闇のミス・ポッター 作:ガラス
ダンブルドアは驚愕していた。
シェリーがスリザリンに入ったからでは無い。彼女の瞳の奥に、ヴォルデモートと同じ物を感じ取ったからだ。
人を蔑み、まるで玩具として扱うような軽蔑の瞳。それは嘗てヴォルデモートがマグルや混血に向けた物と同じ物であった。
(なんという事じゃ……)
ダンブルドアはスリザリン生のテーブルへ向かって行くシェリーの後ろ姿を見ながら首を掻いた。
何故あんなか弱くて小さな少女がヴォルデモートと重なって見えたのか分からない。だが確かに、彼女の中に良く無い物が混ざっている事は事実のようだ。
(同じ環境で育ったはずなのにハリーとは全然違った成長をしたようじゃな……これは少し荒れるかも知れんのぉ)
自身の長い髭を弄りながらダンブルドアは思考を続ける。
ハリーとシェリーは双子の姉弟でありながら性格が全然違う。友人を大切にし、優しい心を持った正義感の強いハリー。対して周りは皆自身の下僕として扱い、自身こそが王だと主張するシェリー。
まるで嘗てのリリーとジェームズのようであった。だが、シェリーには一つだけ違う所がある。それは人を嫌っているところ。ジェームズはまだおふざけで済んでいたが、彼女は違う。彼女は本当に人を蔑んでいる。
(間違った方向に進まぬよう、我々が導ければ良いのじゃが……)
かつてトム・リドルの過ちを正せなかった事を思い出しながらダンブルドアはそう考える。
また同じ過ちをしないよう、今度こそ生徒を正しい道へと進ませよう。そう決心し、再びシェリーの方へと視線を向ける。
シェリーは上級生に囲まれながら料理を食べていた。その姿は幼い子供らしく、可愛げがある。とてもつい先程まで禍々しい瞳をしていた少女とは思えない。
出来れば先程のは見間違えであって欲しい。そう懇願しながらダンブルドアはシェリーから視線を外した。丁度その時、彼女が怪しい笑みを浮かべていたとは知らずに。
◇
食事が終わり、生徒達はそれぞれの寮へと戻っていた。
スリザリンである私達は地下牢へ、地下牢ってどうなんだ……と思ったけど別段悪く無かった。ちょっとジメジメしているけどそこまで気にはならない。
(さて、私がこれからすべき事は……とりあえず力を付ける事ね)
今まで曖昧だった自身の目的が何なのかがようやくハッキリし、現在私はこれからすべき事を考えていた。
中央に置かれたソファにどっかりと座り、足を組みながら考え込む。
とりあえず様々な魔法を覚える事は最優先事項だ。教科書はあらかた読んだけれども、それでもまだ足りない知識がある。出来れば先生以外でもっと勝手の良い人間から教わりたいのだが、そんな都合の良い人間が居るだろうか?
「おやおや、こんな所で何をしているのかな?ミス・ポッター」
「……マルフォイ」
ふと後ろから声を掛けれたので顔だけ後ろに向けると、そこにはマルフォイの姿があった。
相変わらず生意気そうな顔をしている。青白い肌と合わさって不快感満載だ。まぁそんな事はどうでも良いのだけれど。そう言えば、マルフォイは名門家の息子だったな。
「丁度良いわ。貴方、私に色々と魔法を教えなさい」
「ふん! 汽車の中であんな事をしておいてよくそんな事を言えるな。僕が素直に“はい”と言うとでも思っているのかい?」
もちろん、そのつもりである。
マルフォイは額に出来た赤い痣を指差しながら不満げな顔をするが、私には至極どうでも良い。気にする素振りも見せず、問答無用で袖から杖を取り出し、マルフォイの呪文を掛ける。
「ウィンガーディアムレビオーサ」
「うぉ!? うっ、うわわわわ! 何するんだ!? 降ろせ!」
「私はね、大抵の呪文ならもう覚えたの」
浮遊呪文を掛けられたマルフォイはその場か数メートル浮き上がり、浮遊する。
突然自分が浮かんだ事に驚き、マルフォイはあたふたと手足をばたつかせていた。そんなマルフォイを見上げながら私は話しを続ける。
「でも私はもっと強力な呪文を覚えたい。貴方は名門家の息子なんでしょ?なら、教科書に書いてある物より凄い呪文を知ってるわよね?」
私が望んでいるのは力の魔法。どんな敵をも寄せ付けない強力な魔法。子供が勉強で使うような魔法では無いのだ。私の目的を成す為に、今からでもすぐに習得しなければならない。
「わ、分かった! 教えるから……お、降ろしてくれ! 頼む!!」
「素直ね。従順な子は好きよ」
情けない姿をしながらマルフォイは教える事を承諾した。すぐに私は杖を降ろし、マルフォイに掛けている呪文を解く。当然、マルフォイは床に落下し、だらしなく倒れた。
「今日から貴方は私の奴隷よ。分かった?マルフォイ」
倒れているマルフォイを見下ろしながら私はそう言う。するとマルフォイは最初は反抗的な目つきをしていたが、私が振り上げた杖を見るとすぐにコクコクと頷いた。
これで一人……まず最初の奴隷が手に入った。此処から私の物語を始めよう。そうね……まず手始めに、スリザリンを私の手中に収めようかしら?
