闇のミス・ポッター   作:ガラス

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第8話:闇は動き出したわ

 

 

“賢者の石”。それは鉄を黄金へと変え、命の水を作り出す万物の石。

現在はダンブルドアの協力の元、ニコラス・フラメルが制作して所持している。その石が、どうやらホグワーツにあるらしい。

 

「ありがとう、マルフォイ。わざわざ貴方のお父様の手を煩わせちゃってごめんなさいね」

「問題ないさ。なんたって父上は理事長の一人だからね」

 

マルフォイにお礼を言い、私は集めた情報を朝食を食べながら整理する。

マルフォイの父親の調べでホグワーツに賢者の石がある事は分かった。恐らくクィレルはそれを狙っているのだろう。あれから私も色々調べ、クィレルが何かを企んでいると分かったのだ。問題はハリーを襲った理由だが、それはまだ判明していない。

私は不満げに声を漏らした。

 

「もう少し決め手が欲しいわね……」

 

パンをかじりながら私は軽く舌打ちをする。

クィレルが黒だという事は分かっている。だが証拠が無いし、クィレルの怪しい動向も彼特有の神経質さと言われてしまえばどうしようも無い。まだ、動き出すには手札が一枚足りないのだ。

 

「彼は賢者の石を手に入れて何をするつもりなの……?」

 

誰かに尋ねる訳でも無く、私は頭の中に浮かんでいる疑問を口にした。

一番重要なのはそこなのだ。クィレルが賢者の石手に入れてどうするのか?悪いが彼に何か野望があるとは思えないし、正直賢者の石を手に入れても持て余すと思う。では何か別の理由があるのだろうか?一番の候補は誰かと繋がっている可能性だが……私はそこで思考を打ち消した。まだ、情報が少ない。

 

私が四苦八苦してそれから数日後、ハリーが事件を起こした。

どうやらハグリッドと何かをしようとしていたらしく、それが見つかってグリフィンドールは大幅に減点されていた。おまけにマルフォイも減点されていたが……まぁグリフィンドールが首位から下がったのだから良しとしよう。

 

「…………ッ!」

 

ある日の夜、私がベッドで眠っていると突然体に異変が起きた。

思わず飛び起き、私は自分の額を抑えた。何故か、あの稲妻の形をした傷が痛み始めたのだ。

このような事は過去にも何回かあった。だが、ここまでの痛みは味わった事が無かった。あまりの衝撃に、私は声にならない悲鳴を上げた。

 

「何これ……傷が、痛い……ッ?」

 

しばらくそうやって悶え苦しんでいると、やがて痛みはゆっくりと引いて行った。

ようやく苦しみから解放された私は大きく息を吐くと、汗べっとりになってしまった自分の額を拭いてベッドに倒れ込んだ。

 

一体先程の痛みは何だったのだろうか?まるで何かの悲鳴のような、訴えるような感覚があった……この傷の事はよく分かっていないのだが、もしかしたら何かを予兆しているのかも知れない。

そう推測しながら、私はもう一度大きく息を吐いた。

 

それからホグワーツでの試験が終わり、私がベンチで本を読んでいる時、突如ハリーが駆け寄って来た。その様子はとても慌てており、まるで一刻を争うような形相だった。

 

「シェリー、頼む! 力を貸してくれ!!」

「と、突然どうしたのよ?ハリー」

 

いつものハリーとは違い、余裕が無さそうなその態度に私は思わず焦ってしまった。ハリーに一度落ち着くように言うと、彼は乱れたローブと整えながら深呼吸し、ようやく説明を始めた。

 

「スネイプが! あいつが今夜賢者の石を盗むつもりなんだ。だからお願い、君の力を貸して欲しいんだ!」

 

ハリーはこの数ヶ月の間に自分の身の周りに起きた出来事を教えてくれた。四階の扉の先にあった物。この学校に隠れている賢者の石の存在。夜に森で私達の両親の仇であるヴォルデモートに襲われた事を。

それで私は合点いった。あの日の夜に突然傷が痛み始めたのは、ハリーがヴォルデモートと遭遇したからだ。

 

