へっぽこ冒険者がダンジョンに挑むのは間違っているだろうか   作:不思議のダンジョン

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前回以上に遅くなってしまい、申し訳ありません。


第四話

「なるほど、そっちはそっちで苦労しとったんじゃのう」

 

「ええ、こっちは一人だけでしたから。二人は一緒でよかったですね」

 

 そう言ってイリーナ達は互いを労った。

 奇跡的な再会を経て、イリーナ達は一先ずギルドの片隅へと移動し、互いの事情を交換し合っていた。

 もしや、この事態を打開するきっかけでも掴んでいるかとイリーナは期待したが、彼らの境遇もイリーナと似たようなものであった。イリーナがそうであった様に彼らも気が付いたら、オラリオの一角に立っていたのだと言う。相違点があるとしたらガルガド達の方は幸運にもお互いがすぐ近くにいたことだろう。

 

「いや、コイツと一緒になるぐらいなら単独でいる方がずっとマシじゃわい」

 

「えー、そんなこと言っちゃてー! 僕はガルガドと一緒で嬉しかったよー!」

 

「ええいっ! 放さんか! うっとうしい!」

 

「あ、あははは……」

 

 もっとも、ガルガドに言わせればそれは決して幸運なことではなかったらしい。

 じゃれついてくるノリスを地面にたたき付け、憤懣やるかたないといったばかりに悪態をついた。こんな時でも相変わらずの二人の様子にイリーナは苦笑すると同時に安心感を覚えた。ただし、このままだと一向に話が進まない様なのでイリーナからこれからについての話題をふることにした。

 

「それで、二人ともヘスティアのファミリアに入団するのですか?」

 

「ヘスティア……確かイリーナが今、入団しておるファミリアじゃったな……」

 

 建設的な話題にガルガドは一旦怒りを抑え、冷静に考え始める。こういった状況では可能な限り、まとまって行動をした方がよい。加えて、ヘスティアという神はこちらの事情が分かっているという。この世界において異分子である自分たちを理解している現地協力者というのは非常に得難い存在だ。

 しかし、気になるのはヘスティアという神は毎日の生活に困窮するほどに追い詰められた状況にあるという点だ。果たして、そんなファミリアに入団して帰還のための情報が集められるのだろうか。危険ではあるが、全員別々のファミリアに入団した方が情報収集は捗るのではないだろうか。

 安全策で行くべきか、ギャンブルをするべきか。悩むガルガドだったが、その足元からノリスは能天気な声を上げた。

 

「えー、イリーナしか団員がいない貧乏ファミリアなんでしょ? そんな甲斐性なしな所、ほっといて三人でもっと大きいファミリアに行こうよ」

 

「正義の鉄槌!」

 

「ぎゃああああ!!」

 

「ふん、偶にはいい薬じゃわい」

 

 異教のそれとはいえ神官二人の前で神に対し不埒な発言をしたノリスは直ちにイリーナによって殴り飛ばされた。それを冷めた目で見つめていたガルガドだったが、一息をつくと今後の方針をイリーナに告げた。

 

「とりあえず、ワシらはその神ヘスティアに会ってみることにするわい。すまんがイリーナよ、拠点の教会までの道順を教えてくれんかの」

 

 何はともあれ、本人に会わずにあれこれ考えても仕方がない。まずはその神の性格を見てから検討するべきだろう。

 ガルガドの提案にイリーナは快諾し、拠点である教会への道順、それから現在ヘスティアは新団員の勧誘と生活費を稼ぐためのバイトをしに外出しているのでしばらく待つ必要があると告げた。

 神が生活費を稼ぐためにバイトをしているというくだりに脱力しながらもガルガドはしっかりと道順を記憶していく。

 

「それでは私は早速ダンジョンに潜ってきます!」

 

「うむ、しっかりやるんじゃぞ」

 

 もはや後顧の憂いはないとばかりに張り切って受付に突進するイリーナをガルガドは見送る。

 ソロでダンジョンに向かわせるということに思うところがないわけではないが、低層は恩恵を得れば素人でもなんとかやっていける程度の危険しかないという。多少、アレなところはあるが、あれでイリーナは熟練の冒険者だ。遅れをとることはまずありえまい。

