教官   作:takoyaki

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外伝5です。



さて、そんな訳でどうぞ


「へ?」

「そうか……プッ、それは、ふふふ大変だった……ごほっ……な」

「笑わないでよ!!」

部屋に帰ったベイカーが捻挫の理由を話してからエラリィは、ずっとこの調子だ。

しばらくしてエラリィは、遂に声を上げて笑い始めた。

「無理無理。笑うに決まっている!!なんだ、そのくだらない捻挫の理由は!!仮にも身体を使うプロがテンション上がって調子に乗って足を挫いたって!?馬鹿か!?馬鹿なのか!?馬鹿だよな!?」

「何で最後決定してるの?!」

ベイカーは、握力を鍛えながら言い返した。

それから、エラリィの笑いが引っ込むのを待つ。

エラリィは、一頻り笑った後実験を一旦止めてベイカーに向き直る。

「うん、というか何か作ってたの?」

「当社比三倍の一級品だ」

エラリィは、フフンと胸を張る。

胸を張ると今日の部屋着が目立つ。

因みに今日の部屋着は、サンオイスターのグリーンだ。

(なんで、こんな服着てる奴に俺はここまで笑われなければいけなかったんだろ?)

「それで?何か、聞きたいことがあるのだろ?」

「あぁ、うん」

ベイカーは、今日の食堂のことを思い出していた。

「ねえ、お前は黒匣(ジン)の技師兼研究者だよね?」

「まだ、見習いってだけだけどな。それがどうした?」

ベイカーは、真っ直ぐにエラリィの目を見る。

「ルイーズ教官の話って知ってる?」

ベイカーの質問にエラリィは、少しも迷うことなく頷く。

「過去、大事故を引き起こした研究者だろ?新聞記事になる程だったらしいたぞ」

ベイカーは、眉をひそめる。

「お前、知ってて言わなかったな」

不機嫌さを隠そうともせずに言うベイカーに構わずエラリィは、机の上を漁っていた。

「タイミング計ってただけだ……とあった」

エラリィは、そう言って新聞のコピーを渡す。

「『巷を騒がす殺人鬼、切り裂きジャック襲来』……って何これ、教官いつから殺人鬼になったの?」

「間違えたこっちだ」

「どんな間違え方してんの!?」

ベイカーは、ため息を吐きながら新聞記事を読み直す。

 

 

 

 

『功を焦った実験の弊害』

 

 

 

見出しは、それで始まった。

 

 

 

 

 

『昨日、研究所で大規模な事故が起きた。幸い死者はいないが、重軽傷者多数とのこと。

今回のこの事故は、ルイーズ・ヴォルマーノ(18)の実験が原因というのが軍上層部の見解だ。

近く処分が発表されるとのこと』

 

『件のルイーズ氏は、飛び級で学校を卒業するとすぐにこの研究所に就職。

その持ち前の頭脳を如何なく発揮した。

しかし、それ以外は、危うい面が見られた。

とある職員によると協調性がなくいつこんなことになるかとヒヤヒヤしていたとのこと。

他の職員に聞いても同じような意見が多く出た。

例え、頭一つ抜きん出ていても、所詮は子供だ。

我々は、今一度この問題に向き合わなければならないのかもしれない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だとさ」

エラリィは、肩をすくめる。

「なんだか、教官完全に悪者だね」

「まあ、記事を見る限りはな。お前、何も聞いてないのか?」

「今日の食堂で初めて聞いたよ」

ベイカーは、そう言って食堂でのことを話し始めた。

「まあ結局……クイーン教官も言うだけ言うって肝心のことは黙ったままどっか行っちゃったし……」

「まあ、あの人はそうだろ」

エラリィは、そう言って伸びをする。

「何だろうね。ルイーズ教官ならこんなことしても不思議じゃないと思うんだけど、なんか釈然としないんだよね」

ベイカーの言葉にふふんと意地の悪い笑みを浮かべるエラリィ。

「ほほう。聞いたことあるぞ、見たことがあるぞ!これが所謂つんでれという奴だな。『あいつのことばかにしないで……なに?あいつのこと好きなのかって?ばっかじゃないのーあいつのことなんてなんともおもってないんだからーでも、きぶんがわるいだけ』みたいな?」

