へっぽこ冒険者がダンジョンに挑むのは間違っているだろうか   作:不思議のダンジョン

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 大変遅くなりました。


第三話

 日が昇り切った、早朝と呼ぶには遅すぎる朝、ヘスティアに連れられイリーナはメインストリートを進む。

 大通りには様々な屋台が立ち並び、内容も日用品から食べ物まで多種多様である。混雑するであろう時刻から外れているはずなのに多くの人々がウインドーショッピングに興じていた。だが、イリーナにとって一番新鮮に映ったのはその人々の姿だった。

 右手の屋台ではドワーフの男が手慣れた手つきで串焼きを炙り、その横では小人族が今しがた買ったであろう串焼きを美味そうに頬張っていた。左手の服屋ではエルフの少女にヒューマンの女性店員がコーディネイトの真っ最中であった。その他にもありとあらゆる種族が思い思いの時間を過ごしていた。

 イリーナの故郷、オーファンは冒険者の国という別名を持ち、それ故に多様な種族が存在していたが、これ程まで人間と亜人の垣根が低いということはなかった。改めて自分が異世界に来てしまったんだなあ、と再確認してしまうのだった。

 そんな風に興味津々と周りを見ていると、ふと気づいた。

 

「ねー、ヘスティア」

 

「ん? なんだい、イリーナ?」

 

「なんだか、周りから注目されているような気がするんだけど……」

 

「そりゃあ、そんな装備をしていたら周りの注目を集めるのは当然だと思うよ」

 

 何を今さら、と言わんばかりにヘスティアは肩をすくめる。彼女の目の前にいるイリーナの姿はこれからダンジョンに向かうというだけあって完全武装していた。それだけならばダンジョン都市であるオラリオでは見慣れた光景だ。だが、問題はその武装である。

 体を包む鎧は屈強な男ですら動くのに苦労するであろう分厚いプレートアーマー。背中に括りつけられてあるのは身の丈を超えるグレートソード。その他、バリスタの様なクロスボウや、豪邸の大黒柱と見紛うばかりのメイス等々……およそ人間の少女がするような武装ではない。そんな装備を軽々と持ち運ぶ者がいれば、なるほど衆目を集めるのは自明の理と言えるだろう。

 

「うーん、私にとってはこれぐらいの装備の方が丁度……ん? あれ、あれれ?」

 

 話しているうちにイリーナは何かに気づいたかのように立ち止まると、突如として飛び跳ねたり、グレートソードを持ち上げたりし始めた。

 突然の奇行にヘスティアは驚く。

 

「ど、どうしたんだい、イリーナ?」

 

「なんででしょう、なんだかいつもよりも装備が軽くて変な感じがするんですが……?」

 

 手に持ったグレートソードを不思議そうに見つめるイリーナにヘスティアは合点がいったとばかりにうなずいた。

 

「ああ、それは恩恵のおかげだね。恩恵を受けたことで力がさらに上がって今まで使っていた武装が合わなくなったんだと思うよ」

 

「むむっ! だとすると、武器を新調する必要がありますね……新しい武器……ああっ! なんと胸が躍る言葉でしょうか……!」

 

「は、はは……ま、まあ武器を新調するのにもお金がかかるからね。しかも、君の力に見合った武装となると特別製となるからすごい金額になると思うよ」

 

「任せてください! 新しいグレートソードを手に入れる為なら、ヒース兄さん達の捜索を後回しにしてでも新調費用を稼いでみせましょう!」

 

「いやいや、先ずは逸れた仲間を探し出すことを最優先目標にしようよ!?」

 

 目を輝かせながらとんでもない発言をするイリーナに思わず突っ込みを入れざるを得ない。一見正直者で善人にしか見えないイリーナだが、どうやら彼女にも欠点の一つぐらいは持っていたようである。

 そんな風にイリーナの新たな一面の発見を実感しているうちに目的地に到着した。

 

「さあ、イリーナ。ここがオラリオの要にして世界で唯一のダンジョンを管理する『ギルド』さ」

 

「おおっ! ここがそうですか……!」

 

 感嘆の声を上げるイリーナの目の前には真っ白な柱で建てられた万神殿があった。日の光を浴びて白く輝くその姿は神々しさを纏っており、否が応でもそこが特別な場所であると認識させると同時にいよいよ、未知の土地での新しい冒険が始まるのだと思い知らされた。

 自然と全身に緊張が走り、不安が鎌首をもたげる。今まで成し遂げてきた冒険も決して楽なものではなかったがそれでも傍らには仲間がいた。彼らと協力し、互いの欠点をカバーすることで困難を乗り越えてきたのだ。しかし、今の自分にはその仲間がいないのだ。

