Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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第五話・戦いの基本は格闘

 Q:何故かランスロット君が頭を下げています。どうすればいいでしょうか。

 

 

 A:知るか。

 

 

 

 

 いや、真面目な話をすると全然私悪くないよ? 何もやってないからね。

 寝て起きたらいきなり頭下げられる身になってみてよ。記憶がおぼろげだから「え、私ナニカしたっけ?」って滅茶苦茶不安になるんだよ。襲ってないからね。私まだ処女だからね!!

 

「無礼を承知で申し上げます、アルフェリア様。どうかこの私に指導を授けて下さいませぬか」

「……は? 指導?」

「はい。貴女様と戦い、自分の無力さと世界の広さを痛感することとなりました。故に、私は自分を追いつめ、己を高めるためにあなたに教えを請うのです。どうかお考えを」

 

 目覚めたばかりの頭に火を付けて稼働させながら、ゆっくりと考えを巡らせていく。

 こいつ今なんつった。

 私は無力だからどうか鍛えてください――――そんな感じか? いやふざけんなよ。そのままでも十分なのにこれ以上強くなろうとしてるとか一体どこを目指しているんだこいつ。生身でビームでも出すつもりか。

 

「と言ってもねぇ……私、人に教えるのはやったことが無くて」

「では、手合わせ願えないでしょうか。貴女様の動きを見ることで、何かを学ぶことができるかもしれません」

「確かにそっちの方が手っ取り早いけど……」

 

 正直ランスロットと戦うのはあまりしたくない。

 下手に再起不能にしてしまった場合、取り返しのつかないことになるかもしれない。かと言って手加減すれば相手を落ち込ませるだろう。

 理想は本気の彼と延々打ち合い、互いを高め合うと言ったところだが――――仕方ない。やるか。気は進まないけど。

 

「いいよ。ただし素手」

「素手、ですか?」

「戦いの基本は格闘戦だ。武器や武装に頼ってはいけない。武器なんて所詮消耗品だよ。無くなったら頼れるのは己の身体のみ」

「ですが私は騎士として――――」

「舐めるなよ小僧」

 

 少しだけ殺気を込めて、ようやく温まってきた頭を撫でながら私は構える。

 そう。五年間の戦いを通して分かったことがある。それは至極単純な事――――

 

 

「素手でも人は殺せる。舐めてかかったらその首が折れると知れ」

 

 

 と、死徒を素手で撲殺した少女は語る。

 両手の剣を弾き飛ばされ、周りには武器にできそうなものも無く、普通ならばそこで私の人生は終了していただろう。

 だが、拳があった。己の体があった。

 人間の体は凶器。拳は極めれば岩さえ砕き、足はその拳の三倍以上の威力を叩き出せる。

 言ってしまおう。

 

 ――――人体で人を殺せない部位など無い。

 

 いわば全身凶器。極めた技巧は指先一つで相手を殺す。

 それに何時まで武器に頼っていちゃ、武器を失ったとき死ぬだろう。かのベオウルフも武器が効かないから竜を素手で殴り殺したのだ。人間頑張れば素手で竜も殺せると見事に証明してくれたのだから、それを活かさない手はない。

 

「ッ……ご指導、お願いいたします!」

「うん。じゃあ――――死ね」

 

 遠慮なく繰り出される即死級の掌打。空気を震わす一撃は、受ければ問答無用で心臓を停止させるであろう魔の手。

 開始直後から致命的な一撃を放ってきた私にランスロットは生存本能を刺激され、咄嗟に後方へと跳躍してそれを回避する。が――――叩かれた空気の壁がランスロットの腹部に叩き込まれる。

 

「ゴハッ――――!?」

 

 追撃は止まらない。

 

 私は吹き飛ばされたランスロットに魔力放出を使わず素の身体能力で追いつき、その甲冑の胸部に掌を当てる。

 そして、練り上げた『氣』を叩き付けた。

 八極拳技の一つ、浸透勁。相手に触れた掌から練った氣を衝撃として叩き込む技だ。独学による習得なので完成度は低いが、それでも威力は十分。

 ランスロットは吹き飛ばされる速度を加速させられ、木の幹に衝突。しかしその勢いは止まらず、太い木の幹をへし折って空高く跳ね上げられ、地面に叩き付けられた。

 

 秒殺。一分もせずノックアウト。

 ランスロットが素手だったというのもあるが、やはりどこかで油断していたのだろう。

 それとも、『無毀なる湖光(アロンダイト)』によるブーストが無かったので私が加減を間違えたか。

 どちらにしろ慢心が原因だ。ちゃんと適切な対応をすれば防げたはずなのだ。

 

