まぁ平行世界だからね、仕方ないね(´・ω・)
チュンチュン。そんなさり気ない小鳥の囀りが朝の訪れを告げる。
その美しい音色を目覚まし代わりに銀髪と赤眼を持つ少女――――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは小さな欠伸をしながら意識を鮮明にさせていった。
ああ、いつも通りの清々しい朝だ。鼻から息を吸えば朝食と思われるトーストと目玉焼きの匂い。その美味そうな匂いにイリヤは食欲を刺激されて少しだけ顔をとろけさせた。
笑顔になりながら身体をふかふかのベッドから起き上がらせようとするイリヤ。
――――しかし、意図しない重さがその動きを食い止めた。
「……ふぇ?」
謎の重みを感じ取ったイリヤはついそんな呟きを漏らしてしまう。
しかもよく意識を集中させてみれば何故か左半身が暖かい。人肌温度だ。そしてイリヤは直ぐに「何かに抱き付かれている」という結論に達した。だが問題は抱き付いてきている相手だ。メイドであるセラやリーゼリットは……後者はともかく前者はあり得ない。しかしリーゼリットにしては少し柔らかみが足りない。主に胸的な意味で。
まさか士郎? とイリヤは自身の兄に疑いを向けた。いやいやいや、あり得ないだろう。いくら家族とはいえ夜な夜な妹の部屋に忍び込んで抱き付くなど。でもそれはそれで役得のような――――そんな事を考えながらイリヤは自分の左腕に抱き付いている『ソレ』に視線を向けた。
本物の白銀の様に煌めく銀髪。混じりけの一切ない白雪の様な白い肌。
一瞬「誰?」と思ったイリヤであったが、直ぐにその存在を思い出した。確か三日前に士郎が拾ってきたという少女で、名を確か――――
「――――イリヤのスメル、プライスレス」
「えっ?」
アルフェ。そう、アルフェと言う。人とは思えない美貌に大人びた雰囲気。とても同年代の少女とは思えないが、昨日彼女はアインツベルン家の家族になった。
戸籍は恐らくまだ登録していないが、本人たちが家族と言っているのだから家族だ。それは別に問題では無い。イリヤとしても友達になれそうな女の子と出会えたのだから何ら不都合はない。
問題は――――どうして彼女が自分に抱き付いて、まるで獲物でも見つけた狼の様な目で臭いを嗅いできているのかということだ。
「はぁ……はぁ……! 良ぃ……! 女の子特有の柔らかい臭いに柔軟剤とシャンプーの優しい香り……! まるで規則正しいパズルのピースの如く噛み合った要素は、最高級の香炉に勝るとも劣らないッ……! 否、それを遥かに凌駕する……ッ!!」
「え、ちょ、な、ななな……!?」
「よし、味も見ておこう」
空気を吸う様にスムーズに発せられる狂気じみた言葉。しかも真顔だ。何処からどう見ても冗談を言っている顔では無い。
一体何を言っているのかを聞く前に、アルフェの舌はイリヤの首筋を這った。表面に残る汗を舐め取ったのだ。常人のすることとは思えないが、無駄に心地良いのだから絶句するしかないだろう。
「――――グッド(キリッ」
良い笑顔で彼女はそう言い切った。
瞬間、イリヤの頭の中は新品のキャンバス顔負けの真っ白一面へと変わる。
「にゃぁぁぁああぁあぁぁあぁぁああぁあああぁぁああああ~~~~~~~!?!?!?」
あまりの羞恥心にイリヤは生涯出したことが無い類の悲鳴を上げた。起床直後臭いを嗅がれたり汗を舐め取られたりすれば、そうなるのも仕方ない。人生初の体験に対してどう反応を返せばいいのかわからなかったんだろう。きっとたぶん。
尚、それでもアルフェの奇行はそれでも尚止まることは無かったが。イリヤは犠牲となったのだ。HENTAIの犠牲にな……。
こうして、イリヤの新しい家族を得て三日目の朝は騒がしく幕を開けるのであった。
◆◆◆◆◆◆
「うぅ~…………」
「あはは、ごめんごめん。つい魔が差しちゃって」
リビングにある食卓の上で突っ伏しているイリヤと、そんな彼女を見て申し訳なさそうに笑うアルフェ。何故イリヤがそんな様子かと言うと、言わずもがな。朝の一件の事だ。
要するにアルフェがイリヤに
「どんな魔が差したら会って三日目の人の臭いとか嗅いだり汗を舐めたりできるの……?」
「いやそれはほら。イリヤが可愛すぎたのが悪いんだよ」
「さりげなく責任転嫁してるよこの人!?」
「フッ。可愛いとは正義ではあるけど、同時に罪でもあるのさ」
「変な台詞をかっこつけて言わないでー!?」
イリヤは自分の中にあったアルフェに対する第一印象が粉々に砕かれる音を聞いた。
最初で会ったときは穏やかで包容力のある子だと思っていたが、致命的なまでにそれは違っていた。三日も同じ屋根の下で過ごせば本性が露わになる。
そして出てきた本性は包容力があるHENTAIさんだったのだ。幼女の匂いを嗅いで興奮するHENTAI……!
