Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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連投。
またまた一気に時間が進みます。


第四話・湖の精霊

 ――――なんだアレは。

 

 

 生まれて初めて覚える『恐怖』に、湖の乙女(ニミュエ)は顔を青ざめる。

 目の前には我が子同然と育ててきた、いずれ最強の騎士へと上り詰めるであろう湖の騎士ランスロットの、まだ未熟な姿があった。――――傷だらけで地を這う姿が。

 それがとても現実味がなく、ニミュエはただただ視線を揺らす。

 

 剣を腰に携えているにもかかわらず、アロンダイトを装備したランスロットを素手で圧倒し無力化した化け物。

 

 銀髪銀眼の年端も行かなさそうな少女はこちらを見て邪気の無い笑顔を見せる。

 ニミュエはそれを見て全身に怖気が走る。

 

 殺される。人間より遥か高位の精霊種であるニミュエが本来人間に抱くはずの無い恐怖。

 だがこうして怯えた。

 ありえない、ありえないと呟いてもそれを肯定する者はいない。

 

 最強の守護者(ランスロット)が倒された以上、ニミュエにもう抵抗する手段はない。

 

 元々ニミュエは妖精郷(アヴァロン)への橋渡しの役目を負った精霊に過ぎない。戦闘能力など皆無に等しい。だからこそ己を守るためにランスロットを育て上げたのだ。

 それがたった一人に倒された? 妖精の加護を持った騎士が? 果たしてそれは人間なのだろうか。

 

「やぁ、五年も探したよ湖の乙女。まずは初めましてと言った方がいいかな」

 

 唐突に出てきた少女の言葉に、ニミュエは無言にならざるを得ない。

 ここまでやって置いて「初めまして」? 何を言っているんだお前は。そう思ったせいで言葉が上手く出ないのだ。

 

「ああ。彼はちゃんと生きてるよ。大変だったんだよ、気絶程度で済ましたいのに半端じゃないほど強いし。何とか骨折未満には済ませたけどさ。後でちゃんと治療するから心配しないでね」

「……え、あ、あの」

 

 少女がまるで「悪いことをした」と言っているかのような口調であることに、ニミュエは多少の戸惑いを覚えた。

 何故? 私の授ける宝物を狙いに来たのではないのか? そう考えていたのだ。

 ニミュエが授ける妖精郷(アヴァロン)の宝物は現世では絶大な効力を持つ道具である。強力な星の光を放つものもあれば不老不死の恩恵を授ける物も存在する。それを求めて不定期ではあるが人が立ち寄ってくるのだ。

 

 だからこそ森に人避けの結界を多重に張っている。それ以外にも幾重もの魔力障壁、多重幻覚空間、空間さえ歪曲している区画さえ存在しているのだ。それを使ってからは人間がこの森の一番奥にある湖に立ち寄ったことはただの一度としてない。超級の魔術師であるマーリンならば簡単に破れるだろうが、逆に言えば現世で湖の乙女が巡らせている防御策を突破できるのは数人程度。そしてたとえ潜り抜けられたとしても、未熟とは言えど今のままでも円卓の騎士と渡り合えるランスロットという最強の矛にして盾が待っている。

 

 つまり目の前に居る少女はそれらすべてを単身で突破した怪物。

 ニミュエが抵抗できる道理などなく、少女はこの迷宮を踏破した証として宝物を受け取る。

 

 はずなのだ。

 

 なのに目の前の少女はそんな物などどうでもいいとでも言うような態度だった。

 実際、その少女――――アルフェリアはそんな物に一切興味など無かった。貰えるとは思っていないしそもそも自分が持ったところで宝の持ち腐れになるだろうと割り切っている。

 

「えーと、私はマーリンの使いとでも思ってくれればいいよ。弟子だし」

「で、弟子? あ、あの面倒くさがり屋で女たらしの?」

「……マーリン、隣国にまで悪評が広がってるとか正直舐めてたよ」

 

 マーリンの名を聞くや否やニミュエの顔が呆れの物へと変わっていく。

 あの悪名高い花の魔術師だ。何を仕出かしたところで「マーリンだから」の一言で済ませられる時点で彼の社会的な立場が最悪に近い何かだと、アルフェリアは嫌でも理解する。

 考えるのが面倒になってきたのか、ニミュエは深いため息を吐きながらランスロットの身柄を回収し、癒しの効果を持つ湖の水辺に体を浸しておく。妖精の力が込められている湖だ。十数分もあれば目覚めるだろう。

 