 ……たぶん。

 

 まぁ、やり過ぎた感は否めないけど。

 

「ランスロット君~。生きてる~?」

「はっ、はいっ……ゴホッゲホッ」

 

 地面で四つん這いになっていたランスロットは血を吐きながらも返事をする。

 肋骨が何本か折れたか。やっぱ加減を間違えたらしい。技もせめて寸勁程度にとどめておけばよかった。

 

 私は深手を負ったランスロットを横にし、錬金術で作って置いた治癒の薬を取り出して彼の口に流し込む。

 流石に骨折を直ぐに治すことはできないが、私の魔術と併用すれば完治はすぐだろう。

 

「……やはり、貴女はお強い。私は、自身の剣が無くなっただけで、この様だ」

「いや、死ななかっただけいい方だよ、ランスロット君。勘もいいし、判断力もまあまあ。素質はぴか一かな。今の君は単純に経験不足と地力が足りないだけだよ」

「つまり、どういう……?」

「要するに修行あるのみ。もっと外の世界を知ろうか」

「…………はい」

 

 やっぱ対人戦闘の経験が薄いのだろう。せっかくだ、私がみっちり仕込んでやろう。

 どうせ、あと数日で離れるしね。

 

 やるからには気合を入れて、遠慮なく、完璧に。

 そんな意気込みで私は今日一日ランスロット君超強化計画を実行した。

 まずは滅多打ち。そして回復させてからの再度滅多打ち。そうすることで「どう動けば何か来るか」「どんな攻撃にどう対応すればいいか」を身を以て知らせる。骨の髄まで刷り込ませることにより、人外魔境でも十分生き延びることのできる戦士へと仕上げていくのだ。

 

 叩きのめすのに抵抗はない。あれだ、我が子を落とすタイガーの気持ちになるのだ。

 我が子のため逆境を我が子に与えるべし。それが親の愛なのだから。みたいな。たぶん全然違うと思うけど。

 

 その調子で夕方を迎えるころには、ランスロットは心身ともにボロボロになっていた。

 纏っていた白い甲冑は罅だらけで原形を殆どとどめておらず、ランスロット自身も肩で息をするほど疲れ果てている。まともに休まず格闘戦を延々と続けていればそうなるか。

 

 しかし改めてランスロットの化物ぶりを実感する。

 まさかたった数時間で私の動きについてこれるとは。まだ六割程度しか力を出していないとはいえ、この様子ならばランスロットは死徒を素手で絞め殺すことも訳ないだろう。

 筋もいいから、直ぐに覚えるし。うん、これは確かに強くなるわ。

 

 汗たくで大の字に寝転がるランスロットが満足げな顔で夕焼けを見上げる。

 

「…………良い経験になりました、アルフェリア様」

「それはどうも。私も久々に肝が冷えたよ。君、学習能力良すぎ」

「有り難き褒め言葉です」

 

 これで明日回復したのならば、彼はもう一段階ステップを踏んでいるはず。

 要するに強くなっているはずだ。それほどの劇的な変化を遂げたのだ、ランスロットは。

 

 ……彼の未来を知っている身からしてみれば、かなり複雑な気になるが。

 

 けど、こればかりはどうしようもないだろう。

 変えたい。けど変えられない。そんな葛藤は、今まで何回繰り返したのだろうか。

 小難しい表情で思い悩んでいると、何か一仕事終えた様な様子のニミュエがやってくる。

 少し前に私とランスロットの特訓様子を眺めていたので、事の顛末は知っているだろう。彼女は微笑みながら、私たちに汗を拭く布を差し出してくれる。

 

「ふふっ。そんなに楽しかったの? ランスロット」

「はい。とても」

「そう……ありがとう、アルフェリア。彼に付き合ってくれて」

「大丈夫だよ。好きでやってることだから」

 

 私もいい鍛錬になったし。Win-Winという奴だ。互いに利益を得られたのだから、礼を言われるのは少々度が過ぎている。折角だし素直に受け取って置くけど。

 

「しかし、汗だらけねあなたも、ランスロットも。折角だし、体を洗ってきたらどうかしら」

「……この湖で?」

「ええ。あ、勿論別々に入ってもらいますからね」

「いやわかってるよ。流石に私も会ってばかりの人と裸を見せ合いたくはないよ」

 

 だが願っても無い提案であった。最近まともに体洗えていないし。三日もぶっ続けで戦ったせいで汗の臭いぷんぷんしてるよ。体もなんかべたついてるし、たまったものではない。

 