一応擁護させてもらえば、今のアルフェは色々なしがらみから解放されたせいでブレーキがぶっ壊れているだけなのだが。尚、それが一番の問題な模様。
「ていうかどうしてアルフェが私の部屋に……?」
「え? 確か私が一人部屋で寂しく寝ていることをセラさんが不憫に思って、『余っている部屋が無いからしばらくはイリヤの部屋で寝泊まりしてくださいね』って言ったから、その時イリヤが『いいよ~』って承諾したんだけど。覚えてないの?」
「まさかの私が原因だった……っ!」
流石に二階建ての一軒家と言えど部屋は有限なのである。突然の増員に対応できるはずもなく、苦肉の策としてセラはあまり整頓の行き届いていない客間を提供した。
が――――流石にまだ(外見は)子供である彼女を一人にさせるのはどうかと思い、イリヤとの共用という方法を取った。狭いかも知れないが、互いのためとセラはよく私に言い聞かせたものだ。
ぶっちゃけ彼女からしてみれば新しい家族と添い寝(と言う名の抱き枕)できたので文句どころか礼を言いたい気分だが。と後に真顔で真剣に語るアルフェであった。
そんな苦笑混じりに会話を交わしていると、部屋の中で制服に着替え終えて出てきた士郎が二人を見て微笑んだ。大方、彼の目には二人は仲のいい姉妹に見えているのだろう。仲は悪くないと言えば悪くないが、何かのフィルターでも掛かっているのか。
「ははっ、二人とも仲が良さそうで何よりだ」
「お兄ちゃん! 今のやり取りを見てどうしてそんな感想が出てきたのかな!?」
「ん? そりゃ遠慮なく言葉を投げ合える関係なら、もう友達みたいなものだろ? 俺と一成もそうだぞ」
「……私は時々お兄ちゃんの交友関係が心配になるよ」
「なんでさ!?」
義理とはいえ兄に辛辣な言葉を投げるイリヤ。やはり朝の一件がかなりショックなのかもしれない。
そう思って少しだけしょんぼりと反省するアルフェであった。後悔は全くしていないようだが。
「えーと……やっぱり気を悪くしちゃった?」
「ううん、もう気にしてないよ」
気にしてなかった。それでいいのかイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
「だって女の子同士でしょ? 流石に異性がして来ていたら問題だったけど……」
「えぇ……」
「本音を言えば私が主導権を握り――――って、何考えてるの私!」
「あっ(察し)」
同性なら臭い嗅がれたり汗舐められたりしても平気だとイリヤは言う。しかもさりげなく問題発言までボロット零した。懐が広いのか肝が据わっているのか。
確実なのはイリヤもまた内なる欲望を心のどこかに秘めているということだ。特にメイドとかメイドとかメイドとか。あとメイド。生粋のメイド狂いは格が違った。
「三人とも、朝食の用意ができました。フレンチトーストにベーコンエッグ――――って、リズ! 朝からスナック菓子を食べるんじゃありません! 太りますよ!」
キッチンから朝食を盛りつけた皿を人数分持ってきて、鮮やかな動作で食卓の上に置くセラ。が、彼女の目がソファの上でポテチを食べながらアニメ鑑賞しているリーゼリット、もといリズを捉える。
寝転がりながらスナック菓子。普通なら肥満ルート一直線の行為である。健康面にも問題をもたらすので直ぐに注意に行くセラであったが――――それが悲劇の始まりである。
「ん~? だいじょーぶだいじょーぶ」
「何を根拠に大丈夫だと――――」
「だってホラ、栄養溜めとく袋、あるし」
そう言って豊満な胸を突き出すリズ。
この場の空気が一瞬で名状しがたき何かへと変貌するまで一秒もかからなかった。
「…………(ボイーン)」
「…………(ストーン)」
もう何も言うまい。
セラが無言のストレートを繰り出し、無表情のままリズがそれを受け止める。
「セラ、痛い」
「フフッ、不思議ですね。どうして姉妹でこんなにも違うんでしょうねェ……?」
