闇のミス・ポッター   作:ガラス

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第7話:クリスマスなんて……

 

 

“七月の末、闇の帝王に三度抗った両親から双子が生まれるであろう。片方は帝王を滅ぼす力を持つが、片方は帝王と契りを結び、もう片方を滅ぼそうとするであろう。”

 

 

 

スネイプは夢を見ていた。遠い昔、自分が思い焦がれた“彼女”と何度も遊んだあの黄金色の草原に立っていた。少し歩くとよく寝転んだ大きな樹木が生えており、あの頃と変わって無いのが分かった。

そんな思い出深い場所である言葉が流れ続けていた。

 

自分がダンブルドアに助けを乞うた理由でもあるあの言葉。あれが聞こえる度にスネイプは表情を曇らせた。

突如、光景が変わった。黄金色の草原は消え、ある家の一室にスネイプは立っていた。その部屋は彼もよく見覚えのある部屋であった。

 

家具はバラバラに破壊され、扉は無造作に開いている。カーペットの上には赤毛の女性が倒れており、彼女は死んでいるように冷たくなって動かなくなっていた。否、本当に死んでいるのだ。

 

その女性こそ、スネイプが生涯愛した少女でもある幼馴染みのリリーであった。

スネイプは思わず駆け寄ろうとするが、寸での所で立ち止まった。横のベビーベットから声が聞こえて来たのだ。顔を覗かせると、そこには二人の赤ん坊が眠っていた。

 

それを見てスネイプは悲しい気持ちになった。愛すべき人を守れなかった後悔、子供達に家族の愛を教えられない己の無力さ、そして自分にはもう、希望が無いという絶望に打ちのめされた。

 

「許してくれ……リリー……」

 

涙を流しながらスネイプは許しを乞うた。

もうこの世には居ない彼女に対して、決して届く事のない願いを望んだ。当然答えてくれる者など居ない。だが突如、スネイプの背後に何者かが現れた。

 

スネイプが顔を向けると、扉の前にリリーとそっくりな姿をした“あの少女”の姿があった。

赤毛の少女はリリーと同じ笑みを浮かべながら、そっとスネイプに語りかけた。

 

「セブルス……どうして私を守ってくれなかったの?」

「やめろ……やめろ! お前はリリーじゃない!!」

 

スネイプは叫んだ。目の前の少女がリリーと同じ姿で、同じ笑顔で、同じ声で話し掛けてくるのが耐えられなかった。

必死に目の前の少女はリリーでは無いと自分に言い聞かせるが、見れば見る程少女はリリーに似ている。それがスネイプを苦しめた。そして彼は懇願するように叫び声を上げた。

 

「消えろ……消えるんだ!!」

 

スネイプは手を払って少女に消えるように命じた。これは自分の夢なのだから、自分の思い通りに動くはずだ。そんな望みをスネイプは抱いた。だが少女が消える気配はいっこうになく、あろう事か少女はスネイプに近づいて来た。

 

思わずスネイプは逃げ出した。再び光景が変わり、スネイプは崩壊したホグワーツを走っていた。すると自分の前に影が現れた。

それはかつて自分が忠誠を誓った主君、まだ五体満足の強力だったヴォルデモートだった。

 

スネイプはすぐに杖を構えようとしたが、その動作は直前で止められた。何故ならヴォルデモートの横にシェリーが居たからだ。

シェリーとヴォルデモートはまるで当然のように並んでいる。スネイプは何故ヴォルデモートと一緒に居るのか、と尋ねようとしたが、どういう訳か口が動かなかった。

ふと、スネイプの頭の中にあの予言の言葉が流れた。

 

 

“七月の末、闇の帝王に三度抗った両親から双子が生まれるであろう。片方は帝王を滅ぼす力を持つが、片方は帝王と契りを結び、もう片方を滅ぼそうとするであろう。”

 

 

やがてシェリーが一歩前に出ると、自分の杖を取り出してスネイプに突き付けた。

その間もスネイプは身動き一つ取る事が出来ず、シェリーは小さく呪文を呟いた。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

