へっぽこ冒険者がダンジョンに挑むのは間違っているだろうか 作:不思議のダンジョン
皆さん、明けましておめでとうございます。かなり久しぶりの投稿になりましたが今年もよろしくお願いします。
「むむむ……」
時刻は正午から幾分か過ぎた頃。バイト先であるジャガ丸君の屋台にとって稼ぎ時であるランチタイムが終わり、遅めの昼休みを得たヘスティアは早速、新団員の勧誘を行っていた。
結果は、見事なまでに惨敗。今までがそうであった様にけんもほろろに断られた。団員が一人だけと聞けば零細ファミリアは嫌だと断られ、その団員はレベル7だと言えば嘘を言うならもっとましな嘘をつけと笑われる始末だ。
一人目の団員が見つかり、いよいよ巻き返しの時間だ、と息巻いていたヘスティアにとっては冷や水を浴びせられた結果となった。
今までのヘスティアならばここで挫けて、気を取り直して明日頑張ろうなどと言っていただろう。
しかし、今やヘスティアは一人しかいないとはいえ、立派なファミリアの主神なのだ。この程度の失敗などに折れはしない。何十人もの人間に断られ続けても勧誘を辞めず、オラリオ中を練り歩いた。
そして今、その努力は実を結ぼうとしていた。
「あ、あの……! 実は僕たち、このファミリアに入団したくて……!」
「……悪いが、うちのファミリアは素人を入団させるほどの余裕はない。すまんが、よそに行ってくれ」
「そ、そこを何とか! せめて、主神様にお目通りだけでも……!」
建物の陰からこっそりと覗き見るヘスティアの目の前で、少年と青年が素気無く守衛にファミリア入団を断られていた。
少年は白雪の様な髪と紅玉の様な瞳が特徴的であった。必死になって守衛に縋りつくその様子から察するに、田舎からやって来たおのぼりさんといったところだろう。
それに対し、傍らの青年の態度は落ち着いたものだった。目の前で片割れが醜態をさらしてまで入団を頼み込んでいるというのにニヤニヤと薄笑いを浮かべているばかりであった。
やがて少年が守衛に振り払われ、そこに至ってようやく青年は話に参加し始めた。
「はっはっは! まあまあ、ベル。ここは一つ、天才魔術師の俺様に任せたまえ」
青年は意気揚々とベルと呼ばれた少年を助け起こすと守衛に向き直る。その態度は自信に満ち溢れ、頼もしいものであった。しかし、助け起こされたベルは慌てて交渉をしようとする青年を止めようとする。
「えっ!? い、いや……ここは僕に任せてください! 先生の性格では纏まる交渉も纏まらなくなりますから!」
「はっはっは……一応は師と呼ぶ人間に対して君もなかなか言うじゃないか、ベル君」
「なんなんだ……お前たちは……?」
自分を無視して、妙な掛け合いを始める二人組に守衛はたじろいだ。しかし、その視線が青年に向けられた途端、驚いたように見開く。
「……ん? お前はそこの素人と違ってそれなりにやるようだな……?」
「ふっ……流石は俺様だな。こんなうだつの上がらない小物にすら隠し通せぬほどの実力とは……」
「……喧嘩を売っているのか、貴様……!」
「す、すすすみません! 先生は少し変わっているんです! 悪気はないんです!」
「余計に質が悪いわぁっ!」
小物と呼ばれ、怒気をあらわにする守衛に少年が謝罪する。ところが当の張本人はどこ吹く風とばかりの調子で火に油を注いでいく。
「ふむ、ここがファミリアの本部か……守衛と同じで随分と寂れた建物だな。シティーボーイである俺様には不釣り合いだが……まあ、我慢してやろう。おい、お前。ファミリアに入団してやるからさっさと俺様たちを案内してくれやがりなさい」
ぶちり、という音が少年には聞こえたような気がした。
「ふ、ふざけるなああああああっ!!」
「ひ、ひいいいいっ! ご、ごめんなさああああああいっ!!」
ついに堪忍袋の緒が切れた守衛に少年は謝ると、半ば引きずるようにして青年を連れて逃げ出したのであった。