確かに姉妹とは思えない程差がある(胸囲的な意味で)。しかし無いのも無いで魅力はあると思うイリヤとアルフェであったが、その思いはセラには届かない。いつか得られる者ともう得られない者の差と言うやつかもしれない。
「しかし! 所詮は贅肉! 贅肉なのです! 無駄な肉は、排除します!」
「セラ、怖い」
「ふ、二人とも、朝からなにやってんだよ?」
唐突に素手でのミット打ちを始める
セラの場合それがたまたま胸だっただけで。
「なんです……? 士郎、あなたも結局大きさですか。巨乳ですか。ええそうでしょうね! 男なら大きい方が断然いいに決まってます!」
「いや、別に小さくてもいいと思うぞ?」
「っ、ほ、本当に……?」
「ああ! 例えこれ以上成長の望みがなくて、ずっと小さいままでも――――」
「「あっ」」
イリヤとアルフェの呟きが重なった。
仕方ないだろう。何せ兄が無意識とはいえ地雷の上でタップダンスし、ホール・イン・ワンの如く見事華麗にど真ん中を踏み抜いたのだから。
流石キング・オブ・朴念仁。フラグを建てる能力も折る能力も一級品である。
「ふ、ふふふ、ふふふふふっ…………」
「え? セラ? どうかしたのか?」
「――――士郎」
「あっ、はい」
「――――貴方の敗因はたった一つ」
「は、敗因?」
「――――テメーは私を怒らせた。死ね巨乳派めぇぇぇぇぇぇえええ!!」
「なんでさぁぁぁぁ――――!?」
今日のアインツベルン家は朝からにぎやかです。
「……グッバイ私の平凡な日常」
「直に慣れるよ。たぶん」
「そうした張本人が言っても説得力ないと思います……」
「デスヨネー」
ブリテン時代のアルフェリアでも蛮族の連続強襲の日常には三日で慣れたのだから、イリヤなら一週間もすれば隣近所でガス爆発が起きようが平然と朝ご飯を食べ続けられるようになるよ。きっと恐らく。
と、一般人からすれば理不尽であることを
「ふー、朝ごはんは美味しいなぁ」
「そうだねぇ(死んだ目)」
「イリヤ~、お菓子持ってきて~」
「■■■■■■■■■■■■■■■――――ッ!」
「セラ!? 何か人が出しちゃいけなさそうな声が――――ひでぶっ!!」
こうして、平和(笑)な朝は一旦幕を閉じることとなった。
◆◆◆◆◆◆
「はぁ~……」
魂が抜けた様なため息をつきながら机の上に突っ伏すイリヤ。まだ朝だというのに、まるで終電帰りのサラリーマンの如き雰囲気である。勿論肉体的な疲れの話では無い、精神的な話だ。
そんなイリヤの様子を心配して彼女の友人である桂美々、栗原雀花、森山那奈亀、嶽間沢龍子が駆け寄ってきた。
「イリヤ? どうかしたの?」
「どうしたイリヤ。そんなコミケ帰りの戦士の様な顔して」
「悩みならあたしが聞いてやるぞー!」
「腹減ってるなら俺の隠し持ってるお菓子をやるぞー!」
流石に友人たちに必要以上に心配されるのも気が引けるのか、苦笑いしながらイリヤはふらふらと顔を上げる。
悩みと言えば悩みだが、困っているかと言えばそうでもないのが何とも言えない悩みである。と、何とも身勝手な自分に呆れながら、イリヤはとりあえず軽く事情を友人たちに語るのであった――――
「「「「新しい家族が出来た?」」」」
「うん、そうなんだ~……」
四人それぞれ首を傾げる。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。精々財布を落としたとか勉強が上手く行かないとか、そういったものを考えていたのかもしれない。
一部は多少ズレたことを予想していたのかもしれないが、それはまた別の話。
「なんだ、ついにイリヤに妹ができたのか。新しいファンネル候補が出来たな……」
「違うよ!? ていうかファンネルって何!? い、いや、もしかしたら妹ができるかもしれないけど……新しく出来たのはお姉ちゃんなんだ」
「お姉ちゃん? どういうことだイリヤ! あたしにもわかる様に説明しろー!」