 自分には罠を解除することも、多彩な魔法で状況を一変させることも、冷静な判断力で適切な決断を下すこともできない。

 だが、それでもやらなければならないのだ。正真正銘自分一人だけの力でやり遂げるしか道がないのだ。改めて自分の置かれた状況の厳しさに奥歯を噛みしめる。

 そんなイリーナをヘスティアは黙って見つめると、やがてゆっくりと抱きしめた。

 

「わっ!? ヘ、ヘスティア、どうしたの!?」

 

「ん? なんか、イリーナが不安がってるようだから元気づけてあげようかなと思ったんだ」

 

「ふ、不安だなんて……別に私は……」

 

「おいおい、僕は神様だぜ。君の気持ちなんて手に取るように分かるさ。今までいた仲間がいなくなって果たして自分一人だけでやっていけるか不安になったんだろう?」

 

「う……」

 

 まさかの図星に二の句が継げられない。固まるイリーナを真っすぐに見つめ、ヘスティアは言葉を続ける。

 

「大丈夫、君ならどんな困難だって乗り越えられる。君ほどの力を持った子供を僕は今まで見たことがなかった。自信を持つんだ、イリーナ。君はダンジョンのモンスターにだって負けないし、仲間だってきっとすぐに見つかる筈さ!」

 

「ヘスティア……」

 

 純粋なまでの親愛と信頼の言葉を受け、イリーナの体から余計な力が抜けていく。

 不安は未だにくすぶり続けている。だが、もはやそれは体を縛り付けるほどのものでは決してない。

 ニカリ、と八重歯を輝かせイリーナは笑った。

 

「……うん、分かった。ありがとう、ヘスティア。私、頑張るから! よーし! こうなったら、ガンガン活躍してヒース兄さん達の方から見つけてくれるぐらい有名になってやります!」

 

「その意気だよ、イリーナ! その様子なら、もう大丈夫みたいだね。それじゃあ、僕はバイトに行くと同時に団員の募集に行ってくるよ!」

 

「うん! そっちも頑張ってねー!」

 

 ヘスティアと手を振り、別れるとイリーナは鼻息も荒く、人ごみに溢れるギルドへと進んでいった。

 

 

 

 

「神様ください!」

 

「は?」

 

 エイナ・チュールは困惑していた。

 その少年がやってきたのは、朝のラッシュが過ぎ、ようやく一息がつけた時だった。

 歳は十台半ばだろうか。短く切られた青々とした黒髪、好奇心に輝く黒目は一見すると近所のいたずら小僧に見えるが、よく見ればその立ち居振る舞いには隙がなく熟練の冒険者のそれである。服装は目立つであろう白い鉢がね、白を基調とした衣服を身に着けておきながら不思議とその場に溶け込むような気配の薄さである。

 と、これだけ書けば若き凄腕冒険者がやって来たと判断できるのだが、なんというか、この少年は違うんじゃないか、という感想をエイナは抱いていた。

 エイナはギルドの受付嬢である。冒険者と接する機会の多い彼女は当然、凄腕の冒険者というものを見てきている。経験に裏打ちされた実力と自信は彼らに隠し切れない凄みを与えており、たとえ人ごみのなかであったとしてもはっきりと万人にその存在を知らしめるものだ。

 しかし、この少年にはそういった凄みというものが皆無であった。もちろん、そういった気配を隠しているだけ、ということも考えられなくもないのだが……

 胡乱気な眼差しを向けるエイナに少年は気にした様子もなく、言葉を続ける。

 

「ねえ、どうしたのー? 神様一人くださいよー」

 

「へ? あ、ああ、すいません、少々考え事をしてしまいました! って……神様、ですか……?」

 

「うん、そうだよ。神様、ちょうだい。神様の恩恵がないと、冒険者になれないんでしょ?」

 

「え、ええ……そうですが。つまりファミリアをお探し、ということでしょうか……?」

 

「うん、そうそうその通りー」

 

「なるほど、そういうことですか」

 

 いきなり正体不明な人間に意味不明なことを言われたために困惑してしまったが、ふたを開けてみればごくありふれた依頼だった。

 一息をつき、気持ちを切り替えると営業スマイルを作り、慣れ親しんだ対応をとる。

 

「かしこまりました。それでは、どのようなファミリアをお探しでしょうか?」

 

「そうだねー、先ずは楽ができるところがいいかな。毎日ゴロゴロしてても怒られなくて、ダンジョン探索も危なくないようにしっかり守ってくれて、後はお金がたくさんもらえれば言うことはないかな?」

 

 完璧だったエイナの営業スマイルにひびが入った。口元がヒクヒクと引きつる。ここまで社会を舐めた発言をする人間を未だかつて見たことがなかった。

 さて、どうやって性根を叩き直してやろうか。完璧に近い笑顔を浮かべながら、物騒なことを考え始めたエイナの目の前で横合いからいきなり少年の頭が叩かれた。

 

「いたっ! なにすんだよーガルガド!?」

 

「やかましい、クソガキ。あんな社会を舐め腐った発言をしておいて殴り飛ばされなかった分だけありがたく思え」

 