しかしハリーの推測には幾つか間違いがあった。ハリーはどうやらクィレルでは無く、スネイプが賢者の石を狙っていると思っているらしい。

まぁ仕方が無い。日頃の行いを見ればスネイプがそう思われても無理は無いだろう。彼も素直に反対呪文を掛けていたと明言すれば良いのだが、恐らくプライドが許さないだろう。

けれど私は敢えてそれをハリーには教えない。教えた所で彼が納得してくれるはずが無いし、少し利用したいと考えているし。私は髪を掻き上げながら、口を開いた。

 

「悪いけど、断るわ」

 

私の返答にハリーは信じられないという顔をした。

断られた理由が分からず、何故かと私に逆に質問して来る。私はそんな彼をうっとおしく思いながら、言い訳をした。

 

「だってその推測が正しいとは限らないし。もしも間違いだった時、私達減点じゃすまないわよ?ハリーだって、これ以上問題を起こすのは不味いんじゃないの?」

「うっ……で、でも……本当にスネイプの奴が……!!」

 

一応は正論を言ったつもりなのだが、ハリーは頑固なせいで納得出来なさそうな顔をしていた。

大分自分の推理に自信を持っているらしい。ダーズリー家の時に居た時とは考えられない程の成長振りだ。まぁ、その推測が合っているか間違っているかは置いておくとして。

 

「四階の廊下にはお友達と一緒に行きなさい。私はご遠慮するわ」

 

それだけ言い捨て、私は手を振りながらハリーの前から立ち去った。

そして廊下を曲がって見えない所まで移動すると、私は口元をにやつかせた。

良い事が聞けた……賢者の石の隠し場所は、どうやら四階の扉の先にあるらしい。こんなチャンスを私が逃す訳が無い。当然介入させてもらう。幸いハリーも今夜動きだすみたいだし、最悪の場合は彼に全部の罪をなすりつけば良い。

私は懐から杖を取り出し、それを袖へと隠した。

 

夜、私はすぐに動きに出た。

寮を抜けてピーブスの徘徊を避けながら、四階の廊下まで移動し、誰にも見られていない事を確認しながら部屋の中に入った。

 

「これは……」

 

そこには、巨大な三頭犬が眠っていた。横にはハープが置いてあり、勝手に曲が流れていた。どうやら先に来たクィレルが仕掛けて行った様子だ。ハリー達が来るにはまだ時間があるだろう。それまでの間に、私も自分の仕事を済まさなくては。

 

気合いを入れ直してから私は三頭犬の下にあった隠し扉に飛び込み、更に先へと進んだ。案の定先には罠が仕掛けられており、悪魔の罠、羽の鍵、巨大な魔法のチェスなどの魔法が仕掛けられていた。だがどれも他愛無い。子供の私でも十分対応出来る内容だった。

それから既に気絶されたトロールの部屋を横切り、最後にスネイプのちんちんくりんな問題を解いてから賢者の石が隠された部屋へと足を踏み入れた。

 

「ッ! ……貴様は、ミス・ポッター」

「こんばんわ、クィレル先生。こんな夜遅くに一体何をしていられるんですか?」

 

そしてその部屋には、案の定クィレルが居た。いつもの神経質そうな震えは無く、鏡の前に立っている彼は恐ろしい形相をして私の事を睨んで来ていた。そんな彼に、私は紳士のように振る舞いながら挨拶をした。

クィレルがそれが気に食わなそうに歯ぎしりをし、更に強い眼力で私を睨みつけて来る。

 

「お前が先に来たか。双子のウィーズリーを使ったり、呪文を掛けたりして私の事を監視していたようだが……私の正体に気づいていたのか?」

 

私は恐れず階段を降り、クィレルに近づいた。彼は警戒するように私から一歩下がりながら、私との距離を保った。

どうやら私が彼の動向を伺っていたのはバレていたらしい。まぁそれもそうか、あんな杜撰な探りじゃすぐにバレるのも問題ない。まぁそれも想定内だ。

 

「いえいえ、私は別に探るような事は……ただクィレル先生がどのような事をしているのか知りたかっただけですよ」

「抜け目の無い小娘だ……お前はもう分かっているのだろう?私が誰の命令で、何故此処に居て、何を狙っているのかを」

 

