闇のミス・ポッター 作:ガラス
ダンブルドアの件以来、私はひたすら呪文の練習をした。
マルフォイには今まで以上に強力な魔法を教えてもらったし、父親に手紙で更に新しい魔法を教えてくれるように交渉してもらった。
授業でも私は積極的に問題に答え、生徒達との交流も大切にし、スリザリンの点数にも加点するような行動をたくさんした。そのおかげもあり、周りからは優等生として見られるようになった。
だがその裏では、邪な野望がある事は誰も気づいていない。あくまでも優等生の私は仮面、都合良く動けるよう取り繕った仮初めの姿だ。
「ここ二ヶ月はシェリーが活躍したおかげで大分スリザリンの得点も増えたな。グリフィンドールとかなり大差が付いたんじゃないか?」
「そうね……これで今度のクディッチの試合でも勝ってくれれば完璧なのだけれどもね」
最初の授業を終え、次の授業を受ける為に廊下を歩いている最中。横からマルフォイが満足げな顔をしながらそんな事を言って来た。
自分の功績でも無いのに得意げなのは相変わらずマルフォイらしい。私は彼の問いかけに興味無さげに答えた。
ちなみにマルフォイの後ろにはクラップとゴイルも居る為、一見すると私がマルフォイ達を連れているように見える。いや、実際そうなのだろう。
この数ヶ月私は様々な活躍をした。そのおかげでスリザリンの中でもリーダー的なポジションを手に入れ、周りが私に従うようになって来たのだ。
そう考えると、当初の私の私の目論見通り、スリザリン生を支配するのは達成出来たようだ。
「そろそろ実戦の経験を積みたいわね……」
教室に着いて授業を受けている最中、私は羽ペンを指で回転させながらそう呟いた。
今の私は大分力が付いている。もちろん、ダンブルドアと比べれば天と地の差はあるが……それでも以前よりは成長しているはずだ。だから確かめてみたい。今の自分がどれだけの実力を持っているのかを。
かと言って、と心の中で思い留まって私は羽ペンを持ち直し、先生が黒板に書いた文を写し始めた。
実戦と言ってもホグワーツでそんな経験が出来るとは思えない。外に出るのは禁止されてるし、生徒同士で勝負をしても話しにならないだろう。ならばどうすれば良いか?上級生に頼んで勝負してもらうのがベストだろうか?
「何を悩んでいるんだい?シェリー」
「別に何でも無いわよ……ところでマルフォイ、貴方ローブが裏返しよ」
「ええっ!? ほ、本当だ!」
私が悩んでいるのを見てマルフォイが話し掛けて来た。だが彼にこの問題を話しても仕方が無いので、朝から気づいていた彼のローブが裏返しになっている事を伝えた。するとマルフォイは顔を真っ赤にして慌てて服装を直した。
授業が終わった後も私は良い案を出す事が出来ずに居た。
食堂でハロウィーンのご馳走を食べている間も悩み、やはり上級生に相手になってもらうしかない半ば諦めていたその時、突如として食堂の扉が勢い良く開かれ、そこからクィレルが飛び込んで来た。
「ト、トロールが……地下室に……!!」
生気の無い顔を引き攣らせながらクィレルはそう叫ぶと、その場にバタリと倒れ込んでしまった。
その言葉を聞いた瞬間、広間はパニックとなった。慌てだす生徒達を鎮め、ダンブルドアは監督生達にそれぞれ指示を出す。そして生徒達はすぐに寮へと戻る事となった。
スリザリン生に紛れながらふと私はある事に気づく。
ひょっとしてこれはチャンスでは無いのだろうか?トロールなど一生で会えるか会えないかのような存在。それがこの城の地下に居るのだ。魔法を試す相手にはうってつけである。
「シェリー、どうしたんだい?」
「トロールに会いに行くわ」
「はぁ!?」
