魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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皆様、ご無沙汰しております。

リアルの忙しさと、今後の展開をもう一度考えたりした結果、約四か月ぶりの更新です。

上の行を見て「お前、他にも作品書いてただろうがっ!」と思った方がいると思いますが、すみません。

書くのが面白くなって続きを書くのをサボってました。

まだ、この作品を覚えていてくれた方々が楽しんでいただけたら幸いです。

2020/10/21:文章を修正しました。


全てが決着する九日目

 ミラージ・バットの試合が行われている中、禅十郎は人気の少ないベンチに座っていた。

 

「予想通りと言えば、聞こえはいいけどよ……」

 

 背もたれに全体重をかけ、雲行きの怪しい空を見上げる。

 結論を言うと禅十郎の予想通り、無頭竜は再び妨害工作を仕掛け、三年の小早川が事故で危険となった。悪く言えば、彼女は裏で行われている事件の犠牲となったのだ。

 それを見ていた静香が小早川が落下する直前に彼女がつけていたCADの異常を感知し、報告を聞いた禅十郎は九島烈に不正工作の疑いの証拠が見つかったことを連絡した。

 九島閣下には既に今回の不可解な事故について話しており、もし証拠を見つけることが出来たなら禅十郎の頼みを引き受けることになっていた。

 だがここで誤算が生じた。不正工作のタネを達也が見つけてしまい、その犯人を取り押さえてしまったのである。

 本来なら烈がその不正を見つけて暴いてもらう算段であり、こちらは一切関与していない事を主張できるようにしたかった。だが、なってしまったものは仕方ない為、烈にはアドリブで一芝居うってもらうことになった。

 今回の不正工作に関して大会委員会に認めさせることになったのは上々であり、これ以上試合に直接関与する可能性は限りなくゼロになった。これ以上魔法科高校の生徒が危険に晒されることもなくなるだろう。

 それでも禅十郎の気分はさえなかった。

 

「不正工作の犯人を見つけた割には随分と浮かない顔をしているな」

 

 先程まで人気の少なかった場所に一人の男が音もなく現れた。

 

「なんだ、来てたのか」

 

 隆禅が隣に立っているのをちらりと見た禅十郎は再び空を見上げる。付き人は連れておらず、どうやら一人でここに来たらしい。

 それから隆禅は何も言わずに禅十郎の隣に腰を下ろした。

 

「良いのかよ、結社の社長が一人でこんなところに来て。色んな所から恨み買って狙われてんだろうが」

 

「姑息な真似しか出来ぬ輩などに私が討たれると思うか」

 

 自信家が良いそうなことを淡々と口にする父に禅十郎は苦笑を浮かべる。

 

「そうかよ。それで何の用だよ。仕事までサボって」

 

「ちょうど仕事が片付いた後だ。問題はない。それに息子が活躍したというのに祝わない親など居るのか?」

 

 真顔の隆禅に禅十郎は微笑を浮かべた。彼の言うことも確かに本心だろう。だが、それは禅十郎の父親としての目的であり、結社としての目的がなければここまで来ることは無いのだ。

 

「他にも言いたいことぐらいあるだろうが。何せ、俺は何の罪もない一人の魔法師の人生を踏み躙ったんだ。制裁をしに来たって考える方が理にかなっている」

 

 そう口にすると隆禅は禅十郎を睨んだ。彼から発する気迫を浴び、産毛が逆立つ。精神干渉系魔法によるものではなく、本物の覇気に晒されて禅十郎は体を強張らせた。

 

「そうだ。お前がしたことは許されることではない。例え、数多くの有望な若者を守ったとしても、たった少しだと軽んじて斬り捨てたのであれば私はお前を許しはしない」

 

「……」

 

 その目は気迫に満ちていた。己が信念に沿わない者を決して許しはしないと言わんばかりにその目は禅十郎を見る。

 彼の目に睨まれても禅十郎は一切動じず、わずかでも目を逸らさずに自身の目に焼き付けた。

 

「……その様子であれば問題はあるまい。最後まで抗い決断したことに後悔し続けるのであれば、次の犠牲者は必ず救いきってみせよ。今のお前に出来る弔いはそれくらいだ」

 

「あれだけの事をしたんだ。腹を切れって言われても拒まねぇぞ?」

 

「後悔していないならば死んで詫びるべきだ。だが、罪を犯し、業を背負わなければならないと思っているのならば一生涯を掛けて償え。救えなかった数よりも何倍の者を救え」

 

