闇のミス・ポッター   作:ガラス

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第6話:クィディッチってつまらない

 

 

女子トイレでのトロール事件。ダンブルドアはすぐさま現場へと向かった。

トロールは知恵が無く鈍足で、腕利きの魔法使いなら簡単に対処する事が出来る。だが生徒の場合は別であった。襲われればひとたまりも無い。ダンブルドアは足を速めた。

 

現場に着くとそこには無惨に破壊されたトイレと、気絶して倒れているトロールの姿があった。これを見て流石のダンブルドアも驚きの声を上げた。

 

「これは一体何事じゃ?」

「ダンブルドア校長……驚くべき事です。ハリーとロンがトロールを倒したそうです」

 

先に到着していたマクゴナガルがダンブルドアに説明した。

何とまだ一年生であるハリーとロンはハーマイオニーを助ける為に駆けつけ、そして見事トロールを退治したのだ。当然その行動は褒められるものでは無いが、厳重に注意した後、三人を寮へ戻らせたとマクゴナガルは語った。

 

だがダンブルドアは合点がいかない点があった。

トロールの始末は自分がやると言ってマクゴナガルを下がらせた後、ダンブルドアは気絶しているトロールの周囲を歩きながら周りを注意深く観察した。そしてある確信を得ると、誰かに語りかける訳でも無く、思わず零れてしまったように言葉を呟いた。

 

「違う……これはハリーでは無い」

 

不安からかダンブルドアは自身の髭を弄り始めた。自分が気がついてしまった事実を否定したいように口をもごもごと動かし、首を横に振る。

ダンブルドアがこの確信を得たのには幾つかの要点にあった。

 

一つは魔法の痕跡。現場に残されていた魔法の後から失神魔法、武装解除魔法、束縛魔法を使用したのは明らかだった。そしていずれもそれらの魔法はまだ一年生は使えないはず。

もう一つはトロールの倒し方。巨大な敵に対して通常の魔法が効かないと悟るなり、相手を拘束して弱点を突いている。実に見事な対応振りであった。

 

ここまで見事な立ち回りを出来る魔法使いをダンブルドアは多くは知らなかった。ただ分かる事はトロールを退治した者は小柄で、強力な呪文を持っているという事だけだった。だが、ダンブルドアは薄々とその人物が誰か思い浮かんでいた。

 

「シェリー……」

 

呟いた言葉は水道管から飛び出している水飛沫によって掻き消された。ダンブルドアは懐から杖を取り出すとひょいと軽く振るだけで水道管を直し、バラバラに砕け散っていた個室トイレを元通りにした。

気絶しているトロールに目をやり、まさかと彼は首を振るう。

 

有り得ない。いくらシェリーと言えどまだ一年生。どれだけ才能を秘めていようと実力でトロールを倒すなど不可能である。

思いよぎった予測を掻き消し、ダンブルドアを杖を振るってトロールを宙に浮かせ、トイレから運び出した。

 

ダンブルドアは知らない。自分がシェリーに釘を刺して以来、彼女は寝る間も惜しんで魔法の勉強をし、呪文の練習をしていた事を。

 

 

 

 

「……納得いかないわ」

 

トロール事件の翌日、食堂で朝食を食べながら私はポツリと言葉を零した。隣でパンを齧っていたマルフォイを私の言葉にピクリと反応し、動かしていた口を止めてこちらを向いた。

 

「何がだい?シェリー」

「昨日のトロールの事よ。何でトロールが学校なんかに入り込めたの?」

 

マルフォイの言葉にフルーツを手に取りながら私は答えた。

素朴な疑問。どうやってトロールがこの学校に入って来れたのか?あの巨体が堂々と門をくぐるなんて考えられないし、地下室に居たのにも疑問が残る。そもそもどうやってホグワーツの守りを突破したかだ。

私がそれらの疑問を訴えると、マルフォイは賛同したように頷いて難しい顔をした。

 

「確かに……トロールが一人でホグワーツに入り込むなんて普通は考えられないな」

 

マルフォイはパンを飲み込み、私はフルーツを口に運びながらトロールの事について思考した。

トロールが一人でホグワーツの守りを突破したのは考えづらい。恐らく協力者かもしくは何者かがトロールを差し向けたのだろう。では目的は何か?

