Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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お待たせして大変申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!(土下座

えーと、一応事情を説明しておきます。学校で少し事故がありまして、体育の授業で腕を骨折してしまい、まともに執筆ができませんでした。更にパソコンの寿命でデータが吹っ飛んだり、中間試験が重なったりと・・・結構波乱の日々でしたわ(汗

一応合間にもスマホで書こうとしたんですけど、執筆データが途中で消えて創作意欲がマイナスに突入してしまい、季節の変わり目影響やテストへの不安も重なって「引退しようかなぁ・・・」とマジで危ない領域に突入しかけましたが、何とか持ち直した所存です。

とにかく、何も言わず遅れてしまった事は大変申し訳なく思っています。本当に吸いませんでした。

・・・まぁ、エルキドゥピックアップで爆死したのも影響していたんですけど(ボソッ

余談ですが、ついに完結してしまいましたね、FGO。七章の頂上決戦雰囲気からの魔神柱収穫祭には爆笑を禁じ得ませんでした。うん(笑)。なんだかんだで良い作品だったなぁと思います。
 マシュの件に関してはまぁ・・・フォウさんマジぱねぇっす。そして生前編でボコってすいませんでした(;´・ω・)いや、月姫のとは別固体なんだろうけれども。

 ガチャ?HAHAHA、何を言ってるんだい。爆死して金欠状態だなんてアルワケナイジャナイカ。


 ・・・ちくせう(´・ω・)


 と言うわけで、最後に。


 ソロモンよ! 私は帰ってきたぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!(CV:大塚


第二十九話・絶望の始まり

 冬木市の新都を抜け、市街の光に背を向けて延々と続く国道線。行く手を待つのは県境を越えるための長い高速道路。夜ゆえに人は少なく、道を走る自動車もほとんど見当たらない。

 そんな中で走るロールスロイス。キャスター陣営であるヨシュア及び間桐雁夜、間桐桜、氷室鐘搭乗の自動車はただ静かに冬木市を離れていく。

 

「……本当に、いいのか?」

「ああ。氷室はともかく、アンタら二人はもう聖杯戦争に関係無い。こんな魔境に居てもいいことなんて一つも無いからな。なら一時的にでもここを離れるべきだろ」

 

 ロールスロイスを運転しているヨシュアの目的は、既にマスターとしての資格を失った間桐雁夜と魔術にかかわりがあるとはいえほぼ無関係な一般人である間桐桜の避難。桜は戸籍上ヨシュアの養子ではあるが、それは表面上の物に過ぎない。やはり人間、親しい人物と一緒に居た方がよっぽど落ち着く。

 ならば共に居させてやるべきだろうという事で、二人は一緒に冬木市を離れることになったのだ。

 聖杯戦争と言う危険極まりない気時期が繰り広げられている土地に、彼らを居させるわけにはいかない。特に雁夜は元マスターという事で狙われやすい。教会の保護も当てにならないのならば、直接開催地の外に出すしかあるまい。

 

 それでも完全に驚異が消えたわけでは無い。

 

 例えばこの移動中など特に狙われやすい。車を運転している以上迎撃もままならないのだから、狙うには絶好のチャンスだろう。こちらが逃亡を企てているなどと言う情報は一切漏らしてはいないが、油断はできない。出発からヨシュアの口数が減っているのはそのためだ。

 

 何せ、この中でまともに戦えるのは彼しかいない。

 

 雁夜は身体を回復させたとはいえ訓練もまともに行っていない急造の魔術師。魔術回路も魔術師の平均には届かない、行ってしまえば三流だ。

 桜は過去のトラウマから魔術回路の起動すらままならないし、氷室は偶に時間を見て神代の魔術師(アルフェリア)に鍛えられたとはいえ卵の殻すら破れていない。

 こんなパーティー、経験を積んだ魔術師に襲われたら結末は想像に難くないだろう。

 

 唯一の戦力であるヨシュアも馬鹿みたいな数の回路を保有してはいるが、実戦経験がほぼ皆無なため宝の持ち腐れと言っていい。何とも不安になる組み合わせか。

 

 しかしチャンスは今しかない。サーヴァントたちが街で乱戦している今だからこそマスターたちはそちらに気を取られ、ひっそりと街を出ようとしている人影に気付きにくくなる。今を逃せば次来るチャンスは何時になるかわからない。ならば、安全に出るには今しかないのだ。

 

 ――――だが実を言えば今のヨシュアもかなり危険な状態に居る。

 

 彼が何を起こったか把握するのはできないが、彼はアルフェリアとランスロット、実質二人分のサーヴァントの負担を一身に受けている。

 ランスロットに関してはアルフェリアがある程度負担が軽減できるように工夫してある物の、何を仕出かしたか先程凄まじい勢いでヨシュアの体力が持って行かれたのだ。

 

 ほぼ確実に『終幕降ろすは白銀の理想郷(カーテンコール・アルカディア)』を放った影響だ。それ故に今のヨシュアの状態は良いと呼べるものでは無くなっている。

 

 今こそやせ我慢でどうにか堪えているが、少しでも気を抜けば失神しかねない状態。それが今の彼の状態だ。

 

 はっきり言えば――――かなりヤバい。

 

 それでも、彼は周りの者に不安を与えない様に必死で平穏を装っている。

 負けず嫌いなのか、それとも人が良すぎるのか。

 

「……礼を言うよ。君がいなければ、俺は間違いに気付くことも、桜ちゃんを助けることも、こうして無事に生きて帰ることもできなかった。命の恩人以上だ。どうやって恩を返すか、まるで思いつかない。

「俺一人じゃできなかったよ。やったのはあいつ(アルフェリア)だ。……次出会ったら、礼はあいつに言ってやってくれ」

「ああ、勿論だ!」

「……で、桜、調子はどうだ。酔っていないか?」

「……大丈夫。でも」

「でも?」

 

 ちらりとヨシュアは後部座席へと視線を向ける。そこには不安そうに氷室の手を握る桜の姿。緊張しているのだろうか。それとも――――何かに、怯えているのだろうか。

 

「桜? どうかしたの?」

「……体から、身震いが収まらない。わからない、わからないよ……!」

 

 氷室が慰めるも、どんどんと震えを大きくさせていく桜。一体何が彼女をそこまで怯えさせているというのか。

 

 よくよく考えてみれば、わかることだ。

 まだ幼い桜の心の底に『恐怖』と『絶望』という楔を深々と撃ちこんだ張本人。

 醜悪の権化。蟲使い。

 

 

 ――――間桐の始祖。

 

 

「――――お爺様が、近くに居る…………ッ!!」

「ッ――――!?」

 