 気持ちを切り替え、傍で目を回しているノリスを担ぎ拠点へと向かう。

 と、数歩ばかり歩いたところでふと、気が付く。

 

「む? そういえば、イリーナのレベルを聞くのを忘れとったわい」

 

 当たり前だが、昨日このオラリオにやって来たガルガドはこの世界の冒険者と自分たちの力関係がどのような物か見当もつかない。一応、通りすがりに目についた冒険者たちの力量を推し量ってみたところ、明らかな格下ばかりであった。

 しかし、それは何の目安にもならない。この町にいる冒険者の大半がレベル1であり、そこからレベルアップした上級冒険者というのはそれらとは一線を画す力を持っているという。自分たちがレベル1よりも強いからといって決して安心できるようなものではない。

 そういう意味でイリーナのレベルという情報は自分たちがこの世界ではどの程度の位置づけなのか知る、良い指針になるはずだった。

 

「おそらくは2か3。できれば4ぐらいあるといいんじゃがのう……」

 

 ノリスを担ぎ、願望をぼやきながら教会へとガルガドは足を動かす。

 ある意味において、ガルガドの願望はかなえられることとなる。しかし、彼がそれを喜ぶことは終ぞなかった。

 

 

 

 

「えーと、イリーナさん。ここに書かれてあることに本当に嘘はないんですね?」

 

「はい! 私、嘘は言いません!」

 

「はあ……さっきの二人組といい、なんで今日はこんなことばっかり……」

 

 一方、イリーナの方は冒険者登録の段階で躓いていた。

 理由は、イリーナの冒険者登録を受け付けのエイナがなかなか受理しようとしないからだ。無論、エイナとて単なる嫌がらせでそうしているわけではない。

 エイナはイリーナの登録票に目を落とす。多少いびつではあるが、しっかりと心がこもっている文字で書かれたプロフィールにはある一点を除き何の問題もない。だがある一点、レベル欄に書かれている数字が致命的に問題であった。

 

 

レベル7

 

 

 オラリオですら一人しか到達していない領域の数字だ。目の前の小柄な少女がその領域に達している? 質の悪い冗談である。大方、見栄を張って適当な数字を言っているのだと予想するべきなのだが。

 

「うーん……」

 

 まじまじとイリーナを見つめる。なんというか、これ程までに裏表がないと確信できる人間も珍しい。その表情には嘘をついた後ろめたさなど微塵もなく、何が問題なんだろうという疑問しかなかった。もし、これが演技ならばどんな名優も裸足で逃げ出すだろう。

 眉根にしわを寄せて悩むエイナだったが、その脳裏にこの不可解な状況を説明する考えが突如としてひらめいた。

 

「そういえば、貴方のファミリアには貴方しか団員がいなくて、基本的なアドバイスをしてくれる先輩などはおられないのでしたね?」

 

「はい、その通りですが?」

 

「ああ、うん……なるほど、そういうことね……」

 

 脱力、とばかりにエイナは肩を落とす。

 嘘をついているのはこの娘じゃない、この娘の主神の方だ。

 

 神というのは気まぐれだ。面白いと思ったことはそれがどんなことであれ、彼らはやる。それが善であろうと悪であろうとも、だ。

 おそらく、彼女の主神は目の前の少女に嘘のレベルを教えたのだ。そうして何も知らない少女がトラブルに巻き込まれるのを楽しもうという魂胆だったのだろう。

 思わずため息が出る。

神という存在を人間の常識に当てはめるのは誤りと分かっている。しかし、自分を慕ってくれる子供を笑いものにするというのは少々悪趣味が過ぎるのではないだろうか。

 真面目な性格をしているエイナはそんな風にまだ見ぬ少女の主神に僅かな反感を覚えると同時に、この少女の為に何とかしなければならないと使命感に燃え上がる。

 

「しょうがないなあ……ここは一肌脱ぎますか」

 