「改めて自己紹介を。私は湖の乙女と呼ばれる妖精、ニミュエでございます。貴女様のお名前は?」

「アルフェリア。海の向こうの島国ブリテンの王、アーサー・ペンドラゴンの義姉。よろしくね、ニミュエさん」

 

 そう言いながら、アルフェリアはその手を差し出した。

 つい先ほど息子同然の存在をボコボコにした者とは思えない行動である。

 しかしマーリンの弟子なのだから多少ヘンテコでも仕方ないだろうと、ニミュエは諦めて差し出された手を握り返す。

 

「それで、一体どんな用事なのでしょうか。頼まれた剣と鞘はもう選ばれた『担ぎ手』に譲渡してしまったのですが」

「ん~…………いや、精霊の加護を貰いたくてね。あと、強力な武具が余っていたら頂戴しようかなと思っていたんだけど……。その様子じゃ、もう空席は無いみたいだね」

「はい。『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』、『無毀なる湖光(アロンダイト)』、『転輪する勝利の剣(ガラティーン)』。こちらが用意できる聖剣はもう担ぎ手が決まり、既に献上を終えた後ですので」

「うーん、遅かったか……もう少し早く来れたらなぁ」

 

 予想はしていた、という顔でアルフェリアは嘆息する。

 無論彼女にそれらを無理に奪うつもりはない。あくまでおこぼれを頂戴したかっただけだ。

 意外に諦めの早いアルフェリアに、ニミュエはさらに驚愕を重ねる。

 

「そうなると、もうコレを改造するかな」

 

 アルフェリアは腰の『偽造された黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)』と『吸血剣(ブラッドイーター)』を手に取り、困った顔で頭をぼりぼりと掻く。

 今の彼女は決め手に欠けていた。『偽造された黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)』や『吸血剣(ブラッドイーター)』ではどうしても『奥の手』という役割を果たせない。切っ先から細いビームを放つだけの剣と血を吸うだけの剣がどうやって超威力の攻撃に化けるものだろうか。

 

 そして、ニミュエはそれら二振りの剣を見て硬直する。

 一つは強力な神秘が漂う、王者であることの証である選定の剣――――の贋作。

 もう一つからは幾多もの死徒の血を啜ったことで禍々しい気を帯びている赤い剣。

 

 どちらも並大抵の代物では無い。

 赤い剣の方は下手すれば魔剣クラスと言っても過言ではないだろう。

 

「それは一体?」

「うん? あー、マーリンからもらった選定の剣の失敗作と、私が作った対吸血鬼用装備だけど」

「……成程。あの魔術師がそれをあなたに預けたということは、信用に値するということですね」

「いや、単にお蔵入りしているものを処分ついでに押し付けただけじゃ……」

 

 マーリンについての罵倒は後にして、ニミュエはアルフェリアの握る剣を少しだけ触れる。

 確かに選定の剣とよく似ている。

 これならば――――可能かもしれない。

 

「数日間、これを預けてもらえないでしょうか。もしかしたら、貴女が握るのに十分な武器を用意できるかもしれません」

「? いいけど、どうするの?」

「精霊の力を使い、少しだけ改良するのです。今以上に使える剣となるでしょう」

「んー、強化ってこと? なら任せるよ」

「ではその間はこの場所で寝泊まりするといいでしょう。近場に街も無い以上、そう簡単に行き来はできませんでしょうし」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 アルフェリアは大して抵抗も無くニミュエに己が剣を預ける。

 それが精霊にとっては不思議でたまらない。どうすれば自分を今まで守ってきた愛剣を会ってばかりの他人に預けることができようか。代わりがあるから? 愛着がないから? 違う。あのような高潔な魂の持ち主にそんな愚かな考えはある筈がない。

 

 信頼したのだ。ニミュエを。己の願いを叶えず、返り討ちにあったとはいえ一度は戦った者を。

 

 馬鹿とも言えるだろう。盲目的とも罵れるだろう。

 

 だがニミュエにとって、人間の負の部分をよく理解している精霊にはそれが純粋な心と感じられた。

 

 優しく、清く、美しい。善良な人として理想的なまでに完成された者。

 

 だからこそ湖の乙女は自分の加護を彼女に与えようと思った。彼女を助けようと。

 

 乙女は静かに、黄金の剣を胸に抱きながら木に背中を預けて空を見上げる少女を眺める。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 あー、つらいわー。ランスロット強すぎて辛いわー。