 雁夜が目を見開く。そして何かに迫られたように車両の周辺を見渡し――――『ソレ』を見つけてしまった。

 

 言い例えるなら蟲の津波(・・・・)。夥しい量の黒い蟲が群を成してこちらへと迫ってきていた。

 そしてその蟲らはどう見ても自然に生息するような類の物では無い。人の手で改良され生み出された異形の子等。幾重にも魔術によって手を加えられ、やがて人と言う種を食い尽くすほどまでに凶暴になってしまった彼の老人の傑作群。

 

 その群れの上に一人の老人は座っていた。

 

 焼け爛れたような皺だらけの肌に痩せこけた身体。生きているのかすら疑わしいほど生気を感じない老人。闇の様に黒く輝く眼は、獣のように己が獲物を捕らえている。

 雁夜と桜を。

 

「嘘、だろ…………! なんで、何でアンタが生きてんだ、間桐臓硯ッッ!!!」

「いや、いやぁぁぁあぁあっ!」

「桜! しっかりして!」

「クソッ――――全員掴まれ!!」

 

 危機感を抱きながらヨシュアはアクセルを全力で踏み抜く。周りに自分たちの他に自動車は存在しない。ご丁寧に人払いまでしてくれた様だ。ならば遠慮は無い。こちらとしても好都合。

 最大時速300Kmオーバーの化物が火を噴く。バッファローの雄叫びの様な轟音がけたたましく空気を震わせ、先程まで時速数十キロ程度の速度しか出していなかった小さな鉄の戦車は爆発的な加速を得て道路を疾走し始める。

 

 どんどん蟲の大群との距離が離れていく。しかし安心などこれっぽっちもできやしない。自動車というものはガソリンを使って動くものだ。それが無ければただの鉄屑同然。燃料が切れた時、それはこちらの『詰み』を意味する。補給も追いかけられている以上不可能。

 けれども、燃料が切れる前に冬木を脱出できればこちらの勝利。あれほどの大規模な操作魔術、霊地が優れていなければ不可能な芸当だ。冬木から遠く離れれば臓硯とて魔術の行使は困難となる。

 

 だが――――ヨシュアと氷室は冬木から離れすぎるわけにはいかない。

 彼らに取って冬木から離れる=聖杯戦争からの棄権だからだ。自然と己のサーヴァントとの繋がりは断たれ、大量の魔力を消費する大英雄級のサーヴァントは物の数分で消滅するだろう。それだけは駄目だ。

 

 ならどうする。サーヴァントたちを見捨てて雁夜と桜を逃がすか、今回の脱出を諦めて引き返すか。

 

 逃げることは容易だ。まっすぐ走ればいい。だが引き返すのは生半可な難易度ではない。後ろには間桐臓硯が待ち構えている。

 相棒は見捨てられない。しかしそうすると二人を外に出せない。引き返すにも茨の道――――

 

 体中に汗をにじませながらヨシュアは考える。考え続ける。何が最善の選択か。何を選べば後悔しないか。

 

(……いや、どれを選んでも後悔する。だから、俺は――――)

 

 覚悟を決めてヨシュアがハンドルを握り直し――――直後、フロントガラスに何かが突き刺さった。

 ガラス片が散り、蜘蛛の巣の様な模様がフロントガラスに広がる。

 

 突き刺さったのは顎が針の様に長く尖った蟲。高速で突っ込んできたそれはロケットランチャーが直撃しようが無事なはずのモンスターマシンの防御を貫いて見せた。これは、非常に、不味い――――!

 

 一秒の間も無く四方八方から異音がする。フロント、リア、バック。全てのガラスから針の様な顎がこちらに突き出ていた。ギリギリ届いてはいないが、このままでは突破されるのは目に見えているだろう。

 ヨシュアは即座にハンドルについたニトロ使用ボタンを押し込む。引き起こされる加速。時速500Kmまで引き上げられたロールスロイスは蟲たちを振り切る様に地を駆ける。

 

 

 ――――しかし、それは何かが破裂したような音と共に終わりを告げる。

 

 

 その音が何なのかはわかっている。だけど頭がそれを受け付けない。

 寄りにもよってこの状況で、タイヤがパンクしたという事が――――

 

「ぐッ―――――!?」

「な――――」

「きゃぁぁあああぁぁああっ!」

「あ……」

 

 訪れる一瞬の浮遊感。それはつかの間の静寂であり、後に訪れる波乱の証拠。

 

 吹いた車体がアスファルトの地面に打ち付けられる。約時速五百キロの加速はその程度で終わるわけがなく、勢いに任せて何回転もするロールスロイス。度を越えた耐久性により中に居る四人はほぼ無傷ではあったが、もう二度と走行できない程に車体はボロボロになっていた。

 

 不幸中の幸いなのは、車体に付いていた蟲が回転により全て消えたという事か。

 

「く、そが……! 皆、無事か……?」

「ああ……なんとか、な。っ、何で臓硯のジジイが生きて……アイツは確かに死んだはず……!」

「それより桜を連れてさっさと外に出ろ! 死にたくないなら足を動かせ!」

「言われなくてもわかってる!」

 

 今だ揺れる脳を押さえながらヨシュアは急いで車両から脱出し、後部座席で怯えている氷室を引っ張り出して素早く半壊状態のロールスロイスから離れる。雁夜も同様、桜を救出して距離を取った。

 瞬間、先程の針状顎の蟲が車両に群がり頑丈だった車体は串刺し状態になる。

 

 引火。そして爆発。

 

 未使用のニトロも合わさって強烈な爆発が起こり、黒い煙は空高く昇っていく。車体を刺していた蟲たちも巻き込まれて吹き飛んだが、十数匹死んだところでダムからバケツ一杯の水を汲み出しだのと変わりない。

 

 そしてついに、間桐臓硯が現れた。

 蟲の波に乗りながら、こちらを見降ろしている臓硯。その視線には紛れも無い侮蔑と嘲りの感情が籠っている。間違いなくこちらを仕留めに来たのだろう。しかしただ殺すだけでは無い。確実にその悪趣味に付き合わされることになる。

 死よりも悍ましい凌辱が。

 

「久しいの、雁夜よ。元気そうで何よりじゃ」

「テメェ、ジジイ! なんで生きてやがる! お前は、あの時死んだはずだろ!」

「儂が生きていちゃ何か不都合でもあるのか? 呵呵呵呵呵呵呵々!! 確かに一度は死んだわい。しかし、予備の本体が無いと誰が言った? まぁ、燃える屋敷から逃げ出すのは間一髪じゃったがのぅ」

「この妖怪めが……!」

 