 それが隆禅の考えだ。罪を犯してなお反省の色もなく、さも自分の行動は正当だと主張しているのなら絶対に再起することは許さない。ことと次第によっては命を持って償えと言い出すこともある。

 今回はまさしくそれだ。禅十郎の嘗て起こした失態が招いた惨事であり、間違いなく一人の魔法師としての人生を終わらせた。それはある意味で一人の人間の未来を殺したと言っても良い。魔法が使えなくなった魔法師が再起するのは中々に難しいことであり、彼女はその苦しみを味わうことになる。そうなることは禅十郎も分かっていた。

 

「分かってるさ、あの時からな」

 

 禅十郎にとっての転換期とも呼べる事件があった時から彼は一度だって自身の失態を忘れたことは無かった。

 隆禅は立ち上がると、禅十郎に見向きもせずに歩きだした。

 

「禅十郎、この一件はまだ終わっていない。ならば、お前は己が為すべきことを最後までやり遂げよ」

 

「……ああ」

 

「ならば良し」

 

 そのまま立ち去るかと思ったが、隆禅は珍しく厳つい風貌を少しだけ和らいだ顔を禅十郎に向ける。

 

「これは父親としての助言だ。惚れた女性を悲しませ続けるならお前が拒んでいる件を進めるぞ」

 

 その言葉に禅十郎の神妙な顔は崩れ、心底嫌そうな顔を浮かべた。

 

「ふざけんな。あの女と添い遂げるのだけは絶対嫌だからな!」

 

「ならばもう少し身の振り方を気を付けることだな」

 

 そう言うと隆禅はここから去っていくのだった。

 

(ったく、世の大物達に啖呵を切る奴の素がアレってどうなんだよ。まぁ、すげぇのは事実だけどさ)

 

 これが十師族や様々な重鎮達と肩を並べる男だと思うとまだまだ追いつける存在ではないと実感させられる。また聞きだが、教師だった頃、現十師族のトップを数名ほど教育と言う名目で鉄拳制裁したことがあるらしい。

 彼にとって未だに十師族の一部のトップは生徒のような存在らしく、プライベートでも時折先生と呼ばれているようだ。その所為か、今でも隆禅の顔色をうかがう者も少なくない。

 彼が設立した結社の基本方針は中立だが、魔法社会において見過ごせない事をした場合、問答無用で介入してくることを彼らは知っている。その力も人材も持っており、そんな男を敵に回すには相当の用意が必要である。

 

(遠いねぇ……)

 

 いつかはそんな男を禅十郎は越えなければならない。この道に進むと決めた時から確定していることだ。その為の人脈も力も能力も何もかもが足りない。足りないものを何としても埋める必要がある。

 

(ま、頑張るしかないか……)

 

 そんなことを考えながら、禅十郎はミラージ・バットの会場に足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ミラージ・バットの会場入り口付近に来てみると、細い針が刺さった大柄な男が道端で倒れていた。その周りには見知った顔触れがそろっており、間違いなく事件が起こったのだろうと予測しつつ、彼等に挨拶くらいはしておこうと禅十郎は足を向けた。

 

「柳さん、事件ですか?」

 

「ん? ああ、禅か。少々困った観客がいたのでな。先程身柄を確保したところだ」

 

「どう見ても観客に見えないっすね。これやったの響子さんですか?」

 

 柳達に拘束されている男の様子を見て、これは響子がやったと禅十郎は確信した。ここにいる他の者であれば外傷が少しあってもおかしくはない。その上、男には金属製の針が刺さってはいるが、位置的に殺傷性は低く、用途として考えられるとすれば電流を使う可能性が高かった。

 

「あら、よく分かったわね?」

 

 柳と一緒にいた藤林は少々驚いていた。

 

「まぁ、響子さんの得意分野を知ってますから。それにしても体に金属の針刺されて電流流されるって、ぜってぇ味わいたくねぇな」

 

「まだ数本余ってるから、良かったら体験してみる?」

 

 一瞬で一本の針を取り出し、悪戯っぽい笑みを浮かべる響子に禅十郎は首を横に振った。

 

「電気マッサージ程度なら受けたいですねぇ。まだ体の疲れが抜けないんですよ」

 

「また随分と無茶をしてきたようね。あの子、心配してたわよ」

 