「やれやれ、あの程度のことで我を忘れるとは心の狭い奴だったな」
「あんなの誰が聞いても、怒ると思いますよ……」
激高した守衛から逃げ出した後、少年と青年は近くの広場にいた。
全力疾走をした為に息も絶え絶えとなり、肩で息をする少年とは対照的に青年の方は子憎たらしいほどに涼しげな顔をしている。
「そうか……? 俺様の師匠なんかこの前『はっはっは、ハーフェン君。遂に俺様は魔術師として君より上の位階にたどり着いてしまったよ。教え子に追いつき追い越される気分はどうかね?』と言ったら『もちろん嬉しいに決まっているじゃないか。教え子に追い越されるなんて教師の誉さ!』って笑って許してくれたぞ?」
「それは絶対におかしいです! 僕は魔術師の師弟がどういう物か知りませんけど、先生もその人も両方とも絶対どこかおかしいです!」
あまりに傍若無人な青年のエピソードに少年が大声で正論を叫ぶ。
当然ながら人がたくさんいる場所でそんなことをすれば注目を集めることになる。
案の定、周囲から好意的とは言えない視線が少年に集まりだす。
好奇の視線に少年は顔を赤くし、居心地の悪そうに身じろぎすると小声で青年に話しかけた。
「それで、先生。これからどうするんですか? ギルドから教えてもらった目ぼしいファミリアは全部回ってみましたけど、結局一つも入団できませんでしたよ」
「そうなんだよなあ……いい加減一息つくためにもどこか休める場所が欲しいんだが、路銀もねえしなあ……」
こうなったら一つ恩恵なしでダンジョンに潜ってみっか、と青年がつぶやくが慌てて少年が止める。
「な、何言ってるんですか!? ダンジョンにはモンスターがうようよいて、恩恵もない人間が入ったらあっという間に殺されちゃいますよ!」
「ふっ……それは所詮凡人の話だ。天才魔術師の俺様にかかればゴブリンやコボルトなど物の数ではない!」
「そ、それはそうかもしれませんけど……でも、魔石の換金の時、どうやって説明するんです? 恩恵なしでモンスター倒しました、と言っても信じてもらえませんし、下手をすると冒険者から盗んだと疑われますよ?」
「むむ……確かにそう言われてみればそうだな……」
少年の正論に思わず青年がうなる。いい加減、自分たちの置かれている状況に気づいたのだろう、その表情は先ほどよりも余裕がないように見えた。
そしてそれは、ヘスティアにとって絶好の機会と言えた。
「ひょっとして、君たちはファミリアを探しているのかい?」
「「は?」」
呼びかけられ、少年と青年が振り向く。ヘスティアを見るその目は驚きに見開かれ、そして困惑の色を宿し始めた。
「えっと……君は誰なのかな? 親御さんと逸れたの?」
「はあ……めんどくせえなあ……この忙しいときに」
どうやら、少年と青年はヘスティアをただの子供だとでも思ったらしい。まあ、これは仕方がない。実際、童女の様な似姿のヘスティアを初見で神と見抜いた下界の子供など未だかつて見たことがない。
微笑みを一つ浮かべると、ヘスティアは神の威厳を見せつけるように鷹揚に、そしてからかう様にふるまって見せる。
「おいおい、確かに僕は何億歳と生きているけど、まだ住み慣れた町で迷子になるほど耄碌はしていないさ」
「へ? 何億……歳? え!? も、もしかして、あ、貴方は……!?」
「ん? どうしたんだ、ベル? ひょっとしてこのやたら偉そうなクソガキに心当たりでもあるのか?」
「偉そ……!? 先生がそれを言いますか!?」
ヘスティアの素性に思い当り少年は驚愕するが、対照的に青年はあろうことか神様相手にクソガキ呼ばわりである。
「す、すすすみませんでしたっ! ま、まさか神様とはつゆ知らずに、無礼なふるまいを……! あ、あと、先生は神様とは気づかなかっただけで本来はこんなことを言う人では……」