「どうかしましたか?」

 

「いえいえ、何でもありませんよ。さて、イリーナさん。貴方がレベル7という凄腕冒険者というのは分かりました。でも、ソロでやっていけるほどダンジョンという物は甘くはありません。そこで、どうでしょう。一つ臨時でパーティーを組んでみるというのは?」

 

「え? いいんですか!? よろしくお願いします!」

 

 イリーナはエイナの提案に一も二もなく飛びつく。承諾を受け、エイナはきょろきょろと辺りを見回し、適当な冒険者を探す。

 すると――

 

「その役目、この私にお任せください!」

 

「何をいってるだ、この青瓢箪が! お前みたいな奴にそんな大役が務まるわけねえだ!」

 

 横合いから野太い声と甲高い声の対照的な二つの声が飛び込んでくる。振り返るとそこには二人の冒険者が立っていた。

 

「ド、ドルムルさんにルヴィスさん……」

 

 エイナは引きつりながら二人の名前を呼ぶ。ドルムルとルヴィス。それぞれドワーフとエルフの冒険者であり、数少ないレベル3である。

 突然のことに目を丸くするイリーナとエイナを尻目にドルムルとルヴィスは言い争いを始める。

 

「全く嘆かわしい、粗野なドワーフなどとダンジョンで二人きりにされる少女の気持ちという物を考えたことがないのですか? そんなことをエイナさんが望まれるとでも?」

 

「へ! そっちこそ、ひょろくさいエルフと一緒にダンジョン探索に行かされるってことがどれくらい不安なのか考えられねえのか? ここはいざというとき頼りになるドワーフの出番だ!」

 

「あ、あの……お二人ともそのくらいで……」

 

 慌てて、仲裁に入るエイナ。この二人は顔を合わせればいつもこうなのだ。互いの種族への誹謗中傷から果ては取っ組み合いまで始める始末だ。

 基本的にドワーフとエルフは仲が悪いとされている。豪放磊落を旨とするドワーフと貴族めいたエルフ。そりが合わないのは当然である。

 しかしながら、この二人の仲の悪さはそれだけが起因するわけではない。というよりも主な原因はそこではない。

 

「大体、何ですか貴方は。呼ばれてもいないのにしゃしゃり出て。エイナさんは貴方に好意など微塵も感じていないことが分からないのですか!?」

 

「何をぬかすか、白々しい! てめえだって振られ続けてばかりのくせに!」

 

「なんですって!?」

 

「なんだと!?」

 

 先ほどまでとは一転、一切の罵声を上げずにメンチの切りあいを始める二人。そんな二人とエイナを交互に見比べながら、期待に目を輝かせてイリーナはエイナに語り掛ける。

 

「エイナさん! エイナさん! もしかしてこの二人ってエイナさんのことを……!」

 

「ええ、まあ……そんな感じです……」

 

 どこか疲れ果てたようにエイナは肯定する。途端に年頃の娘らしくイリーナは歓声を上げた。

 そう、この二人の仲の悪さの原因、それは所謂恋のさや当てというものだ。

 

 冒険者がギルドの受付嬢に好意を寄せる。実のところ、こういう事例は決して少なくない、むしろよくあると言える。

 一般的にギルドの受付嬢は容姿に優れたものが起用される。これは、冒険者たちのギルドの印象を良くさせるため措置だ。エイナ自身、エルフの血を引いているだけあってその容姿は人並み以上という自覚がある。

 しかしながらエイナの場合、容姿だけでなくその内面も非常に優れていた。元来世話好きな性格であったためか、冒険者に対するアドバイスは的確かつ親身なものであり、アフターケアも細やかときている。

 そういったところがこの二人の琴線に触れたらしい。以来、こうして積極的なアプローチを仕掛けてくるのだが……

 

「私はまだ、そういうことは考えていなくて……」

 

「ええ、分かります、分かりますよ、今は仕事しか考えられないという気持ち。でも、二人との逢瀬を重ねるうちに徐々にその気持ちに変化と戸惑いが現れるんです! 前に読んだ恋愛小説に書いてありました!」