 響子の口にするあの子で直ぐに誰のことか分かった。

 

「昨日の初戦から滅茶苦茶通知来てましたね。直ぐに連絡したんで安心はしてくれました。小言は多かったすけど」

 

 ケラケラと笑う禅十郎に「いつもありがとうね」と響子は感謝した。

 禅十郎はすぐさま目つきを鋭くして倒れている男を見る。

 

「で、こいつ何者ですか?」

 

「無頭竜の刺客だろう。観客席付近にいたから恐らく目的は……」

 

 大方の予想はついてたが、こんな所で彼等に捕まるとは運が無いのか、はたまた命令した者がただの無能だったのか。どっちだろうが禅十郎にはどうでもよかった。

 

「選手の次は観客ですか……。形振り構ってられねぇってか」

 

 向こうもかなり切羽詰まった状況に置かれていると容易に想像できた。今までは生徒に干渉することで試合を自分達の都合の良い流れに持っていこうとしていた。しかし協力者が全員捕まれば残された道は限られてくる。

 

「九校戦そのものを中止させようとしたのだろう」

 

「それも失敗したとなれば、向こうも打つ手がなくなったと考えた方が良いですね」

 

 禅十郎の予想に柳と響子は同意する。

 

「今日中に逃走する可能性があるか」

 

「彼らの所在は掴んでいますからこちらも直ぐに動いた方が良いでしょう」

 

「その件はそちらに任せますよ。俺が色々やらかして直接手は出せないんで」

 

 禅十郎が頭をガシガシと掻いていると、響子は苦笑を浮かべた。

 

「そっちが動いてくれれば私達も楽が出来るんだけどね。でも、何処かのおバカさんが私にハッキングを仕掛けてきたおかげで仕事がうんと楽になったわ。今回は少し手強かったけど報酬としては悪くないわね。……変なデータも手に入れちゃったけど」

 

 最後の言葉に禅十郎は軽快に笑った。しかし内心は本当に碌でもないデータも容れていた葉知野に呆れていた。

 

「今夜中に()()片が付いてほしいですね。明日はゆっくりしたいですし」

 

「ええ、色々と……ね」

 

 禅十郎の口にした『色々』と言う意味深な言葉に響子は気付きながらも、深く探ろうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、ミラージ・バットで深雪が優勝したことで最終日を待たずに総合優勝が確定し、ミーティングルームでプレ祝賀会が開かれた。

 その立役者でもある深雪が出席しているのはもちろんだが、新人戦優勝に貢献した幹比古だけでなくレオやエリカ、美月が居るのは真由美の手によるものだった。

 だが新人戦優勝に大きく貢献したはずの達也と禅十郎の姿はそこに無かった。

 達也は疲れたから休みたいとのことだが、実際は外出しており、そろそろ今回の首謀者達に制裁を加えている頃だろう。

 そして禅十郎はと言うと。

 

「家の用事で呼び出されたからこっちには顔出せないって」

 

 それを知っている雫はそれを深雪達に伝えた。

 

「なんだかんだであいつも忙しいんだな。達也は仕方ないが、折角の祝賀会だってのに総合優勝の立役者が半分しか顔を出せないってのもな」

 

「かわりに明日の祝賀会は今日の分まではしゃいでやるって宣言してた」

 

「それはあいつらしいな。先輩方の苦悩が目に見えるぜ」

 

 レオの言葉に誰もが共感し、共に苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。富士演習場から随分と離れた森の近くまで戦闘スーツを着た禅十郎は仁の運転する車で移動していた。

 目的地付近にて車を停めると禅十郎は一人で車を降りた。

 

「ま、ここらでちょうどいいや。後は俺一人で行く」

 

「一人で充分か?」

 

「大勢で行く必要はねぇよ。こっちの要求を聞いてくれたんだ。相手の意向を組んでやらねぇとな」

 

「緊急時は連絡……いや、必要無いな。だが派手にやるなよ。しばらくの間、ここのセンサーは故障中になっているからな」

 

「善処するが保証は出来ねぇかもな」

 

「おい……」

 

「俺じゃなくて向こうが派手にやってきたらどうしようもねぇっての。ま、心配すんなって。荻は帰りに寄ってくうまい料理店でも探して待ってろよ。どうせ腹空かして戻ってくるだろうしな」

 