◇
ホグワーツに来て良かったとハリーは心の底から思っていた。
ダーズリー家の奴隷のような生活から抜け出せ、ロンとハーマイオニーという友達も出来た。まさにホグワーツはハリーにとっての楽園だった。だがそんな彼にも、未だに一つだけ気になる事がある。
双子の姉であるシェリー・ポッター。
ハリーにとって恐怖の対象でしか無い彼女は、例えホグワーツに居たとしてもその恐怖は薄れなかった。
幼い時からダーズリー家に反発し、ホグワーツに来る前から魔法の事を知っており、そして誰でも構わず自分の奴隷にしようとする性格。全てがハリーにとって恐ろしい物であった。
そんな彼女が自分が嫌ったスリザリンへと入った……それは、ハリーが一番最悪だと予期していた未来でもあった。
ある日、ハリーがロンとハーマイオニーと共に廊下を歩いていると、前方からシェリーの姿があった。それだけなら問題は無かったのだが、ハリーは思わず目を疑ってしまった。
何と、シェリーの隣にはあのマルフォイが居たのだ。
「あらハリー、何だか久しぶりね」
「う、うん……シェリー」
ハリーの事に気がつくと、シェリーは笑顔を見せながら挨拶をして来た。
ここ数日は二人は合同授業や夕食時に顔を会わせる程度で、ちゃんとした会話をしてこなかったのだ。懐かしむ様にシェリーは自身の赤毛を弄りながらハリーの事を見つめる。
「あら、ひょっとしてそちらはお友達?そっちの子は駅でも見掛けたわね……確か、ロン・ウィーズリー?」
シェリーはハリーの横に居るロンとハーマイオニーの事に気がつき、弟に友人が出来たというのを知って嬉しそうに手を叩いた。
その姿はまさに弟の事を心配に思う姉の姿であったが、ハリーにはそれが演技だという事が分かっていた。
シェリーは決してハリーに愛を注がない。愛を奪う物だと論じている彼女にとって、ハリーは単なる足手纏いであり、ダーズリー家に抗う事も出来ないという事から完全に見下しているのだ。
だがそれでも姉弟という立場を守る為か、人前ではハリーに優しい素振りを見せる。
「初めまして、私はハーマイオニー・グレンジャーよ」
「ハーマイオニー、良い名前ね。こちらこそよろしく」
ハーマイオニーと握手しながらシェリーはニコリと微笑む。そしてロンにも握手をすると、シェリーはハリーの事を見た。
何かを見抜くような鋭い視線、その視線を見ただけでハリーの足はすくんでしまった。
そして、ハリーから目を背けるとシェリーは自分の横に居るマルフォイの肩を掴んで自分の前へ押し出して来た。
「私も友達を紹介するわ。もう知ってるかも知れないけど、ドラコ・マルフォイよ。ほら、挨拶しなさい。マルフォイ」
「……よろしく」
シェリーに挨拶するように言われたマルフォイは渋々三人に頭を下げた。
それを見てハリーは驚愕した。つい先日汽車の中であんな偉ぶった態度をしていたのに、今のマルフォイはとてもシェリーに従順であった。
ハリーは察した。マルフォイはもう、シェリーの奴隷となってしまったのだ。
「もっと礼儀正しくしなさいよ。全く、そんなんだから貴方には友達が出来ないのよ」
「そ、それは今関係無いだろ!?」
「あら、主人に向かって随分な言葉使いね」
「……っぐ」
マルフォイの挨拶の仕方に不満があったシェリーはポツリと文句を言う。それに頭に来たマルフォイは反発の声を上げるが、シェリーの鋭い視線を見た瞬間、マルフォイはもう何も言わなかった。
その光景にハリーはデジャヴを覚える。それはダーズリー家で見たバーノンがシェリーに口答え出来ない姿と同じであった。
「それじゃハリー、また会いましょうね」
シェリーはそう言うとロンとハーマイオニーにも手を振りながら去って行った。マルフォイも慌てた様子でその後を追い、二人は角を曲がって姿を消してしまった。
残されたハリーはシェリーが居なくなった事にほっと安堵の息を吐き、肩を降ろした。