杖から緑色の閃光が飛び出す。スネイプはそれを見ても避ける気になれなかった。

これは己の罰だ。リリーを守る事が出来なかった自分への罰なのだ。スネイプは諦めたようにそう考え、受け入れるように体を預けた。

そして閃光は自身の体へと直撃した。

 

己の体から生気が消え失せて行くのを感じながら、スネイプは崩れるようにしてシェリーの事を見た。リリーにそっくりなその顔は、笑顔であった。

 

「……はぁ! ……はぁ……はぁ」

 

そこでスネイプは目が覚めた。ベッドから起きあがり、自分がまだ生きている事を確認する。そしていつもの自分の暗い質素な部屋を見て、先程のは夢だったのだと安堵の息を吐いた。

 

「夢、か……」

 

汗でびっしょりの自分の顔をぬぐいながらスネイプは先度の夢の内容を思い出した。

ヴォルデモートと並ぶシェリー、それは正に自分が聞いた“あの予言”の通りであった。

 

シェリー・ポッター。リリーと同じ鮮やかな赤毛と美しい容姿を持つ少女。その姿は正にリリーの生き写し。リリーの事を恋い焦がれていたスネイプにとってそれは毒薬であった。

 

もしも……もしも予言の通りにシェリーがヴォルデモートと手を組めば?その時自分はどうするのだろう、とスネイプは表情を曇らせた。

 

「片方は帝王を滅ぼす力を持つが、片方を帝王と契りを結び、もう片方を滅ぼそうとする……」

 

自分がダンブルドアの仲間になった原因である予言の内容を呟きながら、スネイプは願わくば予言が間違いであってくれと祈った。

 

果たして予言はその通りになるのであろうか?そもそも予言は捉え方や認識の仕方によって変わる物である。スネイプはその事を考慮せず、最悪の未来の事を考えて表情を暗くする。

彼の毎夜は、シェリーによってうなされていた。

 

 

 

 

クリスマス。それは両親の居ない私にとっては何よりつまらない行事だ。

朝、談話室へ向かうとそこには巨大なクリスマスツリーと、その下に大量のプレゼントが置かれていた。

 

生徒達はそれを囲んで嬉しそうにはしゃいでいる。その中には当然マルフォイの姿もあり、彼は自分に送られて来たプレゼントを皆に見せびらかして自慢をしていた。そしてマルフォイは私に気がつくと、大きく手を振って来た。

 

「メリークリスマス! シェリー」

「メリークリスマス、マルフォイ。随分とたくさんのプレゼントね」

 

律儀に挨拶して来たマルフォイに軽く手を振り、私はマルフォイが抱えているプレゼントをまじまじと見た。

羨ましい訳では無いが、こんなにたくさんの人にプレゼントを貰えるというのは純粋に尊敬する。そんな私の視線に気づいたのか、マルフォイは思い出したように顔をハッとさせると、一旦プレゼントをソファの上に置き、ツリーの下にあるプレゼントの中からある包みを取り出して私に差し出して来た。

 

「君のもあるぞ。僕の父上からだ」

「……え?」

 

一瞬私は硬直した。マルフォイが何を言っているのか分からず、呆然とその包みを眺めていた。そんな私にマルフォイはん、と言って包みを無理矢理渡して来た。

その時になって私はようやく自分がクリスマスプレゼントを貰ったのだと理解でき、コクリと頭を下げてマルフォイにお礼を言った。

 

「君が勉強熱心だと知って父上が気を使ってくれてな、毎回手紙じゃ大変だろうから、と高価な魔術書を買ってくださったんだ」

 

マルフォイは自慢げに説明し、視線で私に包みを開けるように言って来た。私は言われた通り開けると、そこには高価そうな金の装飾が入った魔術書が一冊と、メリークリスマスと書かれたカードが挟んであった。