「さっき説明したばっかりたよね!?」
「それよりポッ○ー食うかイリヤ?」
「龍子は何も考えていないし!?」
相談したはい良い物の、全くもって何処かズレている答えを返すイリヤの友人たち。予想はしていたが大半がまともな意見を返してくれていない。別の意味でイリヤに心労が積み重なる音がするのは幻聴か。
唯一の救いなのは(今はまだ)常識人である桂美々であった。
「えーと、つまりその新しく出来たお姉ちゃんへの接し方がわからないってこと?」
「う、うん。まぁ概ねそんな感じ。何かいい作戦とかないかなぁ……」
ほっといてもあちらからこちらの心の扉を開錠(物理)してくるような気がしなくもないが。
「突然出来た義理の姉。接し方が分からず縮こまる妹。そんな二人が肌と肌の触れ合いによって徐々に心の扉を開いて行き、やがては禁断の領域に足を――――」
「え、えっと、何を言ってるの雀花?」
「いや、何でもない。ただの妄想だ」
「そう言われると逆にすっごく不安なんだけど……」
しかし触れてはいけない何かを直感で感じ取り、イリヤは積極的に聞くのはやめにした。恐らく自分には『まだ』早いと感じ取ったのだろう。つまり「いずれわかるさ……いずれな」という事だ。意味が分からない? ご安心を。本人もたぶんよくわかっていない。
「うーん、普段のイリヤらしく接すればいいんじゃないかな?」
「それができたら苦労はしないよ~……」
「なら、まずは互いを知ることから始めればいいと思う。好きな食べ物とか、好きな漫画とか、そう言う物をきっかけに使って徐々に距離を詰めて行けばいいかも」
「なるほど……ありがとう美々! 参考になったよ~」
「うん、どうたしまして」
桂美々はあまり知られていないが、実は弟がいる。物心ついた弟との距離感が掴めなかったりと、そう言う経験は多少あったのだろう。経験者からのとても参考になる意見を貰ったイリヤは一安心と、ひとまずは胸を撫で下ろした。やはり持つべきは友人だ。
ちょうどその頃チャイムが鳴った。変わらぬ音色を背景に、教室で騒いでいた生徒たちが自分の席に座った。
ただし肝心の担任が教室に居なかったが。
「……何か藤村先生、遅いね」
「寝坊かな?」
誰かがそう言い始めた頃――――教室の外からドタバタと大きな足音が聞こえてきた。この瞬間生徒全員が「あー」と何かを察した声を漏らす。
「うぉおおおおおおおおお!! 遅刻遅刻――――――――!!!」
開いた扉から高速で飛び込んでくる影。黄色と黒の横縞模様の服に緑のエプロン。間違いなくこのクラスの担任である藤村大河である。で、彼女は凄まじいスピードで教室に飛び込んできたわけで、当然何の事故も起こらないわけがなく。
教壇に足を引っかけて盛大にすっ転んだ。
「…………」
無言。ただ無言。何とも言えない空気が教室を制圧する。
「おーい、藤村先生ー?」
「先生、起きてー」
「授業の時間とっくに過ぎてるぞー。起きろタイガー」
「こうして寝ているところを見てるとまさに虎ですな」
「タイガー! タイガー!」
「――――タイガーって呼ぶなァ――――――――!!」
禁句を言われたことで藤村は覚醒した野生動物のように跳ね起きた。
そして次の瞬間には何もなかったかのように教卓の前でいつもように出席簿を取り始める。少々騒がしかったが、まぁいつも通りの光景だ。
しかし今日は、ちょっと違う光景に早変わりし始めることになる。
「と、全員いるわね。欠席は無し、っと。所で、皆さんにお知らせがありまーす! 何と今日、転校生がうちのクラスに来ることになりましたー! いやぁ、校内を案内していたらちょっと遅れちゃってねー。ゴメンネ(テヘペロっ」
まさかのお知らせに生徒たちが藤村の最後のアレは無視して騒ぎ出す。