 禅十郎はこれから大仕事があるというのに気が抜けた笑みを浮かべて森の中へ入っていった。

 荻と別れてから禅十郎は森の深くまで歩くが特に何も起こらず、数分が経過していた。ここに来るよう指示した人物は自分を待っていると連絡しており、禅十郎は言われたとおりにしているのだが、未だに姿を見せなかった。

 

「ここまで来たものの何もねぇな」

 

 辺りを見渡してもあるのは木と草のみで、明かりの少ない夜である為に周りが良く見えない。そもそも待っていると言いつつ目印も何も置かれていない。

 これではこれから会う人物と会えないではないかと禅十郎は小さく溜息をつく。

 だが、それが必要ない事を禅十郎は気配を察知してすぐに理解した。

 

「ああ、成程。俺が()()か」

 

 突如、何もない暗闇からコンバットナイフが飛んできて禅十郎に襲い掛かった。

 それを禅十郎は紙一重で横に躱すと同時に持ち手を掴む。即座に飛んできた方向へ返さず、飛んできた方向と時計回りにほぼ九十度の方へと投げつけた。

 

「いっ!?」

 

(え、避けないの?)

 

 ナイフが刺さる音と共に男の悲痛な声が暗闇から聞こえた。投擲した場所から離れるのは城跡とは言え、ここまで読み通りに当たったことに禅十郎は拍子抜けした。

 その直後に背後から何者かがナイフで禅十郎に襲い掛かる。

 

「よっと」

 

 禅十郎はその人物を視線に入れることもなく、自己加速術式による高速回し蹴りを顔面に叩き込んだ。

 

「ぶふっ」

 

 漏れた声からその人物が女性であることがうかがえるが、今の禅十郎にはそんなことはどうでも良かった。

 蹴り飛ばされた女性らしき人物はそのまま木に激突し、ピクリとも動かなくなった。

 

「随分な歓迎だな。そっちの要求を呑んだんだ。もう少し丁寧に対応してくれても良いんじゃないか?」

 

 禅十郎は暗闇に向けてそう言った。だが、反応は一切返ってこない。

 

「ま、返事する気がねぇならいけどさ……」

 

 ぼりぼりと頭を掻いて禅十郎は溜息をつく。その後の彼の態度の変化は一瞬だった。

 

「おい、この程度の奇襲で俺がどうこう出来ると思うなよ。舐めて掛かって勝てると思いあがるな」

 

 禅十郎から明確な殺気と怒気が放たれる。

 

「俺とテメェらの関係の所為で九校戦が台無しにされちゃあ色々と困るって、わざわざこっちから頭を下げて頼んだって言うのに口上もなしに一方的に襲い掛かるとはな。そんなだから今の状況になってんじゃねぇのか?」

 

 怒りを込めた声に反応するかのように、草木がこすれる音や枝が折れる音が聞こえた。

 

「ま、そんなやり方でしか攻撃できねぇ奴が俺に勝てるわけねぇよな。何せ、戦闘不能になったそこの二人を含めて八人がかりで俺を襲おうとしたんだからよぉ」

 

 見下す言葉を掛けると暗闇から怒りを伴った明確な敵意を放っていた。

 それを感じた禅十郎は不敵に笑みを浮かべて、舌を鳴らしながら人差し指で掛かって来いというジェスチャーを見せつける。

 

「来いよ、数字落ち(エクストラ)の犯罪者共。格の違いを教えてやる」

 

 次の瞬間、暗闇から四人の覆面を被った者達が禅十郎に襲い掛かる。

 中で最も素早い動きをする者が一人、真っ先に禅十郎に両手のナイフで斬りかかる。

 

「自己加速じゃねぇな。その瞬発力から見て、第一研出身か?」

 

 即座に自分の出自を当てられたことに腹を立てたのか、やや大振りにナイフを振り回す。

 

「おいおい、能力は悪くねぇのに実戦経験ゼロか、うおっと!」

 

 別の者からの攻撃に気付いた禅十郎は即座に後方に跳び下がる。

 先程まで相手にしていたナイフ持ちが体の至る所に銃弾に打たれたような風穴を開けて倒れ込んだ。

 

「ちっ!」

 

 魔法を使ったと思われる人物が忌々しく舌打ちする。

 

(おいおい、味方ごとやるのかよ。連携って言葉を知らんのか)

 

 目の前の光景にそんな場違いな事を思ってしまった。

 

(それにしても今のは銃じゃねぇな。不可視の弾丸のはずもねぇし……)