「ん? ああ、そうか、これが物好きにも神の力を捨てて人間のヒモになりにわざわざ下界に降りてきているとかいう、神様とかいう奴らか……」
「センセェェェッ!! お願いですから、ちょっと黙っててぇぇっ!!」
少年がフォローした瞬間に神様をコレ扱いである。なんというか、ここまで敬われないといっそ清々しい気分である。
まあ、ヘスティアとしてもファミリアの人間とは家族の様な対等の関係を望んでいるのでこのぐらいの態度の方が有難いと言えば有難いと言えるかもしれないが。
「あははっ! そんなにかしこまらなくていいよ。こういうことには慣れているからさ! それよりも……」
気にするな、とヘスティアは言葉を切ると、本題に入る。
「実は偶然にもさっきのファミリアとの問答を見ていたんだけど……ひょっとして君たちはファミリアを探しているんじゃあないかい?」
偶然という部分を若干強調し、ヘスティアは二人に尋ねる。
「え、ええ。そうですが……?」
「ああ、どいつこいつも俺様たちの実力が見抜けんらしい。全く嘆かわしいことだ」
二人の肯定にヘスティアは内心ガッツポーズをとる。だが、内面のそれを表情に出すような愚は犯さない。努めて冷静かつ何でもないかのように言葉を選んでいく。
「そうかい、そうかい。実は、丁度僕もファミリアの団員を探していてね。もしよかったらどうだい? 僕のファミリアに入団してみないかい?」
「え!? いいんですか!? はい! 喜んで入団させてもらいます!」
ヘスティアの提案に一も二もなく飛びつく少年。あまりにも簡単に二人目の団員を見つけることができ、ヘスティアも笑顔を隠し切れなくなる。そして、そのまま青年の方へと期待のまなざしを向けるのだが……
「あー、その前にちょっといいかね、そこの女神君。いくつか質問したいことがあるんだが」
「ん? なんだい?」
あっさりと入団を決めた少年とは違い、青年の方は訝し気な表情を隠さず、質問をしてきた。
二人目の団員を迎えることができ、浮かれ切っていたヘスティアは完全に無防備な笑顔でそれに応え――
「お宅のファミリアってどのくらいの規模なんだ?」
「――!?」
完全に凍り付いた。ここまで完璧に進めてきたのにそれはあまりに大きなミスであった。
その様子から大体の事情を読み取ったのだろう。青年は傍らの少年の手を引くとそそくさと背を向け始めた。
「行くぞ、ベル。誰なのか分らんが、この女神のファミリアは間違いなく地雷だ。最初に名前を名乗らなかったのがその証拠だ。きっと借金やらなにやらで首が回らなくなっているとか悪い方向で有名に違いない」
「ええ!? そ、そうなんですか!?」
「な、ななななな何を言ってるんだい!? 君は!? 人聞きの悪いことを言うのはよしてくれ! 僕のファミリアには借金なんかないよ! ただ、昨日ようやく団員が一人見つかって、これまでは荒れ果てた教会で寒さをしのぎつつ、日雇い労働で糊口をしのいでいただけさ!」
速足で離れようとする二人に慌てて、ヘスティアは縋りつく。その姿には最早先ほどまでの威厳など微塵もない。
必死になって服にしがみつくヘスティアを青年は心底うっとうしそうに引きはがそうとする。
「八割方、当たってんじゃねーか! 流石の俺様もそこまで悲惨な状況だとは思わなかったぞ!? つーか、その昨日入った団員はすげー勇者だな!? その状況のファミリアに一人で乗り込むなんざ余程腕に自信があるか、すげーバカだぞ!?」
「ウチは少数精鋭なんだよ! その団員はなんとレベル7なんだ! 今は苦しくてもどうせすぐに有力なファミリアになるよ、ウチは!」
「そんな嘘にだまされるかっ! こっちが素人だと思って適当なことを言ってるだろ!? レベル7って言ったらこのオラリオにも一人しかいないレベルだろうが!」
「本当なんだよ~! なんで、誰も信じてくれないんだよ~! 本当にウチのファミリアの団員は、イリーナはレベル7なんだって~!」