どんな子かなとか、男か女かとか、そんなざわつきは藤村の「静粛にー!」という虎、もとい鶴の一言で静かになる。ちょっと遅刻したのもあって早めに進行させたいのだろう。決して、決して無視されたことに拗ねているわけでは無い、と思いたい。
「えーと、どうやらイギリスから来た子みたいでね。だからと言って日本語が喋れないわけじゃないし、本人も中々接しやすい性格だから、みんな仲良くしてねー?」
『はーい』
「じゃ、入ってきていいわよー」
――――現れたのは妖精だった。
幻覚だ、と笑う者もいるだろう。
妄言だ、と蔑む者もいるだろう。
だが、少なくとも。
此処にその言葉を否定できる者は一人もいなかった。
舞い降りる様に現れたのは輝く銀髪が眩しい少女。動作の一つ一つが宝石の輝きの如く眩しいと錯覚してしまうほどの美の体現者。彼女の周りだけ別世界では無いのかというほど、彼女の存在は世界から浮いていた。
言い例えるならば、天使。神が現世に降ろした天使と言っても、この瞬間だけは百人中百人が認めただろう。
それほどに、圧倒的存在感。
「――――イギリスから来ました、アルフェ・フォン・アインツベルンです。よろしくお願いします」
にこりと、彼女は一度微笑むだけで全てを魅了した。
が、身内であるイリヤは現在困惑の渦中に叩き込まれたような顔をしていた。当然だろう。まさかのイベントだ。予想していなかったビッグイベントが水星の如く襲来してきたのだ。
恐らく今のイリヤは目の前で起爆寸前の爆弾を目撃した気分に違いない。
(いや、ちょっと待って、え? え? 何で!?)
イリヤが知って居る限り、
それが判明した時、一緒の学校に行けなくてイリヤはとても残念がったのだが――――そんな事実は無かったと言わんばかりの電撃入学である。
(ええと……此処は嬉しがる所、何だよね? たぶん……)
何にせよ、中のいい義姉が共に学校に通うという事ならば、嬉しがることに不思議はないだろう。
きっと、たぶん、恐らく。
「うわぁ……綺麗~」
「アレ、イリヤの家族なのか? え、イリヤって双子だったの?」
「にしては目の色が……親戚?」
突然の転校生に騒ぎ出すクラスメイト達。
その来訪のインパクトだけでなく、本人の美貌も小学生にあるまじき凄まじさを誇っているのだから騒ぐのも無理はない。そして名前からイリヤの姉妹または親戚であることは確かなので、徐々に視線はイリヤの方へと集まっていく。
朝からいきなり視線の嵐。中々に堪えるなぁ……とイリヤは涙目になりながら思ったとかなんとか。
「はーい、自己紹介ありがとうアルフェちゃん。あ、席はイリヤちゃんの隣よ」
「はい、ありがとうございます。藤村先生」
「かぁーっ! しっかりお礼も言えるとは、なんて出来た子なんだっ……! うんうん、先生にもこういう妹が一人欲しかったなぁ……」
その年ではもう無理だと思います。そう思ったのはきっとイリヤ一人だけではないだろう。
確かに彼女には不思議な魅力がある。人を引き付けるというか、無性に欲望を掻き立てられるというか、甘えたくなるというか……とにかくクラスに悪い印象を振りまくという事は無かった。
少なくとも男子と女子例外なく彼女に向けられているのは羨望と憧憬の眼差し。何というか、一瞬でクラスのスターに上り詰めたような気がしなくもない。本人は無意識なんだろうけど、色々と末恐ろしい物を感じる。
紹介を終えたアルフェはそのまま笑顔を崩さずイリヤの隣の席に着いた。歩くだけで様になるとはこの事か。まだ小学生でコレなのに、大人になったらどれだけヤバいことになるのやら。思わずイリヤは引き攣った笑いを浮かべる。
「ふふっ、よろしくね。イリヤ」
「あ、あはは…………はい」
とりあえず、彼女に一言。
「……事前に報告ぐらい、してください……っ!」
ごもっともである。
◆◆◆◆◆◆
どうも、初めての小学校に今物凄くウキウキしているアルフェリア・ペンドラゴンもといアルフェ・フォン・アインツベルンでございます。名前が長くなったよ、やったねた○ちゃん!