 

 見えない銃弾のような攻撃を禅十郎はとっさの所で躱していく。

 先程の攻撃の所為か、他の者達は揃って攻撃しようとしてこなかった。その為に相手の魔法に対して考察する余裕があった禅十郎は、ふと魔法によって貫通している木を目にした。

 

(風穴が地面にまで一直線に繋がってる……。ってことは)

 

「あー、そういえば第十研であったな。『攻撃型ファランクス()()()』」

 

「貴様っ!」

 

「だからぁっ!!」

 

 同士打ちをした男が魔法を発動する前に禅十郎はすかさず強力な閃光魔法を発動し、辺り一帯を照らした。

 激昂する男の目を潰された瞬間、禅十郎は即座に自己加速術式で相手の懐に飛び込み、そのまま高速の拳を相手の溝尾に叩き込む。ミシリと骨が軋む音を立て、男は苦悶の声を上げてその場に倒れ込んだ。

 視界の効かない状況下でも適切な行動がとれるよう訓練された禅十郎にはこの程度の事は造作もなかった。

 その後も運悪く目を潰された近くの二人に魔法を使わせる暇もなく即座に顔面に容赦のない一撃を叩き込む。ほぼ先程の男と同じように同時に骨が砕かれる音が森に鳴り響いた。

 わずか数分の内に禅十郎は襲撃者八人のうち六人を無力化して見せた。

 

「さてと……」

 

 辺りを軽く見渡して、全員が立ち上がれないことを確認すると禅十郎は暗闇にいる二人に目を向けた。

 

「お前は掛かってこないのか、坂田泰時(さかたやすとき)? いや、五反田(ごたんだ)泰時って呼ぼうか?」

 

 彼の名を呼ぶと暗闇の中から第三高校の制服ではなく、戦闘スーツを纏った泰時が姿を現した。

 

「篝……禅十郎っ!」

 

「おうおう、随分と酷い顔だな。昨日の九校戦の試合とは大違いだぜ?」

 

 今にも襲い掛かろうと言わんばかりに睨みつけ、怒りで顔が別人のように様変わりしていた。

 

「黙れっ! お前の所為で……お前らの所為で俺達がどれだけ惨めに生きてきたと思ってるんだ!」

 

 泰時は喉をつぶしかねないほどの大声で叫んだ。

 その怒声に対して禅十郎は肩をすくめるだけだった。

 

「五反田家が三鏡に協力したのがそもそもの原因だろう? あいつの甘言に乗ったのがそもそもの間違いだった。それに気付かずにどれだけ多くの犠牲を出した? 知らなかったで済まされるもんじゃないだろうが」

 

「違う! あの一族は……あの人は間違ってなんかいない! 魔法が使えても社会で認められる力がない人達にとってあの一族は必ず福音となる存在だった! それをお前らが斬り捨てた!」

 

「だから魔法師の人体実験し続けることを認めろってのか? ふざけるな。そんなことを認めれば魔法師は本当に人間扱いされなくなる。正真正銘のモルモットだ」

 

「これから生まれる魔法師の未来の為だ!」

 

 感情的になっている泰時を見て、禅十郎は呆れるという言葉以外に思いつくものがなかった。

 あの目はよく知っている。尊敬と通り越して陶酔している目だ。ああいう目をする者は決まって自分で何も考えていない。崇拝する対象こそ絶対であると思考を放棄している。それ故に人として間違っていることさえも肯定する狂信者と彼はなっていた。

 泰時もそれに気付いていない為、もはや何を言っても意味がないと禅十郎は断定した。

 

「違うな。あいつはそんなこと考えちゃいない。あいつが欲しいのは平然と魔法師を人体実験できる環境だけだ。上っ面だけしか見てないお前らは本質を見て……」

 

「お前があの人を語るな!!」

 

 禅十郎の言葉を遮り、泰時は先程よりも更に強く叫んだ。

 

「なんでお前があの人の邪魔をする!」

 

 その声色にはどれほどの思いが込められているのだろうか。

 

「あの人の夢を認めない!」

 

 恐らく一族の思いを背負っているのだろう。望んだ地位を得られなかった為に今度こそ返り咲けと親族から強要され続けていたのだろう。だからこそ、彼が必死なのだと言うのは嫌でも分かった。

 

「その成功例であるおま……」

 

「もういい。それ以上口を開くな」

 