「棒読みの裏声って気持ち悪いね」

ベイカーは、ゴミを見るような目でエラリィを見ている。

「まあ、でもそんな感じ。クイーン教官も言ってたしね」

「そこに照れ隠しが入らないからお前はモテないんだ」

「お前に言われたくない」

短くそう返すとルイーズの記事を返す。

「他にないのこれ?」

「ないな」

「そっか」

ベイカーは、そう答えて考え込んでしまう。

新聞の記事の通りなら確かに大問題だ。

まあ、記事通りでなくても普段の言動からして、大問題だ。

そうは言ってもここまで一方的に書かれるのもなんだか違う気がするのだ。

「妙な人だけど悪い人じゃ…………」

そう言ってベイカーは、今までのルイーズを思い出す。

「うん。性格とタチが悪いね」

何せ、友人であるクイーンに良いところなんて五個もないと言われてしまうのだ。

「僕から言わせてもらえば、ルイーズ教官はいい教官だと思うぞ」

「ええー……そう?」

エラリィは、そう言いながらベイカーの机にある訓練メニューを読む。

「お前がこなしてるこのメニュー。お前の短所を改善して長所を伸ばすメニューになっている」

「そんなの当たり前でしょ。メニューってのは、そういうものだよ」

ベイカーの返しにエラリィは、ため息を吐き、眉間を揉む。

どうやら、どう説明しようか考えているようだ。

「順を追って説明しよう。まず、その練習メニューが冊子になっているということは、出会ってすぐに作ったわけではない、ここまではいいな?」

「言われてみればそうだね」

今気付いたと言わんばかりのベイカーの言葉にエラリィは、深くため息を吐く。

「さて、話を続けるぞ。お前の練習メニューは、短所を補い、長所を伸ばすものだ。では、次の疑問。このデータは、何処から取った?」

話を振られたベイカーは、きょとんとしながら首を傾げる。

「そんなの入隊試験の体力測定でしょ?」

「あぁ、よかった。それぐらいは分かるか」

「うん。俺を馬鹿にしてることがよく分かる」

エラリィは、ベイカーの文句を無視して続ける。

「さて、要点を整理するぞ。

あの練習メニューは、前から作ってあった。参考にしたのは、体力テスト。

つまり、ここでお前がルイーズ教官に挑んで負けたから、それを面白く思った教官が渡したという線は消えるわけだ」

ベイカーは、頷く。

「まあ、そうだね。あの時のことを思い出したいとは思わないけど、あの人は、俺に練習メニューを渡した。つまり、あれは最初から用意してあったわけだ」

「さて、ここでもう一つ疑問がある」

「?」

「この練習メニューお前にだけ(・・)用意したのか?」

エラリィの指摘にベイカーは、腕を組んで考える。

「………見てないけど、渡してるんじゃない?事前に要しているものを俺にだけ渡すってのは、変な話だよね」

ベイカーの答えにエラリィは、満足そうに頷く。

「まあ確認すればいいだけの話だが、とりあえず現時点でのことをまとめるとこうなるわけだ」

エラリィは、手に持った冊子を指差す。

「ルイーズ教官は、入隊試験の体力テストの数値を使って個人練習メニューを全員分作成した、と………さて」

そこでエラリィは、言葉を切る。

「これでもいい教官ではないとお前言うのか?」

「……………まあ、能力のある人だとは思うよ」

不承不承と言った感じのベイカーの回答にエラリィは、クスクスと笑ったあと真面目な顔になる。

「さて、ベイカー。僕も幾つか聞きたい事がある」

さっきまでとは打って変わって真面目な顔で言う。

「お前、何で今日の訓練テンションが上がったんだ?」