とまぁ、冗談はそれぐらいにして。
私には記憶が無い。いや、無いっちゃ無い訳ではないんだけど、まぁ現代においては残っている記憶も大して意味のある物では無いので実質記憶喪失同然である。これも全てあの
あのジャイ○ン王なら「我が法だ!」とか言いそうな気がするが。いや言うな絶対。間違いない。
そんなわけで、私には戸籍が無い。現代の人間では無いので個人情報などあるわけも無く、セラが
あったらむしろ驚きたけどね!
家族どころか個人情報の一切が無い。記憶も無い。頼れる人も当然皆無。
そんな私を不憫に思ったのか、セラさんがギュッと抱きしめてくれたのが記憶に新しい。うん、例え胸はなくても母性はあるんだなぁ……と改めて実感した歴史的瞬間(?)であった。
そして、そこからのセラさんの動きは凄まじく早かった。
どうやってかは知らないが私の戸籍を偽ぞゲフンゲフン、作り上げたのだ。幸いアインツベルンは元々外界と疎遠だった家柄。今更子供が一人や二人増えようが無問題らしい。
流石に血縁関係は偽造出来ないので、私の戸籍を適当にでっち上げてそこから養子縁組を組んだようだ。何という力技。母の底力を垣間見た。いや、お母さんじゃないけど。いや、ある意味お母さんか? 掃除とか洗濯とかほとんどセラか士郎がやってるし。
あれ、それ言ったら士郎もお母さん……いや、これ以上考えるのはやめておこう。それがいい。
と言うわけで、私は晴れて学校に入学することができたのだった。ブリテンでは学校と言う物が無かったので、中々に新鮮味のある体験だ。
――――もし、私やアルトリア、他の皆が現代で平和な国に生まれていたら――――
……やめよう。叶わぬ『
今は落ち着いて、この学校生活を満喫しますかっと。
現在は昼休み。外のグラウンドを見渡せば男子や女子が走り回って遊んでいる。正しく平和そのものの風景だ。思わず微笑んでしまいうほどには。
と、そんなことよりイリヤに色々な事情を話していたんだった。視線を戻して話を続けよう。
「……つまり、私を驚かせるために今まで黙っていたって事?」
「まぁ、準備が出来たのは昨日の夜ぐらいだから、話す余裕がなかったと言えば嘘じゃないけど……確かに驚かせるためでもあったかな? でも、中々刺激があったでしょ?」
「そりゃあもう……」
イリヤは笑顔を引き攣らせながら返事を返した。
確かに少々インパクトがあり過ぎたか。ささやかなサプライズのつもりだったのだが。
「――――彗星の如く学校に来た挙句、理科では性格が一変する変な薬品を作ったり、図工では粘土を使って芸術家顔負けのヴィーナス像を作ったり、家庭科では藤村先生が野生化するほどの料理を市販の食材で仕上げたり、体育ではハンドボールをグラウンドの端から端まで届かせて全国記録を軽く塗りつぶしたり、色々と刺激的過ぎると思います……」
「それは、その……あ、あはは~」
その、なんだ。学校に入れたことが嬉しくてちょっと調子に乗ったというか、平均的な基準が分からずとりあえずジョギング感覚でやったら色々と大惨事になったというか。
やっちまったとは思っているが、過ぎたことは仕方ない。
因みに野生化した藤村先生こと正義の味方タイガーウーマン(自称)は学校を飛び出した挙句高笑いしながら街を駆けまわったらしい。幸いなのはその時の記憶が残らなかったので彼女の黒歴史が増えなかった事か。
でも校長には怒られたらしいが。そりゃそうだ。←元凶
「新しく出来たイリヤの姉ちゃん、色々とぶっ飛んでるな~」