 その瞬間、泰時の視界が揺らいだ。同時に、ぶちゅりと気持ち悪い音を耳にする。

 

「えっ……? かはっ!」

 

 唐突に口から血を吐き出して彼はようやく理解した。自分の腹が一瞬にして迫ってきた禅十郎の手で貫かれていることを。

 禅十郎は無造作にそれから手を引き抜くと、どさりと泰時が地面に倒れ込む。

 彼と話している内に禅十郎は彼と戦うという選択を消去した。ただ目の前の逆賊の傘下の者を捕らえるという仕事を熟す為に圧倒的な力で無力化する。

 それには感動もなく、達成感も得ず、嫌悪感を抱かず、ただ仕事の一作業が終了したという事実確認を行っただけ。

 彼にも様々な出来事があったのだろう。五反田家についてはそこそこ調べていた為、客観的に見れば彼の境遇には同情する。それほどに彼の家庭環境は酷かった。ならばあの男の甘言に乗るのも分からなくはない。

 だが例え彼がどんな状況下であっても、奴と関わることは到底許せるものではない。それ故に禅十郎は容赦なく彼の願いを打ち砕いた。心臓を狙わなかったのは九校戦に彼の私情を持ち込まなかったことへのせめてもの慈悲だった。

 それから彼には目もくれず、禅十郎はまだ暗闇にいる最後の一人に狙いを定めた。

 

「で、お前もやるか? 三鏡の『眼』」

 

 すると暗闇にうっすらと見える人影が首を横に振るジェスチャーをする。

 

「止めておきます。そもそも()()()()()()()()()貴方に私如きが勝てる筈がありませんから。いや、本当に恐ろしい。能力であればそれなりの者を集めたつもりですが」

 

「志のない傀儡程度に俺を倒せると思うな。学習能力がなさすぎるだろうが」

 

 手合わせしただけで彼等が狂信的な信者であることはよく分かった。自分を倒すためならば手段を選ばず、我先に手柄を立てたいという欲望がひしひしと伝わってきた。それ故に彼等の対処はしやすかった。

 

「いやはや耳が痛い。しかし、貴方の実力を直接測れたのであれば主も喜んでいただけるでしょう。彼等も我が主の望みを叶えられて本望でしょう。。それでは(わたくし)はこれにて……!?」

 

 最後まで言い切る前に禅十郎は自己加速術式と身体強化を併用し、たった一歩で男に迫る。

 

「逃がさねぇよ!」

 

「かはっ!!」

 

 高速移動の威力を乗せた右足による大振りの蹴りを男の脇腹に叩き込む。そのまま吹っ飛ばされた男は木に激突し、崩れるように地面に倒れ込んだ。

 

「あいつの居場所を含めてお前達には洗いざらい吐いてもらうぞ」

 

「な、なるほど。ここまでとは……」

 

 力を込めた一撃を直接受けた男は声を震わせて禅十郎を称賛した。しかし、あの男の縁者である者からの賛辞に禅十郎は嫌悪感を抱くだけであった。

 

「俺との最後の言葉はそれで十分か?」

 

「いえいえ、元よりこれ以降あなたと会うことは無いでしょう。そもそもここから立ち去る必要はありませんから」

 

 体が動かせない状態でありながら余裕たっぷりの男の意図をいつの間にか自分達の周囲に先程倒した七人が倒れているのを目にして理解する。

 

「そういう腹積もりか!」

 

「……もう遅い」

 

 すると男だけでなく禅十郎が無力化した全員が体の内側から爆発した。あらかじめ体の中に爆弾を仕込んでいたようで、一気に起こった爆発が禅十郎に襲い掛かる。

 禅十郎にとってもこれは想定外であり、対処が間に合わないことに焦っていた。

 

(あー、ウェルダンとはいかなくてもミディアムくらいにはなるかなぁ)

 

 避けられないと判断した禅十郎のそんな下らない予想する。

 しかし、それは悉く打ち砕かれた。

 爆発が起こっても自身に被害が一切無かったのである。よく見てみると自身が半球状の障壁魔法の中におり、爆発を悉く防いでいた。

 

「あー、この魔法って」

 

 爆発が治まり、魔法を解除されるのをみて禅十郎はすぐさまこの魔法の使用者が誰なのか察した。

 

「この大馬鹿モンがっ!」

 

 遠くからでもよく聞こえる怒りの叫び声を耳にして禅十郎はげんなりとした。

 