「何だかハリーのお姉さん、随分と貴方と雰囲気が違うわね」
「僕もそれ思ったよ。あとちょっと怖かった」
「そうでしょ……」
初めてハリーの姉に会った事からハーマイオニーとロンはそれぞれの感想を言う。そしていずれもそれはシェリーが恐ろしい人物だったという事を物語っていた。
ハリーは疲れたようにため息を吐き、二人に顔を向け、ある事を忠告する。
「シェリーはとても怖い人なんだ。だから、二人共絶対に怒らせちゃ駄目だよ?」
昔、シェリーが一度だけ本気で怒った所を見た事があるハリーはそう言い、念入りに二人に言い聞かせた。理解力の高いハーマイオニーはすぐに頷いたが、ちょっと頑固で悪戯心のあるロンは面白おかしそうに笑っていた。
ホグワーツに来ても、シェリーという恐怖だけは付き纏って来る。それを痛感したハリーは最後にもう一度だけため息を吐いた。
◇
主従の関係を築いてから数日間、マルフォイを奴隷にしながら私は授業を受け、魔法の練習をした。
成果から言うと、マルフォイを奴隷にしたのは正解だった。
生意気な小僧ではあるが確かに彼はマルフォイ家の一人息子。そのステータスは大きい。何より周りからの視線が変わった。
どうやらスリザリン生は血筋を重んじる習性があるらしく、混血やマグル出身はあまり好まれていないらしい。まぁそういう人達は自分の身の上を隠してるらしいが。
だが私の場合は別だ。“生き残った双子”で有名な私は周りから混血だという事が知られている。だから最初の内は周りからの視線が冷たかった。どこかよそよそしい素振りもあった。
だがマルフォイを奴隷にしてからはどうだろうか?
マルフォイの取り巻きであるクラップとゴイルはもちろん、他の純血の生徒達も一斉に態度が一変した。やはりマルフォイの家柄は絶大な権力を誇るらしい。
皆は絶対にマルフォイに従い、彼をリーダーとして崇めている。そして当然、そのマルフォイを従えている私に逆らう者など誰も居ない。
「結果的に言うと、貴方を奴隷にしたのは正解だったようね」
「なんだ?突然何を言い出すんだ?ポッター」
休み時間、廊下を歩きながら私はマルフォイにそう言った。
本人は言葉の意味が分からないらしく、きょとんとした顔をして首を傾げている。
珍しく褒めてあげたというのに鈍い奴だ。
「何でも無いわ……それより、今夜も新しい呪文を教えてもらうわよ?準備は出来ているんでしょうね?」
「ぐっ……わ、分かってる。でももうこの前の呪文を習得したのか?あれは僕でも父上から教えてもらうのに苦労したのに……」
「私は天才なのよ。貴方と違って」
落ち込んだ表情をしているマルフォイに更にとどめを突き刺す。今にも彼は泣き出しそうな顔をしているが、そんな事気にせず私は歩き続ける。
すると、角を曲がる所で丁度黒いローブを纏った男性が現れた。
スリザリンの寮監であるセブルス・スネイプ先生だ。
ねっとりとした黒髪を肩まで伸ばし、土気色をした肌。蝙蝠を連想させる服装。子供相手には少々刺激が強い見た目をしている。
スネイプは私達の事に気がつくとその場でピタリと立ち止まった。
「こんばんわ、スネイプ先生」
「ああ……こんな所で何をしている?二人共」
「今寮に戻るところなんです。さっきまで図書室で勉強をしてたので」
「そうか、それは感心な事だ……だが休息も大切だぞ。早く寮へ戻りたまえ」
スネイプに挨拶をしながら私達は先程まで図書室で勉強をしていた事を伝える。
これは事実だ。魔法界や様々な魔法を知る為に私には知識が居る。だから図書室はうってつけの場所なのだ。勉強をしていたと言っても差し支えはないだろう。
スネイプは特に関心を示さず、早く寮に戻る様に促して来る。私達は素直に頷き、その場を立ち去ろうとした。
「ミス・ポッター」
「……はい?」
スネイプの横を通り過ぎた際、突然彼が声をかけて来た。