 何という生き汚さだろうか、この間桐の妖怪は。五百年間生き長らえてきただけでなく己の本体のスペアすら用意してこうやって生き続けている。これにはある種の感嘆すら覚えてしまうだろう。「どんな執念があればそこまで生き長らえようとするのか」と。

 

 原初の人間の協力を借りたとはいえ、流石は間桐家の創立者か。

 

「とはいえこの予備の本体、あまり寿命が長くなくての。更に素材が高級な上に製造するための必需品は全て屋敷と一緒に燃え尽きてしまったわい。つまり、だ。儂にももう後がないんじゃよ。既に傍観するわけにはいかなくなった。ならば儂もこの重い腰を上げて……本格的に聖杯を獲りに行こうではないか。ククッ、苦呵呵呵呵呵呵呵々!!!」

「ジジイ……!」

「だからのう、雁夜、桜。――――儂のために死ぬがよい!! 我が不老不死の悲願のためにィィィィイイイィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!!!!!」

 

 蟲の波が隆起する。

 グチャリグチャリと悪寒を誘う音を立て、キリキリと擦り切れるような泣き声を上げ、空気を切る羽音が鼓膜を震わす。死を告げる死神の足音の如く。

 

「雁夜! 集まれ!」

「っ……了解!」

 

 だが黙って殺されるわけにはいかない。できる限りの抵抗をするのが今では最善策。

 

 皆が一か所に集まったのを確認し、ヨシュアはポーチに存在する拳大の金属球を取り出して地面へと叩きつけた。普通なら重々しい音と共に弾かれるだろうが、今回起こる現象はそれでは無い。

 地面に叩き付けられた金属球は水のように形を崩し、地面を這う。そして円状に広がって網の様なフェンスを四人を囲むようなドーム状に展開した。

 

 蟲たちが一斉に這いよる。しかし金属障壁がそれを許さない。何せタングステン合金の壁だ。易々と突破できるはずがない。牛の骨すら容易に噛み砕くであろう臓硯の蟲はガリガリと歯をフェンスに立てるだけ。しかし時間稼ぎにしかならない。何時か突破されてしまうだろう。

 

 このままでは詰みだ。どうすることもできない。

 打開策が無ければこの場を突破することは不可能。――――なら、策を使おうでは無いか。

 

 ヨシュアはアルフェリアを令呪で呼び出そうとする。しかし出来ない。今彼女は乖離剣という空間を斬り裂く剣を対峙している。周囲の空間が不安定な以上、空間転移は不安が残る。下手すれば世界の狭間に飛ばされかねない。

 

 故に氷室は右手を構える。頼れる相棒を此処へ呼ぶために。

 

 

 

「来て、セイバー!!」

 

 

 

 氷室の右手が赤く光る。それは令呪という無色の魔力の塊が消費された証拠。紋章に秘められた膨大な魔力を魔法に近い域にある空間転移という奇跡すら可能とする。

 

 空間が割れる。景色を映し出していた欠片が舞い散り、此処に赤雷の騎士は参上した。

 

 

「――――っしゃあぁぁあ!! やぁぁぁぁぁってやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッ!!」

 

 

 開幕一閃。

 

 モードレッドの全力の一振りは強烈な真空刃を生み出し、周囲に存在していた蟲たちを遠慮なく切り刻んでいく。飛び散る体液。湧き上がる奇声。そんな中でも黄金の髪と白い肌はその美しさを損なわない。

 

「……ったく、変なタイミングで呼び出しやがって。まぁいいけどさ。父上はランスロのアホが相手してるし」

「モードレッド……来て、くれたんだね」

「ったりめぇだろ、マスター。前に言ったはずだぜ? 俺はお前を守る、ってな」

「うん……うん!」

 

 涙を流しながら絶え間なく頷く鐘。そしてここから希望に満ちた大逆転劇が繰り広げられる。

 はずだった。

 

 モードレッドの保有魔力が既にそこを突く寸前で無かったのならば。

 

「……でさマスター。期待を裏切って悪いんだが、今ちょっと、魔力が無くてな」

「へ?」

「…………悪ぃ。要するにぶっ倒れる寸前なんだわ、これが」

「ちょっ、えぇぇぇええぇぇえ!?!?」

 

 召喚される前によほどの激戦を繰り広げていたのだろう。よく見ればその顔には玉のような汗が無数に滲んでいる。読み取れる範囲でなら、その疲労はかなり酷い物だ。

 

 サーヴァントにとっては魔力切れとは死を意味する。彼らは現代には存在しないはずの存在であり、その存在をマスターという楔で現代に繋ぎ止めている。しかしその代償として大量の魔力が消費される運命にある。

 大半は聖杯が肩持ちしてくれるが故にサーヴァントとマスター、互いに魔力が十全な状態ならば未熟な魔術師でも実体化の維持程度はどうにかなるが、このように一気に大量消費してしまった場合たいていの場合マスターからの供給がいつかない事になる。

 

 要するに、モードレッドは氷室に負担をかけないために自前の魔力を大量に消費させ、想定外の連戦に対して苦笑いしか浮かべられないのだ。

 

 端的に言って、最悪の状況と言ってもいい。

 

「じゃっ、じゃあどうすれば……?」

「……負担を掛けることになるだろうけど、全力で魔術回路を稼働させてくれ。お前と、その他大勢を護れるぐらいにはなる……と思う」

「な、なんかとっても不安になるけど……やってみる……!」

 

 今は非常事態だ。負担は掛かるだろうが、多少無理をして貰わねばならない。例えマスターがまだ重にも満たない幼子であろうと。

 

「よし――――」

 

 体に十分な魔力が回ってきたことを感じ、モードレッドは再度剣を正面に構える。

 剣の切っ先を向けるのはしなびた果実の様な肌を持つ老人。否、500年の時を妄執だけで生きてきた怪物。今この瞬間、確実に葬るために英霊と言うオーバーキルな存在で斬り伏せんと――――

 

「――――ぐッ、あが、ァア……!?」

 

 が、唐突に、何の前触れも無く苦しみ出したヨシュアの呻き声で、それの動作は一瞬だけ硬直した。

 何せモードレッドにとっては己の愛する姉にとっての命綱だ。彼が死ねば当然、アルフェリアも消滅の一途をたどってしまうだろう。それだけは避けねばならない。

 

「お、おい!? どうした!」

「蟲じゃよ」

「何――――?」

 

 その問いに答えたのは予想外にも敵たる間桐臓硯。そしてその答えは、実に背筋の凍るモノだ。

 

「蟲にも色々種類がある。巨大なものもいれば、人の親指のように小さい物もな。当然、糸のように小さいモノも存在する。――――さて、敵の大将を仕留めるのにこれ以上無い効果的な策は何だろうの?」