 この五年間休むことなく死徒狩りを続けて鍛え抜いた私ですら苦戦するって、どういう身体構造してるんだあの根暗騎士。気絶程度に抑えるために手加減していたとはいえ、死徒を同時に数十体相手取れる私に対して終始優勢とか、流石円卓最強と謳われる(予定)騎士だ。

 

「――――五年か」

 

 長いようで短い旅であった。いや長いけどさ。

 

 しかし五年もかけてようやく探し出せた。多重結界によって認識すらできなかった森。道理で情報が集まりにくいと思った。

 地図を作りながらフランス全土を巡り、不自然に空白の部分を見つけたのがフランス旅路三年目のこと。そして地道に結界やら罠やらを隅々まで調べ尽くし、それを掻い潜るための対策を立てること更に二年。

 そうやってようやくここまでたどり着けた。千里の道も一歩からとは言うが、凄く苦労した。二度とやりたくない。二年間も薄暗い安宿の部屋で対策用の魔術礼装をぼそぼそと開発し続ける作業なんてもう御免だ。

 

 しかも最後の最後にあのランスロットだよ? 極めつけに『無毀なる湖光(アロンダイト)』装備による超強

化状態。よく気絶程度で済ませられたな私。

 

 …………三日も不休不眠で戦う羽目になったが。

 

 おかげで今すごく眠いし腹減った。非常食こそ戦闘時に食してはいたが結局全部激しい戦闘で吹っ飛んだ。

 それともう非常食はない。なので必然的に空腹をごまかすために、私はそこらに生えている草を口の中に放り込む。逆に惨めな気持ちになってネガティブになるのは気のせいだろうか。

 

「……失礼します」

「はい?」

「小腹が減っているのでしたら、こちらをどうかお召し上がりください」

 

 何処からともなく、白い甲冑姿をしたネイビー色の髪を垂らす青年が現れる。

 若き頃のランスロット。理想の騎士ともいえる礼儀正しく、常識をわきまえている良識人だ。ご丁寧に森から採れた果実類を大きな葉っぱに乗せてこちらに差し出してくれる。

 

「ありがと」

 

 お礼を言って、私はそれを受け取り中の果実を一口。

 久しぶりに味わう甘味が広がる。うまうま。

 

「いやー、にしてもランスロット君、強いね。危うく君の腕を折るとこだったよ」

「そう、ですか。私にしてみれば、貴女の方こそ強い人だ。今まで他者と争ったことが無い故に無知なる者の発言になるかもしれませぬが、貴女は私にとって初めての巨大な壁でした。とてもいい経験をさせてもらった」

「…………え? えっと、まさか対人戦、初めて?」

「はい。お恥ずかしながらも、今まで森の外に出たことが無く……」

 

 ……こいつ初の対人戦であんな動きしたのか? 冗談だろう。一手二手以上を読み合った超高速戦闘。フェイントの入り混じる化かし合い。超絶技巧の発揮される極精密攻撃の乱舞。一撃一撃が木の幹を軽く両断できる斬撃。読み間違えれば致命傷を受ける可能性大。

 

 ――――それらすべてが混じった極限戦闘が、初の対人戦?

 

 本当に人間か、こいつ。人の事は言えないけど、私の方は数多の戦闘経験があったからこそ可能だった。なのにランスロットは自主鍛錬のみで私の技術についてこれた。

 円卓最強という称号をいずれ獲得するであろう化物の片鱗を垣間見る。できれば今後一切相手にしたくないと思ってしまう。

 

「ま、まあいいや。それで、ランスロット君は何時か森の外に出るの?」

「ええ。武者修行のため、ブリテンに渡る所存です。何時になるかはわかりませんが、いずれ必ず」

「そっか…………、ま、何時でも来なよ。私ももうブリテンに帰るつもりだし」

「貴女はブリテン出身で?」

「うん。凄いよー。竜とかいるよー。魔境だよー。すっごく怖いよー」

「それは楽しみです。己の腕がどこまで通じるのか、試したくなる」

「…………あ、そう」

 

 ブリテン行きを取りやめる気はないらしい。わかってはいたけど、ここまでとは世界の修正力。

 内心ため息をつきながら、果実を齧る。甘い味が今は何とも癒しである。

 

「そういやランスロット君。君、普段は何食べてんの?」

「私ですか? 朝は果実で済ませ、昼と夜は鍛錬による疲労回復のために肉などを少々」

「料理とかは誰が?」

「私は料理の才はありませんので。ニミュエが全てやってくれています。とはいえ、基本的には丸焼きですが」

「…………昔の人ってなんでこうも食に鈍感なんだろうかね」

 