試しにパラパラと本のページをめくってみると、確かにそこには強力な呪文が載っている。何とありがたい事だろうか、これなら私は更に強くなる事が出来る。

 

「ありがとう……とても嬉しいわ」

 

私はもう一度マルフォイにお礼を言った。

貰った本をギュッと握りしめ、大切にしようと心に誓う。ひょっとしたら初めてかも知れない。クリスマスに誰からかプレゼントを貰うのは。

 

クリスマスパーティーは正に祭りのようであった。広場のテーブルには色とりどりにたくさんの料理が並び、星や雪といった装飾が天井には施されていた。

生徒達は料理にかぶりつき、私も幾つかの種類のケーキを皿に乗せてテーブルに付いた。

食事をしていると、ふとハリーが近寄って来た。そう言えばハリーと会うのは久しぶりかもしれない。

 

「シェリー」

「ハリー、久しぶりね。どうしたの?」

「実は相談したい事があって……ちょっと良い?」

 

ハリーは周りからチラチラと見て来るスリザリン生の視線を気にしながらそっと私に耳打ちしてきた。どうやら他人に聞かれたく無い話しの内容らしく、私は別段用事も無かったので承諾する事にした。

ハリーは私を人気の無い廊下へと連れ出した。ひんやりと冷えた廊下の壁には額が飾ってあり、その中では髭を生やした老人がスヤスヤと眠っていた。

ハリーは注意深く周りを確認し、人が居ないと確信してからようやく話しを切り出した。

 

「僕、今日クリスマスプレゼントを貰ったんだ」

「あら、奇遇ね。私もよ」

 

ハリーは緊張した声色でプレゼントを貰ったと告げた。だがその表情は明るく無く、むしろ困ったように目を泳がせていた。

 

「とにかく見てよ。貰ったのは“コレ”なんだ」

 

そう言うとハリーは懐から何かを取り出した。サラサラとした、布のような物。ハリーがそれを纏うと、途端に彼の体は消えてしまった。

顔だけは見えており、まるで生首が浮いているようにハリーの姿は見えている。

 

「何それ?」

「透明マントだよ。貰ったんだけど……送り主が書いてなくて、二人で仲良く使うように、ってだけ書いてあったんだ」

 

私が尋ねると、ハリーはマントを脱いで説明してくれた。そしてマントと一緒に付いて来たカードを見せてくれ、確かにそこには二人で仲良く使うように、と書いてあった。

 

どうやらこのマントは送り主が私達の父親のジェームズから借りていた物らしい。という事は送り主は父の知人、そして今ホグワーツに居る人という事か。果たして誰なのだろうか?

いずれにせよ、このマントは私には不要な物であった。既に透明魔法は習得済みなのだ。

 

「ハリーが好きに使えば良いわ。私には必要無いから」

 

それだけ伝えて私はさっさと食堂へ戻った。ハリーは透明マントが自由に使えると知ってどこか嬉しそうな顔をしていたが、私は気にしなかった。

 

食堂に戻ると、私のケーキが無くなっていた。何処に行ったのかと思って辺りを見渡すと、横の席でケーキを意地汚く食べているクラップとゴイルの姿があった。

私は心臓を高鳴らせながら、なるべく冷静な声色で二人に話し掛けた。

 

「クラップ……ゴイル……?」

「んぐんぐ……んん!? シェ、シェリー! 違うんだ、コレは……!!」

 

私の声を聞いて食べかけていたケーキを落とし、クラップとゴイルは顔を青くさせた。その表情はまるで悪魔でも見てしまったかのようである。否、それは正しい。

私はサッと杖を取り出した。

 

「インカーセラス!!」

 

二人が逃げ出そうとした瞬間、私は束縛呪文を放った。飛び出した縄が二人を縛り上げ、無様に地面に転ばせる。それから私は数分間二人を踏みつけたり転がしたりして怒りをぶつけた。

正直ケーキを取られた恨みはこれくらいでは消えないが、先生の目もある為、敢えて遊びの範疇で済ませておいた。

 