「テメェまさか!!」

血死虫(けっしちゅう)。血管から心臓に行き、刻まれた魔術によって心筋の動きを阻害する蟲。取り除くには少々手間がかかるうえ、死ぬには三分あれば十分。さて、儂はそろそろ帰らせてもらうわい。英霊を相手にするなど、面倒くさくてしかたないわい」

「んな――――」

 

 その一言だけを言い終えて、間桐臓硯は光となって消える。恐らく長距離転移の魔術。神代の魔術師でもなければ発動のための術式を編むことすらロクにできやしないソレをただの一瞬で成したのだ。

 当然、臓硯だけで成したわけでは無いだろうが――――その現象は彼の老人の後ろに存在している者の巨大さを知るにはいささかインパクトが強すぎた。それこそ誰も動けなくなるほどに。

 

 だが忘れてはならない。臓硯本人は消えたが、彼の従えていた蟲たちは未だ健在。得物を睨んで不快な羽音を鳴らし続けている。最大の脅威は消えたが、敵に囲まれているという事実は消えていなかった。

 

「クソッ、マスター! 急いでそいつに手当を!」

「え、え……!? でっ、でも、私には……!」

「延命処置だけでいい! 早く――――しまった!! 逃げろマスター!」

 

 剣を振るって近づいてくる蟲の波を処理していたモードレッドだったが、数匹がその迎撃を潜り抜け奥にいる無力な人間へと一目散に向かっていく。

 

 雁夜はその属性と未熟さから迎撃など無理だし、桜もほぼ同様。アルフェリアに鍛えられた氷室もこの絶望的な状況に動揺を隠せないのか動作の一つ一つが鈍くなっている。そんな彼女が素早い蟲の攻撃に対応できるわけも無く、彼女に与えられるのは蟲の鋭い顎による串刺し。

 

 狙いは頭、目、心臓、首、その他内臓諸々。例外なく全てが急所。あと一秒もしないうちに、蟲どもの顎は彼女へと――――突き刺される前に、氷室は強く弾き飛ばされる。

 

 近くに居た、ヨシュアの手により。

 

「え――――」

「…………――――すまん」

 

 直後に生々しい音と鮮血が、アスファルトの地面にぶちまけられる。

 

 

 

 

 

 ああ、と氷室や雁夜、桜はは声にならない声を漏らした。何故? ――――目の前で、自分たちを助けようとした人間の串刺しを見てそんな呟きを漏らさない人間が、一体どこに居ようか。

 

 彼は頭を、目を、喉を、胸を、腹を貫かれていた。

 まだ間に合う。そんな希望すら見いだせないほどに、それは『死』であったのだ。

 

「い、いや……いやぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!」

 

 目の前でそれ目撃してしまった一人の少女が悲痛な悲鳴を漏らす。

 

 他者の死を魅せられ、剰えそれを受け入れるには、彼女は幼過ぎた。いや、例え精神が成熟していようが、彼女はこの光景を否定しようとしただろう。

 

 自分を庇ったのだ。

 

 一人なら避けられたかもしれないのに、近くに居た自分を逃がすために彼は避けなかった。避ける暇を使って、氷室を突き飛ばした。

 それは即ち、氷室自身が彼の死を――――

 

 

 

「――――ぁ」

 

 

 

「…………え?」

 

 そう考え始めた瞬間、氷室の耳に微かな声が聞こえる。

 紛れも無く目の前で死に至ったはずの、ヨシュアの声が。聞こえるはずの無い声が。

 

 

「――――聖槍(・・)、抜錨――――」

 

 

 機械的なまでに抑揚のない声。まるで『そう在れ』とでも言うかのように、ヨシュアは体の各所を貫かれたまま口を動かし紡ぐ。

 

 彼の聖槍の名を。

 

 

「――――『再世を成せ、其れは(アングローリアス・ガーデン・)虚栄なる黄金聖槍(オブ・ロンギヌスランス)』」

 

 

 その名が外界で意味を作り出した瞬間――――この場の全てが黄金の結晶に侵食された。

 

「まずっ――――氷室ッ!!」

「え――――」

 

 侵食はヨシュアを起点に広がる。一番近場に居るのは氷室鐘。黄金色の津波に真っ先に巻き込まれたのは誰であろう彼女である、はずだった(・・・・・)

 予想に反して結晶による浸食は氷室を避けて進んで行き、雁夜も、桜も、モードレッドを避け蟲たちだけを(・・・・・・)呑み込んだのだ。意思がある生物の様に敵味方を判別しているとでも言うのか。

 

 数秒後、地表を包んでいた黄金の絨毯は砂となって消え去り、元の景色が戻る。

 

 変わったのは無数に存在していた蟲が影も残らず消滅したことと――――体の右半身が結晶によって覆われたヨシュアが倒れていることだけだった。

 

「これは、一体……?」

 

 余りにも訳のわからない事象に狼狽するモードレット。しかし窮地を逃れたことだけは辛うじて理解することができた。だが、彼女にはそんなことよりも確認すべき問題があった。

 

「マスター! アイツは、ヨシュアのヤツは生きてんのか!?」

「っ……い、今確かめる!」

 

 氷室は恐る恐る、決勝に包まれていない方の手を取り、脈を図る。 

 

「……生き、てる?」

「…………嘘だろ」

 

 致命傷、否、即死級の傷を負って尚彼は生きていた。あり得ない。人として、生物としてそれはあり得てはいけない現象だった。

 本来ならば喜ぶべき事実なのだろうが、この場に置いてそれを真っ先に考える者はいなかった。

 

 共通する思考はただ一つ。

 

 

 ――――この男は、()だ?