 私はニミュエに案内されて、湖の一角にたどり着く。沐浴するためにわざわざ作ったのだろうか、底や縁が石造りの、人の手が入ったような場所に湖の水が流れている。

 これならば体を洗うには十分だろう。

 

「ではごゆっくり。夕飯、楽しみにしてるわ」

「心配しないで。今夜も遠慮なく腕を振るうよ」

 

 ニミュエと別れた後に、私は周囲に気配がないことを確認して服を脱ぐ。

 とはいえ、そこまで着込んでいるわけでは無い。絹の服になめし革の靴、レザーコートという簡素な格好に籠手やチェストアーマーを着ただけの完全軽装だ。魔術的な細工で鋼鉄並に頑丈だから、防御力は大して問題じゃない。こちらとしては動きやすいのならば何でもいいのだ。

 脱いだ服を一か所にまとめて、洗浄の魔術を施す。時間が立てば臭いも些細な損傷も消えて新品同様になっているはずだ。魔術ってほんと便利だなー。

 

 前準備を終えた私は、沐浴場に体を浸からせる。割と深くも無く、体育座りをすれば肩辺りまで浸かる程度だ。

 水温は少々冷たいけど、不思議と不快感はない。湖の水に特別な効果でもあるのだろうか。

 

 とまぁ、色々あったが私は久々の入浴に心を落ち着かせる。

 フランスに来てから一年間、とにかく鍛えまくりの一年だった。だからこそこうしてゆっくりとリラックスできるのはとても喜ばしいものだ。

 まさか死徒にマークされ、一日一回は必ず襲撃されるとは思わなんだ。

 おかげで街の宿屋に泊まれず、基本的に野宿を強いられたので精神的な苦痛を嫌というほど味わわされた。

 こっちもざっと五百体は殺してやったがな。

 

「ん~~~~~~! はぁぁぁぁ…………疲れた」

 

 今夜だけはゆっくりと休息を取ろう。今まで苦労してきた自分へのご褒美だと思えば、気が楽だった。

 そのまま数分ほど体を濡らしていると、後ろからこちらに誰かが来る足音がする。

 ニミュエだろうか。もしかしたら着替えを持ってきてくれたのかもしれない。

 しかし洗浄の魔術で着ていた服はもう一度切れる様になっている。とはいえわざわざ持ってきてくれるとは、人の良い精霊だ。

 

 お礼を言って遠慮しようかと私は沐浴場から上がり、振り返る。

 

「ありがとうニミュエ。でも大丈夫だか―――――――――ら、ぁ……………?」

「な――――っ」

 

 

 

 なんで、ランスロットが、いるのかな。

 

 

 

「いや、その、ニミュエに言われて……体を拭く、もの、を」

 

 途切れ途切れに事情を説明するランスロット。

 しかし今の私にそんな言葉など耳に入ってくるわけがなく――――無言で拳を握った。

 

「……ランスロット君?」

「は、はい」

 

 

 

 

 

「自己判断もできないのかこの阿保がァァァァアアアアアアアアアアア―――――――ッ!!!!」

「ぐほぁぁぁぁああああああああッッ!?!?」

 

 

 

 

 

 全力のドロップキックを、私は阿保騎士のどてっぱらにぶちかました。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 後になって分かったことだが、ランスロットのあの奇行はやはりというかなんというかニミュエの仕業であった。ランスロット曰く「もうそろそろ上がっているだろうし、身体を拭く布を持っていって差し上げなさい」とニミュエはご丁寧に困惑と混乱の魔術をかけて私に仕掛けたらしい。

 つまりランスロットには全く非が無い。むしろ全面的にニミュエが悪い。

 なぜそんなことをしたかと本人に聞いてみたら、

 

「ごめんね~。でも二人に『その気』があるのかなーって気になっちゃって。上手く行けばそのまま夫婦の営みを……なんて」

 

 要するに「貴方が気に入ったから私の息子と結ばせたかった」ということだ。実に傍迷惑である。

 それも渾身のドロップキックによる瀕死の重傷というロマンもへったくれも無い形で終わってしまったのだが。

 

「…………ごめんなさい、ランスロット」

「いえ、私も今すごく後悔しています。何故私はこうも人にたぶらかされやすいのだろうか……」

 

 その犠牲者二人は再び食卓を囲んでいる。

 今日用意したのは魚が主体のメニューだ。流石に二日連続で肉類というのは飽きやすいだろうから、少々趣向を変えてみたのだ。ムニエル、塩焼き、スープ等々。多種多様な料理が芳醇な香りを漂わせ食欲をそそらせている。