 突如として現れたのは一人の男性ドワーフだ。使い込まれた鎧、体の所々に刻まれた傷の数々、そして何よりも自信と落ち着きに満ちたその態度は大樹を連想させる。先ほどの少年とは違い瞬時に確信する、彼は一流冒険者だと。

 自然、背筋が伸びる。これ程の冒険者を相手にできる経験は貴重なものだ。

 

「あの、失礼ですが、貴方は……?」

 

「おお、これは失礼しました。自分はガルガドというものです。先日、ここにいるクソ……もとい、ノリスと共にオラリオにダンジョン探索にやってきまして」

 

「えー、何言ってんの、ガルガド? 僕たち、古代文明の遺跡のトラップに引っかかって……いったあああいっ!」

 

「少し、黙っとれ! 元はと言えば貴様がしくじったのが原因じゃろうが! ……失礼しました。ええ、とにかくファミリアに参加したく……」

 

「な、なるほど……で、ではどのようなファミリアをお探しでしょうか?」

 

 こちらを放っておいて鉄拳制裁をするガルガドにエイナは一瞬気圧されるが、そこはプロである。すぐに立て直し、軌道修正を行った。

 ガルガドも一発殴ると気がすんだのか、ため息をつくと顎鬚を一撫でし、気を落ち着かせた。

 

「ふむ、そうですな……では、規模の大きいファミリアと言えば何処になるのでしょうか?」

 

「それでしたら、やはりロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアの二択となるでしょうね」

 

「それらのファミリアの資料等はありますかな?」

 

「はい、こちらに」

 

「おお、ありがとうございます。……ふむふむ、なるほど。ああ、おおよその概要はつかめました。どちらも素晴らしいファミリアですな」

 

「では、どちらかのファミリアに入団するということでしょうか?」

 

「いえ、その前に確認せねばならんことがありましてな。それを確認するまでは返事は保留にさせていただきたい」

 

「確認? それは、一体……?」

 

「ええ、確認させていただきますが、それらのファミリアには……」

 

 言葉を切り、今までにないほどに真剣な表情でこちらを射抜かんばかりにガルガドは睨む。それだけ重要な確認を行うのだと分かり、ごくりとエイナの喉が動く。同時に頭の中で両ファミリアの情報を浮かべ、いかなる質問にも応えられるよう準備を行う。

 そして、ガルガドは重い口を開き、言った。

 

「それらのファミリアには、優秀なシーフはおられるのでしょうか!?」

 

「は? シーフ……盗賊……です、か……?」

 

「はい、優秀なシーフです。手先が器用でどのような鍵も開け、頭も回る上に勘もよい、そんな者はいますか?」

 

「……前科者を希望される、ということでしょうか? あの……前科のある人間は総じて素行が悪く問題があると思うのですが……?」

 

「何をおっしゃられるか!? 素行不良な者など信用できるわけないでしょう! 決してこちらを裏切らない信頼のおける優秀なシーフ、これがこちらの希望条件です!」

 

「え、ええぇぇぇ……?」

 

 どうやら、少年だけでなく目の前のドワーフも厄介な客だったようである。この世界の常識で考えるとおよそ矛盾しているとしか思えない無理難題にエイナは困惑の声をあげるのだった。

 

 その後ろで

 

「あ、あはは……」

 

 イリーナは気が抜けたように笑っていた。それも当然だろう。ギルドに入る前に仲間がいなくてもやっていこうと覚悟を決めたのに、僅か数分後にその仲間が二人も見つかったのだ。なんというか、色々と台無しである。

 

「まあ、でも……」

 

 自分たちにはこれがお似合いなのかもしれない。考えてみれば自分たちが決めるところで決めたことなどそうそうなかった。いつだってグダグダな終わり方をしていたような気がする。どうやら、この世界でも自分たちはマイペースに行くようだ。

 そうこうしているうちに目の前の仲間の二人は何やら言い合いを始めていた。おそらくはノリスがまた余計なことを言ってガルガドを怒らせたのだろう。苦笑し、イリーナは仲間のもとへと歩く。その足取りは軽く、もはや微塵の不安もない。大きく息を吸い、一切の陰りのない声でイリーナは仲間の名前を呼んだ。

 

「ガルガドさん! ノリス! 見つけたよー!」

 

 

 

 

 




 という訳で、ノリスとガルガドも登場しました。他のメンバーもさらに加入させていく予定です。
 感想欄でレベルのことについて言及されておられる方がおられましたが、作者はアニメしか見ていないので設定の矛盾については所詮は二次創作だから、と大目に見ていただけると幸いです。勿論、可能な限りは善処いたしますが基本的に整合性をとることよりも面白さや外連味を効かせることを優先します。どうかご了承ください。
 それでは皆さんのちょっとした楽しみになれたことを祈って筆を置かせてもらいます。




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