 

 

 喜びも悲しみも無い場だけが、忽然とそこに残っていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 剣がぶつかる。

 

 思えば、真剣に彼女らが死闘を繰り広げるなど、自らの意志で己の譲れない者を賭けて戦うことなど、これが初めての事だった。

 二人は義理と言えど仲のいい姉妹だった。互いに互いを尊重し、意見を受け入れ、それを己の主張と交えてよりよい答えを出す。それが、生前の二人の姿であった。

 意見が対立するのは、別に初めてのことでは無い。しかし、その主張を胸にこうして剣を交えるのは紛れも無く初めての事だ。狂気に駆られず、場に流されず、戦うのは。

 

 こう言うのを、喧嘩と言うのだろう。

 だがそれは、同時に愛情の裏返しでもある。本当に互いが嫌いなら、嫌悪すべき対象と認識しているのならば、そもそも喧嘩などしていない。無視を貫くだけだ。

 

 故に、互いを深く、深く、これ以上無いまでに愛し合っている彼女らの喧嘩は――――苛烈極まった物となるのは当然の帰結とも言えた。

 

「ハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

「オォォォオォオオォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 花火が散る。

 

 音が響く。

 

 空気が裂かれる。

 

 一秒の内に行われた攻防は百を越す。一撃一撃が人外の域。全身全霊の戦い。最高峰の英霊による真剣勝負。何人たりとも近づけない闘気の嵐が此処に顕現していた。

 

 アルトリアが剣を振るえばアルフェリアが片方の剣でそれを難なく受け止め、もう片方の剣で的確に、迎撃すら許さない超高速の一撃を放つ。しかしそれは『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』が起こす魔力の嵐によって防がれる。

 

 そんな攻防が既に五分以上行われていた。互いに一歩も譲らない、終わりも見えない永久の闘争。周囲の建造物は何度も起こる余波に耐え切れずにそこかしこが崩壊しているというのに、彼女らの気力は底すら見えてこない。

 

 正しく死闘。

 正しく決戦。

 

 本来ならばこの戦い、アルトリアの方が須らく有利に立っているはずだった。

 アルフェリアは保有している魔力が既に三分の一を切っており、尚且つ英雄王との戦いで満身創痍の有体だ。しかも片腕が折れている。そして何よりスキルによる弱体化を受け、殆どのステータスがアルトリアと同格レベルにまで落とされている。ここまでされて負けない道理はないだろう。

 

 だが、彼女にはアルトリアが持ちえない物が存在していた。

 

 それは技術であり、彼女の切り札の一つともいえる手段。神代でも扱える者が殆どいなかった秘技中の秘技。

 

 

 虚数魔術(・・・・)

 

 

「ふっ!」

 

 微かな隙を突いてアルトリアが剣を突き出した。高速の刺突。狙うは心臓。即死の一撃がアルフェリアへ襲い掛かり――――その剣の切っ先はするりと、急に現れた虚空へと吸い込まれて消えた。

 

「っ……!」

「隙あり」

 

 動揺した瞬間を見逃さず、アルフェリアの拳がアルトリアの腹を穿った。当然、遠慮なし手加減無しの一撃。内臓が潰れたと錯覚するほどの衝撃を受けて、アルトリアは吹き飛ばされて水面の上を跳ねる。

 

 そう、虚数魔術による戦法が彼女にはあった。長距離転移すら可能とする彼女の武器にして盾。攻防一体の手段は生前でも彼女を影乍ら支えた存在でもある。

 普通ならかなりの魔力を消費するはずだが、彼女は虚数空間内に幾つかの魔力炉、そして『魔力貯蔵空間(マナ・ストレージ)』が存在している。本来なら消滅一歩手前の危機が迫った際に使うべき緊急手段ではあったが――――彼女が使うべきと判断したのならば、そう問題はあるまい。

 

 この存在により、アルトリアはアルフェリアに一撃すら与えることができずにいた。どんなに優れた攻撃でも、どんなに優れた防御でも彼女のソレは容易くすり抜けてくる。発動を見越した行動を取ってもフェイントを交えてくるのだから、実に厄介極まりない。

 

 これこそが、星すら脅威と判断した者の実力。

 

 恐らく今の彼女でも一対一ならば、対等に戦えるのは指の数しか存在しない。何せ空間を超越した攻撃を繰り出さねばならないのだから。サーヴァントというスケールに収まってもこのスペックは、一体何の冗談だと言いたくなる。

 

 実力差は顕然。差はそう簡単に埋まるほど狭い物では無い。

 

 ならばどうするか。

 

 決まっている。――――その差を切り札(宝具)で埋める。

 

「例え、貴女に否定されたとしても、決めたんです。これが、私の復讐。私を、私たちを捨てた『世界』への報復……!」

「……………………そっか。じゃあ私は姉らしく、妹の気持ちを受け止めてみるよ」

「……ごめんなさい姉さん。私は、私は止まれない! 止まるわけにはいかないんです! これは私の、王では無く私としての(・・・・・・・・・・)気持ちだッ!! 恨み、辛み、悲しみ、憎しみ……アルトリア・ペンドラゴンとしての我が儘です。だから、だからッ!!」

 

 その瞳に流れるのは、血の涙。そこに宿る感情は、既に言葉で表すには無理なほどの混沌としたモノ。

 世界に捨てられ、家族を失い、尚進もうとした彼女の願い。それは紛れも無く彼女自身の本心であり、今初めて彼女はその気持ちを、姉へとぶつける。

 

「――――受け止めて、ください……っ」

「……うん」

 

 空へと掲げた黒き聖剣。憎悪に染まろうとも、その奥底に秘めた輝きは星の物。

 

 光が溢れる。だがその光は災厄のモノでは無い。紛れも無く、星が作りし暖かい光。最強の聖剣、エクスカリバー本来の光輝。彼女は今、狂気では無く正気を以て、この剣を振るう。

 

 己への決別のために。

 

 そしてアルフェリアもそれを受け止めるために、愛剣(コールブラント・イマーシュ)を空へと掲げる。

 正真正銘、最後のぶつかり。一切の妥協も、懺悔も、そこに無く。

 

 不思議と二人は、何も考えず真っ直ぐ向き合っていた。

 

「――――束ねるは星の息吹。夜闇を祓いし命の光輝!」

「――――溢れるは星の希望。絢爛無垢なる黄金の剣!」

 

 空へと伸びる二つの光柱。黄金に輝くその二柱は、不安に広がる暗き世を優しき光で包む。

 束ねられた苛烈にして清浄なる赫耀。誰もが言葉を失うほど美しき光。闇を払わんと、星の脅威を討ち取らんと生まれた最強の希望はようやく日の目を見る。

 

 時は来た――――いざ奏でよう。星の光が織りなす二重奏を。

 

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ァァァァァァァッ!!!」

「『偽造された黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』ゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 振り下ろされた光の柱。

 空へと轟く号砲を鳴らしながら、神秘の熱量はぶつかり合う。衝撃波で防波堤が吹き飛び、熱で川の水が蒸発する。二度目の衝突。違うのはアルトリアの剣が絶望では無く己の信念のもとに振るわれているという事。それ即ち、聖剣の出力を一段階上げたことを意味する。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ……!!」

「オォォォオオォオォオオッ!!!」

 

 残念ながら、アルフェリアの黄金剣は『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』のプロトタイプ。それを湖の精霊ニミュエが改造したことにより、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に限りなく近い出力を得ているだけである。完成度も、最終的な出力もあちらが上。勝っているのは魔力を変換して生んだ光の収束率ぐらいだろう。