「ええい! まだ言うかって……何だと?」
イリーナ、という名前に、ぴたりと青年の動きが止まる。あれ程興奮していたのに急に冷静に戻った青年にヘスティアも少年も虚を突かれた。
「先生……?」
「……あー、そこの女神よ。今、言ったイリーナという名前だが、ひょっとしてそれが昨日入ったとかいう奴の名前か?」
「え……? ……ああ、そうだけど、それが何だい……?」
青年の質問に肯定を返すと、青年は何やら頭を掻きむしりながらブツブツとつぶやき始める。ヘスティアには上手く聞き取れなかったが、あいつ何やってるんだ、とか、もう少しマシな所を選べよ、といった様に聞こえた。
突然の奇行にヘスティアも少年も困ったように顔を見合わせた時だった。青年は何かを諦めたかのようにため息をつくと、先ほどとは真逆の言葉を発した。
「あー、そこの女神よ。前言撤回だ。俺様もアンタのファミリアに入団してやってもいいぞ」
「へ!? いいのかい、さっきはすごく嫌がっていたのに……?」
「ああ、ベルもいいよな。さっき入団するって言ってたし」
「え、ええ。先生がそう言うのなら別にかまいませんけど……?」
あまりに急な心変わりに少年もヘスティアも戸惑いを隠せない。
二人の視線が突き刺さり、青年はあっさりと白状する。
「さっき言ってた、イリーナという奴は多分俺様の仲間だ。同名の別人かもしれんが、そんな悲惨な状況のファミリアに参加するなんてアホなことをするのはアイツぐらいなものだから多分それはない」
「なんだって!? それじゃあ、君も異世界人なのかい!?」
「……アイツ、昨日出会ったばかりの奴にそんなことまでしゃべったのか……」
「へ? 異世界人? 一体どういうことなんですか?」
あまりの偶然に驚くヘスティアと頭を抱える青年、そして話に全くついてこられない少年。放っておけば間違いなく混乱するであろう状態だったが、いち早く立ち直った青年が場の空気を切り替える。
「とりあえず、まずは自己紹介といかねえか? それから詳しい話は拠点についてからにしようぜ」
「……そう、だね。君たちの世界の話なんてこんな人通りの多いところでするようなものじゃないしね。よし、分かった。まずは僕からいくね。僕はヘスティア。こうして家族となったからには変に畏まる必要はないからね!」
よろしくね、とヘスティアは会釈する。続いて緊張に顔を赤くさせる少年が進み出る。
「ぼ、僕はベル・クラネルです! 先日、田舎からオラリオにやって来て……何も知らない素人ですが、よ、よろしくお願いします!」
予想通り、少年はおのぼりさんの素人だったらしい。何の心得もないのに冒険者になろうとするとは無謀と言わざるを得ないが、まあ構わない。主神としてできる限りのフォローをするつもりだ。即戦力としては期待できないので当面はイリーナとその仲間である青年のサポーターとして実戦経験を積ませるべきだろうか。
そんな風にこれからのファミリアの運営計画についてヘスティアが思考を巡らせていると今度は青年が進み出る。
「じゃあ、次は俺様の番だな」
神であるヘスティアを前にしながらも偉そうに胸を張ると青年は傲岸不遜な笑みと共に自己紹介をする。
「俺様の名はヒースクリフ・セイバーヘーゲンだ。まあ、イリーナとベル共々よろしく頼むぜ、ヘスティア」
こうして、ヘスティアファミリアに新たに二人の冒険者が加わったのだった。
残念ながら去年のうちに投稿できませんでしたが、今年に入りようやく最新話が完成しました。
次はもっと早くと言いながらも前回以上に遅れてしまい、申し訳ありませんでした。どうにも自分は文章を書くのは好きでも得意な方ではないようです。腕が上がればもっと早くなるのかもしれないですが、しばらくはこの遅筆にお付き合いください。
それでは皆さんのちょっとした楽しみになれたことを祈って筆を置かせてもらいます。