「やっぱりかー」

 

 そこにいたのはいつも禅十郎に対して怒ってばかりいる大神であった。

 

「お・ま・え・と・い・う・や・つ・は、少しは支える部下の身にもなってみろとあれ程言っただろうがっ!」

 

 襟元を掴んで禅十郎を前後に揺さぶる大神は相当ご立腹のようである。

 

「仕方ないっしょー。流石の俺でも爆弾体に入れてるなんて思うわけないじゃーん」

 

「おかげで証拠も何もかも手に入らなかったではないか! そこは身を挺してでも証拠品の一つでも守ってみせろ!」

 

「だから無茶言うなぁ」

 

 それから何度も体を揺さぶり説教する大神に禅十郎は嫌気がさした。

 正直、お腹が減ったのでご飯を食べに帰りたい。

 

「大神、あんたいい加減にしな」

 

 すると背後から現れた猪瀬が分厚い本で大神の後頭部をブッ叩いた。

 

「ぶふっ!」

 

 あまりの威力に大神は頭を抑えてうずくまった。

 

「まったくちゃんと周り見てから言いなさいよ。証拠は残ってんじゃない」

 

「はい?」

 

「なんだと?」

 

 禅十郎は何の事だが分からないという顔をして猪瀬を見た。それに対して彼女は意外な顔をしてこっちを見返した。

 

「あんた、まさか分かってやったんじゃなかったのかい?」

 

「何の事だよ?」

 

 禅十郎の反応を見て、嘘ではない事を理解した猪瀬は呆れた顔を見せる。

 

「ほれ、そこにいる坊主だよ」

 

 猪瀬が指をさす方を見ると、腹を貫かれているだけでそれ以外は五体満足の状態で横になっている泰時がいた。

 

「なんで……?」

 

 これには禅十郎も目を丸くして驚く。てっきり一緒に爆発していたと思っていた。

 

「あんたの貫いた場所に偶々爆弾があったんだろうね。爆発せずにそのまま体からすっぽ抜けて、そんで大神の障壁魔法の範囲内にいたから無事だったってところかしら」

 

「おお、マジか」

 

 アレは本気でキレて貫いただけなのだが、それが功を奏するとは思わなかった。

 

「あの程度なら治せるわ。良かったわね、怒られずに済むわよ」

 

「ははは、これで気兼ねなく飯が食えるな!」

 

 自分の強運に流石の禅十郎も笑いが止まらなかった。

 

「……やはり解せん」

 

 結局目的を達成できていたことに対して、大神は納得いかない顔をしているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、場所は横浜グランドホテルの最上階。

 そこには先程まで数名がいた形跡があったにも拘らず、たった一人だけ膝をついて絶望に染まった顔をしている男がいた。

 

「……何故だ!? 我々は命までは奪わなかった。誰も殺さなかったではないか!!」

 

 その男の名はダグラス=(ウォン)。無頭竜の東日本支部の支部長であり、今回の九校戦にて横槍を入れてきた主犯の一人である。

 黄は嘗てないほどの絶望を味わっていた。たかが学生の試合にちょっかいを掛けただけでこのような悲劇に合うとは思わなかった。

 誰の命も奪っていないのにこちらが一方的に狩られることに納得がいかなかった。

 だが、黄はそれが自分勝手な理屈だということに気付いていない。己の私利私欲の為に動いて二人の逆鱗に触れてしまったことを理解していない。

 

『それは俺には関係ない。だが、それを口にすれば貴様に聞かせたいメッセージを渡されている』

 

 彼を絶望の淵に立たせている内の一人は達也だ。今回の九校戦で無頭竜は深雪のCADに細工をしようとしたことで彼の逆鱗に触れたのだ。

 本来ならこのまま処理するつもりだったが、黄の言い分を耳にして、頭の片隅に置いてあった依頼を遂行することにした。

 

『あー、あー、聞こえてるか、大陸から来た外来種のトカゲ共。よくも瓦礫の下敷きにしてくれたな』

 

 突如として部屋のスピーカーから達也とは別の声が響き渡った。

 名前を言わずとも声の主が誰なのか黄は理解した。

 この男、いやこの男が所属している組織から手は出ないと聞いていた。こちらに手を出せない弱みを握っていると聞かされていた。なのに、何故平然と干渉してきているのか黄には理解できなかった。

 