 だからこそ、正面からではアルフェリアが押し負ける。

 

 ――――使う宝具が一つだけなら(・・・・・・・・・・)

 

 折れた方の腕には相変わらず深紅の長剣が携わっていた。

 それはアルフェリアが生前愛用した二振りの剣の内もう片方の剣。数多の死徒の血を啜ってきた変幻自在の吸血剣であり、かけがえのない親友。

 

 その剣に命じ、アルフェリアは剣の表面に滴る血液を『糸状』にして、まるで操り人形が如く折れた腕を操作する。その度に筋肉が断裂し、骨が砕けていくがそんな物本人はお構いなしだ。

 

 もう腕が使い物にならなくても構わない。

 だからありったけを。自分の全てを、相手へぶつけるために――――

 

 

「封印解除――――吐き出せ! 『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』――――ッ!!」

 

 

 内包された血は吐き出される。千にも届く死徒を屠り、その血を飲み尽くした魔剣が保有する血液全てだ。

 ただの血液ならば相手の熱量によって蒸発して消え去っていただろう。だがこの血は死徒の物にして、宝具としての価値を吹かされた代物。解放された血の奔流は極光と混ざり、星の光へとぶつかった。

 

 これにより互いの一撃は拮抗する。光は混ざり、固まり、やがて未知なる現象を引き起こし――――空間を破裂させ始めた。

 

 Aランクオーバーの宝具がぶつかり合ったのだ。周囲の空間ならともかく、衝突地点に何も起こらぬはずがない。強烈な閃光とそう撃破が周りに撒き散らされ、二人はそれぞれ真逆の方向へと吹き飛ばされる。

 

 後に訪れる静寂。

 周囲に漂う黄金の光は蛍の様に漂い始め、さながら夏の夜の如き儚さを演出し始めた。

 

 だがアルトリアの心境は、まだ酷く不安定なまま。身も心もボロボロな彼女は、やがて膝をついてうつむいたまま顔を上げない。

  

 そんな彼女の前に、アルフェリアは立つ。

 満身創痍という言葉すら生易しく感じるほどの状態。一秒後にはもう倒れて、死んでしまうのではないかと思えてしまうほど彼女の状態は酷かった。

 

 それでも尚、彼女の瞳からは力が感じられる。

 

 当然だ。

 

 覚悟はもうとっくの昔にできている。

 

「ぐっ、う……!」

「――――私はね、後悔してるんだ。いや、別に自分の生を否定しているわけじゃないよ? 貴女と過ごした時間は、どれもかけがえのない宝物だよ」

「っ、ぁぁぁああああ!!」

 

 ボロボロの体を持ちあげて、アルトリアは剣を構えて突き進む。

 が、それも軽く受け止められる。瀕死の体といえど、相手も同じ。いやそれ以上にひどい。スペックではほぼ差は無いはずなのに。なのに何故、ただの一撃すら与えられていない。何故、何故、何故。

 

 終わらない自問自答。だが答えは簡単だ。簡単すぎる答えだ。

 

 技術に差があり過ぎる。

 

 アルトリアは確かに、生前数々の死線を潜り抜けた。人とも、魔獣とも、竜とも戦った。その技量は確かに英霊の中でも上位に位置するのだろう。

 

 だが、それでも――――相手はそれ以上の脅威を何度も相手取った者。

 

 最終的に星とすら肩を並べてしまった正真正銘の人外。神域の超越者。技量の面で、叶うはずがなかった。

 

「私が後悔しているのは、最後の最後に生きることから逃げたこと。皆を置いて、逝ってしまったこと。もしかしたらあの時、私の生きる道があったかもしれない。皆と一緒に生き残る道があったかもしれない。けど私はそれを考えすらせず、自分を犠牲にした」

「ッ――――!」

「まぁ、状況的にはアレが『最善』の選択だったんだろうけどね。――――けど、『最良』ではなかった。だからこそあんな結末になってしまった。……ねぇ、アルトリア。此処だけの話、私も過去改変を願っていたことがあるんだ」

「……え?」

 

 カチカチと震える剣が、今の一言で止まる。

 

 今何といった? 姉も、過去改変を願っていた? ――――自分の願い(過去改変)を否定した姉が何を言っているのかわからず、アルトリアはつい茫然と呆けてしまう。

 

「勿論、全てをやり直すんじゃない。あの瞬間、あの選択を、やり直してみたい。心のどこかでそう思っていたよ」

「なら――――」

「だけど、それはきっと悪いことなんだ」

「……悪い、こと?」

 

 少しだけ困った風に微笑を浮かべて、彼女は言う。

 

「それは逃げだ。自分の選択の責任を負いたくない奴が言う言い訳なんだよ。私の選択は多くの人の死を招いてしまった。だからこそ、その死を無かったことにしてはいけない。そんな無責任なことが許されたら、私は人としても終わることになる。だからね、駄目なんだよ。過去を変えるのは」

 

 もし、自分が行った選択のせいで大勢の人間が死んだとする。その時、選択を行った人間は何を思うだろうか。

 結末を変えたいと思うだろう。だが、過去は変えられない。違う、変えてはいけない。それは紛れも無く責任から逃れる行動であり、犠牲となった人々の命を蔑ろにする行動なのだ。

 

 命は失えば取り戻せない。

 

 だからこそ尊いモノなのだ。簡単にソレが取り戻せるようになってしまえば、命の価値は無となってしまう。それは世界への冒涜であり、侮蔑故に。

 

「だからね――――受け入れよう? 私たちの、責任を」

「わ、たしはっ……私はっ――――」

 

 剣がその手から零れ落ち、水底へと沈んでいく。

 

 ようやく、気が付けた。

 逃げていた。逃げていたのだ。アルトリアは自分の選択による結末が受け入れず、国の滅亡と言う責任を負わなかった。それが何を意味するのか、理解しようとせずただ走り続けた。

 

 救国の末に救いがあると。この苦しみから解放されると。

 

 自分の存在を歴史から消せば、きっとブリテンは救われるのだと信じてやまなかった。だけどそれは――――単純に、他者へ責任を擦り付けようとしただけだったのだ。

 

 それは許されないことだ。

 

 自分を信じて共に来てくれた騎士たちや臣下の信頼を裏切る行為であり、国民の死を、国家の滅亡を軽んじていることと相違ない。故に、結末を変えてはいけない。

 

 受け入れる。

 

 それが、答えだった。

 

「あ、ぁあっ……」

「ごめんなさい……本当に、悪いお姉ちゃんね。大好きな妹を、こんなに虐めてしまうなんて……」

「うっ、うぁぁぁぁああぁぁあああ!! あぁぁあぁあぁあああっ…………!」

 