クィレルの質問に私は答えず、ただ黙って笑ってみせた。

もちろん分かっている。クィレルの裏でヴォルデモートが繋がっている事を、彼が賢者の石を狙ってこの場所に居る事も。分かっているからこそ、私はこの場所にやって来たのだ。

 

「そうですね……確かに、此処には面白そうな物が眠ってますわね」

 

首を傾けながら、私はクィレルの後ろにある鏡をチラリと見た。

恐らく賢者の石はあそこに隠されているのだろう。あの鏡にどんな仕掛けがあるのか分からないが、クィレルがもたついていたという事はそう簡単には取り出せないようだ。

 

「ちっ、煮え切らない奴だ」

「……俺様が話そう」

「ご主人様!? ですが貴方は力が……いえ、分かりました」

 

突然部屋の中に誰かの声が響いた。その声を聞いた瞬間、クィレルは恐れたような顔をし、同時に私の額が猛烈に痛み始めた。

そしてクィレルは、ターバンをゆっくりと解くと、自分の後頭部にある闇を露にした。その闇は鏡越しに私の事を見ると、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。

 

「シェリー・ポッター……生き残った双子の片割れ。再び合間見る事が出来たな」

「ヴォルデモート……!」

 

それは人と言っても良いのか、蛇のような裂け目がある鼻、血走る瞳、生気の無い白い肌……まるで死人のような顔が、クィレルの後頭部にあった。

それこそ私の両親の仇であるヴォルデモートなのだと私は理解出来た。

 

「貴様は賢い奴のはずだ。俺様が此処に来た理由も分かっているだろう?俺様に従え、そうすれば永遠の安らぎを得る事が出来るぞ」

 

人を誘惑する声でヴォルデモートは私にそう言って来る。

それは人を惑わす言葉で、彼に従えば本当に安らぎを得られるのでは無いかと考えてしまうくらいだった。だが私は冷静な頭で静かに思考を回す。言葉には惑わされない。言葉を操るのは私の方なのだから。

 

私は無言で袖から杖を取り出した。だが次の瞬間、クィレルが素早く杖を抜き取って私に武装解除呪文を放って来た。赤い閃光が腕に直撃し、私の杖が部屋の隅まで飛んで行った。

 

「愚かな奴め。俺様に歯向かうつもりか?己の命を縮めるだけだ」

 

ヴォルデモートが笑いながらそう言う。今の攻撃はヴォルデモートが行った物なのか、それともクィレルを通して行った物なのか。いずれにせよ敵の攻撃が素早い事が分かった。だが……想像以上では無い。

私は素早く腕を振るい、クィレルに向かって失神魔法を放った。彼は私が杖無しで呪文を放った事に驚き、少し遅れて防御の呪文を唱えた。ぎりぎりの所で呪文を退けるが、彼の表情には焦りが見える。私はそれを見て、ニヤリと笑みを零した。

 

「愚かなのは貴方の方よ。ヴォルデモート……人を見下し、侮り、油断する。だから赤ん坊の私にも負けたのよ」

 

私が挑発すると、その言葉はヴォルデモートの心に深く突き刺さったようだった。彼はこの世とは思えない程有り得ない形相で怒り、咆哮を上げた。そしてクィレルに命令し、攻撃するよう指示を出した。

 

「殺せ!! あの小娘を殺すのだ!!」

 

クィレルが杖を振るい、部屋中が炎の包まれた。そして幾つもの失神呪文が飛んで来る。それを私は腕を振るって防御呪文を発動し、やり過ごす。

杖を拾うつもりは無い。私は真っ直ぐクィレルに向かって進み、錯乱呪文を放った。当然クィレルはそれを防ぐ。だがその隙に私は近距離で衝撃呪文を放った。

 

「ごふッ!? な、なんて無鉄砲な……!?」

「時代遅れなのよ、貴方の戦い方は。インカーセラス!」

 

対応出来なかったクィレルは地面に倒れる、そんな彼に私はすぐさま束縛呪文を放ち、縄でグルグル巻きにした。動けなくなった彼は苦しそうにうめき声を上げる。

 