 

「う~ん、現実は小説の様にいかないと思いますよ?」

 

 自分の恥ずかしい境遇を見られ、エイナとしては苦笑するほかない。

 ややあって、件の恋のライバルたちは意中の人の前で自分たちが醜態をさらしていることにようやく気づいたらしく、ばつが悪そうに咳ばらいをするとエイナに向き合った。

 

「そ、それでエイナちゃん、一体どっちに頼むんだ!?」

 

「エイナさん、安心してください。選ばれなかったことにこの粗野な男が逆上したとしても必ずや私が守ってみせますので」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! まだ私は何も……!」

 

 どちらを選んでも角が立ちそうな二択に思わず抗議の声をエイナは上げる。同時に周囲の人間に目線で助けを求めるが、どういう訳かどの同僚もこちらの騒ぎが聞こえているはずなのにちらりとも見ようとしない。それどころかその口元はヒクヒクと笑っていた。間違いない、こいつら楽しんでいる……!

 

「う、裏切り者たちめ……!」

 

「さあ!」

 

「エイナちゃん!」

 

「「どっちを選ぶ!?」」

 

「ああ……! もう、なんでこんなことにっ!?」

 

 二人の冒険者ににじり寄られ、頭を抱える。

 万事休すか、と思われた時、救いの手は意外なところからもたらされた。

 

「あの~、二人とも一緒というのはいけないんでしょうか?」

 

 ぽつり、と疑問を口にするイリーナ。瞬間、三人が振り返る。急に視線が集中したことに少し驚きながらも、提案を続ける。

 

「ソロは危ないとは聞きましたけど、二人だけっていうのも決して万全という訳でもないんですよね、だったら三人で行くというのが一番安全だと思うのですが」

 

「むむっ、それは……」

 

「確かに……」

 

 これ以上ないほどの正論に二人は黙り込む。一方、エイナは地獄に仏とばかりに目を輝かせる。

 

「ええ! 全くもってイリーナさんの言う通りだわ! それじゃあ、二人とも仲良くイリーナさんをエスコートしてくださいね!」

 

「ま、まあ、エイナちゃんがそこまで言うならば……」

 

「我々もそれに従うのは吝かではありませんが……」

 

 どちらが選ばれるか、によって優劣を競おうとしていた二人は不完全燃焼といった形で了承する。が、それとは対照的にいよいよダンジョンに潜るのだとイリーナは期待に顔を輝かせる。

 

「それじゃあ、早速行きましょうか、ドルムルさん、ルヴィスさん! 私、イリーナ・フォウリーと言います! イリーナ、と呼んでください!」

 

 屈託のない、というのはこういう物なのだろうか。先ほどまでの自分たちの醜態などまるで気にしないイリーナの態度に毒気を抜かれ、二人は珍しく顔を見合わせ、笑いあった。

 

「ああ、分かっただよ、イリーナ。オラのことはドルムルでいいだよ」

 

「ええ、一時的とはいえ、よろしくお願いいたしますよ、イリーナさん。どうか、ルヴィス、と呼び捨てにしてください」

 

 先ほどの険悪な空気はどこへやら。お互いに自己紹介をし、互いの情報交換を始める。そんな三人を見て、エイナはほっと息をつく。

 こうして、イリーナのダンジョン探索初日は幕を開けたのだった。

 

 

 




 皆さん、お久しぶりです。もう忘れてしまった方もおられるかもしれないですが、この度ようやく、第四話が完成いたしました。
 言い訳を許していただけるのであれば、ここまで遅れてしまったのは仕事の都合ということもあるのですが、それ以上に文章を書くということがとてつもなく困難だったからです。
 このキャラクターはこんなことを言うだろうか、この文章は流れがおかしくないだろうか、ということを悩み、書いたり消したりを繰り返していたらいつの間にやら10月になってしまいました。
 次回こそはもっと早く書き上げるよう頑張りたいと思います。
 それでは皆さんのちょっとした楽しみになれたことを祈って筆を置かせてもらいます。



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