 アルトリアの全身から力が抜けた。大切なことに気付けたゆえの安心感なのか、それとも自身のあまりの不甲斐なさからくる悲壮感か。どちらにせよ、アルフェリアが彼女を優しく抱きとめる事実に変わりは無かった。

 

 彼女は、王になるには精神がまだ未熟だった。もしアルフェリアが存在しない世界では一国の王としての精神性が完成していたのかもしれないが、それは遠い世界の話。

 未成熟故に、この責任を背負い切れる保証はない。支えがいる。そしてその支えは当然――――

 

「一緒に背負おう? また一緒に歩くんだ。今度こそ……今度こそ、貴女を一人にしないから」

「……約束、できますか? もう、一人で行かないと……?」

「勿論だよ。もう、離したりしない」

「――――あぁ」

 

 その言葉で、アルトリアはこれ以上ほどの安心感を得る。

 

 約束程不確かなものは無い。だけど、それでも言ってくれたのだ。嘘は無い。そして二人なら、どんな困難があろうとも越えて行ける。星も越えて見せたのだ。ならば――――もう一度信じて、前を――――

 

 

 

 

 

 

『令呪を以て命ずる。アヴェンジャーよ、キャスターの胸を刺せ』

 

 

 

 

 

 ぬめり、という感触がいつの間に手に存在していた。

 

「……あ、れ?」

 

 赤。

 

 赤い。

 

 とっても、赤い。

 

 そして、暖かい。何だろう、これは。

 

 知っている。

 

 何度も見てきた。斬られた兵が、刺された兵が、潰れた兵が流す水。紅い、赤い、生命の証。

 

 血だ。

 

 それが、どうして、なぜ――――何故、何故何故何故――――

 

「……、ぁ」

 

 

 

 ――――何故私は、短剣を姉の胸に刺している(・・・・・)

 

 

 崩れ落ちるアルフェリア。胸に刺さった短剣も同時に抜け落ち、下に広がる水面を血で染めていく。

 心臓を刺した。しかもただの短剣では無い。その胸を穿ったのは再生阻害の呪いが付加された呪いの短剣、『惨傷授ける哀痛の呪剣《カルンヴェナン》』。

 それが何故彼女の胸を刺した。

 

 何故。

 

 何故。

 

 何故。

 

 

「あ、あぁ、ああぁ」

「――――これで最大の障害は排除した、か。呆気ないが、手間がかかるよりは良いか」

「貴、様」

 

 何時からかはわからない。老人が背後に立ってた。水面に魔力の足場を這っていることから、相当高位の魔術師だろう。そしてその手に光る文様は、間違いなく令呪。更に、嫌が応にも感じてしまう。

 

 この男が、自分のマスター(・・・・・・・)であるということを。

 

 それは即ち、先程の命令はあの老人が出したという事であり――――その事実に到達した瞬間アルトリアは一瞬で精神を狂気一色に染め駆けだした。

 

 

 

「キサマァァァァァアアア゛アアアァァアアァァアア゛ア゛アアアア゛アアアアアアァァァアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 純粋な怒気と狂気。それだけが今のアルトリアを突き動かす純然たる動力源。既にその動きはかつての姉が至った神域に達し、神話にて名を馳せた大英雄だろうと反応不可能な速さ。無慈悲な凶刃が――――呆気なく老人の体を真っ二つにした。

 

 飛び散る鮮血。分断された老人の肉体は宙を舞い、水の中へと落ちていく。

 

 余りにも呆気ない最後に茫然としながらも、アルトリアは一心不乱に倒れた姉の体に抱き付く。

 

「姉さん! 起きてください! 姉さん……!」

「――――アル、トリ……ア……大、丈夫…………?」

「私なら平気です! だから早く誰かに手当を――――」

 

 

 

「――――よかっ、たぁ……」

 

 

 

 抱きかかえた姉の体から力が抜けていくのを感じる。

 

 ――――嘘だ。

 

 瞳から光が消えてゆく。

 

 ――――嘘だ、嘘だ嘘だ。

 

 体を構成するエーテルが、少しずつ自然へと還って――――

 

「嘘だぁぁぁああああああああああああああッッ!!」

 

 何故だ。何故こんな事になった。

 ようやく、ようやくその手の温もりを感じたのに。どうして――――

 

「――――血気の多い英霊だ」

「…………ウ、ゥゥゥゥァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 振り返り様に一閃。すると先程斬り捨てた筈の老人の体がまた斬り裂かれる。

 

 だが、今度は崩れなかった。

 

 死ななかった(・・・・・・)のだ。

 

「何、故……何故死なない……! 何故ッ、何故だッ!」

「私は死なんよ。第一魔法を起点とした呪いにより、強制的(・・・・)に蘇生される。全く忌々しいが、今回ばかりは役に立つ。貴様ら超越者(英霊)相手にはな」

 

 それを聞いたアルトリアが一瞬だけ真顔になり――――同時に狂気の笑みを浮かべた。

 

「そう、か――――つまり、無限に殺せるということか」

「……そういうことになるな」

それはいいことを聞いた(・・・・・・・・・・・)

 

 

 一瞬。

 

 

 一秒すら必要としなかった。

 

 死。死。死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。

 

 凡そ一分間にどれだけの殺害が行われたか。一秒あればアルトリアに取っては五十回殺すには十二分すぎる時間だ。最早遠慮する必要など無い。不要不要不要不要ただ不要。そんな物イラナイ。今必要なのは相手をどれだけ長く殺せるかの狂気と狂喜だけ。

 

「アハハハハハハハハハ■ハハハ■■■■ハハ■!!! 死ねェッ! 死ネェェエエェェエエエ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 本能に身を任せた殺戮。既にその場は常人が見たら吐いてしまうほどの凄惨たる景色へと変わっていた。血肉は飛び散り、血液は噴水の如く、骨や内臓はそこかしこへと放らせている。何とむごい有様か。

 

 そうやって五千回程殺した頃か、息が上がったアルトリアがその手をようやく止める。

 

 老人もまた、出来た時間によって完全に修復された。まるでビデオの巻き戻しだ。

 

「フーッ……フーッ……!!」

「……満足したならば、もう遊びは終わりだ。令呪を以て命ずる」

 

 令呪が光る。それはつまり――――そういうことだろう。

 

 制御不能な猛獣など誰が手元に負いたいと考えるか。与えられる結末を予想するのは簡単だ。アルトリアももう全てを諦めた瞳で、何も言わずにそれを受け止める。

 

 自分の不始末の責任は、自分で取るべきなのだから――――

 

「自害しろ、アヴェ――――「させるかクソジジイが……!」何……!?」

 