「しつこい!!ケチャップのシミ並みにしつこい!!何となく分かってたけどお前大分性格悪いよね!!」

ぎゃあぎゃあと喚くベイカーにうんざりしながらエラリィはもう一度尋ねる。

「いいから答えろ」

「さっきも言ったでしょ。俺が一位になりそうだったからテンション上がったんだよ!!あぁ、そうですよ!馬鹿ですよ!なんか文句ある!?」

ベイカーは、文句を言いながは一応尋ねられたことに答える。

そんなベイカーに構わずエラリィは、考え込んでいる。

「エラリィ?」

不思議そうなベイカーにエラリィは、真剣な面持ちだ。

「ベイカー、今日の訓練最初からいや開始前(・・・)から全部話せ。お前が関係ないと思っていることも含めてだ」

「関係ないことなら喋らなくても良くない?」

「それは、僕が判断する」

「?分かった。えーっと………」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ふむ」

ベイカーの長い話を聞き終えたエラリィは、顎に手を当てて一言そう言う。

エラリィのその様子を不思議そうにベイカーが見ている。

「まあ、訓練としては普通だったんだけど……でも、少し違和感があったんだよ」

「?!」

「まあ、正体はよく分からなかったけど」

ベイカーの言葉にエラリィは、大きくため息を吐く。

「お前な……もう少し周りに気を配れ」

エラリィがそう忠告しているに関わらずベイカーは、きょとんとしている。

エラリィは、大きくため息を吐く。

「分かった。最初から話してやる。お前が感じた違和感を含めてな」

そう言って指を一つ立てる。

「確認するぞ。お前たちは、訓練が始まるまでずっとしゃべっていたんだよな」

「うん。まあ、俺は気持ち悪くてそれどころじゃなかったけど」

「何でだ?」

「とんかつを急いでかき込んだから」

「そっちじゃない」

エラリィは、ピシャリと言うと話を続ける。

「ルイーズ教官(・・)がいるのにどうしてお前らは話していたんだ?」

エラリィの指摘にベイカーは、首をかしげる。

「言われてみればそうだよね………まあ、開始前だから別に話していても問題ないでしょ?」

「百歩譲って、訓練が始まる前だったからとしよう。でも、どうして、教官が声をかけるまで誰も黙らなかった?」

「何でって、そんなの訓練開始の時間が分からなかったら…………いや」

ベイカーは、今日の午後の訓練を一から思い出す。

そう、その言い訳は通じない。

教官の後ろに時計(・・)があるのだ。

開始時間になれば、黙ればいい。

なのに、教官の合図まで誰一人として黙らなかった。

「言われてすぐ黙ればいい。だが、ルイーズ教官が合図をしてから少し遅れて黙った」

直ぐに黙らなかったのだ。

「まだあるぞ。どうして始まるときに、お願いしますの挨拶もないんだ?」

挨拶をする。ものを教えてもらう側がしないはずがないのだ。

「更に教官が指示を出した時お前らは、黙ってカバンを背負ったんだな?」

あの時彼らは普通にかばんを背負い始めた。

返事もせずにだ。

ベイカーは、ぼんやりと今日の訓練の違和感が何なのかようやく見えてきた。

「さて、最初に戻るぞ。お前は、どうして一位なんてなりそうだったんな?」

「何故って他のメンバーが楽しそうに談笑しながら走ってたからその分遅れたんでしょ?」

「問題はそこじゃない。訓練中になんで談笑しながら走っていたのか、と言うところだ」

ベイカーは、もう声も出せない。

漸く違和感の正体に気付いた。

そう今日の行動は、訓練生が上官にとる態度じゃない。(ベイカー自身も人の事は言えないが)