 

トロールたった一人で与えられる影響が少ないのはそいつも分かっているはずだ。ならば目的は別にあったに違いない。トロールは単なるカモフラージュだ。

私はそう予測し、そこで思考を止めた。これ以上考えるのには明らかに判断材料が足りな過ぎたのだ。

 

「協力者か何者かがトロールを差し向けた……ってところか。怪しいな、何か臭うぞ。この件」

 

私の予測をマルフォイに伝えると彼もそれが妥当だと判断した。だがやはり二人の知恵を合わせてもこの先を予測する事が出来ず、疑問は残ったままだった。

思考を終えた後、私はふぅとため息を吐いてカップに入った珈琲を飲み干し、頭を冷やした。

 

「いずれにせよ……明確な“敵”が居るって事ね」

「嫌な話だ。父上に言っておこうかな」

 

マルフォイが不安そうに言った言葉に私はそんなつまらない事はするなと忠告した。こんな面白そうな事件を潰される訳にはいかない。トロールを差し向けた奴が何を狙っているのかも気になるし、ダンブルドアの反応も伺いたい。もしかしたら計画を進められる糧になるかも知れないのだから。

私は笑みを深め、手に持っていたフルーツを強く握り、小さく噛りついた。

 

十一月に入り、寒さが増して来た頃、いよいよクィディッチの試合の日がやって来た。

最年少のハリーがシーカーのグリフィンドールと、長年優勝カップを死守しているスリザリンの因縁の対決。誰もがこの試合に夢中になっていた。ただ一人、私を除いて。

 

「いよいよクィディッチの試合の日だ! ポッターの無様な姿が見られるぞ!!」

「…………」

 

試合会場への移動中、試合が見られるという事でウキウキしているマルフォイはそんな事を口走っていた。

一応私がハリーの姉だという事を彼は覚えているのだろうか?

 

試合会場の観客席に着くと、既に席はいっぱいになっていた。生徒も先生も皆居る。それ程クィディッチは人気の競技らしい。

人混みを抜けながら何とか空いている席を見つけ、私とマルフォイはそこに座った。後からクラップやゴイル達も合流し、スリザリン生の取り巻き達が私の周りに集まった。

 

「……くだらないわ」

 

興奮して踊りだす生徒を見ながら私は独り言を呟いた。

何故こんなにもこの競技に夢中になれるのか理解出来ない。試合内容も先にスニッチを取れば百五十点という意味不明なルールだし、何より箒に乗りながらというのが格好悪過ぎる。

 

価値観の違いなのだろうが、同じ様に育ったハリーまでクィディッチに夢中になっているというのには何だか納得がいかなかった。

 

「そんな不機嫌な顔するなよ。ほら、試合が始まるぞ!」

「……はぁ」

 

上機嫌なマルフォイは私の肩を叩き、グラウンドを指差しながら私に試合を見るように促した。それを渋々見る私。

今日一つ分かった事がある……テンションが高いマルフォイはうざい。

 

観客席から歓声が上がり、グラウンドに両チームが入場した。赤いローブがグリフィンドール。緑のローブがスリザリン。それぞれの寮の象徴を掲げながら選手達は箒のまたがり、地から足を離した。

紺色のマントを羽織ったマダム・フーチが現れ、選手達は息を飲んだ。いよいよ試合が始まるのだ。

マダム・フーチは大きく息を吸い込むんで大声で言葉を発した。

 

「正々堂々と勝負するように! 試合開始!!」

 

マダム・フーチがそう合図すると共にクアッフルが投げられた。選手達はそれを取ろうと一斉に飛び出し、遂に試合が始まった。

観客達の応援の声を一層大きくなり、まるで波のように人々は揺れ動いていた。

 

「さー試合が始まりました! まずはクアッフルを取ったのはグリフィンドール!!」

 

グリフィンドールの観客席からリー・ジョーダンが実況をする。グリフィンドール生なので、グリフィンドール選手が優位だと嬉しそうに実況し、スリザリン選手が優位だと元気なさげに実況していた。

あんな実況者で良いのだろうか……?