 その刹那、老人の手甲を一本の短剣が貫いた。黄金の装飾が成されているそれは、魔術師が見れば一見で高度な魔術礼装だという事が理解できる。

 更に刺された本人は、その効力をも理解した。

 

 理解した所で遅いが。

 

「……契約破棄の短剣よ。予定は狂ったけど……役に立った、みたい、ね……!」

「姉さん!」

 

 胸を抑えながら、血まみれになりながらもアルフェリアは立ちあがる。

 体は既に半透明になっている。もう消滅寸前だ。が、彼女は天秤が一ミリでも傾けばその瞬間消え去ってしまうほどの均衡を保ちながらどうにか身体を維持している。

 

 こんな事が出来たのは偏に彼女の魔術の手腕と、ギリギリで霊格への致命傷は避けられたことが要因だ。

 

 不味い状態なのは間違いない事実だが。

 

「アル! 再契約よ!」

「っ、はい!」

 

 サーヴァント同士の再契約。前代未聞以前に可能かすら不明なその行動だが、互いはそんな弱音など一切位は数に迷いなくその行動を実行する。

 

「――――告げる。汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」

「――――我が名に懸け誓いを受ける……! 貴女を我が主として認めます、姉さん……!」

 

 ほとんど一瞬で行われた再契約。異例中の異例だが、成功してしまったモノは仕方ない。

 しかし、絶体絶命なのは依然変わりなく。消滅寸前の体で、アルフェリアは一体どうやってこの状況を乗り切ろうというのか。今アルトリアと契約した彼女は、その身の負担が倍増しているというのに。

 

「どうにか、して……逃げ、ないと……!」

「動かないでください姉さん! 傷が……!」

「――――全く見るに堪えん茶番よ。そうは思わんか? ユーブスタクハイト」

「――――珍しく意見が合ったな、マキリよ。何とも下らん茶番だ」

「「――――!?」」

 

 水面の上に展開された魔法陣から招かれざる客が二人も追加される。

 死んだはずの間桐家の創設者、間桐臓硯。冬の城の支配者、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。

 

 あの二人は、不味い。この状況は、非常に不味い――――。

 

「アダム、霊核は確保できたかのう」

「問題ない。先程そこに転がっていた奴から半分ほど奪い取った。逃げられたがな」

「ッ、貴方、ランスロットを……!!」

「……ふむ、かの湖の騎士だったか。ならば問題はあるまい」

 

 仄かに炎を放つ結晶体。それはランスロットのエーテル体の心臓とも言える霊核だった。半分だけとはいえ、霊核を抜きとられた英霊が無事なはずがない。急いで探して処置をせねば、いずれは消滅してしまう。

 

 そんな心配など知らんとでも言うように、アダムと呼ばれた老人は手の平にある霊核を三つに分け(・・・・・)、それぞれを間桐臓硯、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンの手へと移す。

 

 一体、何をしようと言うのか。

 

 ――――その答えは、思いのほか早く出てくる。

 

「そ、れは――――」

 

 三人の翁は、それぞれの手に聖遺物を持っていた。

 

 間桐臓硯はベルカシックの帯(・・・・・・・・)を。

 ユーブスタクハイトはヒュドラの毒矢の残骸(・・・・・・・・・・)を。

 アダムはよくわからない土塊(・・・・・・・・・)を。

 

「まさ、か」

 

 絶望が、始まる。

 

 

 

『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

 

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

 繰り返すつどに五度。

 

 ただ、満たされる刻を破却する

 

 ――――告げる。

 

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 

 誓いを此処に。

 

 我は常世総ての善と成る者、

 

 我は常世総ての悪を敷く者。

 

 汝三大の言霊を纏う七天、

 

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――』

 

 

 不協和音の三重奏。この世へ終焉をもたらす合唱は物の数分で幕を閉じ、カウントダウンを始める。

 

 不気味なほどに粘りのあるエーテルの奔流。怖気のするほどの狂気。そして威圧を放つ三体の『ナニカ(・・・)』が、二人の目の前に立っていた。

 

「……そん、な、馬鹿な……」

 

 夢なら冷めてと、何度心の中で叫んだだろうか。

 だって、目の前に立っている彼らを、見間違うはずもない。

 

 

 太陽の騎士――――ガウェイン。

 

 ギリシャ神話一の大英雄――――ヘラクレス。

 

 メソポタミア神話の神造兵器――――エルキドゥ。

 

 

 何の冗談だと、笑いしかこみ上げない。

 

 ――――なんだ、これは。一体、どうすればいいのだ?

 

 

「我が身に令呪を以て命ずる……!」

「逃がすかッ! 狂戦士ども、奴らを殺せ!!」

「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」」」

「アルトリアを連れて拠点へと転移しろッ!!」

 

 一秒がこれほど長く感じる瞬間があっただろうか。

 景色がゆっくり進んで行く。絶望の中でも抗う彼女の姿がそこにある。故に、抗おうとすたが故に――――こちらが一手早かった。

 

 空間が歪み二人の姿が掻き消える。その跡の空間を切るのは三体の狂戦士の獲物。

 当たれば、命は無かった。

 

「……逃がしたか」

「構わんよ。奴らはもはや虫の息。勝手に死んでいくじゃろう」

「計画の準備は整った。ならば始めよう、我らの悲願を叶えんがため」

 

 三人の老人は二人を逃がしたことなどもはや眼中になかった。

 最大級の手札が三つも手に加わった故に、彼らは逃がした二人を驚異と見做していなかったのだから。それが吉と出るか凶と出るか。結末は誰にもわからない。

 

 一瞬後、未遠川から全ての影が消え失せる。

 

 残されたのは見るも無残な破壊の跡と血に染まった川の水。

 

 それがただの前兆だと、誰が想像できたか。

 

 

 

 

 物語は終わりへと向かい始める。

 

 結末は絶望しかない最悪の結果(バッドエンド)か、それとも――――

 

 

 

 

 

 

「ふ~む、これは不味い。非常に不味い。どうした物か……。星の獣はとっくの昔に私の手から離れてしまったし、かといってこの庭に戦力と呼べるようなものなど……。んー……仕方ない、彼の姫君に頼み込んでみますか」

 

 

 

 

 

 物語は、まだ終わらない。

 

 

 

 




アハト翁「ウィーウィッシュアメリクリスマス」

妖怪ジジイ「ウィーウィッシュアメリクリスマス」

泥ジジイ「ウィーウィッシュアメリクリスマス&ハッピーニューイヤー」

麻婆「さぁ、クリスマスプレゼント(絶望の始まり)だ。受け取れ(愉悦」

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