「レダクト! 小娘が、調子に乗るな!! クルーシオ!!」

 

縄からすぐに脱出し、クィレルは杖を振るって私に鋭い閃光を放って来る。それを寸での所で避けるが、私の背筋に寒気がした。

今のは許される呪文の一つ、クルーシオ。本で読んだだけだが、あれを喰らったら死よりも苦しい思いをするらしい。

私は今自分が行っているのが本当の殺し合いなのだと実感しながら自然と笑みを零した。

不思議と体が軽く、全く緊張していない。今まで感じた事の無い高揚感が沸き上がっていた。

 

「ステゥーピファイ! インセンディオ!! あらあらどうしたのヴォルデモート? 動きが鈍いわよ!」

「プロテゴ! エクスパルソ!! 小娘がぁ……! その口を裂いてやる!!」

 

激しい呪文の攻防の最中、私は挑発するようにヴォルデモートに言葉を送った。それを聞いて彼は表情を歪め、クィレルに早く私を殺すように命令した。

私は踊るように立ち回りながら呪文を放ち続ける。杖無しでも十分対応出来る。こちらは長年杖無しで魔法を使って来たのだ、杖を持った相手でも何ら問題無い。

 

クィレルは杖を大きく振るい、私の目の前に巨大な炎の悪魔を作ってみせた。それが私を襲って来る。私は腕を振るい、水の盾を作ってみせた。何とか炎の攻撃を退け、水を爆破させる事で炎の威力を弱める。

そしてその間に出来た隙間から、私は呪文で形成した無数の石の礫を飛ばしてみせた。クィレルはそに気づかず、弾丸のように飛んで来た石の餌食になる。

 

「ぐはッ! ……が、ぁ……!!」

「やっぱり動きが鈍いわ……油断したわね、ヴォルデモート」

 

炎が消え去り、クィレルは自身の体を抑えながら苦しそうに縮こまった。

私は腕を降ろすと、一度息を吐いてから肩を降ろした。すこし激しく動き過ぎたせいか、息が上がっている。気がつけば汗も流れていた。どうやら自分が思っていた以上に体を酷使していたようだ。

私は無防備な状態になりつつも、その体勢でクィレルに近づいた。正確には、ヴォルデモートにだが。

 

「理解出来たかしら?今の貴方はとても弱い。子供の私と互角の力しか無いのよ」

「フン……何を言うか。貴様程度など、簡単に殺す事が出来る!」

 

ヴォルデモートは私の言葉に耳も貸さず、私を殺そうと躍起になった。

確かにいくら弱っているとは言え、彼の実力が互角と言ったのは盛り過ぎただろう。だが私とて簡単には殺されない。ある程度なら立ち回る事が出来る。そして今この場で重要なのは時間稼ぎなのだ。

 

いずれはハリーもやって来るし、今はホグワーツには居ないダンブルドアもそのうち戻って来るはずだ。そしてそれは奴も分かっている。分かっているからこそ早く私を殺したいのだ。

だからこそ、私はそれを餌として利用する。

 

「ヴォルデモート……私は何も貴方と敵対したい訳じゃないのよ」

「……なんだと?」

 

不意にヴォルデモートはあっけらかんな声を上げた。私の言った言葉が信じられなかったらしく、疑った視線で鏡越しに睨んで来る。

私はそんな彼に笑ってみせる。そう、敵意など無いのだ。最初から。

 

「私達には共通の敵が居る。目的を果たす為にはどうしても障害となる敵が……貴方も分かっているでしょう?私達は、“あいつ”を殺さなくちゃならない」

 

私は彼に歩み寄りながら言葉を続けた。

私達の共通の敵。それは彼も十分理解しているはず。少なくとも私はそう思っているのだ。だから、私は最後の敵の名を呟いて交渉を持ちかけた。

 

「ダンブルドアを殺す為、手を組みましょう?」

 

私の狙いは、目的の為に障害となるであろうダンブルドアの抹殺。そしてその目的はヴォルデモートと一致している。私達がわざわざ敵対する理由など無いのだ。

私はそう言葉を投げ掛け、彼に手を差し出した。

 

 


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