 

試合は確かに目の離せないスピードで進んで行った。グリフィンドール選手が巧みにパスを通して点を取れば、スリザリンは反則ギリギリのプレーをしながら無理矢理点を取って行った。

 

なるほど確かに、と私は感心する。

確かに箒さばきを見ていれば素晴らしいプレーだと素直に思う事が出来る。だがやはりスニッチを掴めばこれが全部無駄に終わると思うと、何とも言えない気分になった。

 

「おい見ろ! ポッターの奴、様子が変だぞ!!」

 

ふとスリザリン生の一人がそう叫ぶとハリーの事を指差した。

言われた通り見てみると、ハリーは今にも箒から落ちそうになっており、まるで箒が言う事を聞かないように見えた。

ハリーのピンチだと知ると、マルフォイはここぞと言わんばかりに笑みを深め、声を弾ませた。

 

「ハハハ! ポッターめ、箒のコントロールが出来てないみたいだぞ!! これなら落ちるのも時間の問題だな!」

 

マルフォイは相変わらずハリーの事を馬鹿にする。だが私は首を傾げた。

ハリーを弁護する訳では無いが、彼の箒さばきは一流である。一年生でシーカーになれたのだから、その実力は折り紙付きだ。では何故今にも落ちそうなのか?答えは何者かが邪魔しているとしか考えられない。

 

私は席から立ち上がり、観客席を一つ一つ観察した。そして見つける事が出来た。先生達が座っている席でスネイプがハリーの事を見ながらブツブツと呟いていた。

 

「いや……違う」

 

違った。スネイプでは無い。その後ろでクィレルがしっかりとハリーの事を見ている。呪文を掛けているのはクィレルの方だ。ではスネイプはハリーを助けている?ハリーを必要以上に虐めていると噂のスネイプが?

 

「クィレルが犯人?じゃぁスネイプは……ううん、今はそれ所じゃない」

 

様々な仮説が私の頭の中に浮かんで来るが、私はそれをすぐに掻き消した。

先生達の事は今は良い、それよりもハリーだ。癪ではあるがアレでも弟である。それに後で試合中に誰かが邪魔したと言いがかりを付けられても困るし。

 

私は立ったままハリーの箒に呪文を掛けた。

恐らくクィレルが掛けているのは錯乱の呪文、今はスネイプが反対呪文で何とか抑えているが、それも時間の問題だろう。だが私も協力すれば呪文を跳ね返せる。

 

私は大きく息を吸い、力を込めた。その瞬間バシン、と何かが弾ける音が響き、呪文は完全に消え去った。

箒のコントロールを取り戻したハリーはすぐに体勢を立て直すと、先程現れたスニッチの後を追った。

 

「おー! ハリーが体勢を立て直したぞ!!」

 

恐らく今の野太い声はハグリッドだろう。遠いのにここまで声が聞こえて来るとは流石である。観客もハリーの鮮やかな立て直しに拍手をした。

ハリーがちゃんとコントロールを取り戻したのを確認しながら、私は先生達の席の方を見た。クィレルがハリーが体勢を立て直したのに心底驚いた顔をしており、スネイプはどこか疑問そうな表情を浮かべていた。

その二人を視界に捉えながら私は改めて疑問を口にする。

 

「なんでクィレルが……?」

 

正確には何故クィレルがハリーの事を邪魔したのか?そして何故スネイプがハリーを助けたのか?どちらも不可解な謎である。

 

結局試合はグリフィンドールの勝利で終わった。

最後はハリーがスニッチを飲み込むという珍プレーを見せたが、まぁ大方無事に終わったと言った所だろう。

帰り際、隣でスリザリンが負けてしょんぼりとしているマルフォイを連れながら歩いていると、ふとスネイプが近寄って来た。

 

「ポッター、話しがある。こちらへ来い」

「……スネイプ先生?」

 

