっさりとした描写にすると単調なものになってしまい、上手くバランスを取ることが難しいです。そういう視点で見るとやはりプロの方の文章はとても勉強になりますし、面白いなあと新たな発見ができました。
 それでは皆様のちょっとした楽しみになれたことを祈って筆を置かせてもらいます。



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