「あたしのお姉ちゃんでもそこまでぶっ飛んでないぞ……」
と、イリヤの友達である雀花や那奈亀からはそんな言葉を貰った。ああ、うん、やっぱりちょっと飛ばし過ぎたか。明日からはちょっと自重しよう。
「なぁイリヤの姉ちゃん、き○この山食べるか?」
「あ、私た○のこの里派ですので」
「この裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
何を裏切ったのかはわからないけど、イリヤの友達の一人である龍子が勢いよく教室を出ていった。ぶっちゃけ私コア○のマーチの方が好きなんだけどなぁ。
「そ、そう言えばどうして急にイギリスから転校してきたんですか? 何か大変な事情でも……?」
「えーと……そうだねー」
こう言った質問に対するバッグストーリーは、なんだっけな。あまり深く考えていなかったし、適当でいいか。
「実は私、記憶喪失で身寄りのない孤児になっていまして。その時イリヤの両親から拾ってもらい養子にして貰ったんです。日本に来てイリヤとあったのはつい数日前ですが、今では一緒のベッドの中で寝るぐらいの仲です!」
「そ、そうだったんですか! ごめんなさいアルフェさん、辛いこと聞いてしまって! ……アレ? 一緒のベッド……?」
「大丈夫ですよ美々さん、気にしてませんから。それより、今度からは呼び捨てで構いませんよ?」
「えっ? でっ、でも……」
「ほら、友達は名前で呼び合うのでしょう? 遠慮しなくて大丈夫です」
「は、はい……アルフェ、ちゃん」
よし、友達第一号、ゲットだぜ。
え? 何出鱈目でっち上げて同情心誘っているのかって? HAHAHA、何、半分嘘で半分事実という奴だ。実際養子になったのは事実だからネ。前半が根も葉もない嘘なだけで(外道並感)。
「じゃあ私も名前で呼んでいいか?」
「あたしもあたしもー!」
「ふふっ、いいですよ。雀花、那奈亀」
不安はあったが、無事友人関係は築けそうだ。精神年齢の違いからギクシャクするかもしれないと思っていたが、私の杞憂に終わって何よりだ。
隣のイリヤがなんだか悔しそうに頬を膨らませているが。さ、流石に調子に乗っていたか……?
「……私のお姉ちゃんなのに」
「え?」
「――――てりゃぁ~~~!」
「えっちょ」
聞き返す間もなくイリヤが私に飛びついてきた。ああ~、脳がとろける~(光悦)。
「お姉ちゃんは誰にも渡さないんだからー!」
「ああああああああ」
「お、おいイリヤ」
「なに!?」
「……なんかお前の姉ちゃん、鼻血出しながら痙攣してないか? なんかヤバいぞ?」
「ほぇ?」
ふっ……わが生涯に、一片の悔いなし――――あふん。
「ちょっ、お姉ちゃん!? アルフェお姉ちゃ――――――――ん!?」
あはは、川の向こうで誰かが手を振ってる。アルトリアかな? モードレッドかな? それともモルガンお姉ちゃん?
『やぁアルフェリア、随分愉快な姿だね~。プフッ』
あのロクデナシは、何時か絶対にボコるという誓いを密かに立てる。やっぱ一度全身ボコボコにしておくべきだったわ。
とはいえ今どうこういっても貧血は治らないので、次起きて初めて見るのはイリヤの顔がいいかなぁ、なんて思いながら私は意識を暗闇に包ませた。
願わくば、この平穏が続きますように。
……アレ? なんかフラグ立てちゃった気がするゾ?
本編でもぶっ倒れてたけど、原因に凄まじい差がある件について。
なぁにこれ(決闘者並感)。