まだ怒り足りないが、疲れたので私は呪文を解除して二人を自由にし、自分は先程よりも多めにケーキを皿に盛って席に戻った。すると横からマルフォイがやれやれと首を振りながら座って来た。

 

「そう怒るなよシェリー。ほら、僕の分も分けてあげるからさ」

「……足りないわ」

 

なだめながらケーキをひとかけら渡して来るマルフォイに頭に来たので、私はわざと足りないと言ってやった。何だか大人げないかも知れないが、私の怒りはそれくらい不満爆発だったのだ。

 

クリスマスが過ぎてある日の午後、私は廊下のベンチに座っていた。手にはマルフォイの父親から貰った魔導書。この本はかなり密度の高い魔法が載っており、何度読んでも勉強になる物だった。今では愛読書になりつつある。マルフォイの父親には感謝してもしきれない。

 

しばらくそうやって読み続けていると、廊下の角から二つの影が現れた。双子のフレッドとジョージだ。普通に行動している時も二人は忍び足で、足音一つ立てない。そういう態度は流石は悪戯好きと言ったところか。

二人が近づいて来た事に気がつき、私は読んでいた本を閉じて二人に顔を向けた。

 

「それで、調子はどう?」

 

私が尋ねると、フレッドとジョージはニコニコと満面の笑みを浮かべた。

どうやら表情を見る限り、私が頼んでおいた事は順調だったらしい。双子は僅かに視線を合わせて頷くと、同時に喋り始めた。

 

「頼まれていたクィレルの動向のチェック、ばっちしだったぜ」

「奴さん、相変わらず変な奴だけど、この間は部屋で一人ブツブツと呟いてたよ」

 

そう言って双子は私が頼んでおいた“クィレルの動向を探る”の報告をしてくれた。

流石は悪戯の達人だけあって、人を尾行するのはお手の物だったらしく、クィレルの一日の様子もバッチシ伺っていたらしい。

 

そして二人の報告を聞く限り、クィレルに別段怪しい素振りは無かった。

クィレルは元々小刻みに震えてたり、緊張しておかしな挙動をよくしたりするので変な人ではあったが、それを除けば私生活に支障は無い。普通の先生なのだ。

 

ならば、と私は眉間にしわを寄せる。

あの時、クィディッチの試合の時、クィレルは何故ハリーの箒に魔法を掛けていたのだろうか?あれは完全に錯乱の呪文であった。明確にハリーを落とそうとしていた。

見間違いだったのかも知れない……だが、それでは納得がいかない。

 

クィレルがハリーに何か恨みがあるのだろうか?だが面識は無かったはず。ハリーだって早々恨みを買うような真似はしない。一体何故?どうして?クィレルの動機がさっぱり読めない。

そんな風に考え込んでいると、私はふっと顔を上げた。双子はぼーっと私の事を見ており、どうやら大分長い間考え込んでいたらしい。

 

「有り難う、もう良いわ。また頼む時があったらお願いね」

「まっかせときー」

「いつでも力になるよ。シェリーの頼みなら」

 

私が双子にお礼を言って戻らせた。

双子はまた何かあったら頼んでくれ、と親切に言ってくれる。実に優しい人達だ。あれで報酬が私が考えたオリジナル悪戯を一つ教える、とだけとは実に良い取引だ。

 

それはそうと、と私は思考を切り替える。

やはりクィレルの事を知るには材料が足りな過ぎる。フレッドとジョージに尾行させても何も分からないという事は、上手く隠しているか、心にうちに閉まっているという事だ。

クィレルを知る為にはもっと大胆に出なくてはならない。

 

「少し……踏み込んでみる必要がありそうね」

 

私は服の袖から杖を取り出した。短いその杖は黒々と光っており、調子が良さそうだった。それを見て満足げに頷き、私は杖を人差し指でなぞってから袖にしまった。

そして次の計画を練る為に、私はその場から立ち去った。

 

 

 


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