 五世紀にグルメを求めてもしゃーないのはもうとっくの昔からわかってはいたけどね。大雑把過ぎない? ていうか湖の乙女さん、乙女と名乗るのなら料理くらいちゃんとしてください。丸焼きってなんだよワイルドな。

 そうだ。良いことを思いついた。

 

「今夜は私が料理します」

「……はい? いえしかし、ご客人にもてなしをさせるのは――――」

「大丈夫大丈夫。全部任せてください。体を強くする料理を出しますから」

「よいのでしょうか……」

「さて、いっちょ一肌脱ぎますか」

 

 そうして私はいつも通り、ある食材で可能な限り美味な料理を振るまうことにする。

 この五年間、私だってただ体の鍛錬だけしたのではない。

 

 命綱になるであろう料理の修行だって、欠かさずやっているのだ――――ッ!

 

 

 

 

 夜になる。目の前には丹精込めて仕上げた料理の数々が簡素な木製食卓の上に並べられている。

 その全てがホカホカと湯気を漂わせており、仄かに香る臭いはとても食欲をそそる。

 牛肉のドープ、コッコーヴァン、豚肉とソーセージのスープ、ローストビーフ、ポトフ――――等々、まだまだたくさんあるが、久しぶりに満足のいく出来だ。やはり貴重な調味料がふんだんに使えたのが大きい。

 

「これは……すごいですね」

「まーね。ブリテンは食文化に疎いから、自分で作るしか美味しい物が食べられなかったから。こっちに来てから自然と覚えていったよ」

「さすがに、精霊の私でもこれは驚きです。こんなもの、名のある料理人でも作れませんよ?」

「たまたまですよ。さ、冷める前に食べましょうか」

 

 私がそう促すと、ランスロットとニミュエは目の前の料理を口に運び一口。

 それに倣って私もコンソメスープを一口。うん、美味い。いつも万年食材不足だからこそこの出来に満足する。しかし、いずれは少ない食材でも満足のいく料理を目指さねばならない。何せ作物の育ちにくいブリテンで暮らすことになるのだ。節約も身に付けるべきだろう。

 

「…………ニミュエ、外の世界の料理というのは、ここまで美味なものなのですか?」

「いいえ、無理よ。例え一級料理人であろうとも、この料理は作れない……! 適度な焼き加減により中に封じ込められた肉汁が噛むたびに溢れて口の中に広がり舌を躍らせる。このソースもその肉の味と見事な調和をして一層味を引き立てているッ……! しかも中に入れられたチーズは不思議な触感で歯を動かす楽しさをこれでもかと訴えてッ……!!」

「この牛肉の煮込み料理…………肉がとても柔らかい。しかし肉の味は失われず、更にワインの芳醇な香りと味がより一層料理の味を高めている。煮込まれたスープと野菜と肉を同時に入れた瞬間、この世の美味を集約させたような刺激が舌を喜ばせる! 素晴らしいです!」

「……ただのデミグラスハンバーグとビーフシチューなんですけど」

 

 どんなオーバーリアクションだよ。普段どんだけ雑な料理食べていたんだこの二人。

 

「まさかブリテンは、ここまで食文化が発達している国なのでしょうか?」

「いや、違うけど」

「と、おっしゃいますと?」

「朝昼晩生野菜が出されるような国だよ。私はそれが嫌だったから料理の腕を磨いただけ」

「――――生、野菜? ……なるほど、不味い料理しか食してこなかった故に美食を目指したのですか。このランスロット、その強き意思に感服いたしました」

 

 ……なんでだろう。褒められているのに全然嬉しくない。例えるなら普通の事をやっているのに無知な馬鹿が異様に褒めてくるような。いや、私が凄いのか? それとも周りが馬鹿なだけなのか? ……わからん。

 

 その後もなんやかんやと騒ぎながら、私たちは何事も無く食事を終える。ランスロットとニミュエはとても満足げな顔だったので、私もそこまで悪い気はしなかった。それに妹にふるまう前に貴重な人の意見を貰うことができたのだ。不満など何一つ無い。

 食事の後片付けをしながら、少しだけ夜空を見上げる。

 

 私の故郷、ブリテンは今どうなっているのだろうか。

 

 アルトリアは元気にしているだろうか。

 

「…………待っててね、アル。いつか、必ず」

 

 自分に誓うようにして、私はその言葉を呟いた。

 

 

 

 

 


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