思わず立ち止まって振り返り、彼の方を見る。すると何故か、私には彼が泣いているように見えた。
「……いや、何でも無い。もう行け」
何かを言いかけようとしていたが、結局スネイプは何も言わず。わざとらしくローブを払いながら歩いて行った。その後ろ姿を私は呆然と見送る。
何だったのだろう……あの悲しそうな顔は。まるで私を誰かと重ね合わせているような……いや、私とスネイプはついこの前知り合ったばかりなのだ。そんな可能性は無い。
私はさっさと思考を切り替え、マルフォイと共に寮へと戻った。
男子部屋と女子部屋は別の為、マルフォイから呪文を教えてもらうには談話室でしか出来ない。その為、それ程長い時間教わっている事は出来ないのだ。
まぁ私の場合は一度教えてもらえば後は何度か練習するだけで使えるようになるのだが。
「今日のは凄いぞ。僕もまだ完全には使えないんだけど、父上から一度だけ教えてもらったんだ。見てろ……アクシオ! 来い教科書!!」
ソファに座っている私に対して、今日のマルフォイは何だか生き生きとしていた。
どうやら今回教えてくれる魔法は余程凄い魔法らしい。自信満々にマルフォイは杖を振るい、机の上に置いてある教科書に呪文を掛ける。ところが、教科書には何の変化も起こらなかった。
「……何も起こらないけど。今のは?」
「本当は物を引き寄せる事が出来るんだ。呼び寄せの呪文だよ……まぁ、見事に失敗したけどね」
今のは呼び寄せの呪文と言う物で、本来なら今ので教科書がマルフォイの手元まで飛んで来るらしい。だが結果は見事に失敗。教科書は飛んで来るどころかピクリとも机の上から動かなかった。
流石にこれは難しいか、とマルフォイは自信なさげだったが、私は気にせず立ち上がって袖から杖を取り出した。そして机の上に置いてある教科書に呪文を掛ける。
「アクシオ、来い教科書」
私が呪文を放った瞬間、教科書がガタンと揺れ、机から飛び跳ねるように私の方へと飛んで来た。私はそれを片手でキャッチし、見事呼び寄せの呪文に成功する。
「す、凄い……こんな難しいのをたった一回で」
「ふ〜ん、中々ね。しかも結構便利そうな魔法じゃない」
マルフォイはたった一回で成功させた私に驚き、だらしなく口をポカンと開けていた。
私は手にした教科書はまじまじと見ながら杖の感触を確かめて満足げに頷く。
今の魔法は大分良い感触だった。物を引き寄せられるというのは何事に置いても便利だし、戦闘でも思わぬ使い方で相手を出し抜けるかも知れない。やっぱりマルフォイを奴隷にしたのは私にとって有益だったな。
「全く……君はどこまで強くなるつもりなんだい?とても付いて行けないよ」
「私にはある目的があるのよ。果たさなければならない目的がね」
「ふ〜ん……それって?」
私のあまりの有能っぷりにマルフォイは疲れたようにそんな事を言い出した。目的がある私にとってこれくらいは苦では無いのだが、ふとマルフォイは私の目的について尋ねて来た。
「貴方なんかに教える訳無いでしょ。お馬鹿さん」
マルフォイに教科書を投げつけながら私はそう答える。
マルフォイ程度に教える訳が無い。せめて彼が私の腹心になるくらいの実力を持ってからじゃないと、ね。
それからもマルフォイは必死に自力で呪文の練習をしていた。結果は教科書がちょっとだけズレるというだけだが、まぁこの調子で頑張ればいずれは使いこなせるようになるだろう。
そんな彼を横目で眺めながら、私はソファで寛いで本を読む。すると、マルフォイがふと思い出した様に顔を上げてこっちを見て来た。
「そういえばシェリー、明日は飛行の授業だぞ」
マルフォイが口にした飛行とは、その名の通り飛ぶ事である。
箒に股がって空を飛ぶというまさに絵本の中の通りなのだが、どうやらこちらの世界ではそれがポピュラーな物らしい。だが私は興味無さげに視線を背け、本を読む事に集中した。
明日はちょっと憂鬱な授業になりそうだ。