『自分達は安全だと思ったか? バカか? そもそも俺達はお前達に直接手を出してないし、俺達はお前達の情報を誰にも売ってすらいない。今の状況に陥ったのはお前達が恨まれてるからだ。お前達を処断したいとあらゆる組織が動いた結果に過ぎない。俺達はそれを傍観しているだけだ。約定は違えていない』

 

 なんだその屁理屈は、と黄は憤慨したが、自分も同じことをしているのだからその怒りは筋違いであることを理解していなかった。

 

『いやぁ、残念だ。お前達が最後まで足掻き続ける姿を見れないのは本当に残念だ』

 

 狂気を含んだ笑い声を黄は耳にする。声だけで相手を見下しながら嘲笑している姿は容易に想像できた。

 

「この……悪鬼が! クソ餓鬼が粋がりおって!!」

 

 録音したメッセージである事すら忘れ、黄は激昂する。

 笑い声は徐々に小さくなり、男の息を吐く音が聞こえてきた。

 

『トカゲ共、お前達は二つ罪を犯した。一つ目は九校戦を貴様等の遊技場として選んだこと。その所為で余計な不安と必要のないトラウマを多くの者に与えた。九校戦を待ち望んだ者にとってお前達の行いは到底許されるものではない』

 

 そんなこと私の知ったことかと黄は思った。

 魔法を使った競技は見世物として注目を浴びている。故に九校戦を行っている方が悪いと黄はこの事態に陥った原因を余所に転嫁した。それでも自分の状況が変わらないというのに、平常心でいる為に無意識にそうするしかなかった。

 

『二つ目は私利私欲の為に選手達に手を掛け、あまつさえ魔法を使えなくなるほどの精神的苦痛を与えた。これはその人を殺したと言っても過言ではない。人の人生を奪っている時点で貴様等は一人の魔法師を殺しているのと同じことをした』

 

 それは貴様等の過大解釈だと黄は叫びたかった。だが、自分を非難しているのはただの音声データであることを思い出し、怒りの矛先を誰に向けるべきか分からず、拳を握りしめることしか出来なかった。

 

『これまで他人の不幸を煽って甘い汁を啜ってきた楽しい人生を充分送ってきただろ? いい機会だ、この国で犯した罪を悔いながら最期の時を受け入れろ』

 

 一方的な死刑宣告に黄の堪忍袋の緒が切れた。

 

「ふ、ふざけるな! 何様のつもりだ! この国の平和は自分達が守っているとでも思っているのか!! たかが魔法結社風情が思い上がるな! 貴様等とて私達と大差がないではないか!! 目的の為なら手段を選ばず、人の命を弄ぶことを平気で行ってきた!! そんな奴等が正義の味方ごっこなど笑わせるな!!」

 

『……もしお前がつまらない奴ならここらで俺達を罵倒してるんじゃないかな? そもそもそんなことしてる余裕あるの? 今死にそうなんじゃない?』

 

「っ!」

 

 黄は皮肉にも自分達を粛清したい者に自分の立ち位置を思い出させられた。

 

『うーん、そうだなぁ、俺等を正義の味方だとか、手を汚してるとか色々ツッコんでるだろうけど、そもそも国民に手を上げてる時点でお前等は警察も軍も介入される理由を作ってんの。俺等が動く以前に終わってんだよ、お前等』

 

 黄を遠回しにバカにしている口調であったが、もう彼はそんなことを気にしている余裕はなかった。そもそも自分達の命を狙っているのはスピーカーから流れる声の主ではなく、別の人物であり、今でも自分の命を狙っていることを思い出す。どうにかしてこの場から生き残る方法を模索しようとした。その後で、自分を愚弄した者達へ復讐する為にどうにかせねばと嘗てないほどに頭を回す。

 

『ま、言いたいことは言ったし、後はお前達を処断したい奴に全部任せるわ。じゃ最後の一時を楽しんでくれ。バイバーイ!』

 

 だが、そんな暇など与えず、メッセージは終わり、第二の理不尽が彼に襲い掛かった。

 その後の彼の生死など語る必要もないだろう。




如何でしたか?

話が急展開過ぎたと思います。

もともと『数字落ち』にも焦点を当てる予定だったので、それを使わせてもらいました。

さて、次回は十日目、すなわち最終日。

大体予定通りに進まない作品ですが、楽しんでいただけるよう今後とも頑張っていきます。

では、今回はこれにて。

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