私が意味深な顔をしていた事に気づいたのか、マルフォイが心配した様子に尋ねて来た。私は隠す気も無く自分の目的を告げ、廊下の角でスリザリン生から離れた。するとマルフォイが慌てた様子で列から飛び出し、私の方へと寄って来た。
「ほ、本気か!? 僕達はまだ一年生なんだぞ。トロールなんかと戦えばひとたまりも……」
「別に付いて来なくても良いのよ?私一人で構わないわ」
怯えた表情で忠告して来るマルフォイをよそに、私は早足で廊下を渡る。
別にわざわざマルフォイを付いて来てもらう必要は無かった。むしろ足手纏いと考えたくらいなのだが、どういう訳か、彼は私に付いて来た。
今更引くに引けない所があるのだろう。仕方なく私は彼の同行を許し、マルフォイと共に地下室へと向かった。そして道中、突然異臭が立ち上って来た。
私とマルフォイが廊下の角に隠れると同時に、向こう側から恐ろしい姿をした化け物が現れた。
灰色のゴツゴツとした肌に、岩のように歪な手足。その丸太のように太い手には棍棒が握られており、まさに怪物のような姿。巨大な化け物、トロールがそこには居た。
「あれがトロール……」
背は四メートル程だろうか、私は壁から顔を覗かせながら気づかれないようにトロールの事を観察した。
トロールは呆けた顔をしながら一つのドアの前で立ち止まり、しばらくそこを覗いていると何を思ったのか、その部屋の中に入って行った。
刹那、その部屋からは叫び声が聞こえて来た。どうやら女子トイレだったらしく、中に誰か居るらしい。
私はすぐさまその中へと駆け込んだ。マルフォイは女子トイレに入るべきか入らないべきか迷っていたが、私が一喝するとすぐに飛び込んで来た。
「いやぁぁぁあああ!!」
トイレの中では怯えたように壁にもたれ掛かっているハーマイオニーと、それを見下ろしてニヤニヤと笑みを浮かべているトロールの姿があった。
近距離で見るとトロールの大きさがありありと分かる。流石のマルフォイも怖じけ付いたのか、扉の所でいつでも逃げられるように竦んでいた。
「どうする!? やるのか、シェリー!?」
「当たり前よ。その為に来たんだから」
マルフォイの質問に返答しながら私は袖から杖を抜き取る。手で隠れてしまうくらいのその短い杖はしっかりと私の手の中に収まり、私は杖を大きく振りかぶると勢いよく振り下ろし、衝撃の呪文を飛ばした。
「ステューピファイ!!」
赤い閃光が杖の先端から飛び出し、トロールの背中に衝突する。
通常の人間ならこれで気絶したり、吹き飛んだりしてダメージを負わすのだが、トロールが頑丈なのか、それとも皮膚が分厚くて魔法が通らないのか、奴は平然とした表情でこちらを見て来た。
邪魔されたのが気に食わなかったらしく、トロールは咆哮を上げると棍棒を振り上げ、横方向に振るった。私は姿勢を低くしてそれを避けるが、隣にあった個室トイレは無惨にも破壊されてしまった。
もしも今のが当たっていれば……子供の私などひとたまりも無いだろう。これは本当の戦闘なのだと実感しながら、私は杖を握りしめてもう一度呪文を唱えた。
「エクスペリアームス!!」
武装解除呪文を放ち、見事トロールに命中する。
今度のは成功したらしく、バチリと火花が飛ぶような音が響き、トロールの手から棍棒が離れた。
その隙に私は更に衝撃の呪文を放つ。だがいくら放ってもトロールはピクリともせず、平然とその場に立ち尽くしていた。
やはり通常の衝撃魔法では効果が無いらしい。ならば別の方法で倒すしか無さそうだ。
「ごがぁぁあああああ!!」
「シェリー!? 危ない!!」
突如、トロールが咆哮を上げて私に飛びかかって来た。両腕が私を捉えようと伸びて来る。すぐに私は横へ飛び、それを避けるが、凄まじいトロールの猛攻は壁に激突し、バラバラとタイルを崩して行った。