言われるがままにスネイプに付いていき、マルフォイを先に戻らせた。

スネイプは私を人気の無い観客席の裏まで連れ込むと、急に踵を返して私の事を見下ろして来た。

 

「貴様、我が輩が呪文を掛けていたのに気づいていたな?」

「……なんのことか分かりません」

「とぼけるな」

 

スネイプの疑問に私はとぼけようとしたが、彼は詰め寄って私を威圧して来た。

どうやら向こうは既に確信を得ているらしい。しらばっくれるのは難しそうだ。

 

「ええ……掛けました。先生がハリーを助けようとしていたので、その手助けをしようと思って……」

 

私は隠さず素直に答えた。ただしクィレルの事は告げず、スネイプが何者からかハリーを守ろうとしていたのを手助けしようと思った、という事にしておいた。

スネイプはそれで納得してくれたらしく、小さくため息を吐いた。

 

「いらん事をしたな……言っておくが、この事はくれぐれも他言無用だぞ」

 

スネイプはそう言って私に忠告した。

ただでさえ怖い顔をつり上げ、目をぎらつかせている。その姿はまさに蝙蝠のようであった。

 

私はまた疑問に思う。何故スネイプはハリーを助けたのだろうか?先生が生徒を守るのは当然だが、スネイプには別の理由がある気がする。少し揺さぶりを掛けても良いかも知れない。彼がスリザリンの監督という事もあって油断した私は安易にそう考え、立ち去ろうとしたスネイプに声を掛けた。

 

「スネイプ先生は……何故ハリーを助けたんですか?」

「……なんだと?」

 

スネイプは突然の私の質問に驚いたように、そして内容を聞いて酷く不機嫌そうに言葉を漏らした。

背を向けていた体勢をこちらに戻し、数歩離れた距離で私達は対峙した。

 

「我が輩がポッターを助けるのがおかしいかね?」

 

表情を戻し、いつもの顔になるとスネイプは冷静な声色で私に質問を返して来た。

その答えに否以外で返すのは難しい。それを分かっていてスネイプは質問して来たのだろう。ならばこちらが一歩進んだ質問をしなければ、先に進めない。

私は小さく深呼吸をし、一歩前に足を出してスネイプに言葉を返した。

 

「いえ……でもあのスネイプ先生がハリーを助けるのは何だか意外過ぎて……知ってます?校内の噂」

「我が輩がポッターを嫌っているというやつか?ならば教えてやろう。答えはイエスだ。それがどうした」

「疑問なんですよ。なんで嫌いなのかなって……」

 

言葉を交わした後、私達の間にしばらく沈黙が訪れる。

スネイプは嫌々そうに表情を歪めながら今にもこの場から去ってしまいそうだった。だがそうしないのはきっと私が目の前に居るからだろう。これで確信を得る事が出来た。

 

以前、私が何でスネイプはハリーばかりを虐めるのだろうと考えていた時、ダンブルドアはハリーが父親似だからと教えてくれた。その情報を頼りに、私はある仮説を立てたのだ。

私は小さく笑みを零し、前々から思っていた予測を踏まえてある残酷な質問をした。

 

「ご存知なんですね?私達の両親の事を……」

「黙れ!!」

 

これ以上喋らせない様にスネイプは声を荒げた。

あのいつも暗いスネイプが大声を出したのには流石の私も驚き、それ以上言葉を続ける事が出来なかった。

 

「それ以上……喋る事は許さん……分かったな?」

 

スネイプは肩を振るわせながらそう言うと、背を向けて去って行ってしまった。今度は呼び止める事が出来ず、私はその場で立ち尽くしていた。

 

やはりあの反応……間違いない。スネイプは私とハリーの両親の事を知っているのだ。もしかしたら年齢的に同級生だったのかも知れない。そして、過去に何かがあったのだろう。

だからハリーに必要以上に注意するし、私の顔を見ると寂しそうな表情をするのだ。

 

スネイプと私達の両親の過去。クィレルの謎。そしてダンブルドア……私には解決しなければならない物がたくさんある。

ひとまずは……クィレルの動向について探る事にするか。

 

 

 


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