表立っての反抗ではない。

聞こえるように陰口を叩くわけでもない。

面と向かって嘲笑しているわけでもない。

だが、言葉の端々、行動の端々にルイーズを拒否しているのが伝わってくる。

どんよりと濁り滞る空気。

これが今回、ベイカーが感じた違和感の正体だ。

「………なんで、こんなことに?」

「今日、お前は食堂で勧誘を受けたんだろ?」

エラリィが何を言いたいか気付いたベイカーは、本当に嫌そうな顔をする。

「………そっか、そう言うことか。俺以外のところにも勧誘が入っているわけか……」

「ま、めでたくネガティヴキャンペーンに引っかかった奴がいたという事だ」

ベイカーは、今日言われた言葉を思い出す。

 

 

 

 

───「まあ、今の内だけだ。だから、今だけ耐えとけばいいんだよ」───

 

 

 

訓練の前に言われたあの言葉は、つまりは、ルイーズに出世の道はないという意味だ。

いずれ、こちらが出世するのだから今だけ耐えればいい、と。

 

 

「……つまり、ここにいる面々と顔を付き合わせるのも今週まで。しっかり、頑張るように」

 

 

 

 

 

ベイカーの脳裏にもう一つ、ルイーズの言葉が再生される。

 

 

 

 

 

 

────「……つまり、ここにいる面々()顔を付き合わせる(会う)のも今週まで。しっかり(それぐらい)頑張(我慢す)るように」

────

 

 

 

 

 

「ねぇ、ルイーズ教官って………」

「多分全部気付いてるだろ。あの人がそこまで鈍いとは思えない」

エラリィの返答にベイカーは、頭をわしゃわしゃとかく。

今日一日でたくさんの事があった。

何が本当で何が嘘か分からない。

ルイーズは、これから針の筵の上で指導を続けなければならない。

とは言え、あの事故を起こしてコネだけでここにいるのであればそれは、やはり相応しい罰なのかもしれない。

だが、もしこの記事が嘘っぱちだった場合はこの状態は不当以外のなにものでもない。

ベイカーは、完全に混乱してしまった。

何が正しく、誰が正しく、どう動くのが正しいのか分からなくなってしまった。

「なあ、エラリィ。俺はどうすればいいと思う?」

「僕に答えを尋ねない事だな」

エラリィは、淡々とそう返す。

「…………相談に乗ってくれてもいいじゃん」

「ここまで相談に乗ってやったのにまだ言うのか?」

エラリィの言葉にベイカーは、おし黙る。返す言葉もないのだ。

「…………ん?待てよ」

ベイカーは、記事を手に取る。

「そうか!!簡単な事じゃん!!」

そう言って立ち上がる。

「エラリィじゃなくてルイーズ教官本人に直接聞けばいいんだよ!!」

「へ?」

予想の斜め上を行く回答にエラリィは、間抜けな声をあげた。

「いやいやいや待て待て待て。何だそのトリックが分からないから犯人に直接聞こうみたいな発言は」

「確か、この前電話かかってきたよねえーっと……」

エラリィの言葉など聞きもせずベイカーは、ルイーズ教官の部屋に電話をかける。

「あ、もしもし?クイーン教官?ルイーズ教官いますか?あ、いない。そう言えばそう言ってましたね。へ?いや、違いますよ。笑えないですよ。じゃあ切りますね」

電話を切るとベイカーは、エラリィの方を向く。

「あのな、ベイカー」

「んじゃあ、ちょっとルイーズ教官探してくるよ」

「いやだから」

「うーん……食堂は、閉まってるからここはない。男子寮には絶対いないだろうし、女子寮の誰かの部屋………もないね。クイーン教官以外と話してるところ見た事ないしね……共有スペースは、もしかしたらいるかも。よし、そこから探してみよう!!」

「何でそんなに思考がスムーズなんだよ!!さっきまでと全然違うじゃないか!!」

エラリィのツッコミに構わずベイカーは、部屋から出る。

「それじゃあ、遅くなるけど、またね、おやすみ!」

ベイカーは、言うだけ言うと玄関から出て行った。




ではでは、外伝6で( ´ ▽ ` )ノ

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