 味は文句なし。しかし気分が気分だ。いつもより少々薄味に感じるのは気のせいか。気のせいだと思いたい。

 

「ふふふ。二人ともしっかりしなさい。折角こんなにおいしい料理を食べられるんだから」

「誰のせいだよ」

 

 元凶が白々しいです。誰か何とかしてください。

 

「それで話は変わるけど、アルフェリア、貴方に相応しい武器を見つけたわ」

「――――え? いや、聖剣の類はもう」

「聖剣は、ね」

 

 その言い方だと、どうやら聖剣以外の武器ならばまだ残っているらしい。

 魔剣の類だろうか。流石に呪いを背負ってまで戦いたくはないんだけどな。

 

「神剣よ」

「……………………えーと、は?」

「だから、神剣。神々が振るう『権能』を内包した世界最高の武器よ」

「それ振るったら私消えるよね!?」

 

 クー・フーリンの扱う『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』みたいな権能一歩手前の代物ならともかく権能そのものを扱える代物――――つまり、乖離剣エア並の代物。全力で振るえば抑止力に消されかねないほどの危険物。

 それを私に預ける? 死ねと言ってるのか君。

 

「大丈夫よ。加減をすればたぶん見逃してもらえるから」

「そういう問題ですか……ていうかたぶんって何」

「気のせいよ。でも、問題があって。湖の底から繋がる洞窟の奥底にあるのだけれど、それを守る『門番』が邪魔なのよ」

「それを倒して手に入れればいいの?」

「そうよ。神剣に選ばれるかどうかは、あなた次第だけど」

 

 つまり突破したは良いものの、剣が私を認めず無駄骨に終わる可能性もあるというわけか。

 神剣。要するに神造兵装。確かにその価値は高く、推測が確かならば『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』並の代物だろう。リスクが高い分リターンも高い。切り札に困っている私にはピッタリというわけか。

 

 そうと決まれば行動に移すだけだ。

 

「ニミュエ。『偽造された黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)』は」

「そう言うと思って、もう仕上げてあるわ」

「早いね」

 

 ニミュエは異空間から黄金の鞘に納められた黄金の剣を取り出す。

 それを受け取り、抜刀。見た目こそ変わっていないが、漂わせている魔力が桁違いに膨れ上がった。

 流石精霊といったところか。しかも魔法の鞘までおまけしてくれるとは。

 

「この鞘は?」

「王に授けた『全て遠き理想郷(アヴァロン)』――――の試作品、『忘却されし幻想郷(ミラージュ・アヴァロン)』。老化抑制と高速再生の効果を持つ魔法の鞘よ」

「いいの? これを貰っちゃって」

「当然よ。美味しい料理を御馳走してもらったお返しよ。受け取って頂戴」

「ありがとう。助かるよ」

 

 なんだか貰い物全てが強力な一品の試作品な気がするが、まあいいや。強力なのは変わりないし。タダでくれるのだから貰って置くに越したことはないだろう。

 

「じゃあ、私は――――」

「失礼ながら、アルフェリア様。私もご同行願いたい」

 

 食事を終えたランスロットが、私の傍に歩み寄り膝をつく。

 それは懇願だった。彼は、純粋な目で私を見つめる。

 

「理由を聞いても、いいかな?」

「先程ご迷惑をかけてしまったお詫びです。確かにニミュエにそそのかされたとはいえ、まだ殿方と結ばれてもいない、純情な乙女である筈の貴女の華奢な裸身を見てしまった事は、騎士としてあるまじき許せぬ行為。例え貴女に許されようとも、私は償わなければならない。そうでなければ、私は私を許せない」

「……、……。……………はぁぁ」

 

 ああ、そう言えばこいつこんな性格だったよ。裏切りを許されても『罰を受けないといけない』と自分から自分を戒める。罰さなければ深く苦悩し、断罪を求めて狂気にまで身を落とす。誰も裏切ることができないその完璧すぎる騎士としての性格がブリテンの滅びを起こしたのだから、皮肉が過ぎる。

 やがて小さなため息を吐き、私は返答する。

 

「湖の乙女に仕える騎士ランスロットよ。此度の行動に貴方の助力を願いたい」

「感謝します。今から全霊を以て、騎士として貴女様に報います。我が主よ」

 

 ここに、一人の騎士が初めて人の主君に仕える。

 

 それは破滅の始まりか。

 

 それとも希望の兆しか。

 

 徐々に運命(Fate)は、動き出す。

 

 

 




ランスロット君、初のラッキースケベ。死ぬがよい。

追記・宝具名のミスを修正しました。
追記2・誤字を修正。

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