「破壊力は凄いけど、少しお馬鹿さんね。隙だらけだわ」
見事の壁に埋もれているトロールの背後に回り、奴の衣服に発火呪文を放つ。
炎は轟々と勢いを増しながらトロールの身体を燃やして行くが、まだ火力が足りないらしい。更にトロールは暴れる事によって洗面所を破壊し、壊れた水道が破裂して水が飛び出して来た。そのせいで威力も弱っている。
「ぐがぁぁあああ!!」
なまじダメージを喰らったトロールが増々怒りの表情をしてこちらを睨んで来た。
だが私は怯む事な杖を振り上げ、トロールに対して呪文を放つ。
「インカーセラス!!」
杖から飛び出た縄がトロールを縛り上げ、動けなくする。
当然巨体であるトロールには然程の効果も無いが、それでも一瞬動けなくなる。その隙を逃さず、私はある一点に向けて呪文を放った。
「呪文が通らないなら、通る場所へ当てるだけ……そこよ! ステューピファイ!!」
動けなくなっているトロールの顔面、すなわち分厚い皮膚で守られていない目に向かって私は失神呪文を放った。赤い火花がバチリと鳴り、その閃光がトロールの目に衝突すると奴は肩をビクンと振るわせ、その場で回転しながら地面へ倒れて盛大な地響きを鳴らした。
念の為杖を持ったまま私はトロールへジリジリと近寄り、もう一度失神呪文を放つ事で完全に気絶した事を確認した。
ようやく危機が去った事を悟るとマルフォイはヘナヘナとその場で膝をつき、ほっと安堵の息を吐いた。見ていただけのくせに何を疲れているのやら。横でずっとトロールと対峙していたハーマイオニーの方がよっぽど勇敢である。
「や、やったのか……?」
「気絶させただけよ。また起きる前に先生達を呼ばなきゃね……ああでも、私達が勝手にこんな事をしたと知ったら減点されるか」
マルフォイの問いに私は杖をクルクルと回しながら答える。
本来ならすぐに寮の戻るべきだった私達は遊び半分でトロールと遭遇してしまった。ハーマイオニーを助ける為だった、と言えば何とか言い訳出来るかも知れないが、それでも何らかの注意は喰らうだろう。
どうしたものか、と私が悩んでいた丁度その時、女子トイレの中にハリーとロンが駆け込んで来た。
「シェリー!? こ、これは一体……!」
「ああ、ハリー。貴方達も来たの」
ハーマイオニーを助けに来たのか、ハリーとロンは慌てた様子で息づかいを荒くしていた。どうやら急いでこの場所まで走って来たらしい。
ハーマイオニーは仲間が来てくれた事を知って嬉しそうな顔をしている。ああ、これは使えるかも知れない。
「丁度良いわ。ハリー、この場は貴方に任せるわ。先生達には私達の事は言わず、上手い事誤摩化しておいて」
「えっ、え?え? ちょ、ちょっとシェリー!?」
ハリーの横を通り過ぎ、彼の肩にポンと手を置きながら私はそう伝えた。言葉の意図が分からないハリーは戸惑った表情をしているが、そんな事気にせず私はマルフォイを引きずりながら女子トイレを後にした。
丁度廊下の角を曲がる時、マクゴナガルと他の先生方が女子トイレへと駆けつける所だった。
危なかった……後少し遅ければ私達が遭遇していただろう。後はハリーが上手い事誤摩化してくれる事を祈るだけだが……まぁ神頼みと言ったところか。
「マルフォイ、いつまで私に引きずらせるつもり?いい加減自分で歩きなさいよ」
「それが……気が抜けたら腰が……」
「……はぁ、世話の掛かる下僕だこと」
引きずっているマルフォイがいつまで経っても立とうとしないので私がそう言うと、彼は情けない顔をしながら立てないのだと告げた。
私は大きくため息を吐いた後、しまったばかりの杖を取り出して浮遊呪文を唱えると、そのままマルフォイを宙に